四日目 4
「つまり、東ユレミアにいた私のところに来た手紙も」とエウラリカは額を押さえた。
「おとうさまから直接送られてきたものではなくて、用意されていたものを素知らぬふりで忍ばせた人間がいるのね?」
「恐らくは」
頷いたカナンに対して、「待ってください」と口を挟んだのはウォルテールだった。
「つまり、ユレミアに同行していた人員の中に、先代陛下の手の者がいた――という解釈で良いのですか?」
先代の息がかかった人間が配下に潜んでいると思えば、流石に我関せずではいられまい。血相を変えたウォルテールを見ながら、エウラリカは小さく頷いた。
「そうね。護衛か、馬丁か……現地の人間の可能性も考えると、とてもじゃないけど絞りきれないわ」
答えれば、ウォルテールがつい零れ落ちたような風情で「アニナ」と呟く。アニナは遠い東ユレミアで待機している。何かあってもすぐには駆けつけることのできない距離である。
「おとうさまからの指示がないなら、きっとその内通者も何も行動を起こしやしないわ」
元気づけるように声をかけるが、ウォルテールの顔は晴れない。
ウォルテールの実弟と義姉を頼ることもできるというが、アニナは余程でない限り二人を頼みにすることはないだろう。あれでも将軍家の夫人である。ユレミアと帝都の関係が不安定な時期に、私人の家に身を寄せるほど軽率ではあるまい。
(やっぱり、早くこの城を出なきゃ……)
険しい表情のウォルテールを窺って、エウラリカは目を伏せた。
「おとうさまは元から、自分に不都合な人間をこの城に呼んでいたのね」
僅かに、カナンの目が揺らぐ。一瞬の沈黙ののち、「どうやらそのようです」と告げる。
「ファリオンのことも、何らかの手段で情報を掴んでいたのでしょう。それで、手紙を使って呼び寄せた、と」
カナンの言葉に小さく頷いて、エウラリカは陰惨な気分で自らの手を見下ろした。既に汚れた手。浅ましい愚者の手である。人に触れることなど到底できない十指だ。
恐ろしい事実を知ったはずなのに、込み上げてくるのは奇妙なおかしさだった。怖い、と思いこそすれ、理解できない事象を前にしたときのような衝撃はない。
「ここに呼ばれた人間は、おとうさまと仲良くお話をして帰るのかしら」と、声は妙に幼く響く。
何も知らない子どものように小首を傾げて、少し微笑む。
「森を歩く際は気をつけなきゃね、ここの獣はきっと人の味を覚えているわ」
強ばったままの皆の顔を眺めながら、エウラリカは表情を変えないまま瞬きをした。痛い、と思った。向けられる視線のひとつひとつが、皮膚は裂かないほどの微少な傷となって全身を苛み続けるのである。
前に、言ったことがあった。人を殺した人間は、殺す前の自分に戻ることは決してできないのだと。
知るということは不可逆である。無知と無垢と慈愛は特権である。人の営みにおけるどんな罪も、本当の意味で償えることは決してない。
人は、変わることなどできないのだ、と。
同じ側の人間だ、と『父』の顔を思い浮かべる。
(私は、どこまで行っても傲慢で浅はかで、人を救うことなど到底できない人間だわ)
だから今も、こうして人を追い詰めることに躊躇いのひとつもない。
「リェトナ。おとうさまに加担して、この城を訪れた客を殺害していたのはあなたね?」
ひっ、と息を吸う音。しゃくり上げて、不規則な呼吸で、リェトナがこちらを見上げた。真ん丸に見開かれた両目に、底なしの絶望が広がっている。
「リェトナ、」と傍らのグエンの震え声に、返事もできずに脱力しきっている。分かる、と思わずエウラリカは口元を綻ばせていた。
「どういうことだ」
だらりと体の脇に垂れた両腕に、弛緩した指先。身体の末端まで意識が染み込んでゆく。水の中のように時間が遅く感じられるのに、ただの一言を発することができなくて、沈黙が延びる一秒ごとに心臓が締め上げられるような思いがして、更に口が重くなる。
「リェトナ、どうして」
「あたしは、ただ、」
震え声で呟いた兄を振り返って、リェトナは寝起きのような、ぼんやりとした気分で囁いた。
「兄さんの助けになりたくって……」
ぽろり、と大粒の雫が彼女の頬に伝うのを、エウラリカは黙って見つめていた。
「あなたは、トルトセアを客人に使用していたのね?」
深く俯いて、リェトナが「はい」と囁く。
「ファリオンの部屋に傾国の乙女を仕掛けて、回収したのもあなたね」
ファリオンが錯乱し暴れ出した騒動を思い返す。彼は談話室と地下を訪れ、それからルイディエトのもとへ向かった。ファリオンがトルトセアに侵されたのはその前のことだと推定できるし、順当に考えれば彼の居室が発端である。
しかし、ファリオンの部屋で薬物に関する物品は見つけられなかった。
人の手で外に出されたと考えれば、自然と浮かぶ顔がある。
ファリオンが四階角部屋の扉を破壊した際、彼女は階下から掃除道具を持って現れた。
「あの男が部屋に軟禁されて以来、部屋に出入りしたのは食事を届けたマーキスだけ。でもそのときは私も見ていたわ。物を回収する様子はなかった。そうなると、ファリオンが部屋を出て、再び戻されるまでの間に出入りした人間がいる。状況からすれば、ノイルズかあなたくらいしか考えられない」
顔を上げて、リェトナがゆっくりと口角を上げた。「はい」とその顔に、虚ろな微苦笑が浮かぶ。
「あたしが、全部、やりました」
誰もが慄然としてリェトナを見つめていた。改めて見てみても、冴えない地味な村娘である。
「あれに、どんな効果があるかは分かっていたでしょう。人格を破壊する代物だわ」
よくもまあ、そのように平然としていられるものである。嫌悪感に顔を歪めたエウラリカを見て、リェトナは「もちろんです」と仄暗い表情で頷く。
「あたしの父さんを破滅させた薬だよ。こいつのせいで、うちの家族は未だに食うに困るほど苦しいんだから」
その目に、燃えるような怒りがよぎった。
「……まだ小さかったけど、覚えてる。冬を越すための蓄えを全部持ち出して、止めようとした母さんをあの馬鹿が殴りつけたんだ。あいつは、あたしのことだってよく殴った。昔は真面目な人だったんだって、母さんがいつも泣いていた。このクソッタレの薬にうちの家族が食い潰されたんだ。今もあたしたちが苦しいのは誰のせい? 高望みなんてしてない。暖かい部屋でおいしいもの食べて、たまには可愛い服を着てお出かけしたいだけ。何であたしたちは、そんな『当たり前』の幸せを手に入れないの?」
歯を食いしばって、リェトナはぶるぶると体を震わせていた。
「だったらあたしは、同じ薬を利用してでも、どんな汚い手を使ってでも、この貧困から這い上がってみせる……!」
言いながら、リェトナは大粒の涙を零しているのだ。彼女のやり場のない敵愾心が、偽りだとは思わない。しかし同時に、この勝ち誇ったような口調が虚栄だということも、痛いほどに伝わってくるのである。自分の所業への畏れが、もう引き返せないという切迫が常に背を追い続ける。
声には出さずとも、何より如実な表明だった。――あたしだって、やりたくてやったんじゃ、ない!
次の瞬間、グエンが片手を振り上げた。びくりとリェトナが肩を竦ませたが、グエンの手にはほとんど力はこもっておらず、軽い音を立てて頭に手を乗せるだけに留まる。
「……お前がここで働くと言い出したときに、止めておくべきだった」
鼻に皺を寄せて、グエンは呻いた。何やら訳知り顔な様子が気にかかっていた。エウラリカが視線を向けると、彼はぐっと唇を引き結ぶ。
「お前も、帝都でトルトセアを扱っていたでしょう。元から売人と伝手があったのね?」
「驚いたな……カナンがそんなことまで言っていたんですか」
引きつった表情で、グエンが頭を掻く。
「兄さんが、帝都で……?」
驚いたようなリェトナの頭に片手を乗せたまま、グエンの眼差しに苦みがよぎる。妹には、自分が帝都で行っていたことを伝えていなかったらしい。悪かったわね、と言わずとも良いことを内心で呟いて、エウラリカはなおも静かな声で続けた。
「この城と、お前と、トルトセアには、どんな関係があるの?」
掌底で顎を支えて、目を逸らしたグエンが「身内の恥です」と零す。
「……十二、三年前までの頃かな。俺たちの父親は、この城で下男として働いていました」
「そうなの?」
それまで放心したように黙っていたリェトナが、顔を上げた。「お前はまだ小さかったから」とグエンが頷く。
と、そこでエウラリカは手のひらを出して遮った。
「待って頂戴。十年以上前に、この離宮に人がいたの?」
帝都からは遠く、山の中ということもあって立地は良くない。帝都陥落ののち、譲位した先代が移ってくるまでは、最低限の手入れのみで長らく放置されてきたと聞いていた。
「あ、ええと……はい。まだ正気だった頃の父が、確かそう言っていました。俺が産まれる前から時々手入れのために出入りしていたそうでしたが、俺が産まれて数年経った頃……二十年くらい前に、湖城に人が来たんだって」
グエンの記憶によれば、どうやら離宮には少数の人間のみが置かれ、人を招くなど豪勢な生活をしていた様子はなかったのだという。
「父は、城でのことをあまり語りませんでした。定期的に近くの街に行って物資を受け取り、この城に運ぶ仕事だ、とだけ。城の中で何が行われていたのか、俺は父の口から聞いたことはない」
リェトナの頭からそっと手を離して、グエンが言葉を選ぶように口を開閉させ、唾を飲む。
「働き出して数年経ったあるときから、父がだんだんおかしくなっていったんです。その原因が城にあることは明白だった。だから俺は母さんに言われて、『父はしばらく休ませてもらいます』って言うためにこの城に来たことがあった。おつかいのような気持ちだった」
その目に、薄らと涙の膜が張っていた。挑むような目つきで、グエンはこちらを見上げている。
「誰もいなかった。部屋には誰もいませんでした。この城に住んでいる貴人なんて誰も」
言いながら、グエンの腕がゆっくりと持ち上がる。重たげな腕を伸ばして、彼は人差し指を扉の方へ向けた。
「――いたのは、地下牢に、囚人がひとりだけ」
瞬間、エウラリカは戦慄して立ち竦んでいた。弾かれたように、グエン指す方向を振り返る。あちらには、地下室へ繋がる階段がある。
「今なら分かる。あの部屋にはトルトセアを燻した煙が充満していました。たぶん父さんはそいつの見張りか世話をしていて、何かのきっかけで、自分も侵されたんでしょう」
自然と、呼吸が浅くなっていた。いくつもの記憶が急激に過ぎ去ってゆく。
『ファリオンは事件後、どこへ?』
『帝都が直轄する牢獄へ送られたと言われていますが、記録は確認できませんでした』
――そもそも、ファリオンはレウィシス家が解体されてから、私が十歳になる頃まで、どこでどうやって生活していたのかしら?
『……二十年くらい前に、湖城に人が来た』
『全部、お前の差し金だろう。……そうだ、お前は水門を動かせるはずだ! それこそあのときのように――』
床に点々と残った、濡れた足跡。『一体何の用があって地下室に……』とウォルテールが呟く。カナンが言う。
『二階はまだ降りられそうにないですね』
エウラリカは暗澹とした気分で、グエンに結末を促す。
「それで、その地下には……誰がいたの?」
この辺りの人間の特徴だろうか、濃い色をした眼がこちらを向いた。見定めるように無言で視線を注いでから、彼はふいと目を背けて呟いた。
「暗かったから、顔かたちは分かりません。ただ、恐らく金髪の男でした」
寒気がするように自らの肩を抱いて、グエンが付言する。
「すげぇ笑ってたんです。頭がおかしくなったんじゃないかってくらい……。それで、階段を降りてきた俺に向かって言ったんだ」
――よく来たな、ルイ。
口を利こうとする者は誰もいなかった。ちらと視線を走らせた先で、カナンが真っ白になった唇を引き結んでいる。背筋を怖気が這い上がる。
「そろそろ、水は引いているかしら」
呆然と呟きながら、エウラリカは立ち上がっていた。扉の方に向かって一歩踏み出すが、膝が笑ってしまい、脚に力が入らない。咄嗟に、近くにあった机へ縋り付く。
「エウラリカ」
「地下を見に行くわ。まだ、一番下の階は一度も見ていない……」
心配そうな声を出したカナンを制して、エウラリカはよろめきながら歩き出した。
壁に手をついて、階段をひとつひとつ降りる。後ろから早足で追って来たカナンが、背後で燭台を高く掲げた。
「おとうさま……」
譫言のように呟く。知りたくない、考えたくないと思いながら、不吉な予感に怯えながら、行く先の暗闇を見つめたまま思考は止まらない。
「おとうさまが、ファリオンを……」
どうして? まとまった言葉になりきらぬ思考が口からこぼれ落ちる。
「……フェウランツィアは、」とおもむろにカナンが口を開く。
「あなたを産んで、実家へ帰った際、夜間に何者かが部屋に侵入し暗殺されたのだと聞きました」
そんなことは、噂話で聞き慣れている。視線を向けずに「そうらしいわね」と呟くと、カナンはしばらく押し黙った。他の人間は着いてこなかったらしい。足音は二人分である。
地下一階は、既に水が引いている。湿った石床を踏みながら、エウラリカは口角に力を込めた。
「私は、母は帝都を出たから殺されたんだと思っている」
おとうさまの庇護下が一番安全なのだ。そこから自分の意思で抜け出したのだから、誰に殺されようが文句は言えないのだと。
「……フェウランツィアを殺害したのは、誰だと思う」
地下二階へ続く階段を見下ろしながら、エウラリカは掠れた声で呟いた。背後で、足音が止まる。
「俺が答えて良いのですか」
狼狽した様子のない、平坦な声であった。振り返らないまま、「確かに、駄目ね」と応じる。
「その通りだわ。……あなたに言わせるべきじゃない」
そろそろと足を出して、一段、また一段と暗がりへ降りてゆく。灯りは心許なく、言いようのない不安が襲った。
水はまだ膝を越える高さまで残っていたらしい。脚が濡れてから気がついた。しかし、足元に意識を向ける気にはなれない。息がうまく吸えなくて、胸を大きく上下させた。
「これは……」
目の当たりにしたものが信じられず、思わずその場で半歩退くと、派手な水音がした。カナンの持つ灯りが水面に反射して、投網のような模様が低い天井に投影されている。
決して広い空間ではない。天井も低く、息苦しさを感じさせるような一室であった。物は少なく、見るようなものはほとんどない。――ただひとつを除いては。
狭い地下室を二分するように、鉄格子が一直線に並んでいる。異様な光景であった。床は見えないが、この鉄格子が天井との間に渡されているのは明白である。手を伸ばして一本を掴むが、揺すってもびくともしない。手のひらから冷たい感触が伝わる。格子の幅は頭より小さい。
「地下牢、ですね」
後から降りてきたカナンが、躊躇いなく水の中に入ってきた。波立った水面が両足に絡んで裾を揺らす。平衡感覚がふっと遠のくような、奇妙な感覚で頭がふらついた。
出入りに使うための扉は半開きであった。腰を屈めねば通れない、小さな潜り戸である。カナンから燭台を受け取ると、エウラリカは水をかき分けながら潜り戸に近づき、背を丸めて独房の中へと歩を進めた。――壁に何か描いてある。
何か尖ったものを何度も擦りつけて、石壁に無数の線が刻まれていた。妙に秩序だって並んでいるそれを見回し、エウラリカは目を見張った。
「ここに入れられてからの日数を、数えているんだわ」
刻み跡を指先でなぞって、呆然とする。だとしたら、壁の三方を埋め尽くすこれは、一体どれだけ長い月日の経過を表しているのか。
ここにいたであろう実父のことを思いながら、エウラリカは呻く。
「十年間、薬漬けにされて、幽閉されるのに値する罪って、なに」
自分などには推し量れないほどの憎悪が広がっている。そうと悟らせるほどの凄みが、この地下牢にはあった。
壁に記された『助けて』という文字に光を近づける。
「罪に定量的な重さなんてありませんよ」と、呟く声に肩が跳ねる。ゆっくりと振り返ると、俯きがちに佇むカナンが鉄格子の向こうにいる。
「特に、こんな私刑なんて……もう済んだ、取り返しのつかない物事に対する、己のやりきれない感情をぶつけるための手段でしかない」
目元に影が落ち、表情は読めない。その奥に光る瞳を認めた瞬間、背筋が寒くなった。
「本当に失いたくなかったんなら、閉じ込めるべき相手が違いましたね」
鉄格子に手を添えながら、カナンが顎をもたげて天井を見やる。その目が、開け放たれたままの潜り戸を一瞥した。一瞬の動きを認めた瞬間、ぞくりと悪寒が背筋を襲う。
咄嗟に、弾かれたように動いていた。必死に走ろうとするが、まるで夢の中のように上手く進まないのだ。水を吸って重くなった布が両足に絡みつき、足を前に出すことすらままならない。
「あっ!」
何かを踏んだらしい。あっという間に身体がつんのめり、取り落とした燭台が水に落ちる。派手な水飛沫を上げて倒れ込んだエウラリカの耳に、初めて慌てたようなカナンの声が聞こえた。
唯一の灯りを失い、床に膝をついたせいで胸まで水に浸かってしまった。氷のように冷たい水が、体中に押し寄せる。ざらついた石床に片手をついて、エウラリカはつと声を失った。
目をいっぱいまで見開いても、視界に広がるのは己の手さえ見えない漆黒である。しかし、何も見えずとも、この体に低く弱く打ち寄せる波が、カナンのいる場所を示している。
カナンが呼んでいる。
応えるためには、立ち上がり、水音と声のする方向へ向かえば良い。そうでなくとも、ただ一言呼び返すだけで良い。小さな空咳でだって良い。声を発する前の僅かな一呼吸でだって気づいてもらえると、自負にも似た確信があった。
ただそれだけのことすら行動に移せないほどの無力感と虚脱、恐怖が、四肢に重くのしかかるのだ。
「エウラリカ? どこに……」
重い水を足でかき分けて、カナンがこちらへ近づいてくる。視覚が封じられたせいか、声は珍しく気弱である。可愛げのある様子に、自然と口元に笑みが浮かぶ。
(――――必要な情報は、既にほとんど得られている)
水の中にへたり込んで、項垂れたまま、エウラリカは気配を殺して水面を見つめていた。
(真実を示す道筋も、見えた。選ぶべき答えも分かった……)
どのようにして二つの死体が生み出されたのか。
相打ちとなったルイディエトとファリオン、その間に横たわっていた確執の正体。
ひとつずつ解きほぐして、自らの手で導いた真実である。動機も方法も明らかな、醜聞まみれの真相だ。
誰もが口を噤むだろう。この城で起きたことは、この城の秘密になる。語られた真相が真実になる。
(本当に、上手にやったわね)
成長した、と呆れ混じりに頬を歪める。
(私は……)
目頭がつんと熱くなり、下睫毛で膨らんだ雫が瞬きとともに落ちた。声を必死に噛み殺して、肩を揺らしてしゃくり上げる。全身をきつく締め上げられるように息ができなかった。胸元を強く握りながら、エウラリカは歯を食いしばって嗚咽を飲み込む。
何度も選んできたはずの手段が、身を切るようにつらい。どうして、と唇だけで呟く。
カナン、
(――私は、あなたを、殺したくない)
裏切らないでって、何度も言ったはずなのに。
「エウラリカ! まったく、何で返事をしないんですか」
切羽詰まった声に、ゆるりと顔を上げる。肩に何かが当たったかと思うと、間を置かずに頭を手が掠めた。「これが肩で合ってます?」と間抜けなことを言いながら、手のひらが触れる。腰に手を回されて一気に引き起こされると、ざばりと音がする。たっぷりと水を吸った服から水滴が滴り落ちた。
「……大丈夫ですか?」
何も答えようとしないのを訝しむような声と共に、顔を覗き込まれる。この暗闇では表情など分からないだろう。気丈な声で「大丈夫よ」とだけ応じると、「良かった」と返事がある。
「早いこと上で着替えましょう」
促すように腕を引かれたので、素直に後ろをついて歩き出した。階段に近づくにつれて、上階から暖かい色をした光がにじみ出す。
階段に足を踏み入れ、エウラリカは手の甲で目元を強く拭った。
ほの明かりに浮かぶ後ろ姿を、じっと睨みながら。




