2、アリシアの焦り
私はアリシア・ルリジオン。
田舎の貧乏子爵家に生まれた。
恋愛結婚をした仲の良いお父様とお母様に育てられ、私はこの王国の端っこにある小さな領地がとても気に入っている。
子爵家唯一の従者トーマスにも可愛がられながら、何人かの素敵な友達にも恵まれ、領地の人々にも愛されている。
ごく普通の容姿に、何かに秀でているという訳でもない平凡な頭脳と教養。
貧乏子爵家とはいえ、住む場所も食べる物もあるし、家庭内も良好。
特に大きな問題もなく、幸せな人生を送っていると思う。
今月、19歳になった。
…………ねえ、私、何もしてないよ?
恋は……?!恋はどこ?!?!
ときめきはどこにあるの〜〜〜〜?!?!?!
恋もせずに、あっという間に結婚適齢期が目前になってしまった。
普通ならこの歳にもなれば皆、婚約者がいてそろそろ結婚へと動き出し、家を継ぐ準備が整う頃だ。
この国の常識として、貴族であればいつかは家門のためにも決められた結婚をしなくてはならない時がやってくるのだ。
とはいえ、お父様とお母様は「うーん、そんなに焦らなくてもいいんじゃないか?」とか「万が一結婚できなくてもここにいれば大丈夫よ」なんて、この国の貴族にしてはかなり変わった考えを持っているから、その可能性も今のところ薄いけれど。
まあ、そんなこの国の常識や結婚事情はひとまず置いて、私にはやらなければいけないことがある。
ときめく恋をしなければ……!!
だって、あんなにガイド様にお願いしてせっかく生まれ変わったんだもの。
私はちゃんと覚えている。これまで3度に渡る前世の記憶も、ガイド様にお願いした4度目の記憶も。
幼い頃は忘れていたけれど、王国の端っこのほんの小さなこの領地で、のほほんと暮らしているうちに私は全てを思い出したのだ。
このままではいけないわ!
ときめきを探さなくちゃ!
私は机に向かって真剣に考える。
まずは、恋してときめくための条件を書き出してみることにした。
――その1、婚約者がいないこと。
やっぱりいくら一方的とはいえ、婚約者のいる人に想いを寄せるのはそのお相手にも申し訳ないものね。
――その2、格好良くてめちゃくちゃモテる人。
そういう人なら女性から慕われることにも慣れてるだろうから、私一人くらい想いを寄せる人物が増えたところで、何とも思わないはず。
――その3、誰でも知っているほどの有名人。
有名であればあるほど、公の場に出ることも多くてこっそり見れるチャンスがありそうだし!
――その4、絶対に私を好きにならない人。
これまで3度の人生で経験した『目が合って、お互い恋に落ちる瞬間にエンド』という状態を回避するにはこれしかない。
ふむ、こうして条件を並べてみるとクリアするのは結構簡単そう。
そうなると思いつくのは この国の3大公爵家のうちの一つラバドゥーン家のミハイル様か、王太子殿下かな。
すごくモテてついでに権力もお金も持っている人だ。
この二人のどちらかであれば、こんなに平凡な見た目でごくごく普通の私に一目惚れするなんて絶対あり得ない。
それならきっと前世のパターンを踏むことなく、私は恋するときめきを十分に楽しめるはず……!
メイドか何かになって働いて稼ぎながらときめきを楽しむのもいいな。
お給金を家に入れることもできて一石二鳥だし……。
我が家は家格は悪くなくとも、超がつくほど貧乏な貴族だ。領地経営もかなり厳しい状態が続いている。
私が稼ぎを送ることで必死に領地を駆け巡るお父様の役にも立てる。
あぁ!それがいい!なんでこれまで思いつかなかったんだろう。
と、そんなことを考えていたら、本当にチャンスが巡ってきたのだ。
◇◇◇
その日は、お茶飲み友達のデュバン伯爵令嬢が我が家に遊びに来ていた。
令嬢とは、私にしては珍しく参加した貴族家のお茶会で出会い、意気投合して以来の付き合いだ。
こうして時折、我が家に遊びに来るようになっていた。
こんな何もない王国の端っこにある貧乏子爵家なのに、気にせずやってくる珍しい令嬢だ。
彼女曰く、この何もない感じが好きらしい。
私も、何でもざっくばらんに話してくれる彼女との会話は、とても心地がよかった。
踏み込みすぎない彼女独特の距離感が妙に落ち着く。
そんな彼女がある日、珍しく相談を持ちかけてきたのだ。
「どなたか良いメイドがいたら紹介してくれないかしら」
デュバン伯爵令嬢は綺麗に巻いた栗色の髪を揺らしながら話始めた。
「えっ?」
私は意外な相談に思わず間抜けな声を発してしまう。
「あなたのお家っていつも極上に美味しいお茶とお菓子が出てくるじゃない」
あら、そんなに褒められると照れてしまうわ。
「こんなに何もない質素なお宅なのにおもてなしは常に最高ですし、塵ひとつ落ちていないわ。とても有能なメイドがいらっしゃるのでしょう?」
うっ……そういえばデュバン伯爵令嬢ははっきりとモノを言う人だったわ。
だからこそ、嘘のない彼女が好きなのだけれども。
「ラバドゥーン公爵家で新しいメイドを募集しているらしくて、良い人材がいたら紹介してほしいと頼まれたのよ」
ラバドゥーン公爵家?!
なんてタイミング!
と、ときめきのチャンスが!!
ラバドゥーン公爵家のミハイル様か、王太子殿下かと思っていたところだったもの。
よくよく考えてみれば、さすがに運良く王宮に入れても、広すぎて配属が殿下の近くになれるのかは怪しいところだ。
それから思えば、ラバドゥーン公爵家の方がミハイル様のお姿を見れる確率は格段に上がる。
とはいえ普通ならそんなことを思っても、推薦状のない者にチャンスなど貰えるはずもないほどの家門だ。
なんてちょうどいい相談!
「ええ! 適任者がいます!」
思わず声を張り上げた。
そう、適任者とはまさに私のこと。
実は我が家は従者のトーマスしかおらず、普段の掃除洗濯からお料理まで、お母様と一緒にこなしてきたのだもの。
たまにお客様をお招きするときなんか、いかにもメイドたちがいるように振舞っているのよ。
メイドのお仕事なんて完璧にこなせるわ。
だからこそ、『メイドになってときめこう計画』を思いついたというもの。
張り切って答えた私に驚きながら令嬢は答える。
「あら、そうですの?」
「ええ、ぜひ推薦してください!」
かくして私は、デュバン伯爵令嬢から、ラバドゥーン公爵家のメイド推薦枠を確保してもらうことに成功したのだった。