Innocent Teller〜無邪気な告げ人〜
大変久方ぶりの投稿でございます。
”Innocent”シリーズ第二作。
お楽しみ下さいませ。
嫌な世の中である。
人々が何気なく歩くその道に遺体が転がっているのだから。
別にそれが当たり前とは言っていない。
遺体が見つかれば、人々は騒ぐ。
警察官が集まってきて、現場保存の為に封鎖して、鑑識、捜査を始める。
一応異常な事だという認識は皆にある。
だが、残念ながら『黄色いテープ』は既にドラマだけの光景でなく、日常の光景となってきた。
いつからなんて、記録している訳ではないから分からない。
あくまで報道の始めであるが、それはひと月前の話。
都内、トンネル内で刺殺死体が発見される。発見当時身元不明。綺麗に一刺し、人刺痕が残るのみ。刑事の必死の捜査で、三日後にとりあえずの身元確定。
簡単に言うとホームレスで本名不明。界隈で呼ばれていた通称は『モグ』。
由来不明。
捜査員たちの中で推測された由来はトンネルの主だったから。
そんなことはどうでも良い。
実は『モグ殺人事件』より以前にも何件か似たような、というのか本名不明者、つまりはホームレス殺人事件が数件あったが、一般市民に伝えられることはなかった。
では、何故『モグ殺人事件』は報道されたのか。
第一発見者が一般市民、しかも拡散に命を削る若者。青い鳥やら即席電報やら、あらゆる手段でモグは一夜にして有名人へと祭り上げられた。
バレてしまっては仕方ない。
これ以上突かれてまずい事になる前に分かっている事を全て明かそう。
警察の判断は割と早かったように思う。
『モグ殺人事件』をきっかけに、関連するであろう数件の概要が公開された。
しかしながら、無関心な民。
ホームレスが狙われてるなんて言われたらもう他人事。
伝えるべき、警告すべき人々に決して伝わることのない無意味極まりない報道。
一向に犯人は捕まらない。事件数だけ増えていく。
『連続ホームレス殺人事件』が報道される数は増えていき、そしてだんだんと減っていった。残るプレスの炎は残り香。
民の記憶の片隅に、ほんの少し残るだけ。
ここまで語る私がそんな「民」なはずがないであろう。
はっきり述べようではないか。
この事件に私はワクワクした。
『人殺し』が好きだとか、正しいなんて言いだしたらそれはただの危険思想を持つ危険人物だ。
ただし、一生人間如きに解けるはずのない命題だと考えている。
人殺しはいけない事なのか。
この国は殺されたくないから殺さないといった理由のもとで人々は『人殺しはいけない事』としている。
殺される覚悟があるなら殺しても構わないという事になる。
それは死刑制度が証明している。
何人も殺したら、残酷に殺したら自らの命をもって償え。
尤も、現在殆ど機能していないが。
死刑制度について語れば長くなるから割愛させて頂こう。
さて、話の方向を変えて「命」を語ろう。
「汝、君の命は誰のもの?」
俺のモノは俺のモノ。お前のモノも俺のモノ。だからお前の命も俺のモノ。
そんなことは滅多にないと信じて、命は自分のモノというのが一般論だろう。
ただ、その命が失われたら誰が悲しむ?
死んだ君は悲しまないよな?
悲しめないよな?
命無くしてどう悲しむというのだ。
悲しむのは他人なんだよ。
先ほどの理由に付け足そう。
こんな倫理的に複雑な議論の答えが一面性であるはずがない。
その命を悲しむ人がいるから人殺しはいけません。
二点を正当化して、どうにか人を殺す事を理論上を容認したい。
どうするか。
一つは悲しむ人も道連れ作戦。莫大な数になる。親族、友人、知り合い。数えたくないほどの数の上に限界が訪れる。民が何人残っているだろうか。
一つ目は現実的に不可能では・・・・・・・?
悲しむ人が少ない、極論を言えばいなければ良い。
さて、ここまで長かった。
ホームレスの命を悲しむ人は如何程いるのか。
そう!
「少ない」、「いない」が答えである。
未知の犯人は見事人殺しを私の理論上において正当化してみせた。
先ほども述べたように、私は殺人事件にワクワクする変人。
その知り合い・・・は無事かもしれないが、友達は似たり寄ったりとなる。
私の友達、「彼」は典型的である。間違いなく私の上をいく変人だ。
通常、一般人同士の世間話に殺人事件やら命だぁ、人生だぁ、そんな話は割り込む余地がないが、我々の間にはある。
誤解がないよう述べるが、常にそんな話をしている訳ではない。
無価値としか思えぬ様な、いわゆる当たり障りのない話が大半である。
別に私と彼は危険思想者や社会不適合者などではなく、少し変わった一般人だ。
話を戻して。
彼との会話の話題にもちろん連続ホームレス殺人事件は挙がった。
「頭の良い奴もいるもんだ。」
事件の名前を出した瞬間にそう答えた彼を私は流石だと思った。
数日かけて私が辿り着いた答えに彼はとっくの昔に達していたのだ。
末恐ろしい奴め。
自分の事は棚上げにして思う私を他所に、彼は持論を語る。
「当たり前のことだが、世の中は犯人の行為を決して正当化しないだろうね。」
至極当然のことである。理由も彼は述べる。
「世の中は『殺人』という行為自体をいけない事としている。それは1+1が2であるのと同様に、深い理由なんてない自明の事実だから。」
自明なんてこの世にあってたまるか。全てを納得する説明が出来ないと私は満足しない。
そんな事が言えるほど頭が良くない私だが、たった一つだけ、たった一つ、せめて人殺しはいけない事であるという自明だけで良いから覆したい・・・。
なんて崇高な理想すら持っていない。
だから言っている。ただの変わった一般人だ。
「まぁ、犯人早く捕まるといいね。」
昨夜のバラエティー番組の話のごとくされた殺人事件の話は終わった。
事態が変わるのに時間は掛からなかった。
遂に中流層から被害者が出始めた。
一人に留まらず、二、三四。
報道に再び火が灯る。
これで民も他人事で無くなる。
私がそんなことを思った束の間、彼から真反対の意見が出た。
「民は無関心を貫くね。」
つい何故そう考えるのか聞き返してしまった。
「簡単な話だよ。被害者には闇がある。深い深ーい闇が。」
詳しく語ることなく、彼は僕を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。
彼の言う、闇とは何か。
しばらく考えても分からない。
事件被害者に関する情報を一般人レベルで調べても闇は見えてこなかった。
そもそも情報が少なすぎる。
他のどうでも良い事件である不倫問題や汚職事件などでは関係者を鬱にするまで追い込むような報道が、ほとんど被害者の生前についての情報を民に伝えられていない。
なんか違和感を感じる。
具体的言葉に出来ない違和感が、彼の言う所の闇なのか。
分からなければ聞くしかない。
しかし、彼に言葉を変えながら幾度聞いても、いたずらっぽく微笑むのみ。何も伝えてはくれない。
その笑みは正解を褒めるものなのか。
それとも間違いを嘲笑っているのか。
何も教えてくれない。
ならば思考するしかない。
難題は単純化すれば良い。
もし仮に、知り合いが亡くなって取材されるような事があれば、私は喜んで取材を受け入れる。
もちろんモザイク、声調変化は絶対条件だが。
知っている事を全て話すだろう。一体何様なのだと思われるほど。
私の様な奴が亡くなった被害者たちの周りに一人でもいれば情報は一気に広まる。
一人が口を開けば大半が語りだす。それがこの国の人々に遺伝子レベルで刻まれたものだから。
果たしてお喋り屋さんが被害者の周りに一人もいないなんてあり得るのだろうか。
あるとすれば二極化される両端が答えだ。
死後の名誉すら、関わってきた人全てが守ろうとしている場合。
若しくは。
関わる人全てが死後語れる事を全く持たない場合。
前者。
人間はそんな立派な生物ではない。『全ての人が』なんてあり得ない。
あってたまるか、といった私情を若干挟むが問題なかろう。
後者。
流石に他人に興味を失った民で構成された現代社会でも……。
そうか。闇か。闇ね。これが闇だ。
彼の中における正誤は置いておいて、私は一応、一つの結論を出した。
もちろん彼に正誤の確認をしたが、やはり微笑むのみ。分からず仕舞い。
犯人像も掴めない。被害者たちに共通点も見つからない。
恐怖が世の中を包み込んでいると思いきや、彼の予想通りで、民は無関心を貫いていた。
報道も事件の多発を伝えるのみで、起こり始めのように特集を組むような事はなくなってきた。
忘れ去られるまではいかないにしても、世間話からは消えた。
そんな現状を認めない存在もいた。
犯人だ。
愉快犯なのか、何かを伝えたくて犯罪を犯しているのか。
特集などで仰々しい専門家なんかを呼んで議論されていた時期もあったが、まともな結論は出なかった。
だが、私と彼の間では事件が明るみに出てから数件発生する前に既に結論が出ていた。
犯人は犯行を通して何かを訴えている。
決して愉快犯などではない。
根拠はまぁ色々あるが、最大の根拠を挙げれば、見つかった遺体の殺され方だ。
人殺しを楽しむ殺し方ではない。
何というか、「介錯」のような優しさが感じられる。
一刺しで終わらせる事が優しい事なのか。そもそも殺しという犯罪行為に優しさがあるのか。
少なくとも遺体の尊厳は守っている。
生前の姿を出来る限り留めた殺人。
これを彼と私は『優しさ』と呼ぶ。
自殺幇助という概念がこの世にはある時点で、殺しに優しさがある事は証明されている。
そんな倫理的に問題のある事を著名な専門家が主張出来るはずもなく。
だから世の中では愉快犯と間違えられる事の方が多くなってしまい、民はメッセージを受け取ろうとする事なく、事件を忘れていった。
何十件目か分からない。
それほどの被害者を重ねて、ようやく警察は犯人から差し出された手を知覚する事だけは出来た。
『誰ガ為ノ命カ。コノ命、誰ガ悲シム。答エヨ。彼ガ死ンデ誰ガ悲シム。既ニ死シタコノ命、セメテ世ノ為ニ散ラン事ヲ。』
遺体の傷口に、ビニールに入れられて差し込まれていた。
犯人からと思われる手紙。
特定の手がかりはもちろんなし。
警察は必死に手紙の文面を隠そうとしたが、第一発見者から報道へと漏れてしまった。
再び着火する音が聞こえた。
殺された彼の関係者たちは、一連の事件被害者にしては珍しく多くを語った。
「うちに関わりのない事です。」
「誰ですか?知りません。」
「私に聞かないで下さい。」
無関心。
彼の命が失われて誰が悲しんだ?
家族、仕事の同僚や上司後輩、友人と思われる人。
死後すら適当な扱い。
では、生前は?
悲しんだ人なんて誰もいないのでは?
犯人からの手紙が公開された翌日。
彼は私を見つけると微笑んだ。
「正解。おめでとう。深い闇だね。」
まさか知らず知らずに民は気づいていたとでも言うのか。
「考えていないだけ。潜在意識は気づいてる。闇がそれほど深くない私たちはまだ大丈夫だってね。」
真摯に受け止められるものではないが、反論だって無理だ。ならば黙ろう。
「犯人のメッセージはこれからだ。まだまだ終わらない。」
彼は予言者か。
それからの犯行は必ず手紙が残されるようになった。
内容は一番最初と同じだったり、少し違ったり、全く違ったり。
二回目以降の手紙に関して、犯人特定の証拠の有無は民には明かされなかった。
事態が算数の点Pくらい動いた。
どれくらいか分からない?
進んで、進んで、また原点に帰ってきたという事だ。
犯人が一人捕まった。
三十代男性、無職。動機。
「カッコよかったから。なんか正義のヒーローみたいで。楽しそうだったから。」
彼奴の起こした事件を彼は当てていた。
驚くことでもない。
私もなんとなくだが分かっていた。
彼奴に殺された遺体には争った痕跡が残っていたらしい。殺すのに大変苦労したようで。
そして何より、被害者には確実に悲しむ人がいた。妻と二児。報道にコメントまで出していた。
「この人、一連の被害者ではないね。」
「うん、かもね。」
報道された朝に二人で交わした会話である。
自分でも怖くなってきたから繰り返そう。
私と彼はあくまで一般人の枠は超えていない。
素人が犯罪の特徴を見抜き、議論するなんておかしな話だが。
後日の報道によると、警察は連続殺人事件の犯人と今回捕まった犯人は同一と考えて捜査をしている。
今現在は余罪の起訴を行うための証拠集めに奔走しているという。
決して私たちが正しいとは限らないが、もし警察が間違っていたとしたら警察は無能すぎる。
本当に機動力だけが取り柄の組織になってしまう。
「無能だな。」
彼は私に冷たく告げた。
その言葉は警察ないしは世間に向けられたものであるはずだ。
決して私が言われた訳ではないはずなのに、背筋が凍りついた。
その言葉からは殺意すら感じられた。
それほど冷たかったのだ。
「う・・・うん、そうだね。」
彼はそれほどまで自分が絶対に正しいという自信があるということだ。
「犯人は民にメッセージを伝えようとしているのに、警察はそれを理解しない。メッセージの存在を認めようとしない。・・・無能すぎる。」
その日一日、私は彼に声をかけることが出来なかった。
一週間何も動きがなく、民の忘却が進んでいた最中であった。
再び動きがあった。
『無能ダナ。冤罪ニハ気ヲツケロ。』
久々に現れてしまった新たな被害者の傷口に差し込まれた犯人からのメッセージである。
前犯と似通った被害者であった。
第一遺体発見者は国営テレビの中継班。
なんでも、国営テレビとキー局、そして地方有力局に犯人から犯行場所などが記された犯行宣告がされていたという。
『無能ナ警察ハ我ガ想イヲ蔑ロトスル。世ニ伝エテホシイ。ソノ命、誰ガ為ノ命カ。ソノ命、喪ワレテ誰ガ悲シム。答エヨ。汝ガ死ンデ誰ガ悲シム。』
数カ所で放火された火は留まる事を知らなかった。
もう何もできない。
この状況に変化を加えられるのは未知の犯人のみであろう。
だが絶対に犯人は消火なんてしない。
燃えて燃えて燃えて、燃え尽きて灰になってもまだ燃やそうとする。
私には犯人の全容なんて理解できないが、恐らくそうだ。
もう止まらない。
ここ一週間は何もなかったので、彼とも世間話以外はしていない。
だが、以前より明らかに話す事が減った。
気のせいではない。
これはお互いにお互いを避けていたのだろうか。
確実に無意識であった。
その事実に気付くまでに七日を要した。
もっと早く気付けば変わっただろうか。
いや、変わらなかったであろう。
自分で言うのはなんだが、私は察しが良い方だ。
数少ない情報からなにかと察してしまったりする。
それは良い事なのか悪いことなのか。
もちろん勘違いもある。察してしまった全てが正しいわけではない。
だが、信じたくないことほど真実であったりする。
世の中が理不尽である事を実感するのは、何かを察してしまった時である。
ある日を境に犯人からのメッセージに聞き覚えがある様に思えてきた。
それが野に火が放たれたあの日。プレスに声明がばら撒かれた日である。
一体誰の言葉に似ているのだろうか。
若干は考えたものの、限られた条件すぎてすぐに察しはついてしまう。
信じたくなかった。嘘であってほしい。
願えば願うほど疑いは深くなる。
確かな根拠などないのに、何故か確証が持ててしまう。
私は犯人を悟った。
私は犯人かもしれない人と歩いている。
何度も繰り返すが、確かな根拠はない。
私の「聞き覚え」という曖昧な根拠から導き出された答えである。
「聞きたい事がある。」
「何なりと。」
世間話の始まり如く、私は切り出した。
「君が『モグ殺人事件』一連の犯人だろ。」
「うん、そうだよ。」
並んで歩きながら、お互い歩みを止めることはなかった。
「やっと気づいてくれた。とっても嬉しいよ。」
私は何も言えなかった。
隣を歩く彼は紛れもなく犯罪者なのである。
それも軽度な犯罪ではない。
殺人罪。
人として超えてはならぬ一線を超えた犯罪者である。
しかし、彼は見事に人殺しを私の理論上において正当化してみせた張本人でもある。
おかしな話だが、私は決して、彼を悪人だとは思えない。
正当化された行為を悪だと認めるわけにはいかないのだ。
「なぁ。確かに人殺しは『犯罪』だ。でも、いけない事を、悪い事をしたのかな?」
彼は今までにないほど饒舌に持論を語り始めた。
「殺人罪の存在自体を否定する気はないさ。法は秩序。やたら滅多に人を殺すことを認めてしまえば日々の生活なんて言葉は存在しなかっただろう。秩序の崩壊だぁ。別に混沌とした世界を望んでいる訳じゃない。この世に生を与えられた時点で皆には生きる権利がある。その時点ではね。権利とは、公共の福祉に反することのない、また義務を果たすことで得られる代物だ。然るに、この国では他者に迷惑なのに、義務を果たしていないのに権利を主張する、または権利を有している者がいる。許せるか?無理だったんだ。ただの一般人が大志を抱いても黙っている事しか出来ない。ならば犠牲を払ってでも伝えなくては。決していけない事などしていないのです。悪いことなどしていないのです。ここには確かに正義があるのです。」
嫌な世の中である。
殺人を正当化しようなんて考える学生が現れる世の中なんて。
そして世の中は気がつかない。
私と彼の歩く道には彼岸花とリンドウが咲いている。
悲しい思い出の花も悲しむ私を愛す花も枯れることなく咲き誇る。
悪の自覚なき殺人者である無邪気な告げ人が横を通り過ぎても。
御精読ありがとうございました。
今作は「”Innocent”シリーズ第二作」と銘を打っているわけですが、果たして第一作は何なのか。
それはちょうど一年前。90分で書き上げられた作品、『"Innocent Eclipse"-無邪気な人喰い-』こそこのシリーズ第一作です。今回のお話の構想は実は一年前から出来上がっていたそうで。
あとは書き記すだけ。そんな状況だったにも関わらず(あえて作家気取りの言葉を使いますが)降りてこなかった。ただ、構想から一年経つのに完成出来ないものをいつまでも残しておきたくない。
出来栄えを気にせず書き上げられたのが今作です。
読み返してみれば破茶滅茶で、とても出来の良いものなんて言えませんが、私はNEKOが紡ぐ世界が好きなので。
今回は私小説として勘弁ください。
今後は連載中なのに止まってる作品もどんどん挙げられたら良いな、と思っております。
以上、後書きは御宝候 ねむ が担当いたしました。