祝、ノーベル賞 無線電力システム
「お~、取ったな」
左手にジョッキを持った太田は叫んだ。
「あ~」
自称名探偵の藤崎誠は抑えめに答えた。
「日本の技術、日本人は素晴らしい」
太田は、棚の上の小さなテレビに向かって、また叫んだ。
藤崎は軽くうなずく、
太田が日本を褒め称えるのも当然というように。
官僚時代の同期の太田は国会議員で、通産大臣だった。
「これで日本の景気も・・・
良くなる」
太田は小さく呟いた。
だが、東京オリンピック後の日本の景気動向が懸念されている。
「リチウムイオン電池・・・
ソーラーパネル発電とこれを各家庭で持てば・・・
大災害にも対応できる」
太田は千葉県でも台風でいまだに電気が
復旧されていないことに心を痛めていた。
「ソーラー発電ね・・・」
藤崎は首をひねりながら言った。
「太陽光、再生可能エネルギーに何が問題だ?」
太田は顔をしかめて言った。
太陽光パネルを公共施設への設置を推し進めようと考えていた。
「太陽光発電って採算あうの?
本当に」
「どういうことだ?」
太田は鋭い目つきになった。
「太陽光が発電するエネルギーと
太陽光パネルを製造、設置、運用するエネルギー。
本当に釣り合うの?」
「確かに、まだコストは高い。
LEDと違って、耐久年数も短い。
でも、そこは補助金で・・・」
太田は最後の言葉を絞り出した。
「だいたいソーラーパネルを造っている電気って、
安い火力発電の電気だろう。
まず、そこはソーラー発電の電気にしないと話にならない。
それにもし本当にソーラー発電が良いなら、
工場とかの駐車場にはソーラーパネルの屋根がついているはずだ。
夏、車が熱くならないし」
う~、とうめき声を出し、太田は下を向いた。
太田は上目づかいで藤崎を見る。
何かを待つかのように。
「日本のエネルギー政策は根本的に間違っている」
太田は藤崎の発言を待つ。
「無線電力システム・・・」
藤崎は目を輝かせた。
「無線電力ッ・・・」
太田は頭をフル回転させる。
文系ではあるが、東大卒の知識量は藤崎を凌ぐ。
太田が目を見開く。
「宇宙空間でソーラー発電・・・
それで地球に電波で送るのか。
でも、そんな大掛かりのもの・・・
俺が生きているうちは実現不可能だ」
「そんな難しいことじゃない」
藤崎はニコリとした。
「日本が進むべき道は省エネだ」
「省エネ?」
太田は肩を落とした。
今さら?
「家庭では20いや30%は節電できる」
「30%だって」
太田は驚きの声を上げた。
「そうだ。
この時代になっても、
いやこの時代だからこその無駄かもしれない」
「この時代の?」
太田は繰り返した。
「スマホか」
「そうだ。
スマホやパソコン、
でも、今の電気・電子機器はみんなそうだ」
太田は大きく頷いた。
「直流だ。
今の機器はほとんど直流で動いている。
ということは、熱か」
「パソコンやスマホとかの電源アダプタの熱だ。
無駄のエネルギーの象徴だ。
その無駄をなくすのが・・・」
「無くすのが」
太田は唾を飲んだ。
「それが、無線電力システムだ」
「エジソンか」
太田は何か思い出したように言った。
「そうだ。
その無駄な熱は電気を交流から直流に変換する時に発生する。
それだけじゃない。
ソーラー発電は直流から交流に変換して電気事業主に買ってもらう。
無駄な変換が何回も行われているんだ」
「最初、エジソンは直流で電気を送電しようとした。
でも、効率と安全性で今の交流100Vになったんだろう。
それを直流で送電するのか。
いくら家庭用としても、電線がショートしたら、火事になる」
太田は眉間にシワを寄せた。
「だから、無線電力システムなんだ」
「無線?
それなら電線はショートしないが・・・」
太田は腑に落ちない顔をした。
「リチウムイオン電池。
ここで活躍するのが、リチウムイオン電池だ」
「おお、ノーベル賞を取ったリチウムイオン電池か」
太田は何かが繋がっているような感覚を持った。
「各電気製品にバッテリーカートリッジを接続可能とする。
内臓でもいいし、周辺で接続するのもいい」
「ハイブリットだな。
直流・交流電気で使える。
でも冷蔵庫やエアコンが動くのか」
太田は首をひねった。
「車が動くんだぞ。
冷蔵庫、エアコン、洗濯機も問題ないだろう」
太田は大きく頷いた。
何かが繋がった。
「そういうことか。
無線電力って。
ソーラーパネルで発電して、
充電したバッテリーカートリッジを
各電気機器に持って行ってことだろう」
「安全対策ができるなら、
ソーラーパネルと各電気機器とを直接配線すればいい。
でも、リスクはなくさなければならない。
だから、無線電力システムなんだ」
「つまりバッテリーカートリッジの日本規格を作って、
それを世界規格にすれば、日本が一歩リードできるということか」
太田はニヤリとした。
すでに通産大臣として、どこの部署を動かすか決めていた。
「省エネができれば、自分の家の電気を賄うだけなら、
ソーラーパネルをかなり小さくできる。
災害が多い日本では不可避の技術だ。
現代人にとって電気というライフラインはもっとも重要だからだ。
それに山奥や無人島でもう使える。
さらに発電所がない発展途上国でも使える」
「リチウムイオン電池だけでなく、
日本の白モノ家電産業にも一石を投じられる」
(白モノ家電とは、冷蔵庫、洗濯機、エアコン等)
太田は遠い目をした。
日本の未来に少し明るさを感じた。
藤崎と太田はジョッキを掲げた。
「吉野彰名城大学教授に、
日本の未来に乾杯!」
ノーベル賞で短編小説が書けるのは、さきら天悟だけ?
自画自賛。
吉野教授おめでとうございます。
名城大学卒業生より。