名前の記憶ですか!?
「疑って悪かったな」
「忘れててごめん」
大原さんが激怒したことで蛯原さんに謝る男子バスケ部員とマネージャー。
うーん、なんていうかモヤモヤするな。
『仕方なく、とりあえず、面倒だから』
そんな雰囲気がありありと出ているからに他ならない。
単に、ことを収めるための謝罪が蔓延しているこの世の中。
僕にはそれが違和感にしか感じない。
僕の両親、特に母さんの教育方針は他の家庭と違っていたからな。
『自分が少しでも悪いことをしたと思うなら全力で謝りなさい。悪いことをしたきっかけが相手だろうと大小に関係なく。例えそれで相手が謝らなくても』
小さな頃の僕は子供心に理不尽だとよく言ったものだ。
だけど、幼馴染と元カノのことがあって母さんの考えをやっと理解することができた。
僕はあの時、ふたりに一度だって謝っていない。
あの時僕は微塵も悪いことをしてないのだから。
悪いことをしてないから謝らないのは当たり前と誰もが思うかもしれない。
こっちも悪かった。言い過ぎてごめん。喧嘩両成敗。
『そんな世の中クソ喰らえだ!相手にとことん罪悪感を与えてやる!くっくっく。なにより……自分の心を自分で削って傷つける必要はないんだよ』
不器用だけど真っ直ぐな母さん。
くっくっくって言った時は小悪魔にしか見えなかったけど。
だからいま目の前にいるバスケ部員達は、邪悪でおぞましい生物にしか見えない。
「じゃあ部活行くか」
「ちょ、ちょっと待て---ふわっ!?」
大原さんの興奮を抑えようとつい頭を撫でてしまったが……
「これ以上は板挟みにさせて蛯原さんを困らせるだけだよ」
僕だって悔しい。
だけど……本人はもっと悔しいはずなんだ。
今から部活に行けば彼女に味方はいなくなる。
情け無いし無責任かもしれないけど僕たちにできるのはここまでだ。
あとは、本人が自分から闘っていくしかないのだから。
「……そうだなキロ坊。すまん」
「大原さんがしようとしたことは正しいよ」
そうだ。誰よりも正しいことをしようとしただけなんだ。
おかしいのはバスケ部員達だ。
ううん、この学校みんながおかしい。もちろん全員ってわけではないけど。僕はそれをすでに味合わされているからね。
『記憶喪失を装っている僕だけど、困ってる人になにかしてあげたい』
なーんてね。そんな力も度胸も僕にはないし。
このまま気楽に学校生活をおくれればいいかな。
父さんから新しい小説の主人公のイメージを聞いたらついなりきっちゃったよ。
「うちら……あの子の助けに少しでもなれたのかな?」
「当たり前でしょ」
まだ悔しそうな表情を浮かべる奥で、誰よりも優しい顔をする美人高校生を僕は記憶した。
「それよりキロ坊さあ、なにか気づかないか?」
「え?大原さんのことで?」
「それだよそれ」
「僕は大原さんが優しくて美人だってとっくに気づいてるけど?」
「な!?ば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ!大原だよ、お・お・は・ら!」
「さすがに自己主張が強すぎるでしょ?まさかの自分大好き美人だったとは。それともどこか有名な専門学校の宣伝?」
「ちっがーう!名前だよ名前。と、友達は名前で呼びあうのが普通だろ」
「瑠奈」
「ひゃい!」
不意に言ってみたら思いっきり噛んでやんの。
なんだか少し学校が楽しくなってきたな。
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