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25、優しくて甘い何か



 そのまま手を引っ張られるようにして後を追っていたが、長い足のミハイル様について行けず息切れしながら声を掛けた。


「ミハイル様」


 彼は、ハッとしたように立ち止まりこちらを振り返った。


 急な動きについていけず、私は勢い余ってミハイル様の胸に飛び込むような形でおでこをぶつけてしまう。


「うわ、ごめんなさい」


 言いながら顔を上げると、すぐ頭上にこちらを見つめるミハイル様の美しい顔があった。


 その瞳は、もどかしさや切なさといった、まるで負の感情に覆われていた。



「どうされたんですか?」


 さっきからこんな風に感情的に取り乱すなんて、ミハイル様らしくない。


「すまない。しかし、あのような、見下すような言い方……っ」



 あ、そうか。

 令嬢の私への態度を見兼ねて気遣ってくれたのね。


 ミハイル様が真剣に私のことを思ってくれてることが嬉しくて、なぜか顔が綻んでしまう。


 感情的になったと思ったら今度は急にしゅんとしたように肩を落とすものだから、私は不謹慎にも彼がまるで子供のように思えてしまったのだ。


「でも、令嬢の言う通り私はメイドですよ」


「違う! 君は……!」


「……?」


「君は――――。……君だ」



 ……?うん。私は私だ。

 どうしたんだろう、ミハイル様。



 言葉に詰まったミハイル様を見ていたら、急に冷静になる。


 いや、今はそんなことよりも――――。



 これ、ちょっと距離が近すぎない?


 ふと気がつくと、先ほどミハイル様の胸に頭をぶつけた勢いで跳ね返りそうになった私を支えた彼の手は、私の背中に添えられたまま。


 反射的に縋るようにミハイル様の胸に手を添えてしまっていたけれど、どうしたらいいの!この手!


 そんな不埒な体制に気づいてしまうと一気に頬が熱くなった。


「ご、ごめんなさい、こんな格好で」


 慌てて離れようとするが、ミハイル様はしっかりと私を抱き留めたままびくともしない。


 

 普段のその綺麗な顔からは想像できないが、ミハイル様は物凄く鍛え抜かれた身体の持ち主であることがありありと伝わってくる。



 手のひらから伝わる胸の逞しさと私の身体を包む彼の温かい大きな手の感触に心奪われてしまう。


 なんならこの逞しい腕と肩にも触りた…………じゃない!



 彼の逞しさを感じれば感じるほど、頬はどんどん赤くなり胸の鼓動が早くなる。


 一人で慌てふためく私の様子に気づいたミハイル様は、クスッと笑い背中に回した手に力を込めて、さらに私を引き寄せた。



「そんな反応をされると余計に離したくなくなるな」


「な、何を……!」


 ミハイル様がぎゅっと私を抱きしめ色香の漂う表情でこちらを覗き込むものだから、心拍数はもう限界値を超えそうだ。



 その瞬間、ミハイル様はぷっと吹き出し笑い始めた。



 もう、人を揶揄って!

 そう思い抗議しようと口を開きかけたけれど。


 無邪気に笑っているミハイル様の顔を見たら何も言えなくなった。


 これほど無防備なミハイル様、初めて見るかも。



 気づけば私もくすくすとつられて笑っていた。


 よかった。

 辛そうなミハイル様は見ていたくないもの。



 そう思うと同時に、この感情はやはり“ときめき”とは違うことに気づく。


 何て言うかもっと優しくて、甘くて――――。


 いや、深追いするのはやめておこう。




 なんとなくそれ以上考えることをやめた私は、ひとしきりミハイル様と笑い合ってから馬車に乗り公爵家へと戻った。




 馬車を降りて、お礼を言って部屋へ戻ろうとする私をミハイル様は呼び止める。


「部屋まで送ろう」


「えっ?! そんな、一人で戻れます」


 ど、どこの世界にメイドをエスコートする主がいるっていうの?!


 私は焦って断るが、抵抗も虚しくミハイル様は私の手を引いて歩き出す。



 感情的になったり、無邪気に笑ったり、なんだか今日はミハイル様に振り回されっぱなしの気がするな。


 でも、それに心地よさを感じている自分がいる。




 くすぐったいような気持ちで笑みが溢れたときだった。


 前方から歩いてくるマリーたちが、こちらを見て凍りついたような表情を浮かべたのを見て現実に引き戻されたのは――――。



 どうしよう!

 こんな姿を見られたら、またあることないこと言われる!


 ミハイル様から離れようとした瞬間、マリー達はすかさず彼にお辞儀をして道を譲っている。


 ミハイル様は何も気にせず私の手を引いたまま歩いていく。


 私は気まずさで体を硬くしながら、歩くだけで精一杯だった。


 こ、怖くて誰の顔も見れない。



 そのまま静かに通りすぎて、部屋へ着くとミハイル様は私の頭にぽんと手を乗せて、名残惜しいような優しい顔を見せる。


「ゆっくり休むといい」


 何でも許せてしまいそうなその綺麗な顔をぼーっと見つめていると、ミハイル様は私の髪を一房掬い取り優しく唇を落とした。



 王子様のような優雅な振る舞いに、まるで夢でも見ているかのような気分になる。



 ミハイル様は私の心を簡単に夢見心地に変えてしまう。


 なんだか魔法使いみたいな人。


 不思議な気持ちで私は彼にお礼を言って部屋へ入った。




 寝支度をしてベットに入り目を瞑ると、ミハイル様の顔が浮かんで離れない。


 ここへ来た当初はあんなに冷たい様子だったのに、最近は本当に色んな顔を見せてくれる。


 そして、領地の人々を想い懸命に頑張っている姿を思い返す。




 そんなミハイル様を私は――――。


 あれ?

 私は、なに?

 


 一晩中寝返りを打ちながら、私はその続きの言葉を紡ぐことが出来なかったのだった。


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公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

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