1、今度こそ恋をします!
「いたっ! ……くない」
そう言って、目の前で尻餅をついた小さな男の子が目を見開いて驚いている。
彼の言う通り、ふわふわ浮かぶ雲のようなこの床は転んでも痛みを感じない。
多分、もっと派手に転んだとしても大丈夫なんじゃないかな。
私はふふっと笑いながら彼に手を差し出す。
「うん、ここは大丈夫だよ」
その男の子は『そうだ!』という風に閃いた顔をしてからニコッと笑って私の手を取り、元気に立ち上がった。
「そうだったね! ありがとう! あっ早く並ばなくちゃ」
思い出したようにそう言って、彼は行列の方へと走って行った。
あの子もここ初めてじゃないんだ。
そう思い彼の後ろ姿を見送りながら、同じ方向へと歩き出す。
どこもかしこも真っ白で、まるで雲の中のようなこの場所は、この世とあの世を繋ぐ中間地点。
つまり、ここにいるのは実際の身体を持った人間ではなく、霊体の存在である。
そのため転んでも痛みはない。
ここは想念が作り出す世界といったところだ。
身体を失って魂だけになった者たちが、次の身体を探すために訪れる場所。
そう、私はこれから生まれ変わるのだ!
ここに来るのはもう慣れっこ。
なんといっても、私は短期間にもう3回も人生を終えている。
今回は4度目のチャレンジ。
1度目は教会で働く下女、2度目は公爵家の若き女性当主、3度目は聖女。
そのどれもが、10代で命を落としていた。
ここに来てから分かったことだが、命を落としたら自動的に次の人生が待っているのかといえば、そうではないらしい。
転生をするにはそれなりの理由がいる。
明確な意図を持って『ガイド』と呼ばれるここの番人たちの許可を得なくてはならない。
ここには、そんな『望みを持つ者たち』がガイドからの許可を貰うために、永遠に列を作っているのだ。
私は意気込んで、ガイドに申請をするための書類を持って行列に並び、今か今かと順番が来るのを待っていた。
まあ、書類と言っても、現実世界のようにペンと紙に書いたものではなく実態はない。
この空間では、思い描いたことが形になるため、それすらも想念のようなもの。
この容姿も今は10代の乙女の姿ではあるが、過去3度の人生とは違う仮の姿だ。
この見た目は、転生の優先順位に相当する。
若ければ若い見た目であるほど、その者は人生の早い段階、または余程の想定外なアクシデントで命を落としているという証となり、転生のチャンスを得やすくなる。
さっきの男の子は私よりも小さかったから、きっとすぐに転生できるだろうな。
いいなあ……!私も頑張ってガイド様にプレゼンしよう!
そう気合を入れていると、ついに私の番がやってきた。
まるで天使のような美しいガイド様が私に向かって微笑む。
「お次の方、こちらへどうぞ」
私はその声を合図に呼吸を整えて、ガイド様の前に立ち書類を差し出して大きな声で言った。
「私、今度こそ恋がしたいんです!!」
思えば、これまで3度の人生なぜか恋をした瞬間、ときめきと共にエンド。
な、なぜなの……?!
そうして私は3回も人生を終えて、ここに来た時に必死に考えて気づいたことがある。
過去3回の人生エンドの時、目が合った瞬間の相手とお互い恋に落ちたのが分かったのだ。
その瞬間に不幸が襲い命を落とすというパターンに気づいた。
これがいけないのだと思う。
つまり、対象となる相手から好かれて恋に落ちなければいいのではないかと考えた。
というのも、過去の私は3度とも、ものすごく美人に生まれていたのだ。
いや、1度目以外は恋をしたいがために自分で望んだからなのだけど。
それならいっそのこと恋をしなければ長く生きられるのか……。
さすがにここまで続くと諦めそうにもなる。
そんな風に考えたこともあるけれど、あのときめきの瞬間は忘れられない。
今度こそ、恋するときめきを心行くまで楽しみたい。
「見た目は普通で平凡な女の子になりたい、か」
ガイド様は私の書類に目を通しながらふむふむと頷く。
今回はこれまでのパターンから逃れ、人生を終えずに恋のときめきを味わいたい。
そのために4度目の人生は、平凡な見た目で、高くない身分で、ごくごく普通の女の子に生まれ変わることをお願いしようと考えた。
「はい! 美人だったり高い地位や優れた能力は一切いりません!」
「なるほどね、それなら転生の空きはありそうかな」
そう言ってガイド様は別の書類を見ている。
次の瞬間、顔つきを変えて呟いた。
「……ふーん、君たちは面白い関係性だね」
「あ、あの? ガイド様?」
ガイド様の呟きが聞き取れず、不安になって聞き返した。
今何て言ったんだろう。もしかしてダメなのかな。
「あ、ごめんごめん。うん分かった、いいよ」
不安そうな表情を浮かべた私にガイド様はそう言ってニッコリ笑いながらぽんと書類に判子をくれた。
あ!これは!
生まれ変わりの許可サイン!
「今度こそ、うまくいくといいね、君たち」
そんな言葉が響いたあと、優しい温もりに包まれながら私はすーっと意識が遠くなった。
やった!生まれ変わりの合図だ。
そんな、もうすっかり慣れた4度目の転生の瞬間。
『君たち』って誰のこと……?
そんな疑問さえ、意識と共に薄れていく。
「そうだな……アリシア・ルリジオン。今度の名前はそれにしようか」
最後にそんなガイド様の囁きが聞こえて、私の記憶は温かい光へ吸い込まれるようにして途切れた。