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10、前世への確信



 その後、ミハイル様のおかげで私への疑惑はすっかりと払拭された。


 今日も元気に働ける幸せ!

 そんな思いを噛み締めながら、私はぱんぱんと青空の下シーツを干している。


 とはいえ、最近はミハイル様周辺のお仕事を担当させてもらっていない。


 まあ、いくら濡れ衣とはいえあんなことがあったばかりだからしょうがないか。

 追い出されなかっただけでも有難いことだよね。



 でも全くミハイル様の顔を見られないというのは残念だな。

 そんな寂しさを感じながら、洗濯場から礼拝堂ホールへと移動した。


 統括執事さんから洗濯の後はホールの掃除をするように仰せつかったのだ。

 最近は一人で担当する仕事が多くて、なんだか寂しい。


 でも、ホールのお掃除は嬉しいな!

 やっぱりここは、いつ来ても落ち着く場所だ。



 掃除の手を止めて長椅子に座り、天井のステンドガラスを眺めた。

 早朝の澄んだ空気が、この空間を一層壮麗なものにさせる。



 ふと、その静寂を遮るように、キイッと扉の開く音がした。


 あ、誰か他にも担当メイドがいたのだろうか。

 少し嬉しく思いながら振り返ると、そこにいたのはなんとミハイル様だった。



 ここで偶然会ったあの日を思い出す。

 よく来るってことは、ミハイル様もここが好きなのかな。


 朝の剣の稽古を終えたばかりなのか、剣を片手に額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


 ミハイル様はさほど驚いた様子もなく、自然と私の隣へ座る。


「最近、昼食を持って来ないんだな」


「ここのところ違う担当の仕事が忙しくて」


「そうか」


 そう言って前を向いているミハイル様の横顔は少し強張っている。

 よく見ると疲労の色も見え隠れしているような……。


「何かあったんですか?」


 私はどうしても気になって、おそるおそる聞いてみる。


 一瞬、動きを止めたミハイル様から返ってきたのは意外な答えだった。


「……探しているものが見つからないんだ」


「探し物、ですか?」


「ああ、もう長く。かなり長い間、探している」


「そうなんですか……」


「少しでも可能性があると、期待してしまう。その度に違うと気づいては絶望する――……もう二度と見つからないのではないかと」


 そう言って、ミハイル様は金色の瞳に暗い影を落とした。


「……もしかすると今回もまた違うのかもしれない。そう思うと確かめるのが怖いんだ」


「でも、合っているのかもしれないのでしょう? だったらちゃんと確かめなくちゃ」


「しかし……」


「大丈夫! それだけ必死に探しているのなら、きっと見つかりますよ」


「何でそんなことが言えるんだ?!」

 ミハイル様はキッとこちらを見据えて強い口調で言う。

 でもその顔はとても悲しそう。


 信じたい気持ちと間違っているかもしれないと絶望する気持ち、彼自身もどうしたら良いのかきっと分からないんだ。



 そんな顔を見ていたら、私は無性に励ましてあげたい衝動に駆られた。



「だって、諦めたらそこで終わりでしょう? 生きている限り、確率はゼロではないはずだわ!」

 思わず反射的にそう口にしてから、私は何かを感じて考えを巡らす。


 ん?

 何だか聞いたことのあるセリフ……。



 ――……ああ!

 私これ、前世でもよく言っていたような気がする……!


 結局、私っていつも変わらないのね。

 そんな自分に苦笑いしてしまう。




 いや、そうじゃなくて!

 し、しまった。

 私ったら、ミハイル様になんて口の利き方を…………!!



 恐る恐るミハイル様の様子を窺い見ると、彼は目を丸くしてピタッと動きを止めている。


 もしかして……怒ってるのかな?


 そりゃそうよね、メイドの分際で公子様にあんな口の利き方をしてしまって……!


 わああ、どうしよう!



 しかし、ミハイル様は怒り出すこともなく、そのまま動かない。


 どうしたんだろう……。



 私が不思議に思っていると、ミハイル様は俯いて息を呑むような様子で何かを言っている。



「やはり……そうなのか……? いや、そうだったんだな」

 その呟きは小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。


「はい?」


 思わず聞き直すと、彼は顔を上げてグッと距離を詰めてから私の手を取り、じっとこちらを見つめながらまるで独り言のように囁いた。


「アリシア……。アリシアと言うのだな……?」


 えっ?私の名前のことだよね?


「あ、は、はい!」

 今まで『君』とか『おい』とか言ってたのに、なんで急に私の名前を?



 っていうか……!


 な、なななんで私の手を握ってるの?!

 顔も近すぎるし!



「アリシア……ありがとう」


 ミハイル様はその美しいお顔を優しさで滲ませながらそう言って、思わず見惚れてしまうような甘やかな瞳を私に向けた。


 うっ、こんな綺麗な男性に間近で見つめられて私はどうしたらいいの?!


 焦る私を知ってか知らずか、ミハイル様は私の手を握ったまま片方の手を私の頬に添えた。

 まるで私の存在を確かめるかのように、恐る恐る触れていく。


 ?!?!?!?!

 こ、この状況は何?!?!


 握られた手や触れられた頬からミハイル様の温かさがじんわりと伝わってくる。



 一体何が起きたというのだろう?


 この短時間でこうなる理由があった?!?!


 ミハイル様のその美しい顔とは裏腹に、剣術で鍛えられた逞しい身体で包まれるような体勢に胸の鼓動が早くなっていくのが自分でもわかる。


 それでも、なぜか振り解く気にもなれず、私は動けないままでいたのだった。

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