5話
午後になり、ライル・ブレアが訪ねてきた。
「ユリシス、今日は、君との乗馬を楽しみにしてきたよ。」
「天気も良く絶好の乗馬日和だな。馬にはよく乗るのか。」
「俺の趣味といってもいいくらいさ。」
ライルは鹿毛の牝馬を連れており、趣味というだけあって、立派な馬だ。
対してユリシスの馬は芦毛の牝馬で、原毛色は栗色だったが、年齢が進むにつれ白色が強くなり、白馬といっていいくらいになっている。
「ユリシスの馬は、白馬で美しいね。」
「ああ、はじめは栗毛だったがだんだんと白の割合が多くなってきて、若干栗色が残るほどになった。もう8歳だ。人間で言うと32歳くらいか。俺が子供のころから乗っている、利口な馬だ。」
首をなでてやると唸って返事をする。
森の木漏れ日の中、二人連れだって馬で進んでいく。
「少し、飛ばすぞ。」
ユリウスは、森の小道を結構なスピードで飛ばし始めた。
その後ろをぴったりとライルがついてくる。
つかず離れず追ってくる足音にすっかり楽しくなってくる。
始めは遠慮して速度を加減していたが、だんだんスピードを上げてみる。
ユリシスにとっては慣れた道だが、森の中の道は結構な起伏がある。
その道をユリシスが先行しているとはいえ、追ってくる足音は全く後れを取らない。
馬にはよく乗るし乗馬にはかなりの自信があるが、ここまで飛ばしてもピッタリついてくるライルの乗馬技術に相当なものだと認めざるを得ない。
目の前に湖が見えてきたころには、馬たちも息が上がっており、二人とも額に汗がにじんでいた。
馬を降りると、2頭は仲良く湖に入って行って、水を飲み始めた。
「趣味だと言うだけあって、かなりの腕だな。後ろに付かれたがまだ余裕がありそうだ。」
「いや、君こそこのスピードで山間の道を駆けるなんて驚きだよ。置いて行かれないように必死だったさ。」
額に光る汗をお互い拭いながら、顔を見合わせ笑いあった。
岸辺の木陰にはあらかじめ用意させておいた、折り畳み式のテーブルと椅子が用意されており、侍従たちが飲み物と軽い食べ物を用意していた。
仲良く湖で水を飲んでいる馬たちを眺めながら、ライルと椅子に座る。
侍従たちが冷やした果実水をグラスに注いでくれる。
「馬に乗って汗をかいて、飲み物が飲めるなんて、ずいぶん手回しがいいな。」
「この湖までの道は、俺の乗馬コースだ。ここで休憩を入れると気持ちいいだろ。」
「ああ、湖からの風が気持ちいいな。」
二人は、椅子の背に持たれて寛ぐ。
もしこれが、令嬢との乗馬なら、紅茶に甘い菓子だろうが、生憎男同士だ。チーズやハムにウインナーが並ぶ。二人でつつきながら、とりとめのない話を続けた。
「ところで、エミリア嬢とは幼馴染なんだって。」
ユリシスは、気になっているエミリアのことを話題に挙げた。ライルは手元のグラスに目を落とすと、わずかばかり眉を寄せた。
「俺は、ブレア伯爵の実子ではない。子爵家に婿入りしたブレア伯爵の弟の子どもなんだ。」
エミリアの話から、いきなりライルの思いもしなかった出自の話になった。
「実の両親は俺が幼いころ馬車の事故で亡くなって、叔父であるブレア伯爵に引き取られた。引き取られた当初、俺はかなり落ち込んでいて、叔父夫妻に全く懐かなかったんだ。・・・親交のあるローシェ侯爵の屋敷によく連れていかれ、そこで、エミリア嬢とも親しくさせてもらった。暗く、あまりしゃべらなかった俺にエミリア嬢は明るく接してくれて、俺も次第に明るさを取り戻していったんだ。」
ともすれば、不幸な話をしながら、穏やかな笑顔を見せるライルに胸が熱くなる。
「伯爵とは、うまくいっているのか。」
まさか伯爵に辛く当たられているのではと気になった。
「ああ、叔父夫婦は、立派な人たちで、娘がいるんだが、俺のことを実子のように分け隔てなくかわいがってくれる。・・・俺は、たぶん従妹にあたるエリスと一緒になることを期待されているんだと思う。」
ライルはグラスをきつく握りしめた。
湖面から涼しい風が吹き抜けライルとユリシスの髪をもてあそんだ。
眉尻を下げたライルが顔を上げてユリシスを見た。
「・・・ここだけの話、俺はエミリアが好きだ。だが、ブレア伯爵には恩がある。」
そういうと、ライルは半ば諦めた、悲し気な表情で微笑んだ。
その微笑みを見ると、幼馴染でエミリアに近いと思って勝手にうらやんでいたが、恩のあるブレア伯爵の意向に逆らえない境遇を不憫に思った。
「だが、妹御は幼い時から兄と慕っていて恋愛の対象になんかなるのか?他に思いを寄せる男ができるかもしれないじゃないか。」
「妹はすっかり懐いていて、幼い時から血がつながっていないことは話してあるし、叔父夫婦もそれとなく二人を娶せると態度に出してくるからこのままいくと自然とそうなるさ。」
悲し気に目を反らせたライルになんと声をかけていいかわからなくなった。
同時に自分の顔も情けなくなっているだろうと予想はついたが、目をそらした。
「すまない、気を使わないでくれ。」
ライルは努めて明るい笑顔をユリシスに向けてきた。