対抗戦(偵察編)
「はあ~」
翌日の放課後、俺は飽きもせず溜息を吐いていた。
金持ち相手に、金で勝負とは、勝ち目がないにも程がある。
全く勉強もせずに、テストで満点を取るようなものだ。残念な事に、俺はそれが出来る程天才ではない。
かといって、俺以外の2人にも、荷が重いだろう。控えめに言って詰みである。
「だからって、何もせずに対抗戦は迎えられません。当日までに出来ることはしないと」
「心の声を読まないでくれ。何をしても無意味だから諦めてるんだろ」
何をしようと結果は見えているのだ。無駄な事ならしない方がましだ。
だが、国山さんはそうは思ってないらしく、俺たち3人は今、敵である金光の偵察に来ている。
本番までになにか弱点を見つけられたら、という意図らしいが、正直無理だと思う。
「なあ、もういいだろ。お前達には世話になったよ。これからお互い頑張ろうぜ」
「一人君は諦めるのですか。まだ結果は出てないのに」
「出たようなものだろ。俺達の能力じゃああいつには勝てない」
「やってみないと分からないじゃないですか!」
自暴自棄の子供のように、彼女は声を荒げる。
「静かに、しないと、ばれちゃいますよ」
白が人差し指を鼻にあて、静かにするように促す。
「ふん。じゃあやってみろよ。無能は何処までいっても無能だろうがな」
「私は一人君みたいに、条件さえ揃えば最強じゃありません。私はいつだって最弱で、今回だって、勝てない事くらい頭では理解しています」
片手を強く握り、声を殺しながら彼女は言う。
「でも、それでも、諦める事は出来ません。例え、勝てないのだとしても、出来ることは全てやりたいのです」
人事を尽くして天命を待つ。口にするのは簡単だが、到底出来るものではない。
特に今回のように、無理を突きつけられてもなお、歩みを止めないなんて常人の行動ではない。
彼女の意思に圧倒され、俺は黙り込む。
「あ、出てきましたよ」
ただ1人、まともに金光の動向を監視していた白が声を発する。
そうだった。口論がしたくて俺達はここに居た訳ではない。
この日、金光達、文芸部が、上級生の部活と対抗戦をするという情報を掴み、俺達は玄関の前の茂みに身を潜め、あいつらが出てくるのを待っていたのだ。
茂みに身を潜めるとは、なんてベタであほな事をやっているのだろうと嘆きつつ、俺達は金光達の後を追う。
グラウンドに出て少し進んだ辺りで、金光が足を止める。
「よう。逃げずに来たのか」
そこで待ち構えていた集団の中から、一際大柄な男が何やら話掛けている。
「あら、それはこちらの台詞ですわ。悪名高い先輩の事ですから、後輩に負けるのが怖くて、逃げ出すものとばかり思っておりましたので」
金光も男に負けじと言い返す。
俺はあの男を知っていた。というか、学園の生徒なら大体が知っているだろう。
大柄で赤髪短髪の柄の悪い3年生。絵に描いたような不良で、実際学園でも有名な不良グループこと、バイク部のリーダーだ。
名前は確か焔 炎司。その名の通り、炎の贈り物所有者だ。
プライドが高く、ナルシスト。部員は自分以外全員、強化系の贈り物所有者で、自分の強化に全てまわしているという噂だ。
そんなプライドの高い先輩だ。最近、対抗戦で頭角を現している金光達を放っておけなかったのだろう。
「ふん。最近お前ら調子乗ってるみたいじゃないか。気にくわないんだよ。そういうの」
「あらあら、子供のような言い分ですわね。さすがわ園児先輩。いえ、お猿さんみたいですし、猿児先輩の方がよろしいでしょうか」
正直あんな強面の先輩に睨まれると、俺はびびって何も言えないと思うのだが、金光は臆するどころか、嘲笑を浮かべて煽っている。
煽られた先輩は青筋を立てているが、そこですぐに殴りかからないだけ、曲がりなりにもリーダーという所か。
「言うじゃねえか。ならすぐに始めようぜ。白黒つけてやるからよ」
「ええ、構いませんわ。先輩が泣いて逃げ帰る姿が目に浮かびようですわ」
両者言い終わると、側に控えていた審判役の先生が、スタートの合図を出そうと手を上げる。
「なんかこっちが緊張してきました」
「そ、そう、ですね。迫力が、すごくて」
一瞬の静寂に、なぜか見ているだけの俺達にも力が入る。
「それでは、お互いやりすぎないように。対抗戦スタートです」
先生の合図と共に対抗戦が始まる。
スタートと同時、先輩達は一斉に焔先輩に強化の能力を使い始める。
能力強化。身体強化。耐久強化。etc。
スタート前に掛けておけば良いものの、余裕の現れなのか、煽っている演出なのか、時間を掛け、焔先輩を強化している面々。
今が絶好の攻撃チャンスだというのに、金光は金光で取り巻きに持たせていた椅子に座り、優雅に紅茶を飲み始めている。
「あの、さっきまでの緊張感はどこに行ったのでしょう。金光さんに至っては、なんだかまったりし始めています」
「先輩の贈り物、シンプルで良いよな。炎なんて異能の定番。汎用性もあるし、なにより格好良い」
「え、ええ。その通りですが、何が言いたいのですか、一人君」
「でも格好良くて強いだけじゃ、世界は動かないんだよ」
俺が言い終わると同時、先輩の強化が終わる。
「舐めた真似してくれるじゃないか。ああん! 攻撃のチャンスを棒に振るどころか、敵前でティータイムとはな」
「さきにしたのはそっちではありませんか。それに、舐めてなどおりませんわ。先輩の近く暑いもので、つい喉が渇いてしまいましたの」
先輩は肩を振るわせている。魔力を込めて暑くなった様は、沸騰寸前のポットのようだ。
「まあいいさ。なら一撃で終わらしてやるよ。後悔しながら灰燼と帰せ!」
先輩は腕を上に掲げ、力を集めていく。刹那のうちに、先輩の上には、太陽のような炎の塊が出来上がる。
見ているこっちまで、干上がってしまいそうな暑さの中、金光にその炎の塊が投げられる。
彼女は優雅に紅茶を飲み干すと、一息ついてその場に立ち上がる。
炎が衝突する刹那、彼女は面倒くさそうに炎を腕で振り払う。
腕を振る。たったそれだけの仕草しか彼女はしていない。だというのに、それだけでいとも容易く炎は消滅してしまった。
「え、なんですか、今の!? 何が起きたんです?」
観戦していた国山さんが、事態を飲み込めず動揺の声を上げる。
「な・・・・・・に」
それは先輩方も同じなようで、渾身の一撃が退けられた事が理解出来ないようだ。
攻撃を防いだ当の本人は、退屈そうに欠伸などしている始末。
「ふゎぁ。今のが攻撃ですの? 安い攻撃ですわね。いったい、おいくらですの?」
いけ好かない。金光のこういう所がいけ好かないのだ。
「もうお気は済みました? 今度はこちらから行かせて頂きますわ」
言うが早いか、金光の姿が消え、呆気に取られていた先輩の前まで一瞬で移動する。
そして彼女はその右腕を振り上げ、先輩を思いきり殴り飛ばす。
拳を振り下ろした反動で、強烈な風が生まれ、文字通り吹き飛ばされる先輩方。
校庭の隅にあるフェンスに強烈に叩きつけられ、そのまま全員動かなくなる。
「金は力でしてよ。因みに、今の一撃は15万円ですわ」
金光の高笑いを聞き、状況を飲み込めてなかった先生が、正気に戻る。
「し、勝者、文芸部」
「当然ですわ」
一部始終を見ていた俺達は言葉を失う。
国山さんも白も、顔面を蒼白にして俯いている。
言葉では聞いていた力の差を、目の当たりにしたのだ。したくなかった実感が嫌でも湧いてくる。
俺達では金光に勝てない。焔先輩のようにシンプルで強い能力でも勝てないのだ。あいつの土俵で勝負する以上、俺達に勝ち目はない。
金は力。その贈り物を金持ちが持つ。改めて、世界の理不尽さを痛感する。
どんよりと暗い空気が包み込んでいたその場を、一つの叫び声が切り裂く。
「何見てんだ! クソガキ!」
慌てて声がした方向に顔を向ける。
吹き飛ばされた焔先輩がふらふらと体を起こし、フェンスの向こうにいた子供達を怒鳴りつけていた。
「見世物じゃねえぞ! 失せろ!」
相当気が立っているのだろう。正常な判断が出来ていないようで、ただそこに居ただけの子供相手に本気で怒り狂っている。
子供達は逃げたいが、恐怖で腰が抜け、動けないようだった。
「あれ、ヤバくないですか。止めないと」
国山さんが慌てて止めに行こうとするのを制止する。
「ちょっと待て。お前が行って何が出来る」
「でも行かないと。あのままじゃ攻撃しかねません」
失せろと言うのに、逃げない子供を見て、喧嘩を売られていると勘違いしたのか、先輩はその手に炎を浮かべている。
「ほら。子供が危ないです!」
「うっさいな。なら、俺が行くからお前らはここに居ろ」
そう言って、俺は立ち上がり、先輩を止めに行こうとする。
先輩は今にも子供相手に手を上げようとしていて、正直間に合わないかもしれない。
そんな俺の焦りは杞憂に終わった。
先輩の炎が子供を襲う直前。先輩の頬を金光が引っぱたいたのだ。
それによって炎は消え、少なからず先輩も正気に戻ったようだった。
「子供に手を上げようとするとは何事ですの。恥を知りなさい!」
金光はいつもの嘲笑ではなく、軽蔑と怒りを込めた表情で先輩を睨む。
「ッチ。覚えてろよ」
雑魚の悪役のような台詞を残し、去って行く先輩達。
「あなた達、怪我はありませんか」
金光は先輩が去ったのを確認すると、優しい笑顔で子供達に話しかける。
緊張が解けたのか、泣き出す子供達。
金光は自分のポケットから飴玉を取り出し、フェンス越しの子供達にあげている。
「あらあら、泣いてはいけませんわ。あれしきの事では泣かないように強くなりませんと」
「お姉ちゃん、ありがとう」
飴を受け取り、嬉しそうに頬張る子供達。
金光はそのまま子供達が落ち着くまで、その場で見守っていた。
「もう大丈夫そうですわね。それでは私は行きますわね」
「うん。ありがとう」
お礼を言い、帰って行く子供達。
金光は優しく手を振り見送っている。
帰っていた子供のうちの一人が、踵を返し、金光の元まで戻ってくる。
「あら、どうしましたの?」
「これ。お礼に」
そう言って、片手を差し出し、金光はそれを受け取る。
「あら。10円ですか。貰ってよろしいのですか」
「うん。あげる。さっき拾ったの」
10円って。金持ちに道で拾った10円って。それ大丈夫なのか?
俺は心の中で突っ込みを入れる。
「とっても嬉しいですわ。有り難く頂きますね」
金光はそのまま最後まで、優しい笑顔で子供達を見送っていた。
子供達が見えなくなった後、金光も取り巻きを連れて、校舎へと戻っていった。
「はぁ~。一人君ではありませんが、溜息が出ますね。まさか、彼女の力があれ程とは」
すっかり日も暮れて、静かになった校庭で国山さんが呟く。
「それだけではなく、人柄も思っていたよりは良い人そうです」
いけ好かない。嫌な奴ならその印象のままでいろよな。
「そろそろ暗くなってきましたし、今日は解散としましょう」
国山さんの一言で、俺達は各々帰路につく。
「お2人とも、また明日」
「ま、また、明日」
手を振り別れる2人を見ながら、俺は不愉快な気分で帰り道を歩く。
普段クラスで見かけていた金光の嘲笑と、さっきの子供に向けた笑顔を思い出す。
気にくわない。不良が雨の日に、捨て犬に傘を貸すあれですかっての。むしゃくしゃする。
『なんだ? 荒れてるな、相棒』
俺のイライラを感じ取ったのか、ビートが話しかけてくる。
『別に荒れてねえよ』
『なんでつまらない嘘つくんだよ。荒れてるじゃないか』
『ッチ。元はといえば、お前が・・・・・・』
言いかけ、浮かんだ言葉を飲み込む。
『悪い。勝ち目のない未来に嫌気が差してた』
『勝ち目がない。そんな事はないと思うけどな』
『ないだろ。金持ち相手に金で勝負なんだぜ。ついてない』
『おいおい、諦めんなよ相棒。たしかにお前はいつも間が悪い。でもそれだけだろ』
『何言ってんだ』
『今回はまだいけるかもって言ってんだよ』
ビートの言葉の意図が分からず、歩みを止めて考え込む。
『インフォメーションはよく読んどけってな』
『なっ。なんで早く言わないんだよ』
ビートから提示された情報。たしかにこれならワンチャンあるかも。
『お前以外の奴に話して、あの金髪に知られるとまずいだろ』
たしかに、知られると勝ち目はなくなる。
いや、そもそも無駄な努力になるかもしれない。
それでも、可能性が提示されたなら動かない訳にはいかない。
この考え方。少しだけ国山さんみたいだ。
そう思い口元に笑みを浮かべながら、俺は小さな可能性に向けて踏み出した。
こんにちは、ソムクです。
こんな文章を読んでくれたあなたに最大の感謝を。