小悪魔の記憶ですか!?
「ええええ!!!!」
「喜路来、驚きすぎだ」
「父さんのせいですよ!」
初めて父さんに口答えをしたかも。
著名人である氷河目守の息子として生まれた僕は、毎日プレッシャーに押し潰されそうだった。もらった名前(氷河喜路来)さえも嫌になるほどに。
それほど父さんは世間で有名なんだよな。
「そ、それじゃあ僕の名前も能力を受け継いでるからなんですね」
「……ああ」
「なんですかその間合いは」
「あとで母さんに聞いてくれ」
「無理です」
「俺もそう思う」
「「………」」
母さんは好きだけど、走りだしたら止まらない暴走列車だ。
父さんでさえ「ウザイ」「小悪魔が」などと恐ろしい言葉を時々呟いているくらいに。
自分の名前のルーツを知りたいけど、父さんの目がはるか遠くを見つめているのでそっとしておこう。親孝行しないとね。
「本題に戻りますが、こんな作戦で本当にうまくいくのでしょうか?」
「俺はこの手で乗りきったぞ。思惑とは違ってしまったがな」
「父さんには友達がいたじゃないですか。僕はボッチなんですよ?」
「お前にも恋人や幼馴染、先生もいるだろう?」
「……もういません。僕の周りには誰も」
最初のうちは作家メモリーの息子だとチヤホヤされていた。
父さんの功績は今でも伝説として語り継がれている。
しかし、その当時を知らない子供達はなんのおこぼれももらえないと分かるや否や、みんな僕から離れていった。
それどころか有名人の息子、恵まれた環境に嫉妬し僕を攻撃するようになった。
学校での僕に味方と呼べる人はもういない。
「ほほう!それは尚更好都合だ。俺の時もそうだったら良かったのに小悪魔が現れて---」
「好都合って父さん、それに小悪魔は禁句ですよ」
「誰が小悪魔だって?」
「か、母さん!?」
父さんの口元がひくひく痙攣するのを記憶した。
その場面は濃い青色のようだ。
「なるほど!こうやって色を意識して記憶するわけですね。大変勉強になりました。ありがとうございます!」
「いや、そ、それより、た、助けて……」
「では僕は部屋に戻ります。大事をとって父さんの言う通り学校は3日間お休みしますので修行をつけてください。ではおふたりでごゆっくり」
「ま、待て!ぎゃあ!」
父さん……ご武運をお祈り申し上げます。
* * *
「……というわけで氷河は記憶喪失らしい。みんなたっぷり可愛がってやれ」
担任教師の金澤は、ニヤリと笑いながらみんなに告げた。
もちろんその顔も記憶する。
40歳手前の独身男性、デブにハゲといいところは何もなく生徒からも嫌われているが、さらに嫌われてるのが僕なのだ。
説明を受けたクラスメイトの大半も同じようにゲスな笑みを浮かべている。
「なんでも目に焼きつけて記憶しろ」
父さんからの助言のひとつだ。
学校側には前もって記憶喪失と伝えてくれた。
父さんと電話のやりとりしただけで先生は物凄く機嫌が悪いらしい。
「氷河の席はあそこだ」
先生がニヤついた顔のまま指をさす。
……あの席じゃない。
窓際の一番後ろにポツンと机が置いてある。
授業をサボるのなら最適かもしれないが、ここは進学校。
ホワイトボードが見えずらいこの環境はあまり良くない。
そして環境最悪と言われる最大の理由が---
「あの金髪女の隣だ」
悪名高い不良少女【大原瑠奈】の隣の席だから。
「ふん!」
僕の顔を見て不満気な声を上げる大原さん。
もちろんその言動も記憶した。
あれ?なんかおかしいな……
「よ、よろしくお願いします」
「大原だ。ふん!」
……父さん、本当にこれでいいのでしょうか?
もう一度頭を下げて僕は席に着いた。