首吊り鎮魂歌
隣で幼馴染みが揺れている。その顔は首を吊ったにしては穏やかで僕は彼女の頬にキスをした。彼女の揺れる反対側に生えている枝に紐を通す。ハングマンズノットを作って、持ってきた椅子を紐の下に置いた。これで準備は整った。いつでも吊れる。
腕時計を見ると十二時十六分だった。どうせなら一時に吊ろう。そう思って椅子に腰かけた。五十分にアラームを設定し眠りにつく。
夢を見た。走馬灯のようなものだった。
「ツキラッシュ、僕はもう疲れたよ」
夏帆がそう呟いた。ツキラッシュと言うのは一樹のことで、それはつまり僕のことだろう。
「そもそもどうして皆帰っちゃうんだろうね、折角の文化祭なのに」
「僕も帰りたいよ、君が帰らせてくれないだけで」
「当たり前だよ、君を帰らせてしまったら私が一人になっちゃう。それに帰り真っ暗で怖いし……」
「歩いて数分じゃねぇか」
ふふっと彼女は笑った。
気が付いたら文化祭当日の夕方になっていた。
僕と夏帆はそれぞれ別の先輩に呼ばれて、別の部屋にいた。僕は三階の視聴覚室で彼女は一階の多目的室だ。校舎はコの字型になっていて視聴覚室の反対側に多目的室がある。
僕を呼び出した先輩はドアを閉めると、夏帆とどういう関係なんだ?と質問してきた。
「どういう関係というと……ただの幼馴染みですが」
「付き合っていたりはするのか?」
「いえ、特に」
なんとなく嫌な予感がし始めた。先輩は、そうか。と適当に相槌をすると携帯を取り出し、誰かに電話をかけた。
急いで視聴覚室の窓に駆け寄り、多目的室を見る。しかしカーテンが閉まっていて中の様子は確認できそうになかった。
先輩は誰かに、付き合ってないそうだ。と伝えると頑張れと一言呟き、電話を切った。急いで視聴覚室を出ようとするが先輩がそれを阻む。
「悪いな、俺にはコーヒーがかかってるんだ」
「……そんなもの、あとで僕でも買ってあげられますよ」
先輩は、後ろを向いて、静かに嗤う。それで恰好つけているつもりなのだろうか。
「それで通してもらえると思ってるのか?」
「そんな訳ないでしょ、僕だってそんな馬鹿じゃありませんよ」
僕はクズへ向かって走り出した。渾身の力を込めて頭を殴りかかる。あいつも大事になるのは嫌うだろう。僕が本気だと気付いた時点で諦めるはずだ。諦めてくれないといけない。タイマンだと僕が負けるに決まってる。
右手に体重をかけて肩を振り抜く、クズの顔の骨に僕の指の骨がぶつかる。思いの外に心地良い音がする。半回転して頭から地面に飛び込む。
クズはその一発で気絶したのか、床に突っ伏したきり頭をもたげなかった。視聴覚室を出て鍵をかける。多目的室に向けて走る。後悔のないように。いや、既に後悔はしている。
最悪の事態にはならないように。
多目的室のドアを開けると、夏帆は部屋の角で倒れていた。服は、はだけていないから恐らく間に合ったのだろう。
汗の伝う頬を風が過る。カーテンがはためいていた。顔を出すと金髪の男が校門の方へと走っていた。今からでは追い付けないだろう。
夏帆の隣に数歩ほど間隔をあけて座る。落ち着くまでひたすらに座っている。
目が覚めた。嫌な夢だった。ポケットにしまった携帯が震えていた。
キッチンにあった百均のビニール手袋をはめる。それから丁寧に、袋から死体を取り出した。携帯を見る。十二時五十五分。
椅子に乗って死体の金色の髪を掴んでハングマンズノットに引っかける。重たいがなんとかして終わらせた。飛び降りて、椅子を蹴っ倒す。多分だけれど、これで心中の体は保てるだろう。夏帆には申し訳ないけれど、僕はこうしなければならないのだ。
手の甲にキスをして後ろを向く。彼女の着けた腕時計は十二時五十九分をさしていた。ごめんね、そう呟いて、僕は歩き始める。
公衆電話で高校生らしきカップルが心中していると伝える。やけに冷静な声だなと自分でも感じた。名前を言わずに電話を切ってしまう。
明日のニュースには夏帆の名前が載るのだろうか。
だとしたら、それはとても良いことだ。