対抗戦②
「白君、お願いします」
戦いが始まると同時、私は白君に合図します。
「了解、です」
白君は返事をすると、その場に四つん這いになります。
そして、力を込めると、白君の耳が変化を始め、手足に蹄が出来て、本当の鹿のようになっていきます。
「フォルム、鹿」
変身、で合っているのでしょうか? とにかくフォルムチェンジを終えた白君がこちらを振り返ります。
「っく、ププ」
その姿に思わず吹き出してしまいました。手足や首も伸び、どこから見てもほぼほぼ鹿です。今回は角は不要なので生やしてはいないようですが、何故か顔だけは白君なのです。
人面鹿です。やたらイケメンな人面鹿です。こんなでも、どことなく爽やかな感じが醸し出されているのは、白君だから成せる技なのでしょう。
「アハハハハハハハ。それ何ですの。面白い、面白すぎますわ。ハハ。アハハハハ」
ツボったのでしょうか。金光さんが笑い転げています。
「あ、あの、あまり、見ないで、下さい」
さすがに恥ずかしいのでしょう。白君が顔を赤らめ俯きます。
「っう!」
その仕草がまたイケメンで、なんでしょう、守ってあげたい感とでも言うのでしょうか。私は心を抉られました。鹿なのに。
「アハハハハ」
金光さん、まだ笑ってます。これ、今のうちに攻撃したら勝てるのでは?
「あー、お前ら。芸を披露するのはいいが、これは対抗戦だ。真面目にやって貰ってもいいか」
見かねた学園長から叱責の言葉が飛びます。
「ハアー。ハアー。あー笑わせて頂きましたわ。侮っていましたが、もの凄い精神攻撃でしたわね」
笑いすぎて肩で息をしている金光さん。さりげなく側近の方々も笑い疲れている模様。
当の本人である白君は、恥ずかしさのあまり、顔と言わず全身から火を噴き出しそうです。
まあ、時間が稼げるのならば僥倖です。相手の笑い疲れがとれるまで、待つとしましょう。
「ん、うん。よし、もう大丈夫ですわ。慣れましたので」
5分ほど経ち、咳払いを1つして、立ち直る金光さん。
「それにしても、あなたよく見れば、顔だけは本当に良いですわね。これが終わったら、私達の部活に加えて差し上げてもよろしくてよ。荷物持ちくらい出来るでしょうから」
先ほどまでの調子が戻ってきたのか、口元に嘲笑を浮かべる金光さん。
「いえ、結構です。僕たちは、負けません、から」
未だに赤面しながらも、しっかりと言い返す白君。
「あら。あなた方が私に勝てると本気でお思いですの? Dクラスの鹿王院さんに、Eクラスの国山さん」
金光さんは、獲物を前にした捕食者のような目で、私達2人を見つめてきます。
「最低限のマナーとして、あなた達の事は調べさせて頂きましたわ。お二方とも、落ちこぼれもいいとこですわね。クラスでは友達もおらず最底辺。成績も下の方。部活だってまだ未定。ですものね」
「部活なら今から決まります。友達だって出来ました」
「底辺同士、傷を舐め合っているだけではなくて? 巻き込まれた常時さんもいい迷惑でしょうね。なんせ彼は落ちこぼれなりにもAクラスですし、ほんの一時とはいえ、私より上にいた人なのですから」
一人君に迷惑を掛けている。その通りかもしれません。
むしろ、本人に聞いても、間違いなく、「迷惑に決まってるだろ。俺を面倒に巻き込みやがって」とか言われそうです。
「そんな事は知っています。一人君が上を目指す気がない事も知っています」
でも、なんだかんだ一人君が私達を心配してくれている事も、知っています。
「だったら、もう辞めておしまいなさい。時間の無駄ですわよ」
「そんな事はどうでもいいのです」
私はぽつりと呟きます。
「何か言いまして?」
「そんな事はどうでもいいのです」
きっと、一人君ならこう言葉を続けるでしょう。
「なんとなくいけ好かない、お前の泣き顔が見られそう。理由や建前なんてそんな物で十分だ。んな事より、ギャアギャア叫いてみっともない。猿の真似ですか? 縦ロール、です」
一人君のイメージ辛辣過ぎたでしょうか。まあ、こんなものでしょう。
「ええ。ええ。よろしくてよ」
わなわなと肩を振るわせている金光さん。
「せっかくの最後の部活動ですから、少しくらい長引かせてあげようと思っていましたが、気が変わりました。すぐに、叩きのめして差し上げますわ」
金光さんの声が、段々と怒気を帯びてきます。なかなかの迫力に、身が縮こまってしまいそうです。
一人君の声まねでの煽りは効果覿面すぎたみたいです。
「あなた方の攻撃が、おいくらかは存じませんが、私を怒らせたツケは高いですわよ」
「白君! 来ます、準備を」
「了解」
鬼の形相の金光さんが、私達を睨み付けます。
蛇に睨まれたカエルのごとく、全身が強ばります。
次の瞬間、文字通り、金光さんの姿が消えます。
偵察の時に見た光景と同じです。この後、焔先輩は為す術なく吹き飛ばされました。
1つ、偵察の時と違う事があるとしたら、金光さんが消えた瞬間、何やら良い音がしたくらい。
「っっ」
突然、白君が体を右に飛ばし、何かを避けます。
白君が避けた場所を、金光さんの体が通り過ぎます。
通り過ぎただけで、かなりの余波を感じましたが、どうやら上手くいったようです。
「な。まぐれですの」
攻撃を避けられ、驚愕する金光さん。
手を緩めずに、もう1度仕掛けてきますが、今度は上に大きく飛び、躱す白君。
「見えている。という訳ではなさそうですね」
なぜか、良い音で響く金光さんの声。
その声で察したのか、私を睨み付ける彼女。
「私達を甘く見過ぎましたね」
私の声もなぜか良い音で聞こえます。
いや、声だけではありません。私達の一挙手一投足が、良い音を奏で、空間に響いているのです、私の贈り物によって。
そう、贈り物です。私は力を使い、このアリーナで鳴る音を、良い音に変えたのです。
出来るだけ白君の聴覚に訴えやすくし、かつ良い音が響く事で多少のリラックス効果が出て、体も柔らかくなる。
伸るか反るかの作戦でしたが、上手くいき一安心です。
「名付けて、攻撃なんて当たらなければどうという事はない作戦、です。因みに、私の力は時間制。私を倒したところで、この空間は続きますので」
ここぞとばかりに胸を張ってみせる私。決まりました。
「忌々しいですわね。所詮雑魚だと思い、10万しか持ってこなかった事が裏目に出ましたわ」
悔しさを滲ませる金光さん。
これはもしや、いける流れなのではないでしょうか。私達勝てるのでは?
「あなた達、10万程私にくれますか? 後で返しますので」
金光さんは側近に話しかけている。そんなすぐにお金が借りられるなら苦労はしないです。
「はい、どうぞ」
え!? なにそれ、ずっこい。金持ちのお嬢様怖いです。
「ありがとうございます。これで、20万ですわ、ね!」
言うが早いか、金光さんの姿がまた消えます。
右に左に、攻撃を躱し続ける白君でしたが、先ほどまでとは比べものにならない連打に、ついに攻撃を受けてしまいます。
「っく」
「白君!」
「まだ、大丈夫です」
足を震わせながら、懸命に立ち上がる白君。
「ちょこまかとよく避けますわね。でもこのままではじり貧でしてよ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、白君を追い詰める金光さん。
たしかに、このままではじり貧です。でも、もう少し耐えれば。
そう考えていた時、急に金光さんの攻撃が止まります。
「そろそろ、お遊びはおしまいに致しましょう」
そう呟くと、いつのまにか側近の1人が持ってきた、アタッシュケースを開く金光さん。
そこには、見たことがない程のお金の束が入っていました。金持ち、怖い。
「気づいてないとでもお思いでしたか? 明らかに不利なのに希望に満ちた目。じり貧としか思えない作戦のみでここに来たこと。などを考慮して考えると、時間稼ぎが出来ればそれでよろしいのでしょう?」
図星をつかれ思わず、目をそらしてしまいます。
「常時さんの贈り物。これだけはどんなに調べても分かりませんでしたの。彼の現状を考えれば、たいした事はない。少なくとも私のものよりは弱い。そう考えるのが妥当ですけど、入学当初は私の上にいたという事実。どうしてもそれが引っかかりましたわ」
そこで一呼吸置く彼女。
「備えあれば憂い無し、と言いますしね。もう少しお金を用意させていましたの。常時さんが来る前に終わらせてしまいましょう」
余裕たっぷりに話す金光さん。自分の勝利をもう確信しているようです。
「そうそう。1つ勘違いを正して差し上げますわ。私の戦い方、なにも殴る蹴るだけではありませんのよ。シンプルで目立つ、かつお安いのでいつもはそう戦っておりますが」
不適な笑みを浮かべる金光さん。その金光さんの上空に何やら力が集まり始めます。
みるみるうちに大きくなり、アリーナの半分を包むほどになります。
「オーホホホ。これが可視化されたお金の力ですわ。その額、500万ですの」
可視化されたお金の力? 何をあほみたいな事を、と言いたいのは山々でしたが、目の前に実際にあるのですから馬鹿に出来ません。それに。
「これだけの力ですもの。逃げ場などありませんわ」
それに、彼女の言う通り、逃げ場がないのです。ちょこまかと逃げるのなら、逃げ場がないほど大きな一撃を出せばよいなんて、出鱈目にも程があります。
「これは、ピンチ、ですね」
諦めたように、白君が呟きます。
「私相手に健闘はしたのではないですか。ですので、もうよろしいでしょう。500万の重みを味わいながら潰れて下さいな」
金光さんの掛け声と共に、上空にあった力が私達に襲いかかってきます。
有り体に言って、絶体絶命です。楽しかったここ数週間の思い出が、走馬灯のように脳裏によぎります。 はあ~。頑張ったのですけどね。所詮私達がいくら努力したところで、初めから持っている人には敵わないのです。皆ともお別れですね。
こんな時、一人君ならこう言うのでしょうか。
「この世全ては、残酷です」
私が呟いた言葉は、攻撃が衝突する轟音にかき消されました。
金光さんの放った攻撃はアリーナ全体を包み、土埃が舞い上がります。
土埃が晴れた時、立っていたのは、金光さん達だけでした。
コン。コン。コン。
足音が良い音になって近づいてきます。
学園長が勝敗を告げに来ているのでしょう。
体を起こしたくても力が入りません。私達は負けたのです。弱者が強者に負けた、当たり前の結果です。
だというのに、どうしてこんなにも涙が頬を伝い落ちるのでしょう。
悔しくて仕方ありません。努力が実らなかった事。白君の頑張りに応えられなかった事。そして何より、一人君が来るまで耐えられなかった事が、悔しくて、悔しくて、涙は止まらずあふれ続けました。
こんにちは、ソムクです。
こんな文章を読んでくれたあなたに最大の感謝を。