二体の本物
「ありえない。人間の所業とは思えない!」
「そうですね。ボクもそう思います」
ですが、これしか方法は無かったのです。
たとえ『光球』で攻撃しても、テツヤは死にました。
ずっと守りに徹していても、テツヤは死にました。
だからこそ、テツヤは最後の力を振り絞り、自身に憑依した悪魔を乗り越えて叫んだのでしょう。
師匠として、テツヤとして、最後の願いを。
「ははは、まさか、まさか転移者までやられるとは。ワタクシも予想外だ! だが諦めてはいないですよ!」
レイジには現物が無いものの、『ネクロノミコン』の知識はあります。どうにかしてそれを……。
待ってください、それをマリーは利用して……。
一つの賭けでした。『心情読破』を使ってレイジの頭を覗き、それをレイジに使わせる。
同じ手が二度も通用するか心配ですが、やるしかありません!
……。
…………。
………………。
深呼吸をします。これを一字一句間違わずに一瞬で『心情偽装』ですか。やはりマリーは、どこか飛びぬけているのかもしれませんね。
「くう、仕方がありません! 悪魔召喚を」
「させません!『心情偽装』!」
「なっ!」
かかりました。
「「がっ……はあ、まさか二度も同じ手を受けるとは思いませんでしたが、失敗に終わったのですかね? どこも怪我をしていませんが?」」
「いえ、成功です。試しに右左を見てください」
「「なに?」」
そしてレイジ『達』は左右を見ました。
きっとレイジの目には『自分』が見えているでしょう。
「なあ!」
「なに!」
驚くレイジ。それを見たフーリエも驚いて質問をしてきました。
「あれは、『どっぺるげんがー』ですか!」
「はい。フーリエの話が本当なら、レイジにとって最悪の事態がこれから発生するでしょう」
「一体何をしたと思ったら」
「戦力が増えたことに違いはありませんよ」
少し怖くなりました。とりあえず質問を投げかけます。
「ところで、どちらが『本物』ですか?」
その質問に、レイジ達は答えます。
「決まっている。ワタクシだ」
「ワタクシだろう」
「「……」」
そう、これこそがこの術の恐ろしい部分でしょう。レイジの考えを読んでゾッとしましたよ。
「フーリエ、気を付けてください。きっとフーリエ同士が出会ったら、こうなりますよ」
ばあああああああああん!
大きな炸裂と共に、砂煙が舞いました。
「バカを言わないでください! ワタクシが本物ですよ!」
「何を言いますか! ワタクシです! 偽物は消えてください!」
きっと、蘇生魔術を使ったら抗えない死を迎えるのと同様で、この魔術は出会ったら勝手に『争ってしまう』運命を迎えるのでしょう。
「くう、ここでは狭い!」
「待ちなさい! 偽物!」
そしてレイジは穴の開いた天井から出て行きました。
あっけないと言えばあっけないです。ですが、結構負担が大きかったとも思いました。
「はあ、成功して良かったです」
「さすがはゴルド様というべきでしょう。しかし……」
問題は残っています。
「シャルドネ……」
「……いいのよ。最後に師匠の言葉が聞けたから。それに見てよこの笑顔」
テツヤの亡骸の顔は、とても晴れやかなものでした。
「ゴルド、師匠から教えてもらったんだけど、遠い世界にはこうして手を握って親指だけを出して相手に見せるだけで、挨拶になるそうよ?」
「こうですか?」
「そう。ただの挨拶じゃないの。親しい友人、家族、師弟、色々な間で行う挨拶だけど、決して悪い意味は無いの。嬉しい時、楽しい時、それを相手に伝える便利な合図なの」
「そう……ですか」
「だからね、私はね、師匠に向けて、親指を立てて向けるのよ。こうしてね……安らかに眠ってねって意味を込めて」
涙をボロボロ流しながら話すシャルドネに、フーリエは耐え切れずその場で泣き崩れました。
ノーム達も普段は人間に興味が無いと言いつつも、この時だけは少し悲しんでいるようにも見えます。
ボクもテツヤには少しだけ世話になりました。そしてボクはシャルドネを任されました。
精霊と人間がともに過ごせる時間は少ないですが、少なくともシャルドネがどこかへ行かない限りは任されるとしますか。
仕方がありません。ボクもその異世界の文化に則って、親指を上に突出し、テツヤに向けましょう。
テツヤが親指を立てて、こちらに向けているのですから。




