23、夕暮れのデート
あっという間に馬車の手配が整い、ミハイル様は私をスマートにエスコートして乗り込んだ。
先日の夜会に乗った馬車とはまた違って、今日は二人乗り用のこじんまりとした馬車だった。
公爵家はたくさん馬車があるのね。
我が家とは大違いだわ……。
隣に座ったミハイル様との距離が思いの外近くて緊張してしまう。
カタカタと揺れている車内では、少しでも油断すると彼の方へ傾いて身体が触れてしまいそうになる。
さっきの急な曲がり角は特に危なかった。
冷や汗をぬぐいながら焦りを悟られまいと、外を眺めた。
窓から見える夕暮れの街がとても綺麗だ。
程なくして馬車が止まり、外へ出た。
ミハイル様は迎えの時間を従者に伝えている。
私は好奇心を抑えきれずキョロキョロと辺りを見回した。
ここがラバドゥーン公爵領の中心街なんだ。
この前、お父様たちと行ったスイーツショップや夜会の支度をしたパッシュ・エンスリーとはまた別の地区になるようだ。
本当にこの公爵領はどこも綺麗に整備されて活気に溢れてる。
街の人々の表情も明るい人が多くてなんだか嬉しくなるなあ。
そんなウキウキした気持ちでいると、体にどんっ!という衝撃が走った。
ふと目をやると、後ろから歩いてきた子供がぶつかってしまったようだった。
「あ、大丈夫?」
歩き去ろうとする子供に反射的に声を掛けると、彼はびくっと体を揺らしてこちらを振り返った。
まだ10歳に満たないくらいの小さな男の子だ。
その瞳は恐怖に満ちている。
あら、痛かったのかな。
「ごめんね、ぼーっとしてたから」
笑って近づこうとすると、彼はさらに萎縮して胸元で握りしめている手に力を入れた。
その手元を見ると、見覚えのあるポーチが。
え?!串焼きを買おうと思ってポケットに入れていた硬貨入れだわ。
…………!
この子、わざとぶつかって私のポケットから……?
そっと近づいて彼の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
彼は体中を震わせながら、目に涙を溜めている。
「ご、ごめん、なさい……」
彼は今にも倒れそうなほどか細い声で言ってから、震える手でポーチを私に差し出した。
身なりをよく見てみると、衣服は所々が切れて薄汚れ彼の辛い生活事情が垣間見えた。
涙をポロポロと零している彼の姿を見て、思わず息が詰まる。
「どうしたんだ?」
すぐ後ろからミハイル様の声が聞こえて私は思わず身体がびくっと反応してしまう。
いけない。
ここでミハイル様にこんな表情を見せたら、この状況を悟られてしまう。
この男の子がスリをしようとしたなんてことがバレたらきっと連れていかれるだろう。
貴族の持ち物を奪おうとした平民のその先がどうなるかなんて明白だ。
きっと生活が苦しいんだよね。
こんなことしたくてしたんじゃないんだよね。
でも、彼は人の物を奪おうとした。
罪は、罪だ。
それなのに、私は目の前で小さな肩を震わせている男の子をどうしても罪に問うことができない気がしていた。
その気持ちを自覚すると同時に私の体は勝手に動き、ポーチをさっとポケットに戻してミハイル様から男の子を隠すように立ち上がる。
ミハイル様に見えない背中の後ろで、早くここから去れと言わんばかりに彼の肩をそっと押した。
走り去る小さな足音と嗚咽が微かに聞こえてすぐに静かになる。
これが間違っているのか、正しいのかは分からない。
でも、あの子が見せた反省の気持ちを私は信じたい。
「いえ、なんでもありません。人違いだったようです」
「…………そうか。それではアリシア行こう」
優しく笑ってミハイル様は私の手を取り歩き始めた。
どうかあの子の心が少しでも癒されますように。
そんなことを美しい夕暮れに願った。




