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三章

「何?」

 持田の声で勇は目を覚ます。ベッドからゆっくり上半身を上げて目を擦る。

「またDolceだと言うのか……?」

 眠たそうに小首を傾げて携帯を取る。今の時間を確認して、こんなに寝たのは小学生以来だ、と光っていた画面を閉じた。しかしこんなに寝ると、逆に眠たいというのは本当なのだな、と再び寝転ぶ。ふと持田に目を向けると、不思議そうにこちらを見ていた。勇も不思議そうな顔をして、にこっと笑いひらひら手を振る。持田は軽く手を挙げて、再び窓の外に目を向けた。勇も眠たそうに寝返りを打つ。持田は一切気が付かなかった、勇が目を細め、怪しくにやけていたのを。始まった、

 俺と持田警部の心理戦が……――――――

 勇はぞくぞくとあそこから全身に巡るのを感じる。思わずそこに布の上から手で触れ、片手の指は口元に。色気のある赤らめた恍惚な笑みを、こっそり浮かべて。

 勇、

 なあに?と呼ばれて振り返った時には、既にいつもの純粋な表情の勇に戻っていた。

「ちょっと頼みがあるんだが……」

 頼みぃ?

 事情を聞く。昨夜FIVE THIEFSによる犯行が行われたらしい。朝出勤した店員が、明らかに大量に盗まれていることに気づいたと。すぐ警察に通報し監視カメラを確認したところ、Dolceらしき人物が映っていた。机に地図を広げる。そこには今までFIVE THIEFSの手によって犯行が行われた、美術館や宝石店などから盗み出された場所の赤い丸印。勇は顎に指を当て、うーんと考え込んだ。

「昨日盗み出された場所はどこなんだっけ?」

 ここだ。

 左手で赤いペンを持ち、丸で囲む。今まで法則を作って行われていた犯行場所とは、かなり距離が離れていた。

「ただ順番に店を攻めていたわけではなさそうだね」

「何か分かりそうか?」

 ちょっと待って……

 地図を見ながら考え込む。

「今までは分かりやすく、円を囲むように順番に攻めてたのに、急に距離を遠くしたのは何故?そもそもどうしてそんな分かりやすく円を囲むように犯行を?何か理由があるのかな?それともただの偶然?」

 それ以前に、

「Dolceとその仲間四人が急に盗む宝石の量を増やした理由が分からない……」

「やっぱりお前も引っかかるか。今までは、五人もいて盗む宝石の量が一つ二つ……しかし、前回といい今回といい、五人でぎりぎり持ち出せるほどの量だ。俺はDolceに一度会っている、Dolceという名前が似合うほど柔らかで落ち着いたやつだ。そんなやつが、理由無しに盗む量を増やすか?」

 ふーん、

「Dolce、ねぇ……」

 ちょっと待て、

「お前、この前の十時半過ぎ頃どうしてた?」

 来た……

 ぞくぞくする、再びあそこから感じる楽しいという興奮を抑えて、勇は純粋なテンションで、ん?と返した。

「この前って?」

 この前だよ、

「二十一日、午後十時半過ぎ、お前何してた?」

 勇はただ、にこっと笑って、

「怒らないでよ?」

 と、口に指を当てて笑う。

「ちょっとだけ夜のお散歩」

 まるで語尾にハートがつく言い方。持田はすぐに、

「誰かと一緒だったか?」

 と問う。

「一人だけど?」

 勇の返答に反応返さない持田。この反応は気づいた……!

 俺が、FIVE THIEFSの一人かもしれないという疑いの目が持田警部から注がれてる……!

 勇は、自分が犯人だと言っているようなキーワードを言い残していた。このまま計画通りに進んで、最後の心理戦に持ち込みこの勝負に勝てば……!

「なんでそんなこと聞くの?」

 不思議そうに問う勇。持田は、

「いや、なんでもないんだ……そうだよな、そんなわけが……」

 と顔をしかめている。勇は小首を傾げた。

「少し水を飲む」

 と後ろを向いた持田に、勇は分かった、と返しその直後、

 水……?

 と呟いた。そしてさっと地図を見返す。

 持田警部、

「水だ」

 は?

 小さい冷蔵庫から、ペットボトルの水を取り出しながら、頭にハテナを浮かべる持田。

「今まで、円を囲むようにただ店を攻めていると思ってた、でも違う、円を囲むように見えていただけ。距離が離れても実はある法則性があったんじゃないかな?」

 持田警部、

 そう振り返る勇。

「候補はいくつかある、次の犯行日はいつか分かる?」

「やつらはだいたい三日連続の時もあれば二日に一回の時もある、予想して行くか、来るまで毎日張ってるかのどっちかになるが……」

 分かった、

「今から俺の言う場所に、毎日見張って!」

 お、おお、

「分かった……」

 で、

「今日の予定はどうするんだ、勇」

 もちろん、

「ペンギンに会いに行く!」

 だろうな、

 と苦笑いの持田。勇はただ、えへへと笑ってみせた。

 同刻、小出家。炎鳳は台所で朝ご飯を作りながら鼻歌を歌い、ちらっと後ろを見る。昨夜の活動で疲れたらしい嵐が、ソファで片膝を抱えてうとうとうたた寝。その左右に極と一、嵐に寄りかかって完全にすうすうと眠り込んでいた。聡はまだ部屋から降りてこない。

 少し無茶をさせたかな、

 なんて独り言言って。昨夜も、そして今日の夜も炎鳳はDolceになりきる。ただ頼まれたことを自分は全力でやりきるだけ、勇の作戦はあえて何も聞かなかった。役作りのため、そして逆にDolceになりきるために。今は聞かずに、頼まれた役目を果たしてから考えようと思って。火を止めてフライパンに蓋をする。今は起こすのは可哀想だ、と。嵐の前にそっと立ち、静かに頭を撫でてやる。

 勇兄……

 嵐の寝言。昨日嵐が、父さん母さんを一番に尊敬できるかと言われたらそうじゃないと言った。その言葉を思い出し、少し悲しげな顔で微笑む。この子は、本当に勇が全てなのだな、と実感した。嵐が五歳の時に親は行方不明になっている、親の顔やどういう人だったかをはっきり細かく言えと言われたら、言えることは普通できない。なのに、嵐ははっきりと覚えていた。嫌なことまで。記憶力、そして人を見抜く力がある、確実に。活動が終わり二人きりになった時、嵐は自分にこう言った、

 勇兄の夢を引き継ぎたい、

 と……そして極の部屋に訪ねた時に、彼はこう言う、

 目標も何もなかった自分に目標ができた、

 それを聞き一は、

 家族を、そして兄ちゃんたちをいつまでも笑顔で助けてあげられる人になる、

 と決意して、こっそりドアの影に隠れて聞いていた聡に声をかけた際には、

 ずっと甘えてた、病気になってからいつも死ぬんだとしか思ってなくて、でも強くなる。何も言い訳はしない、病気のせいにしない、兄さんたちを助けてあげられるように……!

 と。勇という大きな存在に気づいてから、みんな変わってきた。嵐も、極も、一も、聡も。ふふっと再び微笑み、手をやっていた頭から離す。その時、寝過ぎた、と聡が起きてきた。それについて零那が階段から駆け降りて来て、聡に飛びつく。

 おはよう、

 笑顔で炎鳳は二人を迎えてやる。おはよう、と目を擦りながら、やはり上がらない口角で、聡は静かに返した。それに比べ、すっかり炎鳳にも懐いた様子の零那は、元気よく返す。

 無理だ、口が上がらない。

 聡は無理に笑おうとしていた、しかし表情はやはり石のように固まって動かない。炎鳳は勇から聡の事情は聞いていた。決して寿命があるような、命を落とすような病気ではない。しかし聡の場合は、発作が起こるたびに死ぬかもしれないという恐怖に駆られる。かつて、恐怖に酷く怯えている友を見たことがある。雷の日、その人物、(れん)は自分や勇と同い年だが、彼は雷を酷く怖がる。目に涙を浮かべて、自分に抱きつき酷く震えて……炎鳳には幸い恐怖症などがない。恐怖に怯えることはあまりなかったが故、その気持ちを知ることは難しいが、蓮のそばにいてやることくらいならできるだろう、とその夜は蓮から離れずに、ずっとそばにいたことがあった。聡も、そばにいてやるべき存在なのだろうか。勇は弟が四人もいる、いつも平等に愛してあげられればなんてもう口癖のようだ。気持ちは分かる弟に限らず下の従兄弟もいるので。

 聡、

「力を抜け、すべて無理にやろうとしなくていい」

 聡の両肩を掴み炎鳳の言葉に一瞬ぽかんとするも、聡は力強く頷いた。

 炎鳳お兄ちゃん、

「零那もよしよしして」

 ああ、

 そっと零那の頭に手をやり、撫でてやる。できるだけ、そっと、そっと。零那が、誰にも気づかれないように少し肩をびくつかせ怯えているのを、炎鳳は初めから見逃さなかった。もちろん勇だって気づいているだろう。この子には、何かある。勇は気づいているから、零那を置いてやっているに違いない。

 後日報告頼むぜ、勇。

 すべてを勇に任せる。勇は零那のパパだ、この子を助け、幸せにしてやると決意したのには間違いない。この子の事実を、嵐や聡たちはどこまで気づいているだろうか。いや、何も気づいていないかもしれない。

 零那、

「お前にいつか、必ず幸せが来ることを約束しよう」

 首を傾げる零那。

 今は分からなくていい、そのうち、自分や真冬さんが残した言葉の意味が分かる日が来ることを信じて。零那の頭からそっと手を離し、そっと二人を抱き寄せた。そんな様子を、嵐はただじっと見ている。

 パパ……

 あの日の零那の言葉、今でも消えることはない。少し落ち着いたと思ったが、まだやはり勇に対しての甘えたい欲望と、弟たちへの羨ましいという感情。ふと目を瞑り、脳裏に焼き付いたある記憶。……フラッシュバック、思い出してしまった。

 うっ……!

 驚いて極と一が起きる。炎鳳は勢いよく振り返り、手で口を抑えている嵐を見ると、聡に、

「洗面器持って来てくれ」

 と落ち着いたトーンで言った。聡は慌てて浴場に向かう。

 立てるか、

 問うが首を横に振る嵐。極は自身の服を引っ張って、

「ここに吐いていいので!」

 と、明らかに動揺が隠せない様子で言った。無理だ、弟の服に吐けるわけがない。が、徐々に気持ち悪さは増していき、とうとう、おえっと口から勢いよく嘔吐物を出した。が、嘔吐物は洗面器の中に、聡が息を切らしながら洗面器を差し出していた。

 家が、

「広すぎる……!」

 聡は炎鳳に、嘔吐物が入った洗面器を渡しながら崩れ落ちた。体力が落ちている。嵐は瞳を揺らしながら、驚いたような目で聡をじっと見つめていた。一は聡に寄り顔を覗かせるように背中に手をやって、極は嵐の背中をさすってやる。

 嵐、

 炎鳳に呼ばれそっと向く嵐。

「どうしたのか、俺には言えることか?」

 悲しげな顔で炎鳳を見つめる嵐。炎鳳は、

「特に、勇には言えないんだろう?」

 図星。そして弟たちにも言えない。嵐は立ちあがる、そして炎鳳と部屋を移した。二人を見送り、残された極と一と聡、極は、

「俺たちに言えないことってなんなのだろう」

 と呟き俯く。二人も、顔を俯かせた。零那、何も分からない顔で三人を見渡す。

「お兄ちゃんたち、どうしたの?」

 悲しげな顔で問う。極は首を左右に振り、零那をそっと抱きしめながら、

「なんでもないんだ、でもね、みんな……」

 疲れちゃった……

 それを聞き、泣き出す聡。一はそんな聡を抱きしめてやる。

 でもね、

 極が続け、顔を上げる二人。

「ここで弱音吐いてたら、みんな、みんな、お兄様たちに何もしてあげられないんだよ……!」

 零那の肩に手を置き極の言葉。零那は、そっと目を見開いた。聡は泣くのをやめ、一も、力強く頷く。

「嵐お兄様は、勇お兄様のなりたかったものに。そして俺は嵐お兄様のなりたかったものに、なるはずだったものになるために今から目標へ向かう……!そのきっかけを作ってくださった嵐お兄様と炎鳳さんの言葉を決して無駄にしない……!」

 そう横にいる二人に向き極。零那は、ただ驚いたような、不思議そうな顔で三人を見つめていた。

 嵐の部屋に嵐と炎鳳、事情を聞き、炎鳳はなるほど、と呟いた。嵐は、俯いたまま、

「俺のわがままで……だから弟たちに言えない、特に、勇兄には……」

 言うべき、

「なんすかね……?」

 嵐の問い。炎鳳は、ただ微笑んで、

 まあ、

「言っても問題ないんじゃないか?」

 と言う。

「それで君たち兄弟の絆が壊れるかって言われたら、そうじゃないと思うんだ」

 炎鳳の言葉に、嵐はただじっと見つめる。すると、嵐の携帯が鳴り響いた。一言断って、電話に出る。

 よお、

「まりん、どうしたよ?」

 どうやら相手はまりんという女子かららしい。炎鳳も、自身の携帯を確認する。炎鳳を入れた三人の写真を背景にした画面に、ツバサという名の弟からのメッセージが一件。ふっと微笑み、ちらっと嵐を見て会話を盗み聞きする。

 え、ああ、

「そうだな、ありがとうな、まりん」

 お前がいてくれて助かるぜ、

「え、今からか?ああ、行くか、じゃあカラオケでも行こうぜ、じゃあ……」

 また後で、

 そう微笑む嵐に、炎鳳も微笑ましそうに笑う。二人で部屋を出て階段を降りながら、嵐、

水晶(すいしょう)まりんっていう同じクラスの女の子がいて、やたら突っかかってくるっていうか……まあ、そこが可愛いんすけどね」

 階段を降りてリビングを覗き込む。嵐に気づいた極、駆け寄り問うた。

「お体の具合いは……?」

 ああ、

「悪かったよ、もう大丈夫だ」

 ほっと息を吐く極。一も寄り、二人で嵐に抱きつき胸に顔を埋める。ふと顔を上げると、聡も心配そうな面持ちで立っていた。

 嵐兄さん、

 ありがとうな、聡、

「助かったぜ、もう大丈夫だ」

 安心した様子の聡、嵐も微笑んだ。

 さあ、

「俺は呼ばれたからちょっと出かけてくるぜ、極、一、聡と零那も留守頼んだぜ」

 はい、

 頷く極。対し、一は元気よく手を上げた。

 じゃあ、

 と手を上げて嵐はその場を去る。行ってらっしゃい、と炎鳳は優しい声で嵐を見送った。そして携帯が短く通知を知らせる。携帯を取り出し、確認すると、勇から画像が送られてきている。ペンギンと一緒に写った写真、短く笑って返信を打った。そして、弟のツバサからのメッセージを開く。

『早く帰ってきてね!』

 微笑ましそうに笑う炎鳳。そして楽しそうに話す極と一と聡。ふとこちらに気づいた聡が来いよ、と手を伸ばす。


 時間が無い……時間が無い……!


 もう時刻は二十一時を回った頃ではないだろうか、新幹線を降りて駅から出る勇と持田。携帯で電話しながら持田は、何、と突然立ち止まる。

「Dolceが現れた?」

 勇も立ち止まった。

 すぐ行く、

 そう携帯を切った。

 すまん勇、

「やつらが現れたそうだ、お前の言った通りだ」

 じゃあ、

「やっぱり……」

 ああ、

「勇が指定したいくつかの場所の一つに現れた」

 持田警部、

「外で待つから、俺も連れてって」

 そう微笑む勇。不思議そうに、驚いたように持田は勇を見つめた。勇は、にこっと微笑む。

 いいか、

「ここで待つんだぞ?」

 FIVE THIEFSが現れたという犯行場所に着いた勇と持田。まるで立派な洋館。全体が見渡せるくらいの離れた場所にある門に黄色いテープが張られた場所で、持田は勇に言い聞かせると、その黄色いテープをくぐり奥へ進んでいった。大人しく待ちながらふと顔を上げた勇は、三階、窓を見る。影。高身長、マークが入った白い仮面にハイネックとタンクトップの黒い服。はっと驚くと、持田警部、と声を上げて、身軽に黄色いテープを飛び越える。周りにいた警官たちが止めに勇の前に立つも、それも身軽に避けられ、振り返った持田の腕を掴み引っ張って走り出した。

「お前、外で待ってろと……」

 影!

「三階の窓に人影が!」

 は?

 勇に引っ張られるがまま、階段を駆け上がって左へ。廊下を進み部屋の奥へ入ると、奥、棚などの家具の上に立つ黒い服の四人。息を弾ませる持田をよそに、まったく疲れている様子がない勇は、あの人たちがそうなの?と問うた。

 ああ、

「久しぶりだな、Dolceはどうした?」

 と、

 ここだよ、

 と上から声が。見上げようとした先、Dolceが上から降ってくる。

 持田警部!

 持田の首に腕を回しながら、その周りを身軽にくるくる回り降り立つDolce。呆れた様子の持田、驚きが隠せない勇。

「久しぶりだねぇ、持田警部!元気にしてた?さあ僕と遊んで、お話しよう!あ、最近いいことあった?」

 Dolce!

 と、腕を掴もうとする持田だが、おっと、と避けられ、高いタンスの上へ。仮面の下で微笑んでいるのがわかる、が、勇を見て焦ったような目に変わった。

「も、持田警部、その人は⁉︎」

 あ?

「勇のことか?今日旅行から帰ってきた仲だが?」

 りょ、

「旅行⁉︎そんな、持田警部、僕というものがありながら他の子と旅行だなんて……!」

「別にお前も誘ってやってもいいぞ」

 手錠してだがな、

 いいもん、いいもん……

「僕にはこれがあるから……」

 と、目で微笑み見せてきたのは、左手に宝石の指輪やブレスレットにネックレス。指にはめたりかけたりしてきらっと光る。

「Dolce、貴様……!」

「ここにあった価値のある宝石は全部もらって行くよ。全部で百万といったところかな」

 Dolce、そう声を上げる持田をよそに勇はだっと駆け出す。真ん中にあった広い机に飛び乗って、さらに加速して走り、左足で思いっきり机の端を蹴って、Dolce目掛けて飛び上がった。ぎりぎり、

 届く!

 宝石持っている左手に手を伸ばすが、その手を上に。あっと勇は、落ちながら今度はDolceの足首に掴んだ。

「何者なの、この子⁉︎」

 そのまま思いっきり引っ張り、Dolceを下へ。バランス崩して二人はどっと床へ叩きつけられた。その衝動で手を離してしまう勇。さっとDolceは立ち上がり、落ちつつもしっかり守った宝石たちを握って、部屋の外へ走り出す。

 走って!

 合図に四人も飛び降りて、警官たちで立ち塞がっているはずの扉へ駆け出した。肩に手を置き、床に伏せたままの勇に持田が声をかけるが、

「上!上を守って!」

 と顔を上げて声を上げる。

 上?

 と上を向いた時、そこをついて、

 だったら、

「下!」

 とDolceは勢いに任せて腰を床につき、そのまま体を滑らせて警官の足元を抜ける。あっと下を向いた時に隙をついて四人は、机を利用して飛び上がり上から警官たちを抜ける。

 しまった!

 と勇は体を起こそうとするが、うっと足を抑えた。

「大丈夫か、勇」

 そう寄る持田に、

「Dolce、Dolceたちを追って!いいから!左に曲がった先に、どこか大きな窓はない⁉︎」

「確か、左に曲がって右の廊下を進めば……!」

 どの警官が言ったか分からない、が、持田は、

 よし、

「そこへ急げ!」

 と指示。勇に寄り添う持田に、一人の警官が寄った。

「持田警部、自分がこの子を見てるので、行ってください!」

 すまん、

 と持田は走り出した。持田が走り姿が見えなくなったのを確認して、痛そうにその警官を見上げる。

「痛くもないくせに」

 警官。勇は黙って俯いていたが、やがてべっと舌をだして笑った。

「ちっともね。どうだった?俺の演技」

 真冬さん、

 警官に扮した真冬がしゃがみ込み、勇と目線を合わせる。

 見事、

「味方とやり合うなんて、エリートの考えることは違うぜ。ただ、これをクライマックスに持っていけば、俺もさらに褒めてやったんだがな」

 これからなんだろう?

「もちろん。まだ心理戦は始まったばっかりだよ。まずは」

 この影武者作戦に気づかせるんだ……!

 走っていたDolceは止まり振り返る。ちゃんと五人揃っていることを確認して、頷いた。と、

 いたぞ!

 と警官の声が。見ると、走ってこちらに向かっている。

 どうして、

 と驚くコードネーム、Knight。

「きっとあの子だ……」

 急いで、

「窓へ走って!」

 窓へか⁉︎

 と、Knight。今走って行って鍵を開けているうちに、捕まってしまうのは間違いない。が、Dolceは、

 いいから!

 四人は走り出す。遅れて追ってきた持田を一瞬見て、最後にDolceが走り出した。

「止まらないで、そのまま走って!」

 そう言い、右手にナイフを持つ。そしてそのナイフを思いっきり振りかざして、まっすぐ窓へ投げた。四人の間をくるくる回りながら抜けてナイフは、窓の鍵に当たって、ただ挿していただけらしいネジ締まりタイプの鍵は、ことんと弾みで穴から外れて窓に当たった。それを見たKnight、体当たりするように窓を開けながら外へ出る。ついて他三人も飛び出し、最後にDolce、さっとナイフを拾い、右足で踏み込み窓に立ち振り返って、

 持田警部、

「あの子に言っといて、次は絶対、泣かせてやるって」

 まるで怒り込もった目、そのまま後ろに倒れてふわりと背中から落ちる……驚いて一人が下を覗き込んだが、不思議なことに誰もいなかった。遅れて駆け寄り、ゆっくり下を覗き込む持田。しっかり聞こえた、先程Dolceが残した言葉。

 お前ら、

「Dolceの利き手はどっちだった?」

 不意に問う持田。警官たちは、それぞれ顔を合わせて、利き手?と首を傾げる。

 右手だった気がします、

 誰が言ったのだろう、そう聞こえた。顔を顰める持田、それが何か?と一人が問う。

 もし、

「次Dolceの姿を見る奴がいたら、利き手を見ててくれないか……?」

 はあ、

 と不思議そうにすぐそばにいた警官が返す。紛れて一人の警官が、その場から離れた。帽子のつばを持ち深く被って、そっと、

「面白くなってきたじゃん。さあどうするの?」

 勇……

 と、警官に扮した和希の、誰にも聞こえない呟き。勇は座って、窓の外、月を見ていた。一人で。持田が勇の所に戻ると、あの人は?と問うた。

「呼ばれたとかで、行っちゃったよ?」

 そう、痛そうに立つと、

「あの人たちは?Dolceは?」

 と問う。

 すまん、

「逃しちまった……勇」

 伝言だ、

「次は絶対泣かせてやる、だとよ」

 それを聞き、ふふっと勇は微笑む。

 さあ、

「次Dolceに会う時はあるのかな?」

 と、にこっと笑った。

 足は?

 だいぶよくなったよ、

 家まで送ろう、

 いいの?

「早く帰らないと、心配するだろう?」

 弟たちも、嫁さんも、

 はっと真顔で見つめた後、勇はゆっくり微笑む。

「……だね」

 ビルの屋上、ほっと一息吐くFIVE THIEFSの五人。うち一人は、じっと、遠くの先程の犯行場所であった洋館を見つめている。

 あんた、

 Knightがこちらを見て口を開く。

「マジでモノマネ上手いっすよね。声も動きも喋り方も」

 何もかもそっくりっすよ。

 ふふ、

「そうかな?」

 と、再びDolceの声を披露した。

 さすがだよ、

「強い、強すぎる」

 とても楽しかった、

 Dolceの呟きに、コードネーム、Light(ライト)は、

「あんなにはらはらしたの、初めて以来ですよ」

 Lightの言葉に、コードネーム、Gleam(グリーム)もうんうんと頷く。

 もし、

「もし次あるんだとしたら……」

 あんなヘマはしないよ、

「あの窓の鍵がただ挿してただけで、助かったね」

 と、コードネーム、Garnet。Gleamも、うんと頷いたが、Dolceは、

 さあ、

「本当にそうかな?」

 え?

 と四人はDolceを見る。どういうこと、とGarnetは問うた。

「あらかじめ頼んであったんだよね、あの窓だけ鍵のネジを緩めておいてくださいって」

 でも、

「他の窓から脱出する可能性も、ゼロではなかったんですよね?だって、持田警部と居合わせたあの部屋にも窓がありました、それに部屋を出て左に曲がった先にも窓はたくさんあったはずです、そこにいた部屋の窓や他の窓から脱出しないで、わざわざあの大きな窓から出るなんて誰がわかるんですか?」

 Lightの問いに、Dolceは、

 そこだよ、

「持田警部たちをあの窓へ向かわせたのは、誰?」

 はっと四人が息を呑む。

「きっと、持田警部に気づかせるためだよ。この、影武者作戦を……」

 車の窓の外を見る勇。ちらっとその姿を横目で見た持田は、先程洋館にいた時を一瞬思い出す。Dolceを逃してしまい、勇のもとへ戻った時、勇は窓の外を見ていた。そう、あそこにも窓はあった。なのに、やつらはその窓から出ず、他の窓から脱出した。それに部屋を出た先にも、窓はたくさんあった。なのに、わざわざあの大きな窓から逃げた。何故だ?何故あの窓からじゃないとだめだったんだ?それに、大きな窓と言ったのは、

 勇だ……――――――

 炎鳳、

 と顔を覗き込ませる勇。朝、早朝六時、テレビに夢中になっていた炎鳳は、勇にやっと気づく。

「さっきから声かけてるのに」

 ごめん、

「俺の家のテレビ売っちゃったからさ、つい面白くて見ちゃうんだよな」

 と笑う炎鳳。テレビには、この地域で十五歳の少年が未だ見つからないという行方不明を知らせるニュース。一人ではなく、これで三人目だ。それをちらっと見たあと、勇は、

「それはいいけど。で、朝ごはん、パンとご飯どっちにする?」

「俺はご飯」

 と炎鳳が返すと、わかった、と微笑み台所に向かうかと思いきや、じっとこちらを見て……

 あのさ、

「俺、活動の時、いつもあんな感じ?」

 と恥ずかしそうに目を瞑って問う。対し炎鳳は、テレビに目を向けたまま、

「ああ、何もかもそっくりって言われたぞ」

「うそ、控えよう……」

 その会話を聞いていた、眠たそうな、この後学校行く予定の弟四人。と、炎鳳、

「それより、本当によかったのか?」

 と勇を見て問う。何が、と勇は返すと、炎鳳は再び、

「わざと右手を使え、だなんて」

 そう微笑みながら問う。はっと四人。一斉に勇に注目が集まった。確かにあの時、Dolceに扮していた炎鳳は右手を使ってナイフを投げていた。しかし、勇の利き手は……

「どうしてですか⁉︎そんなことをすれば、本当に影武者作戦の意味がありません……!」

 驚きながら問う極に、勇は、

「そう、意味はない」

 そうどこからかナイフを取り出し、左手で回転させるようにナイフを上へ投げる。そしてそのナイフの持ち手をがっと掴みながら、

「でも、この影武者作戦はあとで意味ができる!」

 成功すれば、ね。

 そう微笑む勇に、自信が満ちていた。なるほど、と炎鳳は分かった顔で呟くが、あとの四人はさっぱり分からない顔をしている。

 あと何週間か経てば卒業式、嵐や極と一の通う中学でも、卒業式の練習が始まった頃、嵐は卒業生代表に選ばれていたため、重大な役。流れだけの確認練習なので、読まずにただお辞儀だけして降りた。

 嵐お兄様はかっこいい、

 嵐兄ちゃんはかっこいい、

 やはり双子の考えることは一緒。嵐は本来の自分の持っていた夢を捨て、そしてそれを極が拾う。別の道を歩み出す嵐は、勇が捨てざるを得なかった夢を、嵐が拾ったのだ。嵐が行く予定の高校は普通科、なので高校を卒業して、その夢を学べる大学や専門学校を考えている。横の通路を通っていく、嵐の姿をただじっと見ていた。

「深鈴様はさ、将来考えてる?何になりたい、とかさ」

 なんですか、急に、

「嵐兄ちゃんも、極も将来の夢決めちゃった。俺はまだ何も決まってないんだ」

 なるほど、

「私は家を継ぎます、生まれてからもう決められていたので」

 ……

「そっかぁ」

 ただ表情を変えず、真顔で返す一。

 卒業式の練習が終わり、教室で担任の話を聞きながら二人。白金(しろがね)深鈴(みすず)、小出家と並ぶほどではないが、多少のお金持ちで育っている。家を継いだのは勇もそうだ。なりたいものを捨て、おじいちゃんのために、そして自分たち弟のために……勇の顔を思い浮かべて、一は、

「ないの?深鈴様は、本当になりたいもの、ないの?」

 ……そうですね。

「お嫁さん……専業主婦……」

 そう呟く深鈴。一は、そんな深鈴を見つめた。深鈴の家は、自分達と違って人を雇っている。なので家の家事だったり、手伝いというものをしたことがない。だから深鈴にとっては遠い夢なのだ。

 深鈴様!

「俺と、俺とその夢叶えよう!」

 立ち上がりながら一。周りが驚き、何事だと小声でどよめく声も気にせず深鈴は、

「それじゃああなた、私のその夢を叶えるために結婚してくださるとでも?」

 約束する、

 はっと少し、深鈴の表情が驚きに。横の一を見ると、いつものにこやかな笑顔をこちらに向けていた。

「俺は、深鈴様の夢を叶えるためにここにいる、本当にそれでいいんだよ」

 似たようなことを言われた、五ヶ月前。

 ――――――俺は、深鈴様を守るためにここにいる、本当にそれでいいんだよ。

 ふふっと微笑み深鈴は、

「約束ですよ、そして許可しましょう、あなたが私と結婚することを」

「ありがとう、深鈴様!」

 じゃあ、今日から……

「ええ、よろしくお願いします」

 ところであなた、

「いつまで立っているおつもりで?」

 と微笑みこちらを向く深鈴。あ、と、一はやっと周りの祝福の声とたくさん拍手が聞こえてきた。

 恥ずかしい。

 このカフェももう二回目、前回と同じホットコーヒーとパスタを頼んで、持田と勇は向かい合ってそれぞれメニューを堪能していた。左手でフォークを使って口に運ぶ勇。それをじっと見る持田。ふいにこちらに気づいた勇が、髪を耳にかけながら、いる?とフォークにパスタ巻いた状態でこちらに差し出してきた。ため息を吐いて持田、顔を前に出しそれを口に運ぶ。

 ここのパスタおいしいよね、

 まあな、

 持田警部のおすすめなの?

 昔よく来たもんだ、

 ふうん、

 と、首を傾げる勇。

 「勇、聞きたいことがあるんだが」

 そう問われ、ぞくっと全身に巡る勇。

 なぁに?

 と、隠して純粋な微笑みで問うた。

「昨夜やつらが逃げた時だ、お前、大きな窓と言わなかったか?」

 ああ、

「うん、言ったよ。どうしたの?」

 何故、

「あいつらが、大きな窓から出るなんて予想できたんだ……?」

 ああ……

 持田の問いに、そう微笑みながら、パスタを巻く手をゆっくり止める勇。

「実際は、どんな窓だったの?」

 どんな?

「えっと、一回りか二回り大きい窓だったな」

 じゃあさ、

「その窓さ、床から離れてた?床から飛び上がらないと窓に立てない感じだったのかな?」

 なんとなく言いたいことはわかった、ので、

「ああ、他の小さい窓よりは低い位置にあったがな」

 じゃあ持田警部、

「たまたまだよ」

 は?

「たまたま、とは?」

 問う持田に、勇は微笑みパスタを巻き続けながら、

「刑事さんたちはさ、あそこにいた人たちは、大きな窓と聞いて、どんな窓を思い浮かべたのかな?持田警部はどんな窓を思い浮かべてた?」

 えっと、

 考える持田を見て再び微笑む勇。持田警部、と呼びかけ、こちらを向いた際、

「俺が想像してた大きな窓は、床から飛び上がる必要のない、掃き出し窓だよ」

 はっと驚く持田。勇はずっと、パスタを巻き続け、そのパスタは大きく横に膨らんで巻かれている。

「ほら、掃き出し窓みたいな大きな窓だったら、わざわざ飛び上がって逃げる必要ないでしょ?そのまま走り出せばいい。俺はあの場所に初めて来たから、てっきり掃き出し窓みたいな大きな窓があるのかと思って、そう言ったんだ。でも、持田警部のその言い方だと、なかったみたいだね、そんな大きな窓……」

 優しい微笑み、のはずが、恐ろしく見える。その通りだ、あの場所にそのような大きな窓はなかった、ので、誰もが勇の言う大きな窓を理解できなかった。

「だから今回は、本当にたまたまだよ」

 巻き続けたパスタは、ほぼ全て巻かれた。数本皿に残ってるか残ってないか。それを持ちあげ、勇、

 持田警部、

「はい、あーん」

 なんて笑顔でこちらに持ってくるそのパスタ。

 時刻は二十二時過ぎたあたり、とある場所の豪華な自宅。もちろん自宅だからって、セキュリティを疎かにしているわけではない。いつも通り窓から侵入し、まっすぐ宝石のある場所へ。ある程度の大量を右手に盗った時、

 Dolce!

 左手に銃を持ちこちらに向け、険しい顔でこちらを向く持田。Dolceはそっと振り返り、微笑みの目を見せた。

 やあ持田警部、

「今日は五百万の価値もらって行くよ。あの子は?」

 勇のことか、

「いつもこんなところまで連れ回すわけにはいかんからな、ちょうど今日会ってきたところだが?」

「やっぱり持田警部はあの子のことばかり。僕は?ねえ、僕は……?」

「悪いことさえしなければ、かわいいんだがな」

 本当?持田警部、

「好きだよ」

 そうナイフを取り出し、左手に持つ。さっと持田に向かって走り出し、発砲された銃弾を次々かわしながら、やがてナイフを下から上へ。後ろへよける持田、隙を与えずDolceは次から次へナイフを振った。入り口を塞ぐものが誰もいなくなった、と、その一瞬の隙を見逃さず四人はさっと入り口から外へ。それを見ていたDolce、壁を蹴って振り返り、四人の跡を追った。

 しまった、

「追うぞ!」

 すぐに走って追う、数メートル先、曲がり角ですぐにまた遠ざけられてしまう。と、振り返ったDolceは、何かに気づいた。

 持田警部の目線が下だ。何故?どこを見ているの?目線の先、その先は……僕の足⁉︎まさか!

 入った窓から逃げる、最後にDolce、すぐに走る足の幅を大きく広げて、そして思い切り踏み込んだその足は、右足。とっさの判断、ゆっくり考えている暇なんてない。銃を向けられながら外へ脱出。あとは、こっちのものだ。警官たちが追ってこれない場所まで逃げてきた、人気のない場所、そこでDolceはゆっくり考え込む。

 まさかこの俺が、こんな簡単なことに気づかないなんて……Dolceと俺が鉢合わせたあの影武者作戦の時に、俺たちの利き足を見られてたんだ。俺の利き足は左、炎鳳の、炎鳳の利き足は確か……右。しまった、勇の時に安易に左の利き足を使ってしまった、今とっさに右足を使ったけど、これでDolceと勇が同一人物の証拠にでもなってしまいかねない……!

「どうしたんですか、Dolce」

 と、Lightが話しかける。その後ろで、Garnetが片足でぴょんぴょんと飛んで、軽く運動しながらこちらを見ていた。

 そうだ、みんな!

「走り幅跳び、しよ?」

 ……はぁ?

 FIVE THIEFSの五人を取り逃してしまった、一人持田は現場で考え込む。近くに来た警官に、持田は振り返り問うた。

「見てたか、Dolceの利き手を」

 はい、

「確か、左でしたね」

 だよな、

 勇がいたあの時のDolceは右利きだった、でも今回は左を使っていた。つまり、あの時のDolceは、偽物?偽物だとして、だ、やはりDolceの正体は……

 森の奥、適当に木の枝を置いて、そこをマークに走り幅跳びをしていた、のだが。

「はい、そこで左足でジャンプ!」

 Dolceの合図に、利き足の右と逆の足を指示されたKnightは、

「無茶言え!」

 と、バランスを崩しマーク前で転んでしまった。

「利き足と逆を使うの、そんなに難しい?」

 と、転んだKnightの横で屈み問うDolce。今日Dolce自身、利き足と逆を使った時は、そんなに難しくなかったはずだが……

「あのなぁ、Dolce……走り幅跳びのようなタイミングが決まってるもので利き足と逆を使うのは、普通難しいって覚えておけ!」

 と、Kinght。しかしDolceは、

 タイミング?

 とハテナを浮かべている。

「運動神経もよくて賢いなんでもできるエリート様にはわからねぇか?」

 とDolceに寄るKnight。

「うーん、エリートとは言われるけどよくわからない」

 はあ、

 とKnightのため息。しかしDolceは、

 そっか、

「みんなのタイミングがあるってことだよね、つまり」

 まあ、そうだな……

「じゃあ、みんなのタイミングで、今から二軒目で実践できる?」

 ……え。

「二軒目だあ!行こう〜!」

 と、まるで二次会しに次の飲み屋を探しに行くようなノリで腕を上げて喜び出すDolce、誰か、

 この人止めて……

 車に乗り込み持田、シートベルトをしめて、ふうと息を吐き思い出し考え込む。

 お父さん、

「ここのカフェ、おいしいね、お父さん」

 そう微笑みこちらを向く息子の姿。記憶は、一生消えない。走らせようと車のエンジンかけようとしたその時、一人の警官が走ってくる。持田はドアを開けて、問うた。

 どうした?

「やつらです!FIVE THIEFSです!先ほど連絡が入りまして!」

 何?

 すぐに車を走らせ向かう。何故だ?今まで一軒で押さえてたやつらが、今日は何故二軒目を狙ったんだ。すぐに車を降りてやたら広い美術館に入る。一度、やつらが狙いに入ったことのある美術館。待ってたよ、と迎えたのは、正しくFIVE THIEFの五人だ。

「ごめんよ、持田警部。追いかけっこし足りなかったんだよ、お願い、僕たちと危ない鬼ごっこして」

 と、Dolceは両手で頬を包み言う。険しい顔になる持田、ふふっと、Dolceは楽しそうに小さく笑い、

「その証拠にほら、一千万円分の価値」

 と、両手にじゃらっとたくさんの宝石を持ち見せびらかす。Dolce、と持田は声を上げた。

「さあみんな、両手は塞がった、逃げるしかないよ。捕まらないで、僕の言った通り、頑張ってね」

 すぐに左手で銃を出して発砲、高く飛び上がってDolce、前に体を回転させ着地、しかしすぐにまた飛び上がって銃弾を避ける。KnightとLightは右へ走り出し、できるだけ狙い定められないように。Gleamと Garnetは左へ、走っていた二人は立ち止まり、目の前でかすった銃弾を見送ったあとすぐ飛び上がり二階へ。一階から二階を見上げられる、二階に五人が集合し、揃って持田を見下ろした。

 Dolce、

「何故だ、何故お前はそんなに宝石にこだわる」

 ……運命が、

「そして自分の意志がそうさせたから……あのね、持田警部」

 今は、捕まるわけにはいかない、

「けど、僕は……僕は、いずれ君に捕まってもいいと思ってたんだよ」

 Dolce……?

 持田警部、

「五千万円だ……」

 は?

「僕たちが盗んだ宝石の被害総額だよ。約五千万円、どう?それを聞いて君は何を思う?」

 怒る?

「それとも呆れる?」

 ……Dolce。

「持田警部、君は」

 本気を超えないと僕たちを絶対に捕まえられない!

 Knightも、Lightも、Gleamも、Garnetも、みんなDolceを見ている。どうした?何故だ?そんなことを言い出す理由は何か?急にDolceの雰囲気が変わり、恐ろしいほど細めた本気の目をしている。持田はただただ、真剣な目でDolceを見つめていた。Dolceは、ふふふっと小さく肩を揺らし、そして狂ったような笑い方で上を向き天を仰いだ。

「さあおいで、持田警部!僕たちと楽しい楽しい鬼ごっこしようよ!それとも隠れ鬼がいいかな⁉︎とにかく君も……」

 一緒に地獄へ堕ちる運命なんだ……!

「んなこたぁ、とっくにわかってる!」

 声を上げながら銃をこちらに向ける持田。Dolceは隣の左右、KnightとLightに腕を伸ばし、これお願いと宝石たちを渡すと、さっとその場から飛んで、下へ落ちるDolce。

「おいDolce、話が違うぞ!」

 作戦は無し!

「持田警部を抑えておくから、君たちは練習してて!」

 それを聞き、四人はそれぞれ別々の場所へ走り出した。二階から一階へ回転しながら飛び降り着地、Dolceはすぐに持田へ向かって走り出した。二発銃弾を避けながら持田の近くまで走り寄る。カチッと、もう銃に弾が込められていない音が聞こえて舌打ち。左手にナイフを持ちDolce、

「さっき、五発撃ったでしょ!」

 と、ナイフを勢いよく振るが、後ろに避けられる。銃を反対に持ち変え、持ち手の方を攻撃に使いDolceの首に向かって振り下ろすも横に避けられる。後ろ、右、左と避けたあとナイフを下から上へ、そのナイフを横へ避けてDolceの横に回り込むが、Dolceはすぐさま体を横に回転し再びナイフを振り下ろす。

「持田警部、やっぱり君は……!」

 ああ、

「左利きだ」

 そう言い残すと左足を思い切り振り上げる、Dolceの腹部に向かって一撃、と思ったが、痛々しい唸り声を出して、持田は足を抑え倒れ込んだ。少量の血が、ズボンに染みる。思ったより深く傷つけてしまったかもしれない。じっと見下ろしてDolce、振り返り去ろうとするが、足首を掴まれ再び持田を振り返り見下ろした。腕がだらんと脱力、悲しげな目で瞳を揺らし、完全に振り返ってじっと見つめると……

 お父さん……――――――

 驚きの目でDolceを見上げる持田。ずっと悲しげな目で見下ろすDolce。

「何故、俺を父と呼ぶ……?」

 そう問う持田に、Dolceは、

 君と、

「君と一緒にいる時間の方が長く感じたから……」

 本当のお父さんよりも……

「君はちゃんと……僕を見ていてくれただろう?」

 倒れ込んだまま俯く持田。そして、

 (まこと)……

 そう呟いたのを、Dolceは聞き逃さなかった。そして持田はDolceの足首からそっと手を離す、足を抑えたまま座り込むと、Dolceも座り込み、持田の足の傷口にそっと手を触れた。

「五千万円と言ったな……」

 うん……

「覚えておこう」

 行け、今日だけだ。

 それを聞き、Dolceはそっと立ち上がって二、三歩後ろへ、そして振り返り、歩いてその場を去った。歩くスピードはだんだん早く、そして徐々に速さを上げてやがて走り出し、泣きたくなるのをぐっと強く堪えて。

 泣かない、お父さんとお母さんが帰って来るまでは……!

 そう決めた二ヶ月前のあの日、覚悟を決めてこの道を選んだ。どんな結果も、どんな運命も受け入れる覚悟で。

 お父さんお母さん、もちろん二人のこと大好き、会いたい、けど……

「持田警部のことも、大好きでいたいよ……!」

 思わず声が漏れる。ぎゅっと目を瞑って、右足で飛び上がり窓の外に出て、数歩歩き顔上げてみれば、四人が並んで待っていた。

「Dolce……?」

 ずっと様子がおかしかったDolceを気遣うように、Garnetがそう呼びかける。DolceはGarnetに近寄り、少し屈んで抱きしめた。

 お父さんお母さんを、絶対助けよう……!

 はっとGarnetの目が見開かれる。離れたDolceを見上げて、力強く頷いた。

 負けない……!

「まずは、何がなんでも心理戦をやり抜いてみせる……!

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