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四章

 パパ!

 おはよう、と元気よく抱きついてくる零那、その後ろを雷加が追いかけてきた。零那を抱き上げ勇、おはよう、と零那に微笑みかけ、そして、雷加を見ると、

「おはよう、雷加」

 と笑みを見せる。

「おはようございます、勇さん!」

 と、雷加も元気。

 雷加、

「ごめんよ、最近零那を任せてばかりで……」

 そんなこと、

「全然大丈夫なので、これからも任せてください!」

 二人の会話を聞き零那、不思議そうな表情で見つめている。零那を一旦降ろして勇は、彼女の頭に手を置いて微笑み、

「零那、雷加は優しいだろ?」

 と問う。零那はすぐにうん、と元気よく頷き、雷加に抱きついた。

 勇さん、

「零那ちゃん、可愛いです〜!」

 と、雷加も零那を抱きしめた。お願い、神様、

 零那を幸せに……

 一瞬悲しげな目をするも、二人がこちらを向いた時には、微笑みを見せていた。気づかないわけがなかった、零那に触れようとするたび、少し怯えていたのを。あの時嵐が触れようと手を出した際も、体をびくつかせ反応した。零那が勇に抱きつこうと走り寄る際も、少し戸惑っているように見えた。多分、男の人に対して恐怖心を抱いているんだ。うっすら消えつつも残っているアザと、もう一生消えないであろう傷、それが物語っている。勇は、初めから、もしかしたらと全て察していた。周りを見て雷加、

「みなさん、今七時ですが、もう学校に……?」

 うん、

「聡も、慌てて出て行っちゃったよ、病院へ葉音(はのん)ちゃんに会いに行くとか」

 葉音ちゃん?

「うん、聡の通院先の総合病院に入院している女の子」

 葉音、別の女の子の名前が出てきて少し残念そうな顔をした零那を勇は見逃さなかった。ふふっと零那を見て微笑む勇に、零那ははっとし、勇の服を両手で掴んで、

「言わないで!絶対!」

 なんて顔を赤くして。

 大丈夫、

「言わないよ、秘密ね」

 と、口に指を当ててにこっと笑う勇。雷加、何もわからない顔をしている。

 大きな総合病院の入り口から入る、自動ドアを抜けて少し小走りでエレベーターへ乗り込んだ。少し急ぎ気味、まだかまだかと、巻いた状態の大きな画用紙を両手で持って。階数は三階、ついた音を鳴らしてエレベーターは開き、一言ことわって聡は駆け出た。病室の場所はもうわかってる、ノックをして、葉音、と声をかけると部屋から返事が聞こえてきた。ので、入ったのだが、

「遅い、昨日締め切りよ」

 なんて言いながら、葉音は背を向けてちょうど服を着ようとしていた最中のようで、

「き、着替えてるんだったら言ってくれよ!」

 と顔を赤くしたのは聡。

 別にいいでしょ、

「背中向けてたでしょ。それより」

 服を着て、こちらを向き微笑む葉音。ふう、と小さくため息吐いて聡は歩み寄り、葉音にその画用紙を渡した。

「ああ、巻いちゃうなんて!」

 と言いながら広げる。しかし、すぐに微笑みの笑顔に変わった。葉音と思われる、女の子のアニメタッチな絵柄のイラスト、クレヨンや色鉛筆に背景は水彩絵の具で上手に塗られている。

「そんなんでどう?」

 と聡が問うと、

「すごくいいじゃない!気に入ったわ!」

 と喜ぶ葉音。すごく嬉しい、が、聡の口角は上がらない。聡の病気の事情は、葉音も知っている。二人が出会ったのは、この病院。長男の勇と通院に来た際、話かけてきたのが、病院内を散歩がてらうろうろしていた葉音だ。上手く喋れなかった聡を、勇が上手に誘導して会話を進めてくれた。おかげで、今は勇がいなくても、安心した状態で話ができる。極度の人見知りの聡が、一番安心して話ができる相手ではないだろうか。ベッドに葉音、その横の椅子に座って聡は、

「朝、零那が叩き起こしてきて、でもそのおかげで学校に行く前に来れたんだよな」

 と話す。

 その、

「零那って人はどんな人?」

 うーん、

「勇兄さんと一緒だとただの甘えん坊の子かと思ってたけど、他の人と一緒だと大人しいんだよな」

 ふーん、

 と笑みを見せる葉音。

 なんだか、

「そういうところ、妹に似てるわ、その零那って人」

「葉音、お前、妹いたのかよ」

 と驚くと、言ってなかったっけ、と笑う。うん、と適当に返事して。

「じゃあこれも言ってないわね、私お兄ちゃんもいるわよ」

 は?

「聞いてないよ。じゃあ、上にお兄ちゃんがいて、下に妹もいるのか?」

 まあ、

「だいたい合ってるけど、正しくは上に十歳のお兄ちゃん、聡と同じ年ね、そして、八歳の、双子の私と妹よ」

 双子だったのか。

 へえ、と少し驚いた顔を見せる。帰ったら勇兄さんに教えてやろうって思いながら。ふいに時計を見る、時間を見て、慌てて病室を飛び出した。

「じゃあな、葉音」

 ええ、

「またね」

 聡、

 葉音に呼ばれ、振り返る聡。しばらく沈黙が続くも、聡はただ葉音の言葉を待った。そして、

「これ、絶対大切にする。どこへ行く時も、離さずに持ってるから」

 そう言われ聡は嬉しく思い、うん、と頷き、じゃあ、と病室を飛び出した。手を振る葉音、ずっと手を振ってる。そして聡が窓の外に見えると、悲しげに、

「約束する、どこへ行く時も、絶対離さずに持ってるから、怖くない、お守りとして……」

 聡は走っていたが突然立ち止まる。先ほどの葉音の様子、何かおかしくなかったか?首を傾げて、チャイムの音が遠くから聞こえるが、振り返って病院の方向を向いた。学校が終わり、家に帰りリビングのドアを開け入ると、零那と勇が、絵を描いている。勇がこちらに気づき、おかえり、と迎えてやる。零那も、おかえり、と声をかけ顔を上げた時、聡、

 あれ……?

 と、何かに気づく。聡の様子に気づいた勇、

 やっと気づいた……?

 と、聡の近くで囁く。零那に気づかれないように。まさか、まさか……何も気づいていない零那、聡に寄り、描いていた絵を見せる。え、と聡は受け取り、紙に描かれてある絵を見た。お世辞にもあまり上手とは言えない、が、前より明らかに上達している。

「すげえ、前より上手くなってる」

 と、正直な感想をこぼすと、零那は嬉しそうに笑った。零那の描いた絵を見ながら聡、やがて顔をあげ、隣にいる零那に気づかれないように、そっと、

 勇兄さん、

 と囁きながら呼んだ。この部屋は広い、およそ二メートルくらい離れたところにいた勇は、ん、と振り返る。気づいた勇に聡、

 二人で話がある。

 また、零那に聞こえないようにそう囁く。ん、と真剣な表情になり、水道の水を止めた。気づかれていないか、隣の零那を見る。前のめりになって、必死で絵を描いている。アニメタッチな人物のイラスト、その人数は四人、同じくらいの高さの三人と、一人少し背の高い人物が表現されているイラスト。そのイラストをじっと見て、ふと顔を上げると、いつの間にかそこへ立っていた勇もその絵を、少し目を見開いて見つめていた。すると、買い物から雷加が帰宅、とりあえず雷加に零那を任せて、二人は二階の奥の聡の部屋へ。

「小声で話して。全部」

 聞きとれるから。

 聡は頷き、今日葉音から聞いた、双子の妹や十歳の兄の話をした。

「双子の妹に、十歳のお兄ちゃんに……教えてもらったのは、その人たちだけだった?」

 え?

「もう一人、いなかった?」

 そう問われ、聡は、

「それだけしか聞いてなくて」

 と、小声で首を横に振る。

 そっか、

「次会った時、葉音ちゃんに聞いてみてくれない?」

 黙って頷く聡。さっそく翌日、七時過ぎに葉音の病室へ駆け込んだ、が、葉音の姿を見て驚愕。意識はあるようだ、がモニターには心電図、口には酸素マスクをしてやっと息ができているような状態。もう会えないかと思った、と言う弱った葉音に、聡は駆け寄り、どうして、と問う。

「昨日まで、元気そうだったじゃないかよ」

 真っ青になった聡に、葉音は聡の頬にそっと触れる。その手を取り聡は、じっと驚きを隠せない目で見つめた。こんな状態になっている彼女に、聞けない。が、何かを察した葉音、

「私に、何か用事があったんじゃないの?」

 と問う。聡は、

「言ってくれるの……?聞いたら、答えてくれる……?」

 と囁くように問う。葉音は頷いた。

「言えることは全部言うから、書くなりして覚えて帰りなさいよ」

 と弱々しく頷いた。やがて、勇に問われたことを聡はそのまま問う。

「もう一人、昨日聞いた、君の双子の妹と、そして上に兄さん、そしてもう一人、兄弟がいたりしない……?」

 鋭いわね、

「いたわよ、四人兄弟の、一番上に十五歳だった兄が」

 いた……?

「ええ、正しくは、今はもうこの世にはいない。事故だった……」

 聡、

「あなたは、二番目のお兄ちゃんにそっくりだったのよ。だからあの時話しかけたの」

 二番目の兄さんは確か、

「ええ、あなたと同じ十歳のお兄ちゃんよ」

 その人の名前は?

「……葉句」

 葉句?

「一番上のお兄ちゃんが葉一、次に葉句、葉音の私、最後に……葉月」

 葉月……

「私、わがまま言ったの……葉一お兄ちゃんに会いたいって……そしたらね、葉句お兄ちゃん、すごく困ってたのに……しばらくして、まったく知らない人を次々と連れてくるようになって……」

 まったく知らない人を?

「年齢も十五歳くらいだったし、葉一お兄ちゃんにどこか似てたから、似てる人を選んで連れてきてたんじゃないかな……ごめん、ごめんね葉句お兄ちゃん、私がわがまま言ったから……謝りたい、のに、最近葉句お兄ちゃん来ないの……また、知らない、似ている人を探してるんだ……」

 ありがとう、

「ここまで話してくれるなんて」

 いいのよ、

「私、この通りもう長くないから、三日後、二日後、いいえ、今日中に……」

 そんなこと言うなよ!

「お前、俺にずっと、一日でも長く生きる方法考えろって言ってたじゃんかよ!それを言ってたお前がそんな弱気でいいのかよ!」

 そうね……

「一日でも長く生きる方法考える……でも、聡、あなたに会うのは今日が最後かもしれない……」

 会えて良かった……

 聡の涙が止まらなくなった。ふと葉音の手元を見た聡は、自分が描いたイラストをしっかりと持っていることに気づき、全ての言葉の意味を理解して、流れる涙の量が増えた。

 聡泣かないで、

「結局あなたが笑う姿は見れなかったけど、葉句お兄ちゃんが戻ってきたみたいで、あなたと過ごした日々はすごく楽しかった」

 ありがとう、

 俺も、俺も楽しかった、ありがとう、

 泣きながら廊下を歩く。ふと顔を上げると、勇がそこに立っていた。

 ごめん、

「ごめん聡、こんな思いさせるなんて」

 首を横に振る聡。そして、駆け寄り勇に抱きついて声を上げて泣き出した。

 怖い、

「俺、死ぬかもしれないのが怖いよ、勇兄さん」

 君は俺が死なせない、

「だから、だから聡も、死ぬかもしれないなんて思わないで、何があっても俺が守る、約束するから」

 しばらくして、大きく聡は頷く。手を繋いで病院から出て、学校へ向かう道で勇は聡から、先ほど葉音から聞いた話をする。

 なるほど、

「葉一くんという十五歳だった長男がいた……そして葉句くんという次男と、双子の葉音ちゃんに葉月ちゃん」

 聡は、うん、と頷く。

「そしてその葉句くんって子は、葉音ちゃんの希望に応えるため、その葉一くんに似たまったく知らない人を探しては葉音ちゃんに会わせてた……」

 そうだよ、

 と聡。勇は聡と手を繋いだまま立ち止まる、もちろん聡も立ち止まって、勇を見上げた。

 全部繋がった……

 そう呟く勇に、聡は首を傾げる。そして勇は、

「聡、言うのが遅くなっちゃったけど、真冬さんから、君だけにはよく聞かせておけって言われてたことがあってね……」

 あの時真冬が言っていた、嵐が何者かに狙われているという情報を伝える。そして、携帯を取り出し、一つの検索結果を見せた。十五歳の少年が行方不明を知らせるニュース、この地域だ。そう言えば、そんなこと聞いたことがある。炎鳳が見ていたニュースで流れたか。と、ここで聡は葉音の言葉を思い出す。

 私、わがまま言ったの……葉一お兄ちゃんに会いたいって……

 年齢も十五歳くらいだったし、葉一お兄ちゃんにどこか似てたから、似てる人を選んで連れてきてたんじゃないかな……

 最近葉句お兄ちゃん来ないの……また、知らない、似ている人を探してるんだ……

「まさか……」

 これで気づいたろう?

 勇を見ると、悲しげに俯いていた、そして、

「零那の正体」

 勇のその言葉に、聡は驚いた目で瞳を揺らしている。わかった、全部わかった。そして、昨日零那が描いていたイラストの四人が誰なのかも。勇の手が、ぎゅっと強く握られる。勇が向くと、聡が、ずっと繋がれていた勇の手をさらにぎゅっと強く握ったまま、俯いていた。

 聡、

「君が零那を助けるんだよ」

 何故?そう言いたげな顔で勇を見つめる。しかし葉音の姿を思い出して、力強く頷いた。

 小出家、雷加の部屋で待ってた零那、壁まで迫られて怯えている目線の先には葉句の姿が。驚いたような、怯えている目で見つめて、やがてぼろっと涙をこぼした。と、

 おまたせ!

 と雷加がおぼんを持って入ってくる。すぐに零那は駆け寄って抱きつき泣き出した。

「どうしたの?」

 さすがに驚き、しゃがんで零那と目線を合わせると、部屋を見渡した。誰もいない。大丈夫だからね、そう抱きしめ返す。聡を学校へ送り勇が帰宅すると、泣き疲れて寝てしまった零那を抱えた雷加が立っていた。

 勇さん……

「雷加、どうしたの?」

 事情を聞く。勇は雷加から眠ったままの零那をあずかり、零那の部屋へ。

 一人泣いてる、泣き続けている。それを差し伸べた人物、顔を上げて、その人物を見るが陰で見えない。そして、その人物の背後に立ち、襲おうとしている大きな男が一人……声が出ない、叫びたい、掠れて呼べない。必死で名を呼ぼうとする。そこで目を覚ました零那、目には涙を溜めて、汗が服にへばりついていた。目の前には零那に寄り添うように眠り込む勇。一度勇の胸に顔を埋めて、そして……

 小学校が終わり、一人教室から駆け出す聡。何か、

 嫌な予感がする……!

 家の近くで、自転車に乗り急ぎ気味の嵐や極に一も鉢合わせた。

 何か嫌な予感がするんだ、

「あのね、嵐兄さん……」

 話は後だ、

「嫌な予感するのは俺たちも一緒だ。聡、俺の自転車使え、乗れねえことないだろ。俺は走るから、お前ら先に行け!」

 聡は頷き、足がつかないほど高いサドルにまたがり、走らせる。三人が自転車を走らせて曲がり角を曲がり、姿が見えなくなった時、嵐は、

 で、

「どうすりゃいいんだよ。これでいいんだろ?」

 葉句、だっけ?

 振り返らずにそう言った嵐の後ろの電信柱から、聡と顔が瓜二つの少年が出てくる。

 さすが、

「弟誘導するの上手いねえ」

 と葉句。

「ここまで似てるのに、俺が聡じゃないことあっさり気づいちゃうなんて」

 聡の左目は赤、

「それに傷なんてねえんだよ」

 葉句の左目には傷があった。一人朝学校へ向かっていた嵐の前に現れた、聡のふりした葉句。しかし、すぐに気づかれてしまった。葉句の言い分はこうだ、家にいる零那には命令してある、兄の勇を殺されたくなかったら一人になれ、と。

「ちょっと急いでるんだ、だからすぐに総合病院へ行こうよ」

 総合病院?

 家に帰り着き、自転車を止めて降りる。聡は極に、降りるのを手伝ってもらって。家に駆け込み、リビングに勇がいないことを確認して階段を駆け上がる。二階の勇の部屋も見るがいない、ということは、

 零那の部屋!

 聡が声を上げて、さらに三階へ。零那の部屋は三階廊下の奥、扉は開いている、勇の名を呼びながら部屋へ駆け込んだ。嗚咽しながら泣いている零那の背中をさすってやる勇、零那の側には包丁らしき刃物が落ちていた。その姿に、三人は安堵で崩れ落ちる。こちらを向き微笑む勇、しかし、嵐がいないことに気づき、

 嵐は、

 と問うた。

 そういえば、

「走って来るっていいながら全然来ないね」

 と、極。それを聞きながら零那は、震え出し目を見開いて自身の両腕を掴む。

 しまった……!

 と顔を歪める勇。

 ごめんなさい、

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい」

 そう泣きながら謝り続ける零那。そんな零那の頭に手をやり、勇、

「零那、ううん、葉月ちゃん」

 と呼びかけ、驚いた葉月という正しく零那の本名。

「お兄ちゃんを、止められる?」

 そう優しく微笑みかける。葉月はじっと勇を見つめた。そして勇はそっと抱きしめて、

「君には手を出させない、これ以上傷を増やさない、約束するから……」

 優しく微笑んだままの勇に、どこか信じていい安心感を感じた葉月、やがてそっと力強く頷いた。

 総合病院の三階、子どもたちが入院している小児科の階だ。二回ほど来たことがある、嵐は、来た覚えのある場所に、不思議に考え込んでいた。

 ここは、聡に連れて行ってくれと頼まれ一緒に来たことがある、ここをまっすぐ行って、奥は、確か……

 ある病室で止まる、個室だ。部屋横にあるモニターを勝手に操作して、名前を確認し、

 やっぱり……

 と呟いた。が、葉句には聞こえていなかったらしく、

「今からあんたは、兄さんだよ、いいね?」

 葉一兄さん……

 葉一?

 葉句は中へ入って行く。酸素マスクや心電図に繋がれているその人物、葉音のところへ歩み寄る。父親らしき人物が椅子でうなだれていたが、顔を上げ、

「遅かったじゃないか」

 そう呟いた。

「遅くなってすみません、花貴(はなたか)さん。連れてきました」

 葉一兄さんを。

 葉句がそういうと、嵐を見て、花貴と呼ばれたその父親らしき男は、おお、と立ち上がる。

 さあ、

「葉音に会ってくれ」

 そう誘導され、葉音の横へ。

 葉音、

 そう呼んでみた。葉音は目を開ける。意識朦朧、かすれた視界の中、ぼやっとだけ見えた情報を頼りに声を振り絞って呟く。

「葉一お兄ちゃん」

 すぐそっち行くから。

 嵐の顔が歪んだ。

 おい、

「本当にこれで良かったのかよ……!」

 と、葉句に向く。

 ああ、

 と葉句。嵐の肩に手を置き、花貴は、

「さあ葉一、何してるんだ、葉音と向き合ってやってくれ……!」

 なるほど、

「お前が原因かよ」

 と花貴を睨みつける嵐、それを見て花貴は葉句に向き、

「葉一を連れてきたんじゃないのか!」

 と声を上げた。悲しげに顔を歪めて俯く葉句。そんな葉句の胸ぐらを掴んで、花貴、

「お前も、お前もあの世へ送ってやる!」

 葉音が、寂しくないように!

 と、嵐に向いた。すると、がらっと扉が開き、一斉にそちらを向く一同。葉月、聡と手を繋いで、二人は多少息が上がっている。

 どうなっているんだ……?

 と、聡と葉句を見比べ驚く花貴、葉月は、

「お願いします、花貴さん……葉句お兄ちゃんと、嵐お兄ちゃんの命を助けてください……!」

 と、聡の手からすり抜けて、その手は下へ、床に頭と手をつけて土下座し頼み込んだ。目を見開く葉句、嵐は窓際にもたれて腕を組み、悲しげにぎゅっと強く目を瞑った。

 葉月、

「お前が遅かったせいだ……」

 床に手をついたまま目を見開く葉月、嵐は、そっと窓際から離れて、葉音に触れた。ふと手元を見る、聡の描いたイラスト、ずっと手に触れるように、大事に持っていた。と、葉音が何か呟く。それに気づき、嵐、すぐに胸ぐらを掴んだままの花貴に回し蹴りして、思わず手を離した隙に、驚いて目を見開いている葉句を黙って誘導して、葉音の横へ連れていく。

 葉句お兄ちゃん、

「ごめん、ごめんね……最後までわがままばかり言ってごめんね……」

 目を見開いて涙を流した。

 零那、

 ふっと顔を上げて、震えながら嵐を見る葉月。嵐は、

 来い、

 そう一言。

 それを聞き、聡が葉月を立ち上がらせて、手を引き葉月も葉音の隣へ。

 葉月……

「私より強くなって……みんなを支えてあげられる人になって……」

 顔を歪めて、ぼろぼろと大粒の涙を流す葉月、葉音はそっと、

「葉句お兄ちゃん、葉月、聡もありがとう……みんな、大好きだよ……すぐそっちに行くからね……」

 葉一お兄ちゃん……

 今までリズムよく音が鳴っていたモニターから、突然長い音が鳴り響く。葉句も葉月も、葉音に寄り声を上げて泣いた。崩れ落ちる聡に嵐は、頭に手をやってやる。医者も看護師も病室に駆け込んできた。

 おい、

 痛さでうずくまっている花貴の前に立ち、嵐、

「話がある」

 と、怒り満ちた目で見下ろしていた。花貴を引きずるように個室から引っ張り出し、病院の外へ出て人気が無い場所へ向かう途中、勇が廊下に立っていた。

「全部わかってたんだな」

 と、悲しげに微笑みながら嵐、

「ごめん、黙ってて」

 また、すぐ謝る、

「気にしてないぜ、勇兄。ちょっとこいつと話してくるわ、みんなと待っててくれよ」

 何か嫌な予感を覚えた勇、

「絶対無事に帰ってこいよ」

 と、不安げな表情で言った。

 大丈夫だぜ、

「なんだったら、迎えに来てくれていいんだぜ」

 と、冗談混じりに笑った嵐、そのまま花貴を連れて外へ向かった。

 悪かった……

 人気の無い自販機の前で花貴、飲み物を買っていた。

「今更謝って許されることじゃねえんすよ、あんた最低だぜ」

 と、うつむき口を開く嵐。花貴は、適当に買った飲み物を渡した。

「葉音の短い命を知って、焦っていたんだ。葉一がいなくなって、葉句に甘えてた葉音が、葉一に会いたいとわがまま言ったらしくてな……それを聞いて私は葉一とどうしても会わせてやりたいと思った、だから私も無理を言った、葉句に、葉一を連れて来いと……」

 それで、

「俺を見つけたんすか」

 ああ、

「それまでに何人も似た人を探して連れて行ったが、葉音は首を横に振るばかりでな……だから初めてなんだよ、君が葉音に会ってくれた時、葉一と思い込んでああ言ったのは……」

 葉音は、

 と、嵐が口を開く。

「本当に、ただのわがまま言ったんすか……?」

 もっと、

「何か別のものを求めてたと思うんすよね」

 と、顔を上げる嵐。しかし、突然飲み物を地面に落としこぼす。額に手を当てて、悔しそうに笑いながら、

 ……っは、

「やりやがった、てめぇ……何入れた……⁉︎」

 と、顔を歪ませながら花貴を睨み付ける。花貴は笑った、恐ろしい声で。やがて嵐を見下ろし、

「ここでやるわけにもいかないんでね、ちょっと眠ってていただこうかと思い、睡眠薬を」

 いい趣味をお持ちで、

 と嵐は笑う。しかし、すぐに体は前に、

 ……兄、

「勇兄……」

 と、地面に倒れ込んだ。

 聞こえた、

 葉音の個室で嵐の帰りを待っていた勇は、さっと立ち上がり部屋を駆け出る。エレベーターを使っている暇は無い、階段へ急ぎ、誰も見ていないのを確認して手すりから下へ飛び降り続け、一階へ。自動ドアを両手でこじ開けるように外へ出て、嵐、と声を上げ呼んだ。と、病院の裏から車の音、裏から聞こえるのはおかしい、と、走って駐車場の無い裏へ。車の後部座席に寝かされている嵐、すぐにドアは閉められ、花貴が運転席に乗り込んで、すぐに車を走らせた。

 嵐!

 叫びながら車を追いかける。足は速い、はずだが、さすがに車には追い付かず、やがて遠くに引き離された。

 嵐……!

 勇の嫌な予感は大抵当たる、のに、何故あの時嵐について行かなかったのだろう、止めなかったのだろう、と後悔が押し寄せてくる。

 なんだったら、迎えに来てくれていいんだぜ。

 ふいに思い出す嵐の言葉。

 ああ、迎えに行くさ、

「絶対、無事で待ってろよ、嵐……」

 と、握り拳を作った。すぐにでも行かないと、間に合わない、が、嵐が連れて行かれた場所がわからないので一旦葉音の個室に戻る。看護師に、葉音の父親はどこか問われたが、追いかけたがどこかへ車で行ってしまったと、適当に話す。嵐の存在は隠して。看護師同士で、子どもたちはどうするかと、困り果てていた。と、それを聞き、勇が葉月と葉句を屈みながら抱き寄せ、

 うちで預かります、

 と一言。葉句は驚いた目で真剣な表情の勇を見つめた。歩いて帰れる距離なので、勇は聡と、それから葉句に葉月も連れて家へ向かう。後ろで聡が葉月の手を引きながら歩き、前で勇と葉句。と、勇が、

 わからないことがあるんだ、

 葉句に問うように口を開く。

 なんだよ、

 と葉句。

 まずは、聞いていい?

「俺たちの家に来る前の葉月ちゃんに、頭に向かって何かで手を上げたりした?」

 顔をしかめる葉句。そんなの、正直言えば日常茶飯事だ……葉句は、やがて、ああ、と呟き、

「バットで殴ったかな」

 と目を瞑りながら少しだけ口角を上げて言う。

 でも、

「支障が無い程度に、軽くだったんだよね……?」

 はっと目を見開く葉句。しかし、すぐにまた口角を上げて、

「さあ、どうかな?」

 なんて笑う。

 じゃあ、

「強く殴ったの?」

 そうだよ、

 と表情変えずに返す葉句。勇は、

 でも、

「お医者さんには、切り傷って言われたんだよね」

 えっと目を見開き葉句は、勇の顔を見る。勇はとても悲しそうな顔をしていた。

 思うんだ、

「もしかしたら葉月ちゃん、血が出るまで、何かで頭を強く切ったんじゃないのかなって……」

 想像できる、葉月が頭を自分で切っている姿が。

 じゃあ、

「葉月の記憶喪失のふりはいつから?」

 葉句に問われ、勇は、

 最初から、

「外へ様子を見に行こうとした俺を止めた時、怖がって服を掴めず、結局俺の体に少し当たっただけだった。でもあの子は、俺をパパと呼んだ……パパと呼ぶのに怖がって服を掴めないなんて……それに、嵐が言うには倒れてたと言うから、てっきり俺は頭をぶつけて倒れてたんだと思ってたけど、診察で切り傷と言われた。それにその切り傷は、止血しなくちゃいけないほど新しくできたものだったんだ。ということは、嵐が見つける直前くらいに切りつけたもの。頭をぶつけたのは間違いなかったとして、見つけられる直前で自身の頭をわざわざ切りつけたのはどうして?何故それほど重症に見せてまで俺たちに見つけてもらいたかったのか……腕などには古いものや新しいさまざまなアザや傷があった。この子には、何かある……そう思ったから、だから……」

 そう、勇は立ち止まって振り返り、少し離れたところで聡と話しながら歩いてくる葉月を見て、

 この子を、

「葉月ちゃんを、幸せにしてあげられないかって……」

 葉句も葉月を見つめた。やがて、勇を見上げる。勇はそんな葉句に目を向けて、

「葉月ちゃんにこんなことさせるなんて……許せなかった、怒ってたよ」

 でも……

 そう、葉句の腕をそっと取り、長袖をめくる。その葉句の腕には、葉月の腕と似たアザや傷があった。

「君も、辛い思いをしていたんだね……」

 気づかれてた、いつから?そう思う間も無く、葉句の目から次々と涙がこぼれ落ち、やがて声を上げて泣き出した。そんな葉句の姿に驚き、すぐそこで立ち止まる聡と葉月。葉句は、声を上げて泣きながら、そっと勇に寄り、勇は受け入れるように両腕を広げて差し伸べてやって、そっと、そして強く抱きしめた。

 ……お父さんだね?

 そう突然問われたが、意味は理解できたので、葉句は泣きながらも頷いた。

 この子たちを助けるためにも、嵐を助けるためにも。

 家に帰り着いたとき、極と一が駆け寄って来た。奥から駆け寄る雷加、おかえりなさい、そう嬉しそうに勇に飛び込む。すぐに周りを見て、聡に顔が似ている人物が増えたのを見て雷加、

「聡くんに似ているお友達がいるのですね!かわいいですね〜!子どもが増えるなんて!」

 と大喜び。

「ごめん雷加、今日から家で預かるんだ」

 この子たちがここにいたいだけ、いさせてあげて。

 そう微笑む勇。葉句と葉月は驚いた、が、すぐに葉月は嬉しそうに勇と雷加に抱きつく。

 嵐を迎えに行ってくる、

 そう呟く勇。極は不安げに、

「そういえば、嵐お兄様は……?」

 と問う。

「極、一、聡」

 みんなで迎えに行こう、

 と、勇は微笑んだ。三人も強く頷く。それに対し、雷加は、

 いってらっしゃいませ、

 と微笑んだ。葉句から場所は聞いてある、父親の花貴はどうやら教会の牧師をしているため、おそらくそこへ連れて行ったのではないかと。葉句と葉月は雷加に任せてある、勇は弟三人連れて、教会へと急いだ。黒の活動服を着ていこうと提案されたが、相手は一般人、活動服を着て行って自分たちの正体がバレてしまっても困るので、いつもの私服で行くことに。教会の隣に、葉句たちの家があるらしい。教会の閉ざされた門の前で勇、

「俺はちょっと寄るところがあるから、先に行ってて」

 どこへ?そう問いたげな聡の前で、極と一は素直に頷いた。勇は、教会の隣へ道を外し走り出す。極は、ちらっと隣を見て、門を飛び越えるのに登れそうなほどの、シートが被された置物をみつけ、門の前でしゃがみ込み両手を組んでそのまま腕を前へ、

 おいで二人とも、

 そう構えて、一はタイミングを見て走り出し、極の腕に飛び上がる、足が乗ったのを確認して極は、勢いよく立ち上がり一を持ちあげるように腕を上へ。一は一回転しながら見事高い門を飛び越えた。と、聡、

「利き足と逆使おうかな」

 と呟いたのを聞いて、一は門の向こうで、

「あ、俺もやればよかった〜!」

 なんて笑って。極は頷いて、

「いいんじゃない、やってみなよ」

 と微笑んだ。聡は二、三歩後ろに下がる、そして走り出し、利き足と逆の左足を見事踏み込み、極の腕に飛び乗った。再び持ち上げるように腕を上へ、聡も見事門を飛び越えた。

 俺もすぐ行くね、

 と、先ほど確認したシートが被されてある何かに飛び乗って、門に飛び乗り二人のいる前へ飛び降りる。

 行こう、

「嵐お兄様を助けに」

 極の言葉に、一も聡も頷いた。

 おそらく誰かの部屋、あるものを見つけた勇はそれを悲しげにじっと見る。それを手に取り、一階へ降りて、とある女性の遺影の前に座り手を合わせた。

 まだ、探すものはある。

 そう心で呟き、一階の居間で何かを探し始めた。そして、あるものを見つける。

 これは……?

 そう近くに寄って、手に取る。

 まさか……

 教会のドアの前に立つ三人、鍵がかかっていることを確認して、極は上を見上げた。二階なら入れる、が、

「登れそうなところはない……」

 登れないことはない、が、安易に軽々と登ってしまうと、それこそ自分たちの正体がバレる。

 もう、

「強行突破か……?」

 慌てた人たちがやりそうなことを考えた結果。だが、ぐるっと教会を一周してきた聡は、ねえ、と声をかけた。

「裏から入れない?」

 裏?

 何かのドアがあったらしい、教会に裏口……?聡について裏へ回ると、まだ離れてた、のに、異臭が漂ってた。

 聡、

「よくここを通ったね?」

 と、手で口と鼻を覆い極、一は気持ち悪さが増していた。でも、

「行ってみようか」

 極の後ろに怯えてくっつく聡、そしてそれを挟むように一が一番後ろへ。無理だ、倒れそう。聡を支えるように一は腕を持ってやっていたが、割と奥まで続いてる、聡に限界が来ただろう、ふらふらと一に掴まった。

「極、聡が」

 はっと振り返る極、

 二人は外へ、

「俺が奥まで行ってみて、もし教会の中へ繋がっているんだったら、鍵を開けるから」

 大丈夫?

 心配そうに一、大丈夫、と極は強気で笑って、真剣な表情で前を向くと、

「嵐お兄様、今行きますから……!」

 と、異臭が漂う部屋の奥へ進んだ。一は、聡を連れて外へ。吐きたいと、手で口を抑えてうずくまる。ドアから離れて表に戻り、そこの木の下で聡は嘔吐物を吐き出した。奥へ進み、その奥のドアの鍵が開いていることを確認して、そっと扉を開ける。またその奥に空間がある、光がうっすら漏れているのを見て、手で触れてみると少し動いた、のでそのまま押して開いてみると、一番奥の祭壇から出た。と、目の前に、

「嵐お兄様!」

 台に寝かされて拘束されている。花貴はいない?と、上から何かの気配察知、さっと横へ、受け身を取りながら体を回転させ、飛んできた矢を避けた。さっと上を見ると、ここから二階を見渡せる。二階で、矢を放った様子の花貴が立っていた。

 おしかったか、

 そう笑う。矢はまだ残ってる、今ここを離れてドアの鍵を開けに行けば、確実に嵐は……ごめん、

「二人ともちょっと待ってて」

 そう、嵐の手に拘束されている鉄に手を伸ばしがちゃがちゃと、なんとか外れないかと動かす。弓と矢を一階に放り投げ、二階から一階へゆっくり向かう花貴、恐ろしい笑い声を上げながら、

「お兄ちゃんとあの世へ一緒に送ってあげようか」

 と、階段を降り始めた。拘束具が外れない、極は前に回り込み、花貴に背を向けた状態で、もう片手の拘束具を外そうと強く動かす。

 お兄様、

「嵐お兄様!極です、わかりますか⁉︎」

 と、声を上げながら拘束具を引っ張る極、うっと、少し嵐の瞼と眉が動いた。

「お兄様、嵐お兄様!絶対、絶対、この俺があなたに手を出させませんからね……!」

 と、そして勢いよく振り返った。嵐はそっと目を開ける、瞬間、花貴は足で極の腹を強く一撃。目を見開く極と嵐、花貴、今度は嵐に向かって両手を組み腕を振り上げた。倒れ込んだと思った極、立ち上がっていて嵐に覆いかぶさり、そのまま腕を振り下ろしてきた花貴の攻撃を背中に受ける。

 痛い、痛い、

 そう、静かに呟いたのを嵐は聞いた。

 勇兄は、

「一は、聡は⁉︎」

 と問うと、

「二人は外です、扉の向こう」

 と、小声で痛そうに返す。

 タイミングがくるはずだ、はやくタイミング……!

 と、攻撃を受け続ける極を焦った目で見つめながら嵐は願う。十回、いや、二十回ほどその攻撃を受けただろう、そんな極を見て花貴は、そっと腕を下ろす。

 きた、

「俺の言うタイミングで扉へ走れ、極。走れるか?」

 と、聞こえないように小声で嵐。極は静かに頷いた。

 やはり、何か刺すものが必要か。

 そう、最初に極が出てきた祭壇の隠し通路へ入って行く。それを見計らって嵐、また小声で、

「今だ、走れ!」

 と強く命令。極は振り返り、走った、が、足が思ったより進まない。扉へ急ぎ、鍵に手をかけたとき、花貴が戻ってくる足音が聞こえ嵐、そちらを向き焦った目を見せた。すぐに鎌を持った花貴が戻ってくる、ほう、と、そんな嵐に鎌を両手で上に振り上げて、

 残念だったね、

「あの世で、葉音が寂しく無いように、一緒にいってやってくれ」

 と、狂気に満ちた目で笑った。

 葉音が望んでることなのか?

「それは本当にあの子が望んでることなのか⁉︎」

 と、鎌を振り下ろされるのを睨みつけながら嵐、もうあと数センチで刃が刺さる、とその時、足で鎌が蹴られて思わず手を離した花貴、痛そうに手首に手を当ててそこを向くと、嵐が寝かされている台の上に一が屈み、息を弾ませて花貴を睨みつけていた。

 一!

 そう声を上げて扉のほうに目をやると、痛さでうずくまる極を座り込んで支えてやっている聡もそこに。安堵で少し口角が上がった。

 俺に構うな、

「気をつけろ、油断するなよ!」

 と嵐。一は黙って強く頷いた。花貴に向かって足を振り上げ飛びかかる。一撃で吹っ飛んだ。が、立ち上がりこちらを睨みつけたあと、鎌を振りかざしかかってくる。それを避け続け一、壁まで追いやられるが、またもや鎌を避け、その刃が壁に刺さった瞬間、また、利き足と逆の左で蹴りつける。その場に倒れ込んだのを見て、嵐に歩み寄り、鍵は、と拘束具の鍵を問うた。

 どこかにあると思うんだが、

 と嵐は祭壇を見たので、祭壇に行き鍵を探す。その間、花貴はゆっくりと立ち上がった。気づかれないように、そっと、そっと近づき、残り数メートル、走り出して腕を振り上げた。

 一!

 と嵐が気づき呼ぶ、一が振り返った先が、嵐だったので花貴に気づかず、そのまま腹を殴られた。

 うう、

 と痛そうに腹を抱えうずくまる一、嵐は、なんとかこれは外れないかと、拘束具を鳴らした。一に近づき花貴、今度は踏もうとして足を上げた。

 一!

 そう嵐が呼ぶが、一は立ち上がれない、と、その時、花貴の肩に矢が刺さる。はっと扉の方を向くと、聡が放った様子で立っていた。

「やった、刺さった!」

 と、安堵した様子。今まで的に当たったことがない矢が今回当たった。

 貴様ら、

「絶対許さんぞ!」

 それはこっちのセリフだ、

 と、怒りに満ちた様子の花貴に向かって嵐。

「てめえは、あとどれくらい人に手を上げれば気が澄むんだ、零那の、あの子の腕のアザも、てめえだな⁉︎絶対許されると思うなよ!」

 やはり、

「君を早く片付けるべきだったか」

 と、嵐に向く。聡は焦る、近くに矢が無いか探して、離れたところにあるのを確認すると、走って手に取るが、

 間に合わない!

 と、教会に響く足音、花貴も振り返り、扉の方を向いた。険しい表情でこちらに歩みよる勇の姿、そして、

 嵐、

「帰るぞ」

 と勇。それを見て花貴は、もう一度嵐に向く。と、勇、走り出し、花貴の前で飛び上がったと思ったら、そのまま回し蹴った。数メートルは吹っ飛んで、壁に当たり倒れ込む。ここで終わるかと思ったが、花貴に寄り見下すように見下ろして、再び足を振り上げると、まるでサッカーボールを蹴るように蹴り飛ばした。花貴の体は、再び祭壇前に戻され吹き飛ばされる。誰もがその光景を目を見開いて見ていた、まるで勇じゃない。静かに怒り満ちている、祭壇前の花貴にゆっくり歩み寄ると、しゃがみ込み、そっと口を開いた。

 伝言だよ、

 伝言?誰から?そう問いたげな怯えた目で勇を見上げる。勇は、

「お父さん、俺はお父さんを、いつも助けてあげようと、手を上げられるのをずっと我慢してた。お父さんの心の傷に比べれば、俺のこのアザはどうってことない。でも、今回は助けてあげられない」

 自首して……

 葉句だ。花貴は怒りで震え出した、が、それを止めるように勇は足で頭を踏み倒す。

「悪いけど、俺も助けてあげられない。家を調べさせてもらったよ。これ、毒薬だよね?」

 と、見せてきた錠剤の薬。数えきれないくらいたくさんある。勇のその言葉に驚き、花貴は足で頭を踏まれながら、横目で見上げて、

「それをどこで」

 と問う。勇は、

「やっぱり隠してたんだね、ということは、やっぱり」

 あんた、

「葉音ちゃんに飲ませてたな⁉︎」

 と、聞いたこともない大声で怒鳴る勇に、誰もが目を見開いた。花貴、怯えた目で、

 そうだ、

「医者にも協力してもらってね、金で釣ったさ。そしたらあっさり協力してくれるもんだから驚いたよ。葉音は我が愛する妻を殺したようなもんだ、毎晩妻が、泣きながら話していたよ、葉音には一番苦労してると。結果妻は過労死した、これも全て葉音のせいだ。だから妻のために復讐してやろうと……でも人間の感情って不思議なものでね、だんだん弱っていく葉音を見ると可哀想になってきてしまった。だから、せめて葉一に会わせてやろう、寂しくないようにあの世に一緒に送ってやろうと思ってね」

 関係ない少年たちが、

「十五歳の少年たちが行方不明になってる事件、全部あんただよね?」

 ああそうだ、

 と笑う花貴に、勇は再び怒り覚えた。ふっと花貴は横に避け、勇の足から逃れる。立ち上がり、勇に向かって腕を振り上げるが、勇は睨みつけたまま動かず避けようとしない。が、はっと後ろを見て横に避けた。突然、花貴のもう片腕に刺さる矢、勇は後ろを向いたまま、

 聡……

 と呟いた。矢を放った様子で俯き立っている。聡は、

 俺さ、

「葉音にはいつも、一日でも長く生きる方法考えろって言われてたんだよね……ということはさ、葉音は、葉音は……」

 だめだ、泣いて言えない。沈黙が走る。勇はそんな聡を見つめたまま、花貴に背を向けた状態で、

「わからない?言わなきゃわからない?」

 と問う。花貴は、隠し持っていた包丁を取り出して振りかざしていた。と、勇は振り返りながら花貴の横腹に一撃する。しゃがみ込んだ花貴に向かって、

 気づいてたから、

「葉音ちゃんは、毒盛られてるって気づいてたから、いずれ死しか待っていない運命でも自分にそう言い聞かせて、そして発作が起きる度死ぬかもって思ってた聡にもそう言ってたんだよ!」

 子どもをなんだと思ってるんだ、

「自分の子どもをなんだと思ってるんだ!」

 うるさい、

「どうせ人は死ぬ運命なんだ、そうだろ?」

 と、勇を押し退けて扉に向かって歩きながら両腕を上に広げる花貴。

「生きる意味が無いんだったら、命は短くてもいいじゃないか!ええ⁉︎生きる意味とはなんだ⁉︎」

 と、歩みを止め、近くにいた聡に問う。驚きつつ返答に困る聡。すると、

 無いよ、

 と、勇の声。あ?と花貴は振り返る。勇は続けた。

「意味は無いよ、無いかもしれない、でも、親ってさ」

 子どもに希望と未来を与えてあげるものじゃないの?

「意味はわからないからこそ、希望を与えてあげるんだ。意味が無いからこそ、未来を与えてあげるんだ。それができないんだったらあんたに親になる資格はない」

 と睨みつける勇。

 うちさ、

 と、聡。

「父さん母さん行方不明なんだ。俺、親の顔知らないよ。写真でしか見たことがない。そんな俺に希望と未来与えてくれた人、誰だと思う?」

 そんな人いない?ううん、

「兄さんたちの存在が大きかったんだよ」

 兄四人は聡を見つめた。瞳を揺らして。花貴は聡に歩みよる。その間聡は、

「葉音は、葉音は一日でも長く生きる方法を考えろって言ってた、そんな考え方が、そんな希望と未来を持てたのは、やっぱり葉音の兄さんの存在が大きかったからじゃないの?」

 と花貴を見上げる。しかし花貴は、包丁を振り上げていた。はっと目を見開く聡。緊張が走る、焦りが募る。刺される、と聡は目をぎゅっと瞑り、極と一は動けずそれでも手を伸ばし、拘束されている嵐は目を見開き見つめた、が、刺さらない、と、目を開けると、勇に抱きしめられていた。その時、頭に過るあの時の勇の言葉。

 君は俺が死なせない、何があっても俺が守る、約束するから……

 まさか、

 まさか……!

 そっと背中に手を回してみれば、勇の背中に刃物が刺さっているのがわかった。目をさらに大きく見開かせる聡、それに嵐と極と一。痛がっている様子がない勇はそっと花貴に振り返ると、頬を引っ叩き痛々しい音を響かせる。

 もう終わりだよ、

「いくらお医者さんが隠したところですぐに気づかれる、遺体の臭いも隠しきれていないし、刃を人に向けた。ねえ、人に刃を向けたってことはさ」

 それなりの覚悟があったんだよね?

 と、顔色が悪くなってきた勇、俯き、

 さすがに、

「意識が朦朧としてきた……」

 と、目を瞑り後ろに倒れだす。急いで立ち上がろうと聡は慌てて腕を勇に伸ばすが、勇の体はある男の腕に倒れ込み、そのまま支えるように座り込んで勇は体を預ける。そしてそっと目を開けて勇は、

「遅かったじゃない?」

 持田警部、

 と、その男の名を呼んだ。

 悪い、

「これでも急いだんだが、まさかこんなことになってるとは……」

 あとは頼んだよ、

 任せろ、

 と、聡に勇を任せて持田は花貴に向く。聡は小声で、

 どういうこと?

 と問うと、勇も小声で、

「さすがに毒薬出てくると、警察に任せたほうがあとは簡単だと思って、持田警部に連絡しといたんだ」

 花貴は持田に走る。腕を振り上げて襲いかかるが、持田は横に避けて肘を背中に落とす。そのまま倒れ込んだ花貴の腕を掴んで、手錠をかけた。

 勇、

「救急車は呼んである、それまで耐えてくれ」

 勇は頷く。

 おっさん、

 と嵐は台から呼んだ。周りに極と一が集まっている。

「俺のこの拘束の鍵どこにあるかそいつに聞いてくれよ!」

 ああ、

 嵐の言葉に頷き持田は花貴に屈む。鍵はポケットの中にあった、嵐の拘束を外してやると、外してくれた持田に一言お礼言って、勇に駆け寄る。勇は立ち上がり、腕を広げて駆け寄る嵐を抱き止めた。

 おかえり、

 と笑う勇に、嵐も笑い、泣いた。

 ただいま、

 と。

 あまり無理するなよ、

 と持田が歩み寄った。すぐに救急車とパトカーが到着。勇はすぐに運ばれ、病院先では極と一も診てもらった。勇はしばらく入院、連絡が入ったらしい雷加は、葉句と葉月を連れて病院に駆けつける。部屋は個室、がらっと扉が開かれ、青ざめた表情の雷加が息を弾ませてそこに立っていたが、雷加、と勇は微笑み両腕を伸ばす。

 勇さん、

 と、勇に駆け寄り抱きついた。

「よかったです、無事で本当によかったです……!」

 悲しげな目をする勇。雷加に頭を埋めるように強く抱きしめた。持田がそっと歩み寄る。気づき勇、持田警部、と微笑みながら顔を上げると、持田も悲しげな目をして、こつんっとノックをするような手で勇の額近くを軽く叩くと、

「あまり嫁さん泣かすなよ」

 と、口を開いた。あっと勇は、

 そうだね、

 と再び雷加に顔を埋める。心配そうに葉句と葉月が見上げていた。そんな葉句に、勇は、

「はい、言ってたこれ、取ってきたよ」

 と、一枚の写真を渡す。葉句に取ってきてくれと頼まれていたその写真は、父もいる、母もいる、そして葉一や自分に双子の葉音と葉月の家族が写っている。大事そうに写真を胸に当て、葉句、

 ありがとう……!

 と呟いた。葉句の頭に手をやり、勇は微笑む。

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