対抗戦(準備編)
結論から言えば、結局部員は集まらなかった。
まあ、当然の帰結だろう。あんなチラシで入部希望が1人でもいた事の方が奇跡だったのだ。
無駄な努力だった。あーあ、やるんじゃなかったぜ。
取り敢えず、今後どうなるのか聞く為に、俺たち3人―俺、白、国山さん―は学園長室に向かっていた。
「まさか、こんなに部員が集まらないものとは、驚きですね」
「そんな簡単に集まると思ってた事に、驚きだけどな」
「だって一人君がいるんですよ。Aクラスで特待生の」
「す、すいません。僕が足を引っ張ったのかも」
「そんな事はないですよ。白君はよくやってくれました」
実際、白はよく働いてくれた。イケメンが少し恥ずかしそうにビラを配る仕草が功を奏したのか、女子生徒には結構ビラをばらまけたはずだ。
「そうだな。白のおかげで枚数だけは捌けたんじゃないか」
「そ、そうかな」
「ええ。所詮一人君では宣伝効果がなかったのでしょう。落ちこぼれですから」
数日間一緒に過ごした事で、気づいた事がいくつかある。
白は、人見知りが激しいが、根は良いやつだ。丁寧で人当たりも良い。人見知り過ぎて、エア友達なんて作る変な所もあるが、そこは棚に上げておこう。
対して、国山さんは、言葉遣いこそ丁寧だが、時々ナチュラルに人を煽ってくる。どうやら、本人が無自覚っぽい所もたちが悪い。
毒が吐けるほど仲良くなった、と解釈すればそれまでだが、この丁寧に失礼な性格、いつか指摘しないとひどい目に遭いそうな予感がしてならない。
いつか指摘しないととか思ったが、そもそもこの部活が続くかも分からないのだった。
今では、下の名前で呼び合うくらいには、親しくなった間柄だ。なくなるのなら、それはそれで少し寂しいかな、なんて事を思う。
そのまま雑談していると、すぐに学園長室に着く。
少しだけ息を整えて、扉を開く。
「失礼します」
最初に入った国山さんが丁寧に挨拶する。
「おう、お前らか。待ってたぜ」
「待ってたのなら、要件は分かるだろ。結論を聞かせろ」
「ちょ、一人くん。もうちょっと、言葉遣いとか」
「いいんだよ。こいつは俺の嫌いなタイプの大人だからな」
突然切り出した俺の態度に驚いたのか、彼女は俺と学園長を交互に見ながら、あたふたしている。
「別にガキの言うことに、いちいち反応しないから大丈夫」
学園長の一言に彼女は胸を撫で下ろす。
「それで、今後君たちはどうなるのかだけど、君たちとしては続けたいかい?」
学園長の問いかけに、3人一斉に頷く。
「へえ。お前までそうしたいとは、少し意外だな」
学園長は俺を見て、少し煽るように言ってくる。
「ふん。別にこだわる訳じゃないが、もう協力するって約束したからな。ここで約束を破ったら、俺は世界を下らないと、否定する資格すら失っちまうだろう」
「クソガキなりの矜持ってもんか」
俺はそれ以上は何もしゃべらない。
「OK。分かったよ。じゃあ、本当に特別だぜ。これで駄目だったらもう終わりだがやる覚悟はあるかい」
「ええ。あります」
力強い国山さんの肯定に、俺と白も首肯する。
「良い返事だ。ならば、君たちが作った部活がどれほどのものか見せて貰おうじゃないか」
そう言って学園長はニヤリと笑う。
「それは、まさか」
「ああ、そのまさかさ。早速だが、君たちには部活対抗戦をやってもらう。存分にその実力を示してくれ給え」
面倒な事になった。俺は心の中で舌打ちする。
「対抗戦の結果をもって、今後の君たちの処遇を決めようじゃないか。勿論、負けたらどうなるか、察しはついてるだろう?」
「私達は負けません。どんな困難にも立ち向かってみせます」
「健闘を期待するよ。詳しい事は追って連絡させる。取り敢えず、話は終わりだ」
話が終わり、俺たちは学園長室を後にする。
首の皮一枚繋がった、そんな感じだったが、俺たち3人は一様に厳しい表情を浮かべたままだった。
***
してやられた。
正直な感想がそれだった。
部活対抗戦とは、その名の通り、部活同士での戦いの事だ。
そもそも、この学園では、部活という枠組みが大きく扱われている。
学内の部活ランキングなるものがあり、その成績次第では、授業の免除などもされる程だ。
だからといって、学業の成績を疎かに出来るかといえば、それも出来ないのだが。
いかに上位の部活に入っていようが、成績が悪い者は強制的に、ボランティア系の部活動に移動させられて、教師陣から監視されることになる。
そのランキングを決める要因の1つが、部活対抗戦の戦績である。
戦う理由は様々で、部の予算UPやランキングの上昇狙いなどなど。また、基本的に戦いを仕掛ける条件などはなく、極端な事をいうと、ランキング最下位のチームが上位のチームに仕掛ける事も可能なのだ。
まあ、普通は負けると分かっていて戦う馬鹿はいないのだが。
が、今回俺たちはそんな馬鹿の1つになっている。
部活対抗戦の勝敗の決し方。それは、贈り物を使った異能バトルだ。
それぞれが授かった贈り物を駆使して戦うのだが、その授かった贈り物が俺たちの部活では最大の問題点だった。
学園長から話しを聞いた後、俺たちは3人で会議を開いていた。
議題は勿論、対抗戦の戦い方についてだった。
そこで、今までふれてこなかった、互いの贈り物の話になったのだが、何故か皆口をつぐんでしまったのだ。
最初に均衡を破ったのは、白だった。
「僕の贈り物は【鹿】です」
少し恥ずかしそうに、ごにょごにょと発した言葉が聞き取れず、聞き返してしまう。
「え? なんだって?」
「えと、【鹿】です。内容は鹿っぽいことが出来ます」
なるほど。鹿か。微妙だな。
「鹿っぽい事とは、具体的にどんな感じですか?」
「角を生やしたり、手や足をひづめに変えたり、四足歩行で移動出来るようになったりとかです。ただ、残念な事に僕の力不足により、角やひづめは堅くならず見かけ倒しになります」
「つまり、戦闘に使える程じゃないという訳か」
「はい。そうなりますね」
俺の確認に、白は申し訳なさそうにうなずく。
「気にしないで下さい。こういう時は助け合いですから」
「ありがとうございます」
「それで、そういうお前は、助け合える程の贈り物を持ってるのか?」
国山さんは俺の問いかけに視線をそらす。
以前、Eクラスだと言っていたし、俺に助けを求めるくらいだ。彼女の事は大体の察しはついているが、俺は黙って答えを待つ。
「私の贈り物は【良い音】です」
彼女は観念したのか、弱々しくつぶやく。
「えーと、聞き間違いかな。良い音って何?」
「良い音とは、全ての音を良い音に出来る能力です。足音、雨粒の音、衣擦れの音など、日常にある音を聞いて心地が良いと思える音に変えられます。なんちゃってASMRだとイメージして下さい」
「へ、へー。それはリラックス出来そうで、とても良い贈り物ですね」
悲しそうに説明をする国山さん。
必死にフォローしようと、なんとか良い解釈を言って、励ます白。
白が言わないのなら、俺がビシッと言うしかあるまい。
「でもそれって、戦闘時何の役にたつんだ」
俺の言葉を聞き、あからさまに目を逸らす彼女。
そっぽを向きながら、吹けない口笛を吹いている。
この学園において、戦闘に使えない贈り物は文字通り役立たずなのだ。
それというのも、学園では部活というコミュニティが重要視され、その部活の上下関係を決める手段が対抗戦である以上、必然相手を上回る強さを要求される。
俺からの同情の視線が気になったのか、彼女は紛らわすように次を促す。
「そんなことより、一人君の贈り物はなんなんです?」
当然その流れだよな。俺の贈り物。さすがにここは言い逃れ出来ないだろう。
とは言っても、どう説明したものか。
「俺の贈り物は説明が難しいんだが、【この世全ては】だ」
俺の言葉に、2人とも頭に疑問符を浮かべている。
まあ、そういうリアクションになるよな。
「つまりだな。俺の贈り物を説明するには、まず・・・・・・」
俺はどうにか説明しようと言葉を発するが、その頑張りは途中でかき消された。
「あら、こんなところに居ましたの」
突然、教室の扉が勢いよく開かれ、誰かが中に入ってきたのだ。
「げっ」
闖入者を視認し、思わず声が漏れる。
「常時さん、その反応はなんですの。せっかく対戦相手の方から出向いて差し上げましたのに」
俺の名を呼んだこいつは、クラスメイトの金光 愛。
金髪金目の縦ロールに、この口調。取り巻きを何人か連れている所からも察しがつくように、こいつは所謂お嬢様というやつだ。
派手好きで何かと目立つやつで、以前からいけ好かないと思っていた。
が、さっきこいつが言った事の方が重要だ。対戦相手と言ったか。
「ッチ。対抗戦の相手はお前らかよ、金光」
「あら。私の名前をご存じでしたの。驚きですわ。あなた、いつもクラスでは全く喋りませんし、ご学友もおられないようでしたので」
「うっせえな。今は2人いるからいいんだよ」
「お2人。フフ」
金光は俺の隣に座っている2人を見て、嘲笑を浮かべる。
「その子知ってますわよ。会長の妹さん。フフ、会長はあんなにご立派な方ですのに、妹さんがEクラスの落ちこぼれとは、あなた恥ずかしくありませんの? 私でしたら同じ学校にはとても通えませんわ」
国山さんを睨みながら、金光の笑みが酷薄なものに変わる。
当の本人は、肩を振るわせながら黙っている。
「そ、そんな事、ありません。彼女は一生懸命頑張っています。恥ずかしくなんて、ない!」
見かねた白が声を荒げ、金光の発言を否定する。
正直、白が怒るとは驚いた。こいつ性格までイケメンかよ。
「頑張っても、結果が出なければ意味などありませんわ。所詮は結果や数字でしか評価はされませんことよ」
癪に障るが、その通りだ。所詮、この世全ては結果なのだ。
「反論があるようでしたら、対抗戦の結果で示して下さいませ。まあ無理だとは思いますが、せいぜいご健闘下さいね。私の贈り物で返り討ちにして差し上げますわ」
言いたいことだけ言って、高笑いしながら去って行く金光。
俺たちを重たい空気が包み込む。
金光愛。性格はともかくあいつの贈り物は本物だ。というか、あいつと相性が良すぎる。
その名は、【金は力】。自らの所持金が多ければ多いほど、力が増す能力だ。
よりによって、金持ちの娘がそんな力を持ち、必死に努力しようとする子には、無意味な力を授ける。
本当に、この世全ては度し難い。
「う、うん。まあ暗くなっていても仕方ありません。人事を尽くして天命を待つ。私達は出来ることをやりましょう」
咳払いを1つして、明るく振るまう国山さん。
「そ、そうですよね。対戦相手も分かったんですから、対策を考えないといけませんね」
国山さんにつられるように、白も無理矢理自分を元気づけているようだ。
「そう、対策です。その為に、さっき中途半端だった、一人君の贈り物の説明をお願い出来ますか?」
そうか、説明の途中だった。俺は少し考え込む。
『おい、ビート。聞こえてるか』
『勿論。聞こえてるぜ』
『お前、こっちに出てこられるか? その方が手っ取り早そうだ』
『うーん。じゃあ特別だぜ。出て行ってやる。力を回しな相棒』
俺の能力を説明するとなると、ビートの存在は必要不可欠だ。
なので、普段は姿が見えないようになっているビートに実体化してもらう事にする。
俺が力を込めると、俺の横の中空に突如穴が開き、そこから翼の生えた兎のような生物が姿を現す。
「「うわっ」」
突然の謎生物の登場に2人が驚きの声を上げる。
「びびらなくて大丈夫だ。こいつは今俺が呼んだ」
「どうも。ご紹介に預かりました、一人の贈り物の精霊。名前はアルビトロです」
勝手に自己紹介を始めるビート。
「エ、エア友達の具現化」
ビートの登場に白が驚愕している。
うん、違うから。精霊だって言ってたろ。話聞け。
「アルビトロさん? 可愛いですね」
「あ、俺の愛くるしさが分かるかい。君は見る目があるね。モフってもいいぜ」
そう言われ、国山さんは恐る恐るビートの毛並みに手を伸ばす。
「ふかふかで気持ち良いです」
「そうだろそうだろ。俺ほどの精霊になると毛並みだって極上なんだぜ」
国山さんだけでなく、ビートも何故かご満悦だが、モフらせる為にこいつを呼んだ訳ではない。
「そろそろ説明してもいいか」
ビートの登場で浮ついた空気を1度戻す。
「俺の贈り物、【この世全ては】の能力は一言では説明出来ない。なぜなら、力を使う度に毎回能力が変わるからだ」
「能力が変わる? それは一体どういうことでしょう」
「そうだな。俺は能力を使うと、ある一定期間なんらかの力が発動する。イメージしやすいように、前例を1つあげよう。【この世全ては、運である】ってな」
「この世全ては、運である?」
「これの場合は読んで字のごとくだな。この時は勝敗の方法はじゃんけん。つまり、じゃんけんで勝った方が強いという事になる」
「はあ。でもそれは相手がじゃんけんを断って攻撃してきたら、どうなるんです?」
いまだしっくり来ないのだろう。当然の疑問を口にする国山さん。
「それは出来ない。正確に言えば、出来るが一切効かない。この贈り物は文字通り、この世全てのルールになる。それが指し示す事柄以外では一切の勝敗は決まらない」
「なるほど? それでそのルールというのは、どうやって決まるのですか」
その質問に、待ってましたと言わんばかりにビートが前に出る。
「それは俺が通達するのさ。一人が力を使う時に、俺に託宣が下る。俺はそれを伝え、勝敗の審判もする」
ふふんと胸を張り、得意げにするビート。
「一応言っておくが、俺が好きに決めてる訳じゃないぜ。あくまで託宣だ。俺が決めていいなら一人は最強になってしまうからな」
「なるほど。詳しく理解した訳ではありませんが、使う度にルールが変わり、それによっては、一人君は誰よりも強く、誰よりも弱い。少し違いますが、ギャンブルのようなものですか」
「そういうイメージが近いだろうな。まあ術者なりの特典もあるが」
「特典?」
「俺は予め、次に来るルールを聞ける。聞けるだけで変えられはしないが、対策の取れるルールだった場合は俺が圧倒的有利になる」
「それはすごいじゃないですか。じゃあ、早速聞いてみましょうよ」
感動している国山さんとは対照的に、俺は苦々しい表情になる。
世界とはそう上手くいくようには、出来ていない。それを俺は知っている。
「なんだ? 次のルールが聞きたいのか? 別にいいがどうする」
思いついたいたずらを実行する前の子供のように、ビートが性悪な笑みを浮かべる。
「せっかくです。教えて貰いましょうよ。一人君早く」
ルールによっては、対抗戦に勝てるチャンスが大幅に上がる。その可能性に胸を膨らませているのか、国山さんは希望に満ちた表情でわくわくしている。
白をチラッと見てみると、縋るように祈っている姿が目に入った。
可能性は無限大。なんて、体の良い言葉を皆は使う。それはつまり勝てる可能性もあるが、負ける可能性も同じくらいある、という事実からは目を逸らしながら。
「ビート。次のルールを教えてくれ」
俺は恐る恐るビートに尋ねる。
「了解した、相棒。心して聞きな。次のルールは【この世全ては、金である】だ」
ほら、やっぱり。
この世全ては逆境だ。
こんにちは、ソムクです。
こんな文章を読んでくれたあなたに最大の感謝を。