夏休みの話 4
合宿二日目も充実して終わった。
僕は変わらず後輩たちを指導しながら自分でも練習をしていた。
結局、朝食と昼食も僕が作った。でも、そのたびにみんなが「おいしい!」と言ってくれたのでとても嬉しかった。
先生は最後のほうでチラッと顔を出しただけだった。最後まで自分勝手な先生だな、と思った。
合宿が終われば、僕にはバイトが待っていた。つまり、残りの夏休みはほとんどバイトかな。忙しい日々になりそうだ。
「で、なんで僕はここにいるんでしょうか?」
「それは、これから都住先輩による料理教室が始まるからです!」
僕は学校の家庭科室にいた。教室には僕のほかに七海さんと中武さんと一年の仲良し三人組が…あれ、一人足りない。
「もう一人の子は?」
「えっと、綾奈は今日は用事があったみたいでこれませんでした」
「そっか。それにしても、何も合宿終わって次の日にやらなくても…」
「だって、都住先輩これからバイトばっかで暇ないじゃないですか!」
「まぁ、私たちはいつでも構わなかったですから」
背の高い黒髪の今しゃべっている子が、日野雫さん。後ろでしゃべらずにただコクコクと頷いてるのが須崎加奈さん。須崎さんは話したりするのは苦手なのかもしれない。
「家庭科室の使用許可は取ってありますから問題ないです!」
「よく許可取れたね…」
「西山先生に言ったらあっさり許可くれました。条件として作った料理を持ってくこと! だそうです」
「ちゃっかりしてるなぁ、先生は」
「そんなことより始めましょうか! 作るものはカレーです!」
「え、カレーはこの前作ったから別のほうがいいんじゃない?」
「西山先生がこの前のカレーをもう1回食べたいそうです」
「先生の注文!?」
「じゃあ、始めましょう」
先生はそんなにあのカレーが気に入ったのだろうか? 机の上にはすでにカレーの材料がずらりと並べられていた。しかし、量が多い気がする。
「これ何人分あるの?」
「ん、失敗前提だから多めにしてあります。先輩は先生用で作ってもらって、私たちは別で作りますから」
「そっか。わかった」
「じゃあ、とりあえず…はい、エプロンです」
「あ、どうも」
僕は手渡されたエプロンを何の抵抗もなく身につける。他の4人もすでにエプロンを着けていた。
「はい! 先輩! まず、何すればいいんですか?」
「いきなり!? えーっと、まず野菜を洗って皮を剥こう」
「わかりました。じゃあ、私と優衣はこっちでやるから、雫と加奈はそっちでお願い」
「わかった」
こうして、4人の料理教室が始まった。中武さんや須崎さんは家の手伝いで料理をたまにするらしく、普通に問題はなかった。ただ、七海さんと日野さんは…。
「? 先輩、玉ねぎってどこまで剥けばいいでしょうか?」
「え!? ちょ、七海さんそれは剥きすぎ!」
「都住先輩、じゃがいもの皮が剥きづらい」
「日野さん、じゃがいもがバラバラになってるから!」
この2人は家の手伝いもまともにしたことがなく、料理は全然やったことがなかったらしい。思わず、投げ出してしまいそうになった。まぁ、しょうがないと思うことにした。
「じゃあ、次は野菜を炒めます。フライパンに油をひいて、温まったら玉ねぎから炒めて」
「わかりました。…そろそろいいかな。とりゃー」
「え!? ちょっと、いきなりそんなに入れたら」
「熱っちーーーー! 油飛んだーーー!」
「やっぱり…。危ないからゆっくり入れてね」
「せ、先輩、指、火傷…」
「はいはい、こっちで冷やそうね」
僕は蛇口を捻って水を出し、七海さんの手を取って水で冷やした。そこまでひどくないから少し安心した。
「…先輩は彼女ができたとしたらやっぱ料理ができたほうがいいですか?」
「? そりゃあ全くできないよりは少しはできたほうがいいと思うけど…。どうしたの突然?」
「いえ、やっぱり先輩は生まれてくる性別を間違えてるなーと思って」
「そろそろ怒るよ、七海さん」
「きゃー、先輩に怒られるー」
パタパタと走りながら中武さんの後ろに隠れる七海さん。別にそんなに怒ってるわけじゃないけど、先輩としての威厳が…。
「都住先輩は、先輩っていうより仲のいい友達って感じですよね。いい意味で」
「どうゆう意味!?」
「親しみやすってことですよ。ね、優衣」
中武さんも頷いている。もしかして、と思って日野さん達のほうも顔を向けると、2人とも「うんうん」と頷いていた。そっかー、仲のいい友達って感じなのか。
「都住先輩、そろそろいい煮込む頃合いじゃないでしょうか?」
「あぁ、そうだね。それじゃあ、水を入れた鍋に入れて煮込もう」
炒めていた野菜を鍋に入れてコトコトと煮込む。先生用のカレーはもう出来あがっていて、弱火でじっくりと煮込んでいた。隣から中武さんが覗き込んでくる。
「それにしても、都住先輩は教えるのが上手いですね。さすがです」
「いやいや、中武さんも包丁の使い方がとっても上手かったよ。僕が教えるまでもないくらいだった」
「そんなことないですよ。あの、また機会があったら別の料理も教えてもらっていいですか?」
「うん、僕でよかったらいいよ。次はもうちょっと難しいのでもできそうだね」
「そうですね…、ハンバーグとかがいいです」
「ハンバーグか…、うん、じゃあ次やる時はハンバーグね」
「はい! ありがとうございます!」
中武さんはしっかりとお辞儀をして、洗い物をしている日野さんのほうへ手伝いに行った。僕はカレーが焦げ付かないようにお玉でかき混ぜていた。
「できた!」
たっぷり煮込んでカレーが完成した。早速、お皿にご飯とカレーを盛り付ける。そして、5人でテーブルにつき、手を合わせた。
「「「「「いただきます」」」」」
スプーンで一口取り、5人で一斉に口に運ぶ。
「「「「「うまい!」」」」」
とても始めて作ったとは思えないくらいおいしいカレーができた。4人とも満足そうにカレーを食べている。
「やっぱり都住先輩の指導がよかったですねー。とってもおいしいですよ」
「でも、料理はやっぱり難しいよね」
「今回は都住先輩がいたからできたけど、一人でやるのは無理かもしれない」
「まあまあ、また機会があったら教えてるから。少しずつ慣れていけばいいと思うよ」
全くやらないよりは少しずつやったほうがいいだろう。料理の1つや2つ覚えておいて損は無いはずだ。
「とりあえず、今日はこれで終わりですね。先輩、ありがとうございました」
「ううん、今日は僕も楽しかったよ」
「「「都住先輩、ありがとうございました」」」
「どういたしまして」
こうして料理教室は終了した。西山先生にカレーを持っていったら、鍋ごと持って帰ってしまった。