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21、不安の芽



 明るい陽の光に照らされて目が覚めた。



 もう朝か……。

 なかなか寝つけなかったため、ついさっき寝たばかりのような気がする。


 正直言って、今日の目覚めはあまり良くない。

 昨日の散々な一日を思い返す。


 なんでこんなことになっちゃったんだろう。


 私はただ、ときめきを求めてここへ来ただけなのに。

 それ以上を求めようなんて思ってもいないのに。


 昨日のマリーの憎しみがこもった目を思い出す。




 振り切るように、ぶるぶると頭を振った。


 だけど、塞ぎ込んでいちゃダメだ。

 私にはまず、メイドという大事な仕事があるんだから。

 それを忘れてはいけない。



「よし! 今日も頑張るぞ!」


 気合いを入れて身支度をして部屋を出た。




 すると、すぐに統括執事が目の前に現れた。

 傍には2人のメイドが立っている。


 な、なんだろうこの空気。



 きっと仕事の話なんだろうけど、いつもなら統括執事さん一人のはずなのに。


 私をじろりと見る彼らの視線に思わず顔が強張ってしまいそうになる。



「おはようございます」

 思っていることが顔に出ないよう立ち止まり、慌ててお辞儀をして挨拶をした。


 でも、なんだかこの統括執事さんていつも苦手なのよね。



 統括執事はこちらを冷たく見下ろしながら棘のある口調で私に言い放った。

「今日はリネン類の洗濯が終わったらホールの掃除、それから庭園の草むしりが君の担当だ」


「はい。かしこまりました」


「他の者は別の仕事があるから、君が一人で全て行うように」


「え?! 一人で全部ですか?」


 さすがに全部一人とはかなり無理がありそう。


 洗濯と掃除だけでも手一杯なのに、庭園の草むしりってどれだけの広さがあるか分かって言ってるよね……?!



「あら、統括執事様の命令に刃向かうっていうの?」

 傍に立っていたメイドの一人が詰め寄ってくる。


 統括執事とメイドたちに睨まれ、私の問いかけは虚しく散った。


「い、いえ。すみません……」


 わーん、とにかくミハイル様のお茶と軽食の準備までには掃除と洗濯をしっかりと終わらせよう。



 草むしりは午後ね。

 それでも今日中に終わるかどうか……。


 とにかくやるしかない!

 勢い込んだ私は大急ぎで仕事に取り組んだ。




 必死で作業に集中して、何とか洗濯と掃除を終えた私は急いで厨房へ向かった。


 ミハイル様に軽食とお茶を持っていく時間30分前。

 急いで準備すればいつもの時間に間に合う。


 なんとかやればできるものね。




「アリシア、顔色が良くないけど大丈夫かい?」


 厨房に入ってから、急いでミハイル様へ持っていくハーブティーと軽食を準備していると、アンヌさんが心配そうにこちらを見ているのに気づいた。


「はい! なんともないですよ!」


 疲れが顔に出ちゃってたのかな。

 昨日から食事もろくに摂れていないせいもあるし。


 アンヌさんを心配させたくなくて、気丈に振る舞う。


 そんな私を見てアンヌさんは安心したように笑って仕事に戻って行った。



「さてと、すぐに持っていかないと」


 気合いを入れるように一人呟き、トレーにハーブティーと軽食を乗せた。


 すると、突然メイドの一人がよろけて私にぶつかる。



 あっと驚く間もなく、私のエプロンが真っ赤に染まった。


「?!?!」


 何事かと思ってよくよく見てみると、よろけたメイドが持っていたお鍋のトマトソースを浴びてしまったようだ。


 ああ、びっくりした!!



「まあ! ごめんなさい!」


 トマトソースのお鍋を持ったメイドは大きな声で私に謝る。


「あ、いえ、」


「これはマリーに持っていってもらえばいいわよ」


 別のメイドが脇から出てきてそう言いながら、私が準備したトレーを奪い取った。



 その瞬間、後ろからか細く高い声が響く。


「そんな、私なんかが……」


 振り向くと、マリーが気まずそうにモジモジしている。


「だってマリーは今までずっとアリシアに仕事を横取りされてたんだもの、当然の権利よ!」

 トレーを奪ったメイドは私に冷ややかな表情を向けながらそう言った。


 な……!



「この軽食だってマリーのアイデアだっていうじゃない」


 トマトソースを掛けてきたメイドは私を厳しい表情で責め立てる。


「違、」


 違うと言い掛けたところで、周囲にいたメイドや料理人たちも冷ややかな顔で私を非難しているのが目に入った。



 それを見た瞬間、思わず言葉を飲み込んだ。

 ダメだ、みんな完全にマリーの言い分を信じている。


 こういう時は何を言っても無駄ね。

 足掻くだけ不利になる。


 3度の人生の経験から、私は学んでいた。


 それに、これ以上余計な時間をかけてミハイル様の仕事の邪魔をしたくない。



「……っでは、私は着替えてきます」


 私がそう言うと、マリーは一瞬ぱあっと顔を輝かせてメイドから申し訳なさそうにトレーを受け取った。


「そうね、そんな格好で公子様の前に出るなんて失礼ですもの。これは、私がお届けするわ」


 私の顔をチラッと見下ろしたマリーの表情はこの上なく勝ち誇った表情だった。


 言いようのない悔しさが溢れてくるのを抑えながら私は厨房を出て、閉めた扉に寄りかかった。



 深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせる。


 ううん、大丈夫。

 2度目の公爵家当主時代はもっと大変な思いをしたもの。


 あの時に比べたらトマトソースを掛けられるくらいなんともない。

 誤解や嘲笑を浴びることなんて日常茶飯事だった。




――――マリーはそんなにもミハイル様のことが好きだったのね。


 公爵家へ来て長いこと経つようだから、きっとずっとミハイル様のことを想っていたんだ。


 彼女のやっていることや態度は良くないけれど、それだけずっと想い続けていた人が後からきたメイドを夜会のパートナーにまでしたなんて、なんともやり切れない感情になったことだろう。



 何よりも恋するときめきを求めてきた私にはその気持ちがよく分かった。


 これから、どうしたら良いのだろう。

 どうなっていくのだろう。


 心の中にどうしようもない不安の芽が育ち始めたのを私はしっかりと認識した。


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⑅∙˚┈┈┈┈┈┈✎✐┈┈┈┈┈┈˚∙⑅

▽こちらの完結済み長編もよろしければぜひ…!▽

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

落ちこぼれ仮聖女ですが王国随一の魔道士に溺愛されました

⑅∙˚┈┈┈┈┈┈✎✐┈┈┈┈┈┈˚∙⑅
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