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3話


 音楽が終わって、ダンスの終了の挨拶を優雅にこなし、壁際によりシャンパンのグラスを手に取ると、そこに先ほどエミリアと踊っていたライル・ブレアがいた。

「ブレア殿、先ほどは華麗にダンスを踊られていましたね。」

忌々しいやつとばかりに、声音がとげとげしくなる。

「サージェント伯爵様こそ素晴らしいダンスでしたね。」

「ほほーう、エミリア嬢とうっとり見つめ合っていたのに、他人のダンスにまで目が行くものですか。」

「見つめ合っていただなんて、誤解ですよ。彼女とは、幼いころより仲良くさせてもらっていますが、そんな特別な関係ではありません。そんな噂を流されては、彼女に申し訳がありませんよ。」

ライルは、あてこすられたのに、にこやかに返してきた。栗色の髪に、ハシバミ色の瞳のなんの特徴もない平凡な容姿ながら、少し細めの目は人の好さを感じさせる。

「そんなことを言って、エミリア嬢もあなたも年頃なのですから、実はお互い思い合っているのではないですか。」

口にしながら、肯定されたらどうしようとちょっと後悔する。

「ご存じかと思いますが、彼女の兄上と弟君は難敵ですよ。エミリア嬢は大変美しく、心映えも素晴らしいお方ですし、大変人気があります。とうに婚約者がいてもおかしくはないのですが、本人はその辺にかなり疎いですし、兄上と弟君が溺愛されていて全く近づけないのですよ。」

確かに、エミリアの兄と弟は彼女をたいそう溺愛していて、エミリアに男性が近づこうものなら、兄は、歴史学や語学の難問を吹っ掛け、相手の面目をつぶし、弟は、ちょっとしたことで上げ足をとって、相手の機嫌を損ねるなどと、牽制してくるのは有名な話だ。

「ああ・・・それは、なるほどわかります。しかし、幼いころより交流のあるあなたでも難しいのですか。」

「ははは・・・まあ・・・。」

ライルは片手を頭の上に乗せ、ごまかすように笑った。

やっぱり、こいつもエミリア嬢を狙っているってことか・・・。

しかし、もっと嫌な奴だったらいいのに、とげとげしいユリウスの言葉にも動じることもなく穏やかに返してくるこの好青年ぶりなら難攻不落のエミリア嬢も落ちるんじゃないのか・・・。

「エミリア嬢の兄上も過保護すぎるのではないかな。決まった相手も作らずあれほど実妹にべったりというのは見ていて気持ちが悪い。実妹に固執するのは、他の女性の相手をするのをためらっているのか、ひょっとしたら女性恐怖症の気があるのかもしれませんね。」

そういうと、目の前のライルの顔色が変わって、手を額に当てて顔を背けるしぐさをした。

どうしたのかと訝っていると、背後から話しかける声がした。

「気持ち悪くて悪かったな。サージェント伯爵。妹と仲がいいことをそのように思われるとは心外だよ。」

背後から機嫌の悪そうな低音で声をかけてきた紳士の声には聞き覚えがあった。調子に乗ってこき下ろした当の本人であるエミリア嬢の兄上のアレクシス・ローシェ侯爵令息だった。あまりの登場に驚き、頭が真っ白になり、なんと返したらよいかわからなくなった。

「あ、・・・・その・・・。」

思わす蒼い顔をして、どもってしまった。

「私のお兄さまに向かって、随分な言いようね。アレク兄さまは、5か国語に通じ、政治、経済、歴史にも明るく、剣術にも優れ、ご令嬢方にも大変な人気なのよ。あなたのような中身のない人とは違うんだから。」

横合いから噂のエミリア嬢も加わって、ユリシスを責め立てた。

兄の悪口を言われたからと言って、中身がないなど愛しの令嬢の口からの言葉に胸を抉られるほどの衝撃を受ける。

ユリシスもそれなりに優秀で、そこらの令息には引けを取らないと自負しているのだが、エミリア嬢の兄であるアレクシスは20歳の若さで次期宰相候補と噂されるほど天才の名を欲しいままにしている人物なのである。

悔しいが、アレクシス相手にかなう気がしないのもさらに、胸に突き刺さる。

自分が口にしたこととはいえ、なんてことを言ってしまったのだろうと後悔しきりである。

「まあ、まあサージェント伯爵も仲の良い兄弟にちょっとばかり嫉妬してしまったのでしょう。さすがに言い過ぎたのは感心しませんが、見ての通り彼も反省しているようですし、許して差し上げてください。」

この騒動を尻目に姿をくらましてもよかったのだが、双方の間に立ってことを収めようと人の好さそうな笑みを浮かべてライルがとりなしてくれた。

「さすがに言い過ぎでした。申し訳ありません。」

「お兄様のことを悪く言って、私は決して許さなくってよ。」

ライルのとりなしに、素直に頭を下げたのに、エミリアの怒りは収まらず、捨て台詞を残し、去って行った。

「かわいがっている妹には、私も納得のいく相手に嫁がせたいと思っている。邪魔しているように見えるかもしれないが、嫁いで苦労させるよりは独り身のままでも構わないと思っているし、妹を傷つける者には容赦しない。過保護といわれているのも承知している。望むところだ。」

そう言ってアレクシスもエミリアに続いてその場を後にした。

アレクシスの視線に辺りの温度が一気に下がり、俺は背中に汗をかいていたはずなのに、背筋が凍った気がした。

ユリシスは頭を下げたまま、あまりの衝撃に顔を上げられずにいた。


「伯爵の後ろにご兄妹がいらっしゃるのをお知らせすればよかったですね。申し訳ない。」

何の落ち度もないライルが謝って、慰めてくれた。

「いや、貴殿のせいではない。まったく俺の落ち度だ。」

「真摯に謝罪したのだから、アレクシス殿も根に持つなどはなさりませんよ。」

「だが、エミリア嬢には確実に嫌われてしまったな。」

「エミリア嬢は、兄思いですから、多少は悪印象でしょうが、そんなに引きずりませんよ。」

今までも、取り付く島もない様子だったのに、また彼女を遠ざけるようなことをしてしまった。

ああ、とため息をついてがっくり肩を落とした。

それにしても、ライルはこんなに慰めてくれていいやつじゃないか。

勝手にライバル認定して、突っかかった自分がさらに情けなくなってきた。

「サージェント伯爵は、家柄もよく優秀で自分など相手にならない遠い存在のように思っていましたが、そのような姿を見て親近感がわきました。俺のことはライルとお呼びください。」

「いや、こちらこそ、とりなしてもらえてありがたかった。貴殿と俺は、同じ年だろう。敬語はやめて、俺のこともユリシスと呼んでくれ。」

俺たちは、どちらともなく手を差し出して握手を交わした。









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