初めての大海原
ボクは今、とても後悔しています。
航海している中で後悔しています。
精霊なので性別はありません。しかし、見た目は人間でいうところの男性に近いので、シャルドネからは男と言われました。
結果、ボクは今、船を動かしています。
「ほら、速さが足りないわよ! もっと気合入れなさい!」
「えっと、お手伝いしましょうか?」
「大丈夫大丈夫。彼、こう見えて結構力あるから」
その辺りの魔術師よりは力(魔力)はありますが、それでも限界はあります。というか魔力を使いすぎれば、ボクは消えるのではとも思ってしまうほど疲れています。
ちなみに船をどのように動かしているかというと、オールをつかって漕いでいる振りをして、実際は魔力を使って船を動かしています。魔術はそれほど得意では無いのですけど……。
「だいぶ進んだと思うけど、海しか見えない方角は本当にあってるかも不安ね」
「そ、それは、大丈夫、です」
正直言葉を発するのにも苦痛を感じてしまうほど疲れてしまった。
「どうしてわかるの?」
「磁界です。えっと、太陽以外にも方角を知る方法があって、それを魔術で感じ取って進んでいます」
「ゴルド……意外とできる子ね」
「到着したら、一日休暇が欲しいです」
「許す」
なぜかシャルドネの許可制になっていました。
そのやり取りに、ミルダも笑う。ようやく最近笑うようになってきました。
それにしても、魔術を使って船を動かしているとはいえ、大人六人ほど縦に寝れるほどの大きさの船を動かすのは少し疲れます。
「ゴルドくんは錬金術も使えるけど、魔術も使えるのね」
「はい。魔術は嗜む程度ですが」
「魔術を嗜むって……」
シャルドネが苦笑する。まあこの世界では変な言い回しではありますね。
そんな愉快な話をしていたら、遠くからとても大きな船が見えました。
「あ、ああああ、ああああああああ!」
ミルダが突如叫ぶ。
自我を失い、まるで自分で自分を抱きしめるかのようなすがたになり、そして震え怯える。
「ちょっと、どうしたの!」
「いやあ、あれは、あれはああ!」
「失礼しますね」
額に手を当て、念じる。
「何をしているの!」
「『心情読破』。神術で心を読んでいます。話にならないのであれば、考えを読んだ方が早いです」
ミルダのこみ上げる様々な感情がボクに流れ込んできました。これは……だいぶ過酷な思い出を持っていますね。
「なるほど、どうやらミルダはあの船にさらわれて、無理やり働かされて、最終的にこの小舟に乗せられたそうですね」
その船での労働も理不尽の塊である。
時には貿易船を襲い、奴隷としてさらわれたミルダたちは盾となり、次々と死んでいく。
ミルダは運よく生き残ってはいたものの、どうやら潜入捜査として離島に連れ去られたらしい。
離島にはもちろん町などない。あるとすればボクが設置した無駄に神々しく作成した鐘だけ。
生態系が生まれつつあったので、もしかしたら猛獣たちの身代わりになっていたかもしれません。
徐々に近づく船。よくよく考えればおじさんたちはもともとあの船の船員だと推測すると、この船はあの船に備え付けられていたものだとしてもおかしくは無い。
見つけ次第回収作業へ移行するでしょう。
乗っている人がおじさんではなくボク達ということに、大きな船の船員たちが気が付く。
「おい、そこの……子供?」
ボクは少なくともあなたより年上だとは思いますが……というくだりが今後も続くと思うと憂鬱ですね。
「その船はどうした! その船は俺たちの仲間が使っていた船だ!」
「奪ったわ!」
「何? 子供が?」
「ええ。おじさんたちは今頃、一生笑えない体になっていると思うわ」
「貴様ら……」
うん。まあ、船出の準備をしている最中にも笑っては気を失ってを繰り返し、船出する頃には目を覚ましても無言。そして気を失いを繰り返してたからね。もちろん今は魔術を解いたから今は自由の身になったはずだけど、しばらくは動けないでしょう。
「ガキが、ん? 一人はウチ等の売り物じゃねえか。返しやがれ!」
ミルダを売り物と呼び、ミルダからは恐怖の感情がさらに流れてくる。これ以上の『心情読破』はボクにも影響を与えかねないので手を放す。
「……ゴルド、あの船。何とかならないかしら?」
「ボクが岩を放てば、破壊は可能ですよ?」
そう。人間の作った物は、実のところ精霊や神にとってはたやすく破壊できる。船に関しては、少し大きめの穴をあければ沈没は可能。
しかし、それができない理由が一つありました。
「……ゴルドくん」
ミルダはあの船にいた。
そしてあのおじさんはミルダを売り物と言いました。
つまり、あの船にはもしかしたら数人捕らわれているかもしれない。そう思いました。
「シャルドネ。あなたの強さは人間の中でも強い分類だと思っています」
「当然ね」
「そこで提案ですが、あの船を壊すのではなく、奪うのはどうでしょうか?」
「……正気? さすがにあの大きな船には数十人船員がいて、奇襲をかけても難しいと思うわよ?」
「シャルドネちゃん……」
ミルダが涙目ながらシャルドネに訴えかけている。
神術を使わずともわかる。中に誰かがいるのでしょう。
「あー、もう。わかったわよ! で、何か方法は!」
やけになったシャルドネがボクに話し出します。当然作戦は……。
「飛ぶんです!」
そして、船に手を当て、船に……ではなく。
船周辺に対して魔力を念じ、海面を盛り上がらせて船ごと浮上させる。
ボクの言葉の通り、船ごと浮上させ、ボク達は飛んだ。
補足として、この物語では精霊術・魔術・神術などが存在し、ゴルドは精霊なので得意としている術は精霊術(主に鉱石を使った何か)ですが、魔力の塊でもある精霊なので魔術もそれなりに使えます。魔術を使わせたら最強というわけでは無いので、無双するような強さではありません。