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傾国の乙女  作者: 冬至 春化
墜ちゆく帝国と陥穽の糸【深層編】

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種火



 鎖を外され、自由に出歩くことが出来るようになったカナンは、それから散々こき使われるようになった。帝国語を解するのにも慣れてきた。と、言うよりは、帝国語を理解できないと何も分からないのである。死に物狂いで食らいつく必要があった。


 そしてカナンは今、不満をありありと表して、エウラリカの前に立ち尽くしている。

「……あのときは、『命令はひとつだけ』と」

「あら。大きな目的の為に細々とした指示があるのは当然でしょう?」

 夏、うだるような暑さの中、外まで出る用事を三連続で指示され、カナンはエウラリカに恨みがましい目を向けた。カナンの文句も何のその、エウラリカは悪びれもせずに肩を竦める。自分は日が遮られて涼しい室内でのんびり果実水を飲んで、カナンだけが汗だくになって外を駆けずり回っているのに、だ。


「ほら、早く行ってきなさい」

 追い払うような手つきで促され、カナンはむっすりと黙り込んだまま、渋々部屋を出た。



(次は氷を取ってこい? 厨房にでも行けば良いのか?)

 さも当然のように「暑いわね、氷でも取ってきて頂戴」と命じたエウラリカの顔が思い浮かんだ。腹が立つ。かく言うエウラリカは全く暑そうな顔はしておらず、むしろ風通しの良い窓際で心地よく髪をなびかせているくらいなのだ。

(どうせ帰ってきたらすぐに次の命令だ、……休む暇もない)


 カナンは苛々と歯ぎしりし、手の甲で額の汗を拭った。首輪が蒸れ、不快で仕方ない。今すぐむしり取ってしまいたいのに、うなじの辺りに小さな鍵が取り付けられているのだ。そのせいで、自分で首輪を外すことも叶わなかった。喉元で鈴が小馬鹿にしたみたいに笑う。しゃらりと軽やかな音がするたび、カナンは否応なしにエウラリカのことを思い出さずにはいられなかった。見ているぞ、と言われているみたいな気分だ。



 廊下を早足で歩きながら、カナンは目線だけで周囲の様子を窺った。うだるような暑さに、すれ違う人間の顔はどれもうんざりした様子である。

(…………。)

 こちらを見ている警備の兵の視線を感じながら、カナンは少し思案を巡らせた。何度もこの道を行き来しているから気になったのだろうか? そう思ったところで、カナンはその兵士の顔が、前にここを通ったときに見たものと違うことに気づく。

(交代したのか)

 胸の内で呟きながら、カナンは腹立たしい記憶を思い出して歯噛みした。



 先程は、エウラリカの命令でわざわざ城外の図書館にまで出向いて、ご所望の本を借りに行かされた。指定された内の一冊がどんなに探しても見つからず、図書館内の配置をすっかり熟知してしまうくらいに隅々まで探し回ってしまった。そうしてエウラリカに叱責されるのを覚悟しながら部屋に戻ってみれば、エウラリカが件の本を膝に乗せて読んでいるではないか。

 恨みがましい目を向けるカナンに「勘違いしていたみたい。既に借りていたわ」とエウラリカは悪びれる様子を一切見せずに、ひらりと手を振ったのである。


(絶対、勘違いなんかじゃない)

 カナンは視線をぎらつかせながら、廊下を大股で闊歩する。

(んで、座る間もないまま氷を取りに行けと来た)

 横暴極まりない。カナンは憤懣やるかたなく肩を怒らせるが、この苛立ちをぶつけるあてがあるわけでもない。


(大体、あの女は僕を誰だと思っているんだ。僕は――)

 そう考えつつ角を曲がったところで、カナンは思わず立ち止まった。

(……僕、は、)

 知らず知らずのうちに、手が、首輪を掴んでいた。指先に引っかかるところのない、滑らかな革。いつの間にかその感触に慣れてしまっている自分がいる。

「僕は、王子、なのに……」

 そのことを知る者が、ここにはいないことを、カナンは悟っていた。



 エウラリカに使い走りのようなことをやらされて、もう一月ほどが経とうとしている。城内の様々な場所に行かされ、カナンは徐々に城内において『エウラリカの奴隷』として、使用人たちに受け入れられ始めていた。――そこに、ジェスタの王子であるという情報は入っていない。

 きっと、カナンが敗戦国の王子であることを確実に知っているのは、エウラリカと、あの男――ウォルテールくらいのものだろう。その他の人間がどれほど自分のことを知っているのか、いまいち判然としていないところがあった。


 自分を王子として扱う者はいない。自分を「カナン」と呼ぶ者はいない。エウラリカは一度だけ、何かの間違いのようにカナンをその名で呼んだが、それきり、「お前」と呼びつけるばかりである。

 ……誇りが、溶かされてゆくのを、感じていた。

 カナンは新ドルト帝国のことを憎悪している。ジェスタを攻め落としたウォルテールのことを殺してやりたいほどに憎んでいるし、エウラリカも同じだ。――いつか殺してやる。足下に這いつくばってそう呻いた、あの出会いのことを、カナンはまだ鮮明に覚えている。


(「私を殺しなさい」、か……)

 カナンは立ち止まったまま、一ヶ月前に聞いたエウラリカの言葉を反芻する。何度思い返しても、嘘のようだった。あれ以来エウラリカはこの件に関して言及することはなく、カナンは果たして本当にあのような命令が下されたのか疑問に思い始めるほどだった。


「……と、」

 ちんたらしていてはまたエウラリカに嫌味を言われる。カナンは慌てて首輪から手を離し、廊下を歩き出した。



 ***


「氷ぃ? 何でまたそんなものを」

 道に迷いながらも何とか厨房にたどり着き、カナンは入り口から出てきた青年に声をかけた。氷が欲しいという旨を伝えると、彼は分かりやすく面妖な顔をする。

「氷室から出しても良いけど……めんどくせぇなあ」

 頭を掻きながら嫌そうな顔をする青年の肩を、通りすがった女が「馬鹿」と小突いた。

「この子、王女様のところの子よ」

 低めた声で囁いてはいるが、ばっちり聞こえている。カナンはいたたまれなくなって、思わず俯いて目を落とした。青年は愕然としたように目を見開き、大きくのけぞる。

「ええーッ! これが!?」

「こら!」

 後頭部を勢いよく叩かれて、今度はつんのめる。


「……良いから、さっさと氷を出してやりな」

 女は自分の作業があるようで、そのまま立ち去った。青年は「へえー……」と漏らしながら、まじまじとカナンを眺めている。視線に耐えかねて、カナンは顔を背けた。人見知りでもしていると思ったらしい。青年はにかりと歯を見せて笑う。

「素敵な首飾りじゃん。格好いいな」

 よりによってその話題を狙い澄まして撃ち抜くのは、もはや天賦の才だろう。無神経を通り越した発言に、苛立ちすら覚えなかった。

 黙り込んだカナンに「来いよ」と声をかけると、青年は歩き出す。カナンは無言でその後についていった。



 ***


「随分と遅かったわね」と、エウラリカは退屈そうに長椅子に寝そべりながら、カナンを見上げた。すっかり力の抜けた様子に、また苛立ちが沸きかける。ぐっと睨みつけると、エウラリカは頬を吊り上げて鼻を鳴らした。

「……厨房に行くのは初めてだったので」

「知ってるわ。それでも遅い」

 ばっさりとカナンを切り捨てて、エウラリカは体を起こす。肘掛けに背をもたせかけて、エウラリカは長椅子の上に足を投げ出した。

「で? 氷は?」

 言われて、カナンは抱えていた包みを机の上に置く。布を開くと、氷の表面は薄ら濡れていた。

「帰りにのんびりするほど馬鹿ではなかったようね」とエウラリカは曲げた膝に顎を乗せて、氷に手を伸ばした。


「あちらの棚の中に入っているグラスを取ってきて」

 細い指先が弧を描いて、部屋の反対側の壁を指し示す。今更顎で使われることに文句を言っても仕方ない。カナンはのろのろと部屋を横切り、棚に向かう。そこで僅かに視線をずらし、カナンは数度、瞬きをした。

「…………。」

 棚のほど近いところには、扉がある。カナンは一度としてその向こうに入ったこともなければ、中をちらと見たこともない。あちらが、本当の意味でのエウラリカの部屋だと言えよう。主人の私室、寝室である。

「そちらへ行きたいの?」

 不意に背中に声を投げつけられて、カナンは思わずびくりと肩を弾ませる。

「い、いや、」

「駄目よ。私、私室に誰か別の人間を入れるのは好きではないの」

 エウラリカは当然のことのようにさらりと告げると、ふいとカナンから目を逸らしたようだった。カナンはため息をつくと、棚を開けてグラスを一つ取り出した。



 カナンが言われたとおりのものを持ってくると、エウラリカは氷を砕いているところだった。鋭い錐のようなものを氷に突き立て、手のひらにやや余るほどの大きさだった氷を小さくしている。

「そこへ置いて」とエウラリカは机の隅を指して、それから向かいの長椅子に手のひらを差し出した。まるで座れと言われているかのような手振りに、カナンは困惑する。

 怪訝そうな顔で立ち尽くすカナンに、エウラリカは眉をひそめた。

「暑さで頭がやられたの? とうとう何も分からなくなったようね。――そこへ座りなさい」

 エウラリカがはっきりとした声で告げる。氷を砕き終えたのか、手にしていた錐を持ち替え、鞘に収める。それを腰布に挟んで隠すのを見て、思わずカナンは戦慄した。……普段からあんなものを持ち歩いているのか?


「今日で一ヶ月になるわね」

 カナンが置いたグラスを手元に引き寄せ、水差しを取り上げながら、エウラリカは軽く告げた。カナンは長椅子に体を沈めながら、思わず身構える。何から一ヶ月なのか、エウラリカは明言しなかった。でも何となく分かる。

 ジェスタの兵の前で床に伏し、エウラリカへの忠誠を誓わされたあの日。エウラリカに『例の』命令を下された、あの日である。

 体を強ばらせたカナンに、エウラリカはふっと頬を緩める。そのまま水差しを傾けてグラスを満たし、砕いた氷を落とした。随分と慣れた様子である。それを眺めながら、カナンは内心で首を傾げた。――エウラリカはずっと、一人も側仕えを置かずに過ごしてきたのだろうか?

 食事は配膳されてくるし、細々とした世話をしに使用人が使わされることもあるが、基本的にエウラリカの側にいるのはカナン一人きりである。


「さ、どうぞ」

 エウラリカがコースターをくるりと回して、グラスをカナンに差し出した。まさか自分に与えられるとは思っておらず、カナンは動揺する。

(この女が僕に優しくするなんて有り得ない)

 絶対にこれから落とされるのだ。カナンはほとんど確信しながら、おずおずとグラスを手に取った。

「お前が一つしか持ってこないから、私が飲めないじゃない」

 エウラリカはわざとらしく嫌味を言うと、立ち上がって棚まで行き、もう一つのグラスを手に戻ってきた。とすんと長椅子に腰掛け、足を組む。



「さ、お前にひとつ訊いてみましょう」

 そう言って、エウラリカはにこりと笑った。やはりただの休憩ではなかったのだ、と、カナンは首を竦める。こうして向かい合って座るのは、『あの日』のことを彷彿とさせる。ぞっとしない予感に、カナンは体を固くした。

 そんなカナンの不安などまるで見えていないように、エウラリカは気楽な調子でひらりと手を挙げ、カナンに問う。


「お前、――もしこの城に攻め入るとしたら、どのような経路を取る?」

 予想だにしない問いに、カナンは目を見張った。……と、言うよりは、

「どうして、それを……」

 実のところ、それはカナンが毎日考えていたことだった。まるでそのことを見透かしたような質問である。愕然とするカナンに、「あら」とエウラリカは眉を持ち上げた。

「私が訊くまでもなく、もう考えていたの? 見込みがあるじゃない」


 ころころと声を上げて笑うエウラリカを見つめながら、カナンは瞬きをする。……要するに、自分は、エウラリカの問いを先回りしていたのか?

 いたく満足そうなエウラリカが、透明なグラスを口元に近づける。それを見て、カナンも同じように一口含んだ。氷の浮いた水面は淡く色づいていて、爽やかな茶葉の香りがする。

「それで?」

 エウラリカに促されて、カナンは目を伏せる。城内の光景を思い浮かべ、カナンは頭の中で通路を辿り始めた。


「……入るなら、裏門から。そこから東の塔に向かって、城内に侵入。塔を上がってから、連絡通路で中央の棟に出ます」

「そう。時間帯は?」

「夜――前北東の刻(午前一時半)です」

「どうして?」

「見張りの交代時間だからです。交代した直後に門番を行動不能にし、その隙に侵入。門番は二刻交代なので、門番の状態を他の人間が把握するのは明け方になります。それだけ時間があれば十分かと」

 カナンが真剣な表情で告げると、エウラリカは「ふぅん」と相槌を打った。完全にエウラリカの満足がいく回答ではなかったらしい。が、彼女は大きく頷き、頬を緩める。


「なかなか良いわね。何も言っていないのに、よく交代時間にまで気づいたわ」

 エウラリカは数度手を叩き、カナンに向かって身を乗り出す。

「それで? 中央の棟に侵入してから、どうするつもり?」

「……ええと、玉座の間まで行って、」

 続きを追究された途端、カナンは思わず言葉を鈍らせた。その付近にはあまり近寄らないようにしていたせいか、道筋がうまく浮かばない。

「兵を……連れている設定ですか」

「ええ。お好きな数を想定して頂戴」


 エウラリカはにこりと微笑み、楽しげにカナンを見守る。カナンは俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握った。

「玉座の間に、入ります。見張りの兵は……何とかします」

「なるほどね。多分その頃には城内の異変に感づいて皇帝の付近には兵が大勢集まっているとは思うけれど、まあ、入れたとしましょう」

 エウラリカは余裕綽々で膝に頬杖をつく。下から覗き込まれるような角度に、カナンは思わずたじろぎ、背を反らした。

「それで、皇帝を……殺せば、この城は攻め落とせたことになる」

 カナンは自らの拳に視線を落としながら、夢想した。


 ……玉座の間に入る。二ヶ月ほど前、無理矢理連行され、家族もろともひれ伏すことを強要された、忌まわしき部屋である。その部屋の前に立つ。背後に兵を従えて、扉を開け放ち、近衛をなぎ払い、玉座に着く皇帝その人の首に、剣を突き立てようと腕を振り上げて――


 ――――そのとき、エウラリカが息だけで嗤った。

「それじゃ、私は殺せないわね」



 不意に、思い描いていた姿が、エウラリカのものに変わった。玉座に悠然と腰掛け、足を組み頬杖をついたまま、勝ち誇ったように微笑んでいる美しき少女である。玉座の前で剣を高々と振り上げたまま、カナンの頭の中で夢想が急停止した。

 その首に、剣を、刺すのか? 細くたおやかなその喉元に、切っ先を突きつけて……。

 何とはなしに、自分がエウラリカを殺すのなら、その細い首を絞めるだろうと想像していた。その体に剣を突きつける想像は何故か出来なかった。しかし、皇帝暗殺に絞殺など……相応しくない。


 妙に動揺したカナンに向かって、エウラリカが鼻を鳴らす。

「ついでに言っておくけれど、お前、夜に決行するのなら、目的地は本当に玉座の間で良いの?」

 エウラリカは呆れたように頬杖をつき、ため息をついた。カナンは数秒考え、それから「ああ……」と頭を抱える。

「皇帝だって夜には自分の部屋に帰って寝るわよ」

 その通りである。カナンは思わず項垂れた。どうしてそのことに思い至らなかったのか。額を押さえるカナンを眺めながら足を組み替え、エウラリカは肩を竦める。


「この部屋は奥にあるし、なかなかここまで侵入してくるのは難しいかも知れないわね」

 何気なくそう漏らしたエウラリカに、カナンは目を見開いた。


(この人は……)

 先程浮かんだ想像が、突如として真に迫る。カナンは冷たい茶を飲んで引いたはずの汗が、じわりと首筋に滲んでくるのを感じた。


「……あなたは、皇帝になるのですか」

 カナンは、掠れた声で、主人に問うた。

「ええ」とエウラリカは、まるで疑いを感じさせない目で、力強く笑んだ。


「言ったでしょう、『国を傾ける』と」


 その肩から、透き通る金髪が流れるように落ちた。その様子に、妙に目が吸い寄せられる。

「たかが美しい王女が一人死んだくらいで、この国は揺るぎやしないわよ。国を転覆させるには、――皇帝を殺すくらいでなくちゃ」

 エウラリカはまるで天気の話でもするみたいに、何気ない調子で告げた。カナンは唖然としたまま、エウラリカの顔をじっと見据える。そこに冗談の色はなく、エウラリカにとってこれが定められた予定であることを窺わせた。


「で、でも、この国には皇太子が」

「正確に言えば、兄は皇太子じゃないわよ。ほとんどそれに等しいし、本人もそのつもりでいるんでしょうけれど」

 エウラリカは頬杖を解き、背もたれに体をつけて、腕を組む。すっと通った鼻梁に、僅かに皺が寄せられた。その様子を眺めながら、カナンは新ドルト帝国の後継者を思い返す。


 エウラリカの兄である第一王子、エウラリカ、そして弟の第二王子である。現皇帝には三人の子供がいるが、エウラリカは表向き愚鈍な知恵遅れを装っているし、第二王子はまだ十歳とかその程度である。第一王子は現在帝都にいないため、カナンも噂程度しか聞いていない。が、随分と精悍な青年で、帝都内外での評判も高い男だという。

「……第一王子は街での人気も高いと聞いています」と、カナンが遠回しに異論を唱えると、エウラリカは不快そうに顔をしかめた。

「お前は多分あの男、嫌いだと思うわよ」

 エウラリカは表情を消し、ひょいと肩を竦めた。


「まあ、その話はおいおいにしましょう。兄を引きずり下ろす方法は考えておくわ」

 カナンはぶるりと身を震わせる。兄を排するだなんて、考えたこともなかった。カナンにとって兄とは、常に尊敬すべき大好きな家族だったのである。エウラリカの目に宿る仄暗い野心に、寒気がした。



 恐怖に似た予感に襲われるカナンをよそに、エウラリカはこの上なく美しく、艶然と笑う。

「私は皇帝となり、お前はその私を弑する。……どう? 楽しそうだとは思わない?」

 全然、と、答えようと思った。けれどその直前、カナンは、やけに高鳴る鼓動を自覚する。……認めよう、カナンは確かに、この筋書きに惹かれていた。自らの手で、憎き帝国に一矢報いることが出来ると思うと痛烈に愉快だった。そこにエウラリカが噛んでいるのがどうにも嫌だったが、それには目を瞑るとして――


 カナンは胸元で拳を握り、おずおずと顔を上げる。……楽しそうじゃないかって?

「ええ、はい。……とても」

 頷くと、エウラリカはゆったりと目を細め、舌なめずりするみたいに唇を薄く開いた。

「悪い子ね」

「……あなたこそ」

 カナンはにこりともせずに応じ、目を伏せた。



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