4話
社交界シーズンで、王都のタウンハウスにいるとはいえ、すでに伯爵位を継いでいるユリシスは、書類仕事に忙しい。ゆくゆくは、公爵家を継ぐ身なので、若い今の内から実務経験を積ませようという公爵の親心で、同年代の若者のように暇ではない。
どっしりとした重厚なライティングデスクに腰かけて領地から上がってくる報告書に目を通している。
隣には、執事のセバスが控えている。
セバスは、本来公爵についていた執事だが、伯爵位を継いだばかりのユリシスの相談役として補佐を務めている。
そろそろ白いものが混じりだした濃い茶色の髪に、50代半ばの年齢には見えないほどたくましい体躯の執事は、この若い伯爵を幼いころから見知っていて、ユリシスにとっては実父の次に苦手な人物であった。
ユリシスの伯爵領地では、公爵領の鉱山から産出する宝石をアクセサリーに加工する職人を多く抱えている。
「例年通り宝石が産出しているようで何よりだ。鉱山の方は、枯渇の危険はないのかな。」
「はい。もっと、鉱山で働く鉱夫を多く雇えば、今よりもっと産出できるのは分かっていますが、
あまりに多く産出すると、市場で値崩れを起こしてしまいますし、枯渇の危険を先送りにできますので、産出量を絞っています。今のところ、毎年、産出量に変化はございませんし、鉱山の枯渇も心配するような事はありません。」
「そうか。だが、現状大丈夫だからと言って、枯渇してから慌てないように、他の産業も育成しておいた方がいいな。金属類は他領から買っているが、今の職人の技術でアクセサリー以外の物を作ってみるのはどうだろう。」
「なるほど、職人たちになにが出来そうか聞いてみましょう。」
「ああ、頼む。」
「そういえば、午後は、ライル・ブレア様と乗馬なさるのでしたか。」
「顔見知り程度だったが、ローランド侯爵家の舞踏会で話してみるとなかなかに好感の持てる人物で、親交を深めようと思ってる。」
「さようですか、お父上のブレア伯爵様には、お会いしたことがありますが、かの御仁も懐の深い穏やかですが、有能な人物だったと記憶しております。嫡男のライル様は、若様も認める人物となると、後継者にも恵まれ、ブレア伯爵家も安泰でございますね。」
「そうだな。なにを考えているかわからない者が多い中で、信用できる人物のように思った。」
「さようでございますか。」
貴族社会は阿諛追従で腹の中では何を考えているかわからない、弱みを見せると足を引っ張ってくる連中は多い。信用できる人物は貴重だ。
いつも辛口のセバスが褒めるのだから、ライルの父親のブレア伯爵も相応の人物なのだろう。