35、神の祝福
ミハイル様は私を強く抱き庇い、鋭い視線で辺りを警戒している。
徐々に光が落ち着いてくると、光はどうやら絵画のある前方から発しているらしいことが分かった。
辺りを見回しても特に異常は見当たらないし、身体も変なところはないけど……。
そう思った瞬間、頭上でミハイル様が絵画のある前方を見て息を呑んだのが分かった。
ん?
不思議に思った私も視線を向けてみて驚愕した。
え、絵の人物がいる!
そこに立ってる!
まるで絵から抜け出たように、そこには確かに絵画に描かれていた天使のような人と神様のような人が立っていた。
彼らはこちらを見てニコニコ笑っている。
だ、誰なの……?
「やあやあ、やっぱり君たちは面白い関係だね」
天使様が笑顔でそう言った。
ん?どこかで聞いたような言葉。
…………あっ!!
もしかして、生まれ変わりのときに会ったガイド様?!
「ほら、こうすれば思い出すでしょ?」
目を丸くして驚く私たちに、ガイド様は片目を瞑って言いながら指をパチンと弾いた。
その瞬間、私は生まれ変わりの申請をしたあの時の10代の乙女姿になっていた。
ふと隣を見ると、なんとミハイル様は小さな男の子になっている。
「あっ! あの時、尻もちをついた男の子?」
「起こしてくれたお姉さん!」
私たちはあの時も会ってたんだ……!
驚きと、嬉しさと、懐かしさで頭は混乱する。
「そして、こちらは神様だよ」
ガイド様が優しく私たちに言う。
あ、ほんとに神様だったんだ。
神様と呼ばれた人は、私たちへにっこりと微笑む。
優しい微笑みにホッとした私は、次第に頭が動き出す。
そして、2度目の人生が始まったときから抱えていた疑問が再び浮かんできた。
ミハイル様も私と同じだということが分かった今、さらに疑問は膨らむ。
神様というのなら分かるかもしれない。
「あの、なんで私たちだけ前世の記憶があるんですか? 普通は生まれ変わるときに全て忘れてまっさらな状態で生まれるんですよね?」
「あ……二人とも前世を記憶してるのはね、」
神様は言いづらそうにもじもじしている。
な、なに?!
何か私たちにはとんでもない秘密が隠されているとか……?!
こわいよ〜!一体なに?!
やっぱりこれは何かの呪いなの?!
オドオドとした様子で神様は話し始めた。
「あれは……1度目のこの教会で、本当なら貴方たちは助かるはずだったんだけど――――」
私とミハイル様は、ゴクリと息を呑む。
「間違えて他の魂と一緒に貴方たちの魂も連れてきちゃったんだよね」
神様はてへっと舌を出している。
「「ま、間違えた?!」」
私とミハイル様は息ぴったりにハモった。
「うん、だから次生まれ変わったときに分かるよう記憶を残す祝福をしておいたんだ」
何それ!怯えて損した!
私がちょっと恨めしそうな顔をして神様を見ると、神様は弁明するように言い始める。
「ま、まあいいじゃない、ちゃんと会えるように祝福をしたんだから。それなのに2回目も3回目も同じパターンを繰り返しちゃったのは、二人とも形にこだわりすぎてたからだよ」
う、それを言われると強く出れない気もする。
神様はミハイル様にくるっと向き直って言う。
「貴方は『もっとお金があれば、地位があれば』って生まれ変わる度に拘っていただろう?」
ミハイル様は図星だったのか、うっと息を呑んだ。
「本当に貴方たちが望んでいたのは、上辺や見た目に付随する何かに左右される恋心でなく強い心の絆だ。私の祝福はそれに気づけるまで同じことを繰り返すように作用してしまったみたいだね」
なるほど……それが『面白い関係』ってことだったのね。
私は思わず焦れたような声を出してしまう。
「それなら教えてくれたらよかったのに……」
「ちょっと! 神やガイドが人間の行動に口出しできるわけないでしょ! それじゃこの世の摂理がおかしくなっちゃうの!」
神様はぷんとした態度で私を窘めた。
「だって……」
それでも物言いたげな私を見ると、神様は困ったような優しい表情になる。
「人はね、人との絆を結ぶために、そして全てを愛に変えるためにこの世に生まれてくるんだ。そんな奇跡を起こせるのは人間だけの特権なの。我々はそれを見守ることしかできないんだよ」
神様は再びミハイル様に向き直って、つぶやくように言った。
「っていうかさ、貴方もアリシアを分かった時点でちゃんと愛を伝えていればこんなにややこしいことにはならなかったのに。公爵になってからプロポーズしようなんてやり方がもどかしすぎるんだよ」
「えっ……? プロポ……?」
聞き慣れぬ単語に思わず聞き返してしまう。
「な、なんでそれを言うんだ!」
ミハイル様は顔を赤くして神様に抗議した。
小さな男の子姿だからか、全く怖くない。
可愛らしいなあ。
「2度目も3度目もそうやって、『地位を得てから、力をつけてから』って愛を伝えるのを引き延ばしてぐずぐずしてたからこんなややこしいことになっちゃったんじゃないか!」
神様はもどかしそうに言う。
神様もなんだかまるで子供みたいで可愛い。
って、あれ?
「今回だけじゃなく、2度目も3度目もミハイル様は分かってたんですか?」
「ああ」
ミハイル様は少し照れたように言った。
「そりゃあ、貴方たちにはこの私が直々に祝福を授けてるからね」
神様はそう言いながらなぜかドヤ顔をしている。
「私、全く分かってませんでした……」
「うーん、アリシアにはまったく邪な感情が無いからねえ。最初の時も、公爵家当主の時も聖女の時も、彼を真心から助けただけだったね。そうして恋に落ちた貴方は本当に純真だった」
「……おい、それでは私が邪な感情しか無いみたいじゃないか」
ミハイル様は恨みがましいような目で神様を見ている。
「まあまあ、もうここまで来たんだからいいでしょ!」
神様はあははと笑いながら答えた。
そっか。
私はもうとっくの昔からミハイル様と恋に落ちてたんだ。
「fall in love “恋は落ちるもの”と遠い異国では表現されるらしいけれど、愛は絆を紡ぐことだよ」
そう言いながら神様はガイド様に合図する。
ガイド様が指を弾くと、私たちは元の姿に戻った。
「さあさ早く! 本物の神様の前で愛を誓えるなんて貴方たちは運がいい!」
神様はうきうきとした様子でミハイル様に意味深な目線を送りアイコンタクトを取った。
ミハイル様はしっかりと頷いた後、徐に私の目の前に膝をついて私を見上げる。
えっ?
そして、胸ポケットから小さなビロードの箱を取り出す。
彼がその箱を開けると、そこにはキラキラと輝く石が乗った指輪がひとつ。
それはそれは美しい金色に輝いていた。
ミハイル様の瞳と同じ、艶やかな金色の宝石となったダイヤ。
それは初めて実物を目にする、ベレーラ商団で取り扱う幻のダイヤだ。
公爵家女当主の時代にこのダイヤでプロポーズする王族の話を聞かせてくれたのよね。
私がそれに憧れていたこと、覚えててくれたんだ。
私はあれほど昔のことを覚えていてくれたことに感動して胸がいっぱいになった。
「アリシア、伝えるのが遅くなってごめん。今までも、そしてこれからもずっと、君を愛してる。どうか、僕の傍にいてほしい」
はい、と答えたつもりだったが、感極まりすぎて思ったよりも声が出なかった。
ミハイル様はそんな私をさも愛おしそうに見つめ笑いながら立ち上がり、優しく抱きしめてくれる。
この先何度生まれ変わったとしても、この瞬間を、この幸せを、忘れないように心に刻みつけたい。
感動で打ち震える胸に、そんな願いを抱きしめていた。




