国山美音
翌日、いつもと変わらない憂鬱な午前中が過ぎ、また今日も1人、薄暗い校舎裏で昼食を取っていた。
この1人自由気ままでいられる時間だけが癒やしだったのだが、今日は少し雲行きが違うようだった。
というのも、今日は俺に話しかけてくる人物が存在したのだ。昨日のように知っている人ではなく、知らない人が唐突に話しかけてきた。
「常時一人、さん。ですね?」
こんな風にいきなりである。
「人違いだ」
取り敢えず否定してみる。
「そんな見え透いた嘘には騙されませんよ」
そうだろうな。急に俺の名を呼んだという事は、明確に俺に用事があるのだろう。
なんとなく探し回っていた様子だし、騙される訳ないよな。
「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るもんだろう」
「一理ありますね。私は国山 美音です。1年Eクラスです。常時さんに用事があって来ました」
国山美音と名乗った少女。その名を俺は全く知らない。
改めてまじまじと彼女を見つめてみる。
色白な肌に、綺麗な黒髪のロングヘアー。
丁寧な口調も相まって、大和撫子という印象を受ける。
一見奥ゆかしそうに見える彼女だが、目つきだけは勝ち気な印象を与えている。
「国山さんだっけ。俺に何の用? というかなんでここが分かったの」
「学園長に聞きました。あなたを探してる事を伝えると、薄暗い校舎裏でぼっち飯をしているモブ顔Aを見かけたら、そいつが常時だ。と」
余計なお世話だ。どうせ俺は何の特徴もない顔立ちですよ。
「なるほど。学園長に。それでもう1度聞くけど、俺に何の用?」
苛ついた感情を抑え、俺は話しを進めようともう1度質問を繰り返す。
「常時さんはまだ入部先を決めてないと、学園長から伺いました。それで相談なんですけど」
国山さんは恐る恐ると話を切り出し、1度言葉を切る。
もう何が言いたいのか想像はついたが、一応続きを待ってみる。
「よければ、私に協力してくれませんか?」
彼女は、その言葉を言い終わると、肩の荷が下りたのか、少し安堵の表情になる。
考えて見ると、彼女はさっき自分をEクラスだと言っていた。Eクラスの人がAクラスの人に頼み事をするなど、この学園では結構なハードルだろう。
それが例え俺のような落ちこぼれだとしても。むしろ、俺のような得体の知れない者にお願いする方がよりハードルは高いのでは?
そこら辺の事情も踏まえ、俺は返事をする事にする。
出来るだけ彼女の目を見て、笑顔で紳士的に。
「お断りします」
「ありがとうございます。それでは今後の・・・・・・って、あれ? 今断るって言いました?」
「ええ。お断りします。初めに言っておくと、俺は君が期待するような実力はないので」
こういうのはだいたい、俺がAクラスという事だったり、特待生という事を聞きつけてきて、協力や入部を勧めてくるものなのだ。入学してから半年、俺は何度も経験した。
だが、俺自身は、俺にそんな力がないことを知っている。だから、いざ協力を受諾して、後々お互い嫌な事になるよりは、今はっきり断った方がいいというものだ。
なにより、面倒そうだしね。
断られると思ってなかったのか、国山さんはその場に固まってしまっている。
その隙に俺は手早く荷物をまとめ、逃げるようにその場を去った。
これで良かったのだと思いながら。
***
国山美音の誘いを断った翌日と翌々日。
彼女は諦めずに俺への協力を要請してきた。
さすがに根負けした俺は事情だけでも聞いてみる事にした。
「協力って、具体的に何をして欲しいんだ」
「私と一緒の部活に入って欲しいです」
「何部?」
「それは、まだ分からないです」
歯切れの悪い返答に俺は疑問を抱く。
「分からないって、どういう事」
「私、やりたい事があるんです」
おや? 何か語り始める雰囲気?
「私、兄を超えたいんです。今まで散々駄目な子扱いされてきたのを、見返してやりたいんです」
そう語る彼女の言葉には次第に力が籠もる。
「私の兄はこの学園の現生徒会長です。私は兄と違い才能も実力もなく、周りの人間だけでなく、両親からも駄目の子のレッテルを貼られてきました。お兄ちゃんは出来るのに、なんで美音は出来ないの、は家の親の口癖です」
生徒会長。そういえば、会長の名字も国山だったはず。たしか国山帝人と言ったか。
国山 帝人は、こんな俺でも知ってるくらい、学園では有名人だ。
モデルのようなルックスに、人当たりの良い性格。
成績優秀にスポーツ万能という、ちょっとした完璧超人である。
そんな行いを可能にする要因の一つは、彼の授かった贈り物にある。
その名も【努力は必ず扉を開く】有り体に言ってしまえば、努力すればするだけ結果が出る能力だ。
「いいよな。分かりやすい贈り物を授かったやつは」
「たしかに、兄は恵まれているのかもしれません。私なんかと比べると特に。でも、兄は親にすら見放された私を励ましてくれました。見捨てずにいつも応援してくれます。だからいつか、私は兄を超える事で、もう心配しないで大丈夫だよ。いつもありがとう。と伝えたいんです」
なるほど。なんとなくだが、気持ちは伝わらないでもなかった。
だが、腑に落ちない点もある。
「国山さんがお兄ちゃんの事が好きなのはわかった。感謝してるってのも伝わったぜ。他の色々な事にむかついてるのも。だが、いくつかよく分からない所があるんだが、まず、なんで俺なんだ」
「あなたは、私の兄でも出来なかった事をしてるからです」
「どういう事だ?」
完璧超人にも出来なかった事など、とんと心当たりがない。
「入学時の振り分け試験。あなたは教官に勝ったと聞きました。兄ですら引き分けがやっとだったというのに」
「えーとな。あれはまぐれだよ。まぐれ。たまたまだ」
そう本当にあれは運がよかった以外の何者でもないのだが。
「まぐれや偶然が起きるのは、それなりにやる事はやってるからだと思います。何もしない人には何も掴めませんから」
何か勘違いをされているようで、勝手にあがる俺の評価に、俺自身が驚いている。
「人事を尽くして天命を待つ。兄の口癖です」
「はあ」
唐突に出てきたことわざに俺は首を傾げる。
「少し意味は違いますが、人事を尽くしたとて、天命をつかみ取ることが出来なければ、無駄なのです。その点、あなたは運だまぐれだと言いますが、結局は良い結果を掴んでいる。それを一般的には持っていると呼ぶのではないでしょうか」
なるほど、そういう捉え方も出来るのか。
種も仕掛けも知っている俺からしてみれば、それは全部誤解で、今のこの状況も含め、俺にとっては都合の悪い事にしかなってない訳で、むしろ持ってない方だと思うのだが。
「ここで俺が全部勘違いだなんて言っても、君は信じないのだろうから、2つめの質問だ。さっきはぐらかされたが、部活が分からないってどういう事だ?」
「それは、まだ私自身も部活を決めてないと言いますか」
人を誘っておいて、自分も決まってないとは些か、猪突猛進すぎないだろうか。
「それで、もう期限は短いけど、君はどうするつもりなんだ」
「はい。私とあなたで新しい部活を作りませんか?」
何を馬鹿な事を。と口にしかけて、言葉を飲み込む。
「そんなに堂々と話すという事は、不可能ではないって事なんだな」
「はい。学園長に確認を取りました」
彼女は堂々と胸を張り答える。
「学園長はこう仰いました。あの落ちこぼれ特待生が、少しでもやる気になる可能性があるなら、部の創設大いに結構。目的がトップを目指すってのがいい。万が一にも実際トップになったりしたら、俺の面子も守られるってもんよ。と」
学園長のニヤニヤ顔が脳裏によぎり、無性に腹が立つ。
「超法規的措置ってやつで、特別に許可してくれるそうなので、頑張りましょう。まずは、メンバーを集めないとですね」
彼女は俺の同意を得たと思ったのか、やる気十分だ。
正直面倒だが、上手く立ち回れば、これはチャンスでもある。
現時点でまともな部活に心当たりがないなら、自分で作ってしまえばいい。
出来るだけ、俺が楽できるものを。面倒事は国山さんに任せればいい。
「言っておくが、俺は君が思ってるような強い人間じゃない。これは謙遜じゃなく事実だ。もし、それでも良いと言うのなら、少しだけ君に協力しよう」
俺の返答を聞き、満面の笑みになる国山さん。
彼女に話をあわせつつ、適当に力を抜いてやればいい。どうせ頑張っても結果なんて出ないのだ。
なるようにしかならないなら、出来るだけ省エネでいくのがいい。
少しだけ罪悪感を覚えつつ、俺は彼女に協力する事にした。
後にして思えば、この時の俺は絆されていたのだろう。半年ぶりにまともに人と会話し、女の子からお願いをされた事に。
冷静になってみれば、上手く立ち回る事が出来ないから、今まで散々悩んでた訳で。
それに俺は目をそらしていたのだ。この世全ては、非情であるという事実から。
こんにちは、ソムクです。
こんな文章を読んでくれたあなたに最大の感謝を。