30、古い教会
今日はのんびり過ごせる休日。
男爵家の裏の森に位置する古びた教会へと来ていた。
最近はお休みの日にここへ来ることが唯一の楽しみになっている。
ここは休みの度に辺りを散策しているときに偶然見つけた場所だ。
内装はとても古く、何世代も前に建てられたものだということは一目で分かった。
何よりも気にかかったのは、初めてここへ足を踏み入れたとき、心が高鳴ったこと。
ただ単に私が教会を好きということとは別の何かがある気がしたのだ。
以来、どうしても教会のことが気になった私は書庫で歴史を調べようとした。
しかし、旦那様や男爵家の執事さんたちの話を聞いて、すぐにその疑問は解消される。
私は驚愕した。
驚いたことに、なんとここは1度目の人生で働いていた教会だったことが分かったのだ。
道理で初めてこの土地に来たとき、懐かしさを感じたのね。
まさかここがあの時にいた場所だったとは……!
運命って、不思議なものだなあ。
私は漠然とそう感じていた。
この教会は今では使われていないらしく、保管はされているようだったが特にお手入れもされていなかった。
旦那様は取り壊すわけでもなく、なんとなくそのままにしていたらしい。
私が許可を求めると、自由に使っていいと快くOKしてくれたのでちょくちょく来るようになった。
といっても、お祈り以外は何をするということでもないのだけど。
長椅子に座り、ふうっと息をつく。
誰もいない静かな空間に心が洗われる。
正面の壁には神様と天使様が微笑んでいる絵画が飾られていた。
私がいた時代にはまだ無かったはずだけど……。
きっと後の時代に飾られたものなのだろう。
しかし、初めて見るのにこの絵もなぜだか懐かしく感じてしまう。
天使様の方は特に懐かしい気がして――――。
さらに視線を上げると、美しいステンドグラスが目に入る。
綺麗。
…………でも、公爵家のホールのあの天井にあるステンドグラスはもっと美しかったな。
そう思っていると、懐かしい笑顔を思い出す。
――――ミハイル様は、お元気にしているだろうか。
ちゃんと食事を摂っているのかな。
爵位継承に向けて多忙を極めていたようだから、また前みたいに食事を疎かにしているかもしれない。
ブレンドティーはミントとカモミールを混ぜたものが一番お気に召していたようだ。
筆圧が強いから、お使いになる羽ペンのお手入れはこまめにしてあげないといけないのよね。
とめどなく出てくるミハイル様の身の回りを思い出して、胸がぎゅっとなる。
とっても真面目で仕事面では厳しいから冷たいと思われがちだけれど……。
領民を何よりも大切に想って優しくて、時々見せる笑顔が可愛い人。
私に触れるその手はすごく温かかった。
あの笑顔に、会いたい。
ここへ来ると必ずこうしてミハイル様との記憶を思い出してしまう。
切なくて、寂しい気持ちになるのはいつものことだった。
それでも、私はここへ来ることをやめられない。
いつものように、お祈りをする。
ミハイル様がどうか幸せでありますように。
私の祈りは最早それしかなくなっていた。
そうしてしばらく静寂な時を過ごしてから、お屋敷へ戻った。
お茶でも飲もうと休憩室へ行くと、ポピーとテオがくつろいでいた。
私も自分のお茶を淹れて彼らのテーブルに加わる。
「また裏の森に行ってたの?」
「うん」
「ほんとアリシアは裏の古い教会が好きね」
「すごい変わってるよね」
ポピーの言葉に被せるようにそう言ったテオは不思議そうな顔をしている。
「一人でばかりいないで恋愛でもしたらどうだ?」
テオが冗談めかした口調で言う。
「ふふ、あんまり興味なくて」
「アリシアだってそういう年頃だろ? なんかこう、いいなと思うような人とかいないのか?」
やけに前のめりになって聞いてくるテオを不思議に思いながら、先ほど思い出していたミハイル様の姿が浮かぶ。
あんな風に想える人と、この先出会うことはできるのだろうか。
ふと寂しさが募る。
その瞬間、ポピーが私の顔を見てハッとしてからテオの頭をバシッと叩いた。
「いてっ!! なんだよ馬鹿力!」
「うるさいわねっ。あんた余計なこと言ってんじゃないわよ!」
「なんだよお! 叩かなくてもいいだろ」
「ふんっ」
「……せっかくアリシアの好みのタイプを聞き出せそうだと思ったのに」
テオはポピーを恨めしそうに見ながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。
それからも、やんちゃなポピーとテオを見ているだけで飽きることなく、時間が経つのも忘れて笑い合っていた。
二人の明るさに私は物凄く救われている。
今日も穏やかな一日――――――
の、はずだったのに!
そんな穏やかな日常に事件は起こった。
突然、私たちの前にメイド仲間のリリアンが大慌てで走ってきた。
何事かと私たちが驚いていると、彼女は息を切らせながら大声で言った。
「ねえ聞いて! 大変なの!!」




