第25話
「失礼します。佐倉さん、起きてますか?」
「……はい」
佐倉さんはベットの上で上半身だけを起こしていた。少し目が赤い、起きてからまた泣いてしまったのかもしれない。
「お腹が減ったと思ったので軽く作りましたけど、食べれますか?」
僕はおにぎりを佐倉さんに手渡す。そして、近くにあった椅子に座った。
「ありがとうございます…。その、手、ごめんなさい」
「これですか、このくらい平気ですよ」
「都住様を巻き込んでしまって申し訳あり……」
「あの、佐倉さん。敬語はやめましょう。立場的にはしょうがないのかもしれないですけど、僕と二人の時くらい敬語じゃなくていいですよ。僕まだ17歳だし」
「…ありがとう。じゃあ、悠斗くんって呼んでもいい? 私は19歳で年上だけど、敬語じゃなくてもいいから。あと、私は夏希でいいよ」
「年上の人には敬語じゃないと落ち着かないので、その辺は勘弁して下さい。夏希さん」
「わかった。…今日は本当にありがとう。それと、巻き込んじゃってごめんなさい。悠斗くんだって、自分のことで大変なのに……」
「大丈夫です。目の前で辛そうな人がいるなら助けたいですから」
「強いんだね…、もう平気だから先に寝てもいいわよ」
「…無理しないで下さい。話があるなら僕は聞きます、夏希さんの苦しみが少しでも和らぐなら、僕の体くらい、いくらでも貸します。…だから一人で抱え込まないでください」
「……いいの?」
「いいんですよ。もう少し夏希さんは他の人に甘えたほうがいいですよ」
「じゃあ、悠斗くんこっち来てここに座って、ドアの方を向いてね」
そう言って、夏希さんは自分の隣を指差す。僕は夏希さんに背を向ける形に座った。何があるのだろうと思っていたら、後ろから突然、抱きしめられた。当然、僕はうろたえてしまう。
「え、あの、夏希さん?」
「ごめん、少しでいいの。少しでいいから、悠斗くんの背中、借りるね」
でも、と僕は言いかけて止めた。なぜなら夏希さんの、声が…体が震えていたからだ。おそらく必死に涙を零しまいとこらえているだろう。そう思い、僕は黙って夏希さんに背中を貸した。
「……」
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
夏希さんが離れた。背中の温もりが少しずつ抜けていくのがなぜか少し寂しかった。
「あの…余計なことかもしれないですけど、これからどうするんですか?」
「そうね…、とりあえず仕事はこのまま続けるつもり。ソフィア家には恩があるから、あと、悠斗くんにもね」
「いえ、僕は気にしなくてもいいです。僕が勝手にやったことなので」
「そうね、なら、悠斗くんが勝手に私を助けたんだから責任を取ってもらおうかしら」
「え、」
責任ってなんだろう、夏希さんはニヤニヤしてこっちを見てる。僕はそんなに大金は持ってないし……、あぁ、でも……
「……これからも悠斗くんに甘えさせて。私はどうしても弱いの…だから…」
「…そんなことでいいんですか?」
「そんなことって、とても図々しい事だと思うんだけど…」
「そんなのは当たり前のことです。でもよかった、大金を要求されたらどうしようかと思いました」
「……あは、あははははははっ。どこまでも真面目なのね」
「なんで笑うんですか!? おかしなこと言いました?」
「だって、大金って、あはは、あはははははっ」
夏希さんはベットの上でずっと笑っていた。それを見て、不思議に思いながらも僕は安心していた。元気になったみたいだ。
「もう、笑いすぎですよ」
「あはは、ごめんね。面白いなーって思って」
「じゃあ、そろそろ僕は部屋戻りますよ。夏希さんはそのベット使っていいですから」
「え、じゃあ悠斗くんはどこで寝るの?」
「僕はソファーで寝ます。あ、用事があったら呼んでください」
僕が使ってたベットは今は夏希さんが使ってるんだからしょうがないだろう。僕はロビーにあるソファーで寝ると決めていた。別の部屋に翼が移ったけど、その部屋にはベットは一つしかなかった。
「ちょっと待って、メイドのわたしがベットを使って、お客様にはソファーなんてできるわけないじゃない!」
「いや、これはしょうがない事だと思いますけど……」
「ダメに決まってるでしょう! そうだなぁ…どうしよう」
「僕のことはホントに気にしないでいいですから」
「じゃあ、一緒に寝ようか! それなら、悠斗くんがソファーで寝ることもないし、用事があるとき呼びやすいし」
「えぇ!? そ、そんなのダメですよ!」
「わたしと寝るのはヤなの?」
「いや、あの、イヤ…ではないんですけど……」
「じゃあ、決定! ほら、もう寝よう」
「待って下さい、やっぱ、いろいろまずい気がしますよ」
「お願い、甘えさせてもらっていいんでしょ?」
「うぅ…、わかりました」
「うん、ありがとう。悠斗くん」
こうして、僕は夏希さんと同じベットで寝ることに。うぅ、心臓がバクバク鳴ってるの聞こえたりしてないかな。そもそも、こんな状況で寝れるわけないじゃないか。そう思っていたが、案外あっさりと僕は眠ってしまった。
「ふふ、もう寝ちゃったか…」
わたしは隣で寝ている子を見て呟いた。おそらく、わたしよりも小さくて、女の子のような可愛い顔をしている子、だが、わたしの命の恩人だ。わたしが生きることを諦めようとしたとき、間違えた道に進もうとしたわたしを正しい道に歩ませてくれた。この子には一生をかけても返せない借りができてしまった。
「ありがとう……」
わたしはこの子のように、明るく前を見てこれからも生きて行きたいと思った。そして、隣にこの子が…悠斗くんがいてくれれば……。そこでわたしの意識は途切れ、眠りについた。