元カノの記憶ですか!?
「喜路来、ちょっといい?」
デジャブ?今日はやたらと声をかけられるな。
呼び止めてきたのは少し前まで付き合っていた樋渡美優。僕の元カノだ。
トレードマークの白いシュシュで止めたポニーテールが揺れている。
「なにか御用ですか?」
「なにその敬語?超ウケるんだけど」
……なるほど。
僕が記憶喪失なのをまだ知らないのか。実際なってないけど。
「階段から落ちて記憶がないんです」
「う、うそ……あの人ほんとに……はっ!」
狼狽える元カノの表情を記憶した。
アイドル級の美少女と謳われてるけどその顔は険しい。
『あの人』ってなにか知ってるのか?
記憶を失くしたとは言ったけど落とされたとは言ってないんだよね。
「では、昼食の時間がなくなるので失礼します」
これ以上の詮索は危険だな。
彼女も自分の失態に気づいたようだし。
トイレに入ってからゆっくりお弁当を食べるつもりが余計な時間をくってしまったじゃないか。
え?元カノなんだしもっと話を聞けるはず?
あんなことをされて別れたヤツなんか知るか。
あ、なんだか昔の記憶が見えてきた。
―――
「ねえ喜路来?わたしはずっとあなたの味方だからね」
「うん、ありがとう。なぜかみんなが僕を避けるようになってしまって。学校で美優ちゃんだけが僕の味方だよ」
幼馴染に流された噂だけでここまで孤立するはずがない。
この状況に陥った原因に心当たりないんだよな。
2年に進学して間もなく僕はみんなから無視されるようになっていた。
「うふふ、大丈夫、大丈夫。わたしがいるじゃん」
嬉しそうに微笑んでくる美優ちゃんの顔が……
―――
え、ちょっと待て!
もう一度いまの記憶を再生してと、
「うふふ、大丈夫、大丈夫。わたしが―――」
えーと、たしかここだ!
微笑む美優ちゃんの後方から様子を伺ってるのは、美優ちゃんといつも一緒にいた友達と…元幼馴染の春香?
うん間違いない。階段傍からこっちを見て2人がニヤニヤしてる。
たしか美優ちゃんと春香に繋がりはなかったはずだ。
あ、いま美優ちゃんが春香達にウインクした!
あの時はてっきり僕にウインクしたと思ってたけど……
「……ねえ!ねえってば!大丈夫!?」
「あっ」
まだ能力に慣れてないせいで他人からは気を失ったように見えるのか。
気付けば美優ちゃんが僕の体を揺すっている。
あの事件を思い出す前だけど、家でゆっくり見ないと危険だな。
「まだ頭がちょっと……では失礼します」
「ち、ちょっと待って―――」
だから待たないって。父さんの特製弁当は僕を待ってるだろうけど。
美優ちゃんから逃げるように僕は教室へと戻った。
「えーと、一応聞くけどなにしてるの?」
「おっせーんだよ!早く先生の……じゃなくて弁当見せろや!」
そういえば昨日は卵焼きを落としてしまったからお裾分けできなかったな。
父さんに話したら嬉しそうな顔して今日も作ってくれた。いつも感謝しかない。
それにしても……
僕のカバンを穴があくほど睨む大原さん。なにが彼女をここまで駆り立てるんだ?
「はいはい。ちょっと待って」
僕の言葉を受けて素直に待つ大原さん。
まるで大きなゴールデンレトリバーじゃん。
みんなどうしてそんなに彼女を怖がるんだろ。
そして弁当を開けると…
「うっひょー!先生特製弁当!」
現実でうひょーって使う人を初めて見たよ。
あれ?先生特製弁当?
「メモリー好きなの?」
「はい!……じゃねー!」
「父さんのファンなの?」
「はい!……だから違うって言ってるだろ!」
「……」
父さんのファンに悪い人はいない。母さんの口癖だ。
僕も同じくそう思う。
「お手」
「するわけねーだろ!」
……悪ノリしすぎたか。
友達じゃないけど久しぶりに気持ちは穏やかだ。
僕が卵焼きをひとつお裾分けすると、大感激する大原さん。
そんな幸せそうな大原さんの顔を僕は記憶した。
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