17、いざ夜会へ
そのまま、ミハイル様に手を引かれて馬車に乗り込んだ。
向かい合ったミハイル様から熱烈な視線を注がれてどうにも落ち着かない。
ミハイル様は女性を飾り立てるご趣味があるのかしら……。
ただでさえ素敵なミハイル様にドキドキしているのに、見られている緊張感がプラスして心臓が壊れそうだ。
「アリシアはこういうのが好きなのだろう?」
ミハイル様の顔に揶揄うような笑みが浮かんでいる。
「えっ?」
「前に言っていた恋愛小説のヒーローはこうしたとか」
……あ!!
前に話した恋愛小説の話、覚えててくれたんだ!!
あの時は前世のことを誤魔化そうとして、こじつけで好きな恋愛小説の内容を捲し立てたんだった。
でも、あのシチュエーションは本当に憧れだったのよね。
まさか自分の身に起こるとは思わなかったけど、実際やってもらうとこんなに嬉しいものなのね。
ましてや、これほど素敵なミハイル様にだなんて。
そこまで考えていると、自然と顔が綻んでしまう。
「今日は多くの来客がある予定だから、アリシアを皆に紹介しようと思っているんだ。忙しくなるが少しだけ我慢してもらえるか?」
え?なんでメイドの私なんかを?
謎すぎて一瞬呆けてしまう。
でもこちらを真っ直ぐに見つめながら真摯に伝えてくるミハイル様に、なぜか聞き直すことは憚られた。
「あ、は、はい……」
私が答えるとミハイル様はさも嬉しそうに美しい笑顔を作った。
こんな顔見せられたらなんでも許しちゃいそう。
ちょっと可笑しくなって笑いが込み上げてくる。
こんなに訳もわからない状態なのに、やっぱりミハイル様とこうして過ごしているのは、とても心地がよくて楽しい。
万が一ときめきの瞬間を迎えてしまうことのないよう、できるだけ顔を合わせない方がいいと分かっていても思ってしまう。
傍にいてずっとこの優しい笑顔を見ていたい。
美しいドレスやアクセサリーのおかげなのか、背筋がピンと伸びて、いつも以上にミハイル様と自信を持って向き合える気がする。
本当にマダムペイリーに魔法でも掛けられてしまったのかもしれない。
私は今、2度目の公爵家女当主時代のような完璧な淑女になっているようだ。
そんな不思議な気持ちのまま馬車に揺られてラバドゥーン公爵家へと到着した。
いつもの居場所に戻ってきたというのに、まるで初めて訪れたような気持ちになる。
そのまま私はミハイル様に恭しくエスコートされながら会場となっているお屋敷の中心にある大ホールへ入った。
こういうの久しぶりすぎて緊張するなあ。
会場はもう既に沢山の人で賑わっていた。
ミハイル様のエスコートで入場した私は当然、注目の的だ。
そりゃあ、そうだよね……!
これまでずっと一人で参加していた、女嫌いな結婚適齢期の次期公爵が突然見ず知らずの令嬢をパートナーに選んだのだもの。
この羨望、嫉妬、戸惑い。
あらゆる思惑や感情が渦巻くこの空気。2度目の公爵家女当主時代の人生を思い出す。
ああ、とてつもなく嫌な予感……!
背中を冷や汗が伝うのを感じながら、私は懸命に笑顔を作ることに専念した。
馬車で言っていた通り、私はミハイル様に沢山の貴族へ紹介された。
公爵家に集まる高位貴族らしく、皆とてもお上品な方々ばかり。
とはいえ、中には私の名前を聞いてあからさまに態度を変える者もゼロではなかった。
ええ、そうよね。ミハイル様がこんな貧乏子爵家の娘をパートナーにしているなんて驚きよね。
私だってなんのことやら……。
一通りの挨拶が終わったところで、ミハイル様は貴族の一人に呼ばれて少し席を外した。
作り笑いを浮かべることに疲れていた私は解放されて少し安堵する。
はあ、甘い物でも食べて回復しよう。
そう思いデザートが並ぶテーブルへ行くと、色とりどりの綺麗なケーキが並んでいる。
わーい!さすが公爵家、デザートも高級品ばかり。
満面の笑みでケーキをもぐもぐと頬張った。
「アリシア??」
綺麗な音色で私の名前を呼ぶ声がする。
ん?この声はもしかして……。
「デュバン伯爵令嬢!」
振り返ったそこには、とても懐かしい顔があった。
「まあ、アリシア。とても綺麗よ」
「デュバン伯爵令嬢も、相変わらずお綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう。それにしても、いつもの質素なドレスと違って一段とお洒落ね。あなたってあんなに地味な家門の生まれなのに不思議なお上品さがあるのよね。まるでどこかの公爵令嬢かと思うくらいだわ」
あ……、うん、いつもと変わらないデュバン伯爵令嬢の清々しい物言いだわ。
少しの間視線を合わせ、どちからともなくぷっと吹き出す。
そうして二人で笑っていると、此処へやってきてまだ少ししか経っていないのに、実家で令嬢とお茶をしていた日々がすごく懐かしく思えて安心する。
「久しぶりにお会いできて嬉しいわ。お元気そうでなによりね」
令嬢も私と同じことを思っていたのか、懐かしいものを見るような瞳でまじまじと私を見つめた。
「はい、私も嬉しいです! それに、おかげさまで公爵家では良くしていただいてます」
「そのようね」
意味深な笑みを浮かべた彼女は向こうの方で貴族男性に囲まれているミハイル様をちらっと眺めた。
「あなたのハッピーなニュースがもうすぐにでも聞けそうね。安心したわ」
「? はい、毎日楽しいです」
ハッピーなニュースってなんだろ?
まあ、とりあえず此処に来てからときめきを味わいたいという目的も達成できつつあるし、ハッピーであることは間違いない。
うふふと笑う令嬢の怪しげな笑顔に疑問を抱きつつ笑い合っていると、ふと会場の入り口辺りが騒がしくなった。
どうしたんだろう?
入り口の方へ視線をやると、人だかりの中から美しいドレスを着た令嬢が現れた。
「ヴェルネ公爵令嬢の到着ね」
デュバン伯爵令嬢が片眉を上げて独り言のように呟いた。