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二章

「……え」

 驚いたように目を見開く雷加、そして俯いてしまう。

「私じゃ、ダメなの……?勇さんとは釣り合わない……?」

 本気で言っているわけではなかったであろう母の言葉が、雷加の心を深く傷つけてしまった。母の言葉、あなたじゃあの人とは釣り合わない、と言ったのだ。雷加は最初、確かに断る気でいた。しかし、初めて会い、勇の優しく笑う表情に心打たれ、決意した結婚。正直なことを言えば母は、雷加にはいずれ結婚して欲しくなかった。お見合いが終わり、交際が始まって、いずれ結婚し家を出ることになる。家を出て欲しくなかったのは事実、だが、ここまで傷つけるとは。考え込んでしまった雷加は、ショックで既に家を飛び出している。外は雨、思ったよりとても激しく降っている。放っとけば帰ってくる、そう言う父に、母は、そうね、と悲しげに返した。

 聡を先頭に、雨の中傘をさして、会食から帰る五人。聡は、そこら辺のコンビニで勇に買ってもらった、ストローの苺みるくを飲んで、つまらなさそうにして。後ろで嵐と極と一の三人が、わいわいと騒いでいる。一番後ろにいた勇は、前に出て、聡と並んだ。

「聡、今日の食事、どうだった?」

 聡は口をストローから離し、開く。

「つまんなかった、普段皆で家で食べる方がよっぽど楽しいよ。あと食べ足りない」

 聡の口から出た、楽しい。この子は普段、楽しいと感じてるんだ、と思ったら、勇は少し安心した。

「帰ったら、皆で何か軽く食べようか」

 それに対し頷く聡。

「零那をお留守番させてるから、早く帰ろうか」

 そう微笑み前を向く。そして、足を止めた。

 どうしたの?

 そう問う聡は、勇の視線の先を見た。女性、背は自分と変わらないが、明らかに年上。雨の中傘もささずに、濡れたベンチに座って、服も髪もびしょびしょになっている。

 雷加さん!

 そう呼び駆け寄る勇。それを見て嵐は、

「お前ら帰るぞ」

 と三人を誘導した。

「え、いいんですか?帰っちゃって」

 そう問う極。

「いいんだよ、こういう時は」

 ふーん、と嵐について極が立ち去り、慌てて一と聡も追い立ち去った。

 驚き顔を上げてる雷加。

 勇さん……

「どうしたんですか、雷加さん。傘は?」

 心配している様子で、傘を雷加にさす。すると徐々に勇が濡れていく。雷加は頭が回らない。恐る恐る口を開くと、

「あ、あの……私と勇さんって釣り合わないんでしょうか……?」

 口を少し開いて、真顔で驚く勇。

「どうして?誰かに何か言われた?」

 やがて微笑み変えて問う。雷加は俯いたまま、

「えっと……母に、言われて……そう言われたら、確かに私、とても貧乏だし勇さんと結婚しちゃダメなんじゃないかって思って……ごめんなさい……せっかく声掛けてくれたのに、私……本当にごめんなさい……」

 泣き出す雷加。

「雷加さんは、雷加は、どうしたい?」

 え?

「俺は、雷加の気持ちが聞きたいな」

 そう微笑み問う勇。雷加は俯いた。やがて、そっと口を開き、

「私は……私は、勇さんと、今すぐにでも結婚したいです!……でも……」

 そう再び泣き出してしまう雷加。そんな姿を見つめて勇は、そっと雷加を抱きしめた。地面を転がる開いたままの傘は、くるくると回っている。勇に抱きしめられて、雷加は顔を赤らめた。

 勇さ……

「結婚式」

 そう遮る。

「やっぱり、ドレスと和装、両方着て欲しいな」

 優しい微笑み。驚き目を見開いていた目から、涙が溢れ出る。

「私でいいんですか、私のような人で、本当に……」

「釣り合わないかどうかは、他人が決めるんじゃない、俺たちが決めるんだ」

 次々と頬を伝う涙。

「俺、今ならはっきり言えるよ、雷加じゃないとダメだって」

 そう言うと、勇はにこっと笑う。勇さん、と雷加は勢いよく抱きついた。

「籍、明日にでも入れましょう!」

 やはり可愛らしい子だ。

 うん、

 そう微笑み、勇も抱きしめる。

「俺の家近くだから、一旦寄って温まって帰って。風邪ひくよ」

 そう言い、勇の家まで雷加を、ひとつの傘に入り連れて帰る。最初におかえりなさい、と迎え入れた極が、びしょ濡れの二人を見て、慌てて嵐を呼んできた。

「なんで傘持ってるやつがびしょ濡れなんだよ」

 タオルを持ってきた嵐のセリフ。

 すみません……

 と謝ったのは雷加だった。

「別にあんたが謝らなくてもいいんすよ、雷加さん」

 とタオルを渡しながら嵐。

「嵐、お風呂沸いてたりする?」

 タオルで拭きながら勇。嵐は、ああ、と返すと、勇が再び口を開いた。

「雷加、お風呂入って行って、風邪ひくから」

 驚く雷加。

「大丈夫、誰も浴室に入らないように廊下の方で見張りながら待ってるから」

 と言われ、誘導されるがまま浴室へ。いいのか、いいのだろうか。廊下で待ってるから、と、勇は扉を閉めてしまった。服をどうするか聞いていない。乾かしてくれるのだろうか?とりあえず、そっと服に手をかけ脱ぎだす。下着が見えないように服の下へ置き隠した。ガラッと浴室の引き戸を開けると、まるで温泉のような綺麗な浴室、そして湯船が広い。さっと体を洗い流してから、湯船へ浸かった。引き戸の方に目をやると、うっすら影が見える。勇が雷加への代わりの服を持ってきて、そこへ置いているのだろう。影はすぐに奥へ消えていった。広い湯船に浸かるのは初めてだ、温泉にも行ったことがない雷加は、とても楽しい気分を感じている。

「雷加、小出雷加……」

 などぼそっと呟き、瞬間恥ずかしそうにざぶっと頭まですっぽり湯に浸かって、しばらくしてからばっと飛び出してくる。

 えへへ、

 嬉しい、凄く嬉しい。勇の妻になれるのが。しかし雷加には不安があった、母が明日籍入れるのを許してくれるのかどうかだ。母からは釣り合わない、やめとけ、の嫌味など言われたのだ。許してくれるはずがない。など考えていると、

 雷加、

 引き戸の向こうから聞こえる勇の声。可愛らしい声を上げて驚き、振り返った。先程の呟き、もしかして聞こえていただろうか?

「ごめんよ、服、洗って乾かしたいから、取っていい?って聞こうと思って。代わりの服は、見える場所に出してあるから大丈夫だよ」

「あ、はい!お願いします……!」

 と言ってしまったが、下着、どうするんだろう、と後で思い、ぼっと顔に火がつく。そして慌てて湯船から出ると、ガラッと引き戸を開け、勇さん、と呼び止めた。

「え、何?」

「あ、あの、下着、どうしたら……」

 ああ!

「俺のお母さんのやつ持ってきたから、それ……」

 あ、えっと。

「私の、濡れてる下着、です」

 ああ!

「濡れちゃってるし、それも洗おうと思ったけど、ダメだった?」

 慌てる様子も驚く様子もない勇の姿に、雷加は安堵して、ただ、大丈夫です、とだけ返した。

「雷加、これ」

 と勇が渡してきたのはタオル。え、と返すと、勇はただ、

「上がるんじゃないの?」

 返した。今の自分の姿を思い出す。――――――裸。

「す、すみません!」

 と引き戸を閉める。顔から火が出る。首を傾げる勇。そして、引き戸に向かって、

 雷加、

 と呼んだ。

「は、はい……!」

「雷加の家、行こうか」

 へ?

 そこからどうしたのか覚えていない。気づけば雷加は自分の家の前に立っていた。ボロボロのアパート、二階の階段上がって右前。

 夜分遅くにすみません。

 丁寧に頭を下げる勇。

「先日、雷加さんとお見合いさせて頂きました、小出勇と申します。お見合い、こちらの勝手な都合にも関わらずお引き受け頂き本当にありがとうございました。少しだけ、お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

 不安が募る雷加と、緊張が走る雷加の母。とりあえずあがってくれ、と言ったのは父だった。

 机を挟み二人ずつで椅子に座る。時計の針の音が珍しくうるさい、勇はただにこにこと微笑んでいる。話を切り出したのは、勇だった。

「先程、雷加さんとお話させて頂きました、これからの二人のことを少し」

 そうですか。

 父が答える。母は何も言い出せない。

「誠に勝手なお願いなのは承知です、お願いします、娘さんと……」

 どうせ、娘をください、というようなありきたりなセリフだろうと二人は次のセリフを待つ。

「娘さんと、明日、籍を入れさせてくれませんか」

 ……驚いた。

 お見合いが終わったばかりで、お互いのことをまだよく知らないだろうに、急なこのセリフ。一体どんな話をすればそうなったのか疑問に思うのが二人の感想。母は血相変えた。

「許せるわけがないじゃない……!」

 勇が予想してた答えだ。

「この子はまだ十六歳なのよ、お見合いの話だけでも反対だったのに、そんな、明日籍入れさせろだなんて」

 震えている。なんとか怒りを抑えている様子だ。それでも勇は表情を変えない。

「先程も申しました、誠に勝手なお願いなのは承知です。しかし俺は、雷加さんの気持ちを優先してあげたいんです。お母様がおっしゃる通り、雷加さんはまだ十六歳、俺はこの子をできる限り、いえ、全て支えてあげる覚悟でここに来ています。俺は、父と母が行方不明のままです。そのため自分が家の跡継ぎのため高校中退しています、卒業できてません。卒業できていないということは、この先社会で受け入れられないこともあるということです。もちろん不安になられているかと思います、それでも雷加さんは、俺に、明日にでも籍入れましょうと言ってくれた。俺は、何があっても……」

 目を瞑る。犯人から送られてきた、勇の父と母が拷問されている動画、そして自分に付いてきてくれて一緒に許されざる活動をしてくれている弟たち、最後に雷加という大切な人を思い浮かべて、

「逃げません。戦います、戦い続けます。この子を絶対に守ります!」

 勇さん……

 雷加の目から涙、勇の強い意思に圧倒されている母の横で、父はそっと頭を下げる。

「娘を、よろしくお願いします。明日籍、どうぞ入れてください」

 ぱあっと表情が明るくなる勇と雷加。勇はさっと立ち上がり、ありがとうございます、と頭を下げた。そして雷加、と横を向き、雷加が飛びつくのを受け止める。

「勇さん、私のわがままなのに、本当にありがとうございます!お父さん、お母さん、ありがとう……!」

 母は俯いていたが、やがて顔をあげ、

「幸せにしてあげてください」

 ただ一言。

 はい!

 勇は笑顔で答えた。

「記憶喪失、ね」

 小出家、零那の部屋、ベッドの前に立つ葉句と布団に隠れるように怯えている零那。

「ど、どちら様でしょうか……」

 えっと、

「零那、だっけ?これを渡そうと思って」

 目を見開く零那。笑う葉句。

 ……できない、できない……!

 嵐の部屋に、零那が怯えながら慌てた様子で入ってきた。勇は何処か聞かれるが、出かけていると伝えると、今にも泣き出しそうな目に。どうしたのか聞くが、震えて答えられない様子だ。とりあえず部屋に一緒に行ってやると言うと、部屋には戻りたくないというので、嵐は自分のベッドに寝かせてやることに。

 すっかり落ち着いて寝ている様子の零那を見て、嵐は、勇が何を考えているか、何を思ってこの子をここに置いてやっているのかを考える。

 ――――――パパ。

 この子にそう呼ばれてからの勇は変に感じた。それにらしくない行動が多い。一体何を考えているのか……

 お兄ちゃん、

 呼ばれてハッとする。零那の方を見やると、不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「悪ぃ、なんでもねぇよ」

 できるだけ笑顔を見せたが、勇のように笑えていたのだろうか。その時、

「嵐兄さん、勇兄さんは?」

 探している様子の聡。お前もかよ、と嵐は、出かけていると伝えて、聞く。

「勇兄に何か用だったのか?」

 ちょっとね。

「大したことじゃないからいいよ。おやすみ」

 おやすみ、と返して、聡が部屋を出ようとするのを見送っていると、極と一が入れ替わりで入ってくる。まさか、と思い口を開くのを待っていると、案の定……

「勇お兄様は出かけてるんですか?」

 と。

「ああ、出かけてるぜ」

 少しイラつかせながら返す。何か察したのか、極は慌てて、すみません、と返すと、口を開いた。

「お疲れのようなので、零那ちゃん、見るのを代わりましょうか?」

 ああ……

「別に疲れてねぇよ。お前ら明日からテストだろ、勉強するならして、しねぇなら早く寝ろよ」

 でも、

「それはお兄様も一緒では?」

 少し慌てた様子の極。嵐は少し反省して、

「俺はいいんだよ、零那見ながらノート見返してるから」

 そうですか……

「分かったら、お前らも勉強するか寝るか部屋に戻れ」

 はい。

 おやすみ。

 振り返って零那を見る。落ち着いた様子で寝ている姿を見て、ため息吐いた。

 産まれてくる順番を、間違えた……

 決して長男になりたかったわけではない。逆だ、嵐は末っ子という立場になりたかった。羨ましい。ただそれだけ。このままじゃ壊れそうだ……昔を思い出す。十年前、まだ赤子の聡を……ため息で無理矢理記憶を消し去った。しかしこの記憶は定期的に思い出す。悪かったと思ってる、反省して今は絶対にこのようなことはしないから、だから、記憶よ消えてくれ……瞑ってた目を開けて零那を見た。

 嵐?

 はっと振り返る。雷加と一緒に、勇がそこに立っていた。

「ごめんな、さっき一階で通りかかった極から聞いてさあ、零那のこと、ありが……」

 勇の話を遮るように、嵐が勢いよく抱きつく。少し過呼吸、無理矢理息を整えてるようだった。

 嵐……?

 背中さすってやると、やがて崩れ落ちる。勇は横にいる雷加に、台所にあるビニール袋を取ってくるように言うと、雷加は慌てて台所へ走った。雷加と、飲み物を入れてきたらしい極がすれ違う。極は瞳が揺らぐほど悲しげな目でそこに立ち、嵐を見ていた。

 嵐お兄様……

 嵐のこんな姿は初めてだ。先程、何か傷つく言葉を放ってしまっただろうか。不安が募る。

「勇さん、これ!」

 と、雷加が慌ててビニール袋を手渡した。騒ぎに、奥の部屋にいた一と聡が出てくるが、極が二人に嵐の姿を見せないように、腕で隠しながら奥へ進む。

「どうしたの?」

 一。

「大丈夫だよ」

 極。そのまま、聡の部屋へ。そっと引き戸を閉めた。

 ビニール袋を受け取った勇は、袋の口を嵐の口元に当てていた。不思議と荒かった呼吸が治まってくる。背中をさすり続けると、うっと嵐が口を抑えた。

「大丈夫だ、そのまま吐いちゃいな」

 しばらくして、おえっと、袋の中に嘔吐物が入る。雷加もそっと背中をさすってやり、嵐はやがて落ち着きを取り戻した。

「立てるか?」

 静かに頷く嵐。勇は支えてやりながら嵐を立たせると、自身の部屋に連れて入った。

 ここで寝ていいから。

 ああ。

 そっと寝かせると、ベッド横にあったライトを点け、調節して微光にすると、零那を見てくる、と言い残しそのまま部屋の電気を消して雷加と共に部屋を出た。

「俺は、このまま……あんたを……」

 そう呟くが、目を瞑り仰向けになる。勇はよく弟を見ている。聡が真っ暗でないと寝れないのに対し、嵐は少し灯りが必要だ。暗い場所は苦手。昔からだ。

 零那は雷加に任せ、勇は聡の部屋に入る。極と一、そして聡が三人向かい合って、話し込んでいたようだ。

「あの、嵐お兄様は…?」

 と、極。

「今は落ち着いてる、大丈夫だ」

「あの、僕、何か言ってしまったのでは…?」

 そんなこと、

「あるわけないだろう?」

 大丈夫だ、

「気にするな極」

 はい……

 聡、

「行くぞ」

 三人がきょとんと見つめ合う。聡が勇に向き直り、問うた。

「行くって?どこに?」

 そうだな、

「時間は充分ある、三つくらい離れた町に行こう」

 勇は聡を連れて、より離れた町へ。普段なら隣町で済ませるが、この時は何故か遠くまで来た。車を出したのは真冬だ、勇が車を出せないことは無い、しかし、自身の車を出したことにより家を特定されては困る。

「何が目的だ?」

 鼻歌を歌っていた勇に対して口を開いたのは真冬だ。真冬でさえ、勇の考えが読めなかったらしい。後部座席に勇と聡。聡もまるで考えが読めない。すると、勇が口を開いた。

「今までの法則を崩すんだ」

 法則を崩す……今まで、あえて法則を作り、自分たちの町を囲むように順番に宝石店を攻めてきた。が、その法則を、

「今更崩すのか?」

 と真冬。

「本当なら、今日も持田警部と追いかけっこしたかったんだけどね。俺の目的は……」

 あえてアリバイを成立させないこと……――――――

 その瞬間、顔をしかめる真冬。

「どういうこと?」

 聡の問いに、勇は、

「そのままの意味さ。今まで、頑張れば歩いて行けるほどの距離にある宝石店で法則を作っていただろ?俺たちの狙いが宝石だと分かれば?そしてそれは俺の狙い通り、持田警部という刑事さんは、すんなり俺たち小出家に尋ねてきた……」

「あえてお前らの家に尋ねさせたというのか?」

 そうだよ、

「そして、もちろんこう聞くだろ?宝石は無いかと……これで俺たちの犯行は少しの間疑われずに済む。どう?まさに誰もが思いつきやすくて簡単な話だろ?」

 分からねぇ……

「それとアリバイを成立させない理由にはなってないだろ。アリバイを成立させずに犯行に及び、もし何かの証拠でも見つかればお前らの犯行疑われるだけだ」

 そこだよ。

「疑わせるんだ、持田警部に、俺の犯行を……」

「どうして!?」

 驚く聡。そして勇は、怪しげに微笑んだ。

 車止めた場所から歩いて十分、とある大型ショッピングモールの中にある宝石を狙う。セキュリティは万全だ、どう足掻いても引っかかってしまう。時刻は午後十時三十八分、十時にはショッピングモールが閉まる時刻、つまりまだ、中に店員がいる可能性が高い。しかし勇は、

「間に合ったね」

 なんて言い出すのだ。

「なんで間に合うことになるの?」

 問う、既に黒い活動服姿に着替えているGarnet。

「夜誰も居ない時間になってしまえば、セキュリティというものが必ずつくでしょ?どこから入っても、必ず引っかかり、警備員が来る。僕はいいけど、Garnet、君がいるからね」

 Dolceの時に出る、可愛らしく、そして綺麗な声。だが言われたことは厳しい。

 行こう、

 すぐ目の前の自動ドアの前に立つ。自動ドアのスイッチは既に消されていた、が、手で横に動かすとすんなり開いてしまった。不思議がっているGarnetに、Dolceは、

「自動ドアはスイッチ切っても開けようと思えば開くんだよ。そして、自動ドアの周りに車が少しあったよね?多分まだ中にいる店員さんのものだ、ということは、ここから入れば、奥まで進める。他の自動ドアから入ればシャッターが閉まっているかもしれない、だから、あえて近くに車が置いてある自動ドアから入れば、確実ルート」

 監視カメラは?

「無視。仮面付けてるけど少し顔伏せて。ただし普段やる仕草には気をつけて、癖などでバレちゃうかも」

 そんなこと言われると、むしろ歩けない。思わず止まったGarnetに、Dolceは振り返り、

「Garnet、今日はたくさん持って帰ろうか」

 いつもなら一つ二つで留めておくはずのDolceの、まさかのセリフ。車で聞いたDolceの、あえてアリバイを成立させない作戦は、本当に成功するのだろうか、と急に不安が募る。

「大丈夫だよGarnet、絶対に君を疑わせない、僕にだけ視線を向けさせるんだ」

「俺たちFIVEだよ?五人いることは明らかなのに、どうやって?」

 その問いに、Dolceはえへっと微笑んだ。仮面の向こうで、明らかに笑っているのが分かる。

 道路の路肩に車を止めて待っていた真冬は、勇の、あえてアリバイを成立させないこと、という言葉を思い出して、何か引っかかっていた。横に影が伸びる。横目でちらっと見て、真冬は口を開いた。

「勇が妙な作戦を立てている。あえてアリバイを成立させない方法らしいが、お前はどう思う?……和希」

 へーえ?

「でも、出会ってから僕たちは、とくに勇の考えはまるで読めなかったじゃない?」

 そうだが……

「あの子は心理戦がお上手な子だ、少しあの子に任せてみるのもありなんじゃ?」

「もし上手くいかなかったら、責任取るの俺なんだぞ」

 ほう?

「あなたが責任取るという言葉を使う日がくるなんてねぇ、真冬」

 和希には、真冬が少し変わってきたように見える。真冬は気難しいところがあったが、勇たちと出会って、気持ちに変化が見えた。

「任せてみてもいいんじゃないの?まあ、万が一何かあったら助けに入り責任取るのは真冬ということで」

 それを聞き、考え込む真冬の姿に、和希は微笑む。

 宝石が付いたネックレスに指輪、たくさん身につけ、ショッピングモール近くの公園のベンチに座って足をぶらつかせる。

「似合う?」

 えへっとDolce。

「ジャラジャラしすぎだよ」

 とGarnet、座っているDolceに対して立っている。

「そうだなぁ、Garnetに似合うのはねーえ……」

 自身の身につけている宝石のアクセサリーから一つ一つ探す。

 いいよ、俺は……

 すると、サッと伸びる影、Garnetが慌てて立ち去ろうとする反面、Dolceは影に向いた。

「我が娘よ、答えろ、お前が……Dolceか……」

 逆光、男の顔はよく見えない。Garnetに緊張が走る。

「ごめんね、僕、おじさんのことは知らな……」

 瞬時、男が消えたと思えばDolceの目の前に現れる。今まで余裕の表情を見せていたDolceだが、この一瞬で目を大きく見開いた。ベンチの上に押し倒される。宝石のアクセサリーが数個地面に落ちた。

「答えろ、お前が、Dolceか……」

 怒りと不安に満ちたDolceの表情、やがて、可愛らしく綺麗な女声を維持しつつ、

「……そうだよ、僕がDolceだよ。でもおじさんの娘じゃない!おじさんは誰!?」

 と問う。

「おお、我が娘よ……!私のことを忘れたか!?私だよ、ロメオだ……」

 ロメオ?

「やっと会えた……我が娘よ、愛しているぞ……」

 ただただ狂気に満ちた笑み、Dolceは初めて恐怖を覚える。

「知らない!おじさんのことは知らない!離して!」

 どうした、

「我が娘、Dolce……私はお前のことをこんなに愛しているんだぞ?」

「僕は男の子だ!」

 初めてDolceが性別を明かした。今まで男か女か問われたことが何度かあるが、その度に性別を曖昧にしてはぐらかしていたDolceが、この時初めて性別を明かす。今はこの男から逃げることを優先すべきだと悟ったのだろう、今までずっと狂気な笑みを浮かべていたこの男、ロメオは、表情を変え真顔になる。

「分かった!?僕は男の子なんだ、おじさんの人違いだよ!だからこの手離して!」

 Dolceですら、掴まれている手を振り解けない。縄にしろ固くて冷たい拘束具にしろ、余裕で解けるはずのDolceが、人間の手から逃れられない状況下にいる。このロメオという男は何者なのだろうか?

「大丈夫だ、Dolce!お前が男にしろ何にしろ、お前が我が娘なのには違いない……!」

 再び狂気の笑みに戻る。ダメだ、狂ってる……!今まで動けなかったGarnetは、隠し持っていたナイフを右手に持ち、駆けだす。男の腕に振りかざす、傷が入ったはずだが、動かない。目を見開くGarnetをよそに、今まで抵抗して暴れて、仮面が少しずれていたDolceは、ぐっと首と肩を動かし、ロメオの右手に噛み付いた。

「我が娘よ、何故だ!?」

 ロメオの力が緩んだ。その一瞬を逃さず、手を振り解き、右足でみぞおちに思いっきり一発。さらに左足で首を回し蹴り。散らばった宝石は、Garnetが全て拾い上げていたので、DolceはGarnetの手を引っ張り、

「走って!!」

 強く命令。公園横にある木々に入り込み、やがて太い枝に飛び乗り、枝と枝を飛び渡りながら、できるだけ姿が見えなくなる離れた場所まで……

「私は、絶対に、お前を手に入れるぞDolce!!大人しく待つんだな!!」

 ロメオの怒鳴り声、その瞬間、Garnetは手がぎゅっと強く握られたのが分かった。近くに家がある、Dolce自身も少し騒いでしまった、怪しく思った住民に通報されてもおかしくはない。できるだけ早くこの町を離れなければ……!まさに予想外、とんでもない敵が現れてしまった。

 真冬は車の中で、腕時計を見ながら二人を待つ。遅すぎる。さすがに様子を見に行こうと、ドアに手をかけたその時、勇と聡が走り込んできた。

「遅いぞ、活動時間は遅くても十分で済ませろと……」

「早く出して!」

 シートベルトを締めながら言う真冬の言葉を遮り、明らかに焦って言葉を放つ勇。様子がおかしい。

「もし追われてるんだったら捨ててくぞ」

 違うよ、

「とんでもないやつが現れた……」

 何?

「俺ですら、全く歯が立たなかった……動きが速すぎる、それに聡が腕を切りつけても微動だにしない、逃げられたのも、俺が蹴りつけたからというより、俺が蹴ったショックで動けなかったという感じだった……」

 落ち着け、

「話が見えねぇ、つまりどうした!?」

 ……だよ、

「俺たちよりも、遥かレベルが上の相手が現れたってことだよ……!!」

 自身の両腕を掴み、珍しく勇が震えてる。聡は恐怖に陥った、青ざめた表情をしている。そんな二人を、バックミラーで見た真冬は、そっと、

「一から説明しろ」

 と言った。

 ……ロメオ、

「やつはそう名乗ったんだな?」

 黙って頷く勇。聡は安心したのか、勇に寄りかかって眠り込んでいる。

「本当に知らない人だったんだ……」

「話を聞く限り、お前よりは確実に人間離れしてるな」

 俯く勇。

「そいつを危険人物だと見た、帰って俺も皆にその話をする、お前も、弟たちに話しておいた方がいい」

 黙って頷く勇。近くで下ろしてもらい、聡を背中に乗せて歩く。帰り道、勇はあのロメオという男のことを考え込んでいた。

 ――――――Dolceという名前を知るのは俺ら仲間たち、そして次に一番知るのは持田警部やその周りにいる警察官たちだ……Dolceという名前がメディアなどに漏れた気配も無かったし、そう考えれば、ロメオは警察か、もしくは警察関係者か……?

 とにかくロメオは関わってはいけない相手だ。それにいくら自分が男だと明かしても、娘と呼ぶ理由が分からない。ロメオにDolceという娘がいたのか……?そうだとしても、自分を娘と呼ぶ理由にはならない。何か、大変なことが起きている気がする……

 昨夜大量の宝石が盗まれた。ショッピングモールの中にある小さなアクセサリーショップだ。防犯カメラを確認した持田は、小さく、Dolceか……と呟いた。防犯カメラのデータを持ちショッピングモールを出る。すると後ろから、

「持田警部!」

 と青年の声。振り返った先にいたのは、背の高い優しい顔の持ち主、まるで少年のような笑みでこちらを向く勇の姿。

「小出さん?」

「覚えててくださったのですね、持田警部」

 適当に近くのカフェに入る。メニューを見ながら勇は、持田警部の奢りねー!なんて楽しそうにして。いくら金持ちの子とはいえ、やはり十代の男の子か、と持田は微笑みため息を吐く。やがて頼んだコーヒーとパスタが運ばれてきて、勇は左手でフォークを持ち回してパスタを巻き取っていると、持田、

「で、どうしたんだ、俺を呼び止めて」

「あのね、聞きたいことがあって……」

 ロメオ、

「ていう警察か、その関係者いたりする?」

 なんだって?

 コーヒーを置き聞き返す持田。

「ロメオ……昔いたような気がするんだよね、知らなかったらいいんだけど」

 なんて適当に誤魔化しながら。知らねえな、と持田は再びコーヒーを口に運ぶ。

 ああ、

「そうか、確かお前昔警察に世話になったんだったな」

「うん、お父さんとお母さんのことでね」

 なるほど、

「俺は五年前に警察になったんだ、ロメオという男は聞いたことないし、いたとしても辞めてるかもな」

 そっかぁ……

 ……え……?とりあえず残念そうに勇は反応した。

 あ!

「持田警部、指輪してる!」

 悪いか?

「俺はこう見えても既婚者だ、指輪くらいするさ」

 指輪さ、

「どこで買ったの?いくらした?俺も今度見に行くんだけど、あまり高いところだと雷加気にするから」

 なんだ、

「その年でもう結婚か?」

 えへへっと勇。人差し指を顔の前に出し、

「今日、二月二十二日、俺も晴れて既婚者ー!」

 まるで語尾にハートが付いている言い方、持田は驚き、ただ、偉いな…と一言。勇は、えへへ〜と笑った。

 勇の、あえてアリバイを成立させない謎の作戦とロメオという男、全て聡から話を聞く。そこにはまず聡、そして嵐と極と一、三階の部屋で雷加が零那の相手をしている。ここは一階、勇じゃあるまいし、聞かれることはないだろう。しかしやはり勇の考えていることは分からない、と嵐は顎に指をあてて考えた。と、

 こんっこんっ

慌てて全員が振り返る。もう一度、こんっこんっと、ドアにもたれかかって、片手はポケット、もう片手で空いているドアをノックしていた。

 焦った……

「どんな気配でも察せるようにならないとな」

 と笑い、手を振りながら階段へ。雷加の所へ向かったのだろう、勇を目で見送った後聡は、

「まさか勇兄さん、自分がわざと捕まるように仕向けてるんじゃ……?」

 俺たちも雷加さんもいるんだぞ……!

「んなわけあるか!!俺たちを置いていくようなやつかあの人は!!」

 勇には確実に聞こえているだろう、しかし、嵐が聡の胸ぐらを掴む姿は恐らく知らない。極が慌てて嵐に抱きつき止めに入る。一は、少し震えている聡を優しく抱き寄せていた。

「嵐お兄様!聡は昨日勇お兄様と一緒だったんです、直接お話聞いて少し不安になっただけです!しかし嵐お兄様の言う通りです、まだお父様とお母様が助かってない、見つかっていないのに、勇お兄様は僕たちや雷加さんを先に置いていくような方ではありません!それはここにいるみんなが一番分かってるはずです……!」

 はぁ……

 嵐のため息。

 悪かった……

「少し頭冷やすわ、しばらく一人にしてくれよ……」

 と立ち上がる。

 でも……

「いいから、今は一人でいたい気分なんだ、部屋にいるから、何かあったら、今は勇兄が帰ってきてるだろ?勇兄に言え」

 と階段を上がってしまう。嵐はふと顔を上げると、階段のすぐ上、勇が悲しげな顔で瞳揺らしながら嵐を見つめていた。

 嵐……

「悪ぃ、三階まで響いてたか?」

「雷加も零那も気づいてはないけど……」

 勇の耳には酷く響いたのだろう、嵐は階段を上がり、勇の肩に手を置くと、

「少し頭冷やすぜ……大丈夫だよ、あんたがあれだけ助けたいと言っていた父さん母さんを助けずに先に捕まる作戦立ててるなんて思ってないからさ……」

 と、嵐は去ってしまう。そうだ、今は何があっても捕まらない、でも、いずれ罪を償おうとは思っていた、お父さんとお母さんを助け出したら自首する気でいた、しかし、嵐の言う通り弟たちを置いていく、という言い方を聞き、周りにいる人たちを、下手すれば不幸にさせることになると、今やっと気づいた。

 覚悟が足りなかった。

 やると決意した時、真冬に覚悟があるかと聞かれた。勇にとっては充分あった、しかしその時はお父さんとお母さんを助けたい一心の決意、何が起きても、何があっても逃げ出さず、今目の前で起きることも全て受け入れて戦い続ける覚悟で。でも、嵐の覚悟は?極と一の覚悟は?聡の覚悟は?それぞれに思う覚悟があるはず、自分だけの覚悟を胸に抱いて戦い続けても、大切な人たちを必ずしも守れるとは言いきれない。

 みんなごめん……!

 強く目を瞑った。すると、携帯が鳴り響く。表示されてる名前を見て、深呼吸し、テンションを切り替えた。

「もしもし?持田警部?さっきぶりー!どうしたの?」

 先程会った時にしつこく、持田に連絡先を交換しろと頼み込んでいた。まさかこんなすぐに向こうから電話くれるとは。あー、と持田は一呼吸起き、

「お前、まだしばらく仕事はまだなんだろ?今度の土日空いてるか?」

 と問う。

 土日ー?

「予定はないよ?」

「一泊二日、俺と旅行に行かないか?」

 旅行……

「ちょっとした結婚祝いだ。俺も土日たまたま休みで何も予定なくてな、好きなところ連れて行ってやるが、どうだ?」

 本当!?

「行く!あのね……!」

 勇は持田に行き先を伝える。持田は、

「そこでいいのか?」

 と意外な場所に驚いた。てっきり、東京とか大阪とか大きな都会へ行きたいと言われるかと思ったが……

「うん!あのねあのね、持田警部!」

 ペンギン!

 ……は?

 新幹線で四、五時間といったところか。勇はずっと、ペンギンペンギン、と歌いながら足をバタバタ。

「新潟のペンギンが間近で見れる水族館、ねぇ。まさかお前がペンギン大好きだとは」

 そうは見えないが。

 そう?

「じゃあ何が好きそうに見える?」

 イルカとか、

「イルカ!イルカも可愛くて好きだけど、やっぱりペンギンだなあ!」

 そしてこちらを向く勇。

「ありがとう!持田警部!まさか旅行に連れて来てくれるなんて!」

 ああ、

「それより家を開けさせちまったな。まさかお前が飯作って家のこと色々してるなんて」

 大丈夫だよ、

「何もできない弟たちに、ちょっと家事させてみてもいい機会だしね!」

 と笑う。

 洗濯機を開け、汚れたたくさんの服を入れる。閉めてボタンに指を添えて……

 ……どれだ、

 まだ俺は十歳なんだ、といいわけしながら聡は適当にボタンを押して数字を変えてみて、スタートボタンを押そうとするが、

「聡!乾燥機までかけるからそのボタンも押しとけって言ったろ!それからその数字、秒だと思ってないか!?分だよ!今日は量も少ねぇのにそんな長く洗うかよ!」

 たまたま通りかかった嵐に言われ、聡はびくっと肩を跳ねらせる。

「うっ、分かってるよ、見間違えただけだよ……」

 そうなのか……

「えっと乾燥は……」

「右、脱水の隣。脱水は五分にしろ、終わったら外に干すから乾燥は30分でいい」

 はーい、

 聡を横目で見ながら、風呂掃除に使ったブラシや洗剤を片付けて居間に戻る。極と一が、掃除機が壊れた、なんて騒いで。思わず嵐はため息。すると、突然掃除機が動き出して、極は驚き傍に立っていた嵐に飛びつき、一は、掃除機偉い、なんて掃除機を撫でてるし。全く、聡といいこいつらときたら。

「コンセント差さずに掃除機動かそうとするやつがあるかよ!」

 と壁側を指さした。腕を組んで、あはは、とこちらを見て笑う、勇と同い年くらいの白いタンクトップの男。

「驚かせてごめんな」

「いや、騒がしくて本当にすんません」

 炎鳳(えんほ)さん、

「本当に手伝わなくていいのか?こんなに大きくて広い家なのに、ほとんど全部、自分たちでやるなんて」

「いいんすよ、座っててください。炎鳳さんにご飯作りに来てもらえるだけでありがたいっすからね。せめて掃除だけでも人雇えばいいのに、じいちゃんが変にこだわって、人は雇わない!なんて言うんすよ、自分は一切やらねぇくせに」

 そうなのか、

 あはは、と笑う炎鳳。そんな炎鳳を見て、

「炎鳳さん、弟いるんすよね?」

 問う。

「ああ」

「あの、えっと……」

 急に口ごもる嵐。炎鳳は、こてんっと小首を傾げ微笑む。ただ嵐が次口を開くのを待った。

「その……炎鳳さんは、親御さんを助けた後、やっぱりいずれ自首するつもり、すか……?」

 それを聞き、極の動きが止まり、一は俯き、聡は入口の影に隠れていて悲しげな目をした。掃除機が止まり静かになる。炎鳳は微笑んだまま目を瞑った。

 勇だな?

 嵐はびくっと握りこぶしを作った。

「お父さんお母さんを助けた後罪を償うつもりだ、なんて勇なら考えそうなことだ」

 嵐の握りこぶしが震えだす。炎鳳は構わず、

「俺は弟と相談して判断する。そして、勇がそうしたいならさせてやればいい話だが……」

 嵐は俯いている。みんな俯いていた。やがて、炎鳳はそっと口を開く。

「みんなは、今まで勇の何を見て育ってきたんだ?」

 はっと目を見開く嵐。他の三人は、何も分からない、不思議そうな顔をしている。

 何を見て……?

 聡の呟き。それは一番近くにいた炎鳳が聞こえてた。それを聞き、炎鳳は口を開く。

「問題なのは勇にあるのかな?勇が、いずれ罪を償うという考え方をしてるのが、みんなはそんなに辛い?そしてそれは何故、そんなに辛いんだろう?」

 それは……

 極の一言、これ以上言葉に出来なかった呟き。炎鳳は続ける。

「思い描いてた結果と違ってたからかな?それとも自分たちと覚悟が違ってたからかな?一番近くにいたのは俺じゃない、君たちだ。勇を一番よく知ってるはずだろう?そうだな、今までの勇がどんな生活を送ってきたかをまずは考えればいい。例えば、あいつは、お父さんお母さんが行方不明になってから、今までどんな生活を送ってきたか、とか……」

 どんな生活?

 一の疑問。

「例えば……何時に寝てた?何時に起きてた?いつ勉強してた?部活してたか?いつ遊んでた?」

 はっと極と一。

「弁当は誰が作ってた?洗濯機回してたのは誰?気づけば食器が片付いてたか?なんでこの大きい家がいつも綺麗なんだろうな?君たちが何かあった時に病院に抱えて連れてったのはまさかおじいちゃんだったか?」

 ぼろっと泣きだした聡。

「一番喜び君たちの夢を応援してくれたのは?あいつが泣き言吐いたことあったか?君たちに一度でも否定してダメだと言ったことあったか?勇はいつも自分を優先して過ごしてたか?そんなあいつが夢を諦めたのは何故だろう?おじいちゃんのために、それだけかな?」

 俯き泣いて、床にぽたぽたと嵐の涙がこぼれでる。

 なあ、みんな、

 顔を上げる四人。炎鳳は、にこっと笑って……

「勇が自分の気持ちを表に出して、君たちに助けを求めたこと、あったか?」

 四人の増える涙。嵐は崩れ落ちる。

「君たちはどうして、この活動することを決意したんだ?君たちは元から正義感が強いタイプだと勇から聞いていたが、そんな君たちが悪に手を染めたのは何故?」

 嵐、それにみんな、

「そろそろ勇に手を差し伸べてやりな。まあ、つまり俺の答えは……最後は勇自身に判断させればいい。一番親に会いたがってた人が、悪いことまでして助け出しすぐ罪を償うために去っちまう、かっこいいじゃん!自首するにしろ一生罪を背負って生きていくにしろ、どっちの答えも悪くないよ。ただし、どっちの答えにしろ勇を支え続けてやるのは、君たち弟なんじゃないか?」

 嵐に続いて弟たちも声を上げて泣きだした。

 俺、

「わがままばっかり、勇兄がいつも何時に寝て何時に起きてたなんて考えたこともなかったし、起きたら既に朝ごはんと弁当が作られてあってそれが当たり前に思ってた……いつも家綺麗に片付いてたし、部屋のタンスには洗ったばかりの服が気づけば入ってて、手は酷く荒れて絆創膏だらけ、それなのに学校ではかなりの優等生で授業中寝てなかったみてぇだし、成績が衰えたところなんて見たことねぇよ……あの人……」

 声を震わせ泣きながら嵐。勇の、いつもの微笑みを思い浮かべて、

「本当にいつ寝てたのかな……」

 嵐は両手をぎゅっと握る、その拳の上に涙が落ちた。

「聞けお前ら!左眉に大きな傷が残るほどの大怪我を負った極を、高熱だして吐きまくってた一を、ある日突然息ができなくなって苦しんでいた聡を、まだ小さかったお前らを抱えて病院に駆け込んだのは!全部勇兄だ!」

 ううっと部屋中に泣き声が響く。

「勇兄が一番辛いはずだろ……!?じいちゃんはいまだに仕事や出張で家を開けっぱ、父さんと母さんが行方不明になってすぐ、まだ赤ん坊の聡の面倒見て極と一を幼稚園に送って、いつも泣いてた俺の傍を泣き止むまでずっといてくれて、それに俺たちにいつも飯作って食べさせてくれるし、母親代わりになってくれてたあの人の気持ちが無事だったかって言われたらそうじゃないんだ!俺たちに愛情というものを注いでたあの人は一体誰から愛情を貰ってたというんだよ!父さんか?母さんか?……あの人たちは!いつも仕事ばっかりで!!長男だからってまだ小さかった勇兄に礼儀やマナーに厳しくした挙句、弓道やら茶道やら華道やらピアノやらなんやら数え切れないくらいたくさん叩き込まれてたんだよ!!なあお前ら、勇兄は楽しそうだったか……?……友達といるところを見たことがあるか!?みんなと遊びに行ってたか!?」

 極が崩れ落ちる。

「正直に言うぜ!俺は、父さん母さんを一番に尊敬できる人かって聞かれたらそうじゃねぇ!!でもあの人すげぇんだよ……!!それでも父さん母さんに会いたいって、助けたいって泣いて!!そのために覚悟決めてさらに強くなったあの人を俺は一番尊敬してるんだ!!お前らもそうだろ!?あの時、覚悟を決めたあの日、俺らは何を話し合ったんだ!?みんななんて言った!?勇兄を助けたかったからじゃないのか!!あの人に、父さんと母さんに会わせてやりたいって……!だから、俺たちは……悪い人に、悪いやつに成長するんだって……気づいてたはずなのに、なのに、普段から甘えてばっかりで、全部頼ってばっかりで……勇兄に辛い思いさせてたのは、結局俺たちじゃねぇかよ……」

 みんな、

 炎鳳に呼ばれ顔を上げる四人、炎鳳は、にこっと笑うと、

「な?君たちのお兄ちゃん、かっこいいだろ?」

 と口を開く。

 当たり前だ、

「世界一かっこいいぜ……!」

 やっと嵐が笑う。納得そうに弟三人も頷いた。

「君たちがこの活動を始めた理由、なんとなく分かってたよ」

 と、炎鳳は笑った。

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