失いかける心
ミッドの微かな声は、シャルドネにしっかりと届いていました。
その声を聞いた瞬間シャルドネの動きは止まり、ミッドの父親からの攻撃が来ても、まったく反応していません。
「『土壁』! シャルドネ!」
「くっ、みっど……」
「まずいです! 『心情偽装』! 起きてください!」
「っは! げほっ、げほっ」
神術の『心情偽装』で少し衝撃を与えました。気を失った人間にも効果的ですね。今後の参考に覚えておきましょう。
なんて楽観的な事を考えている暇はありません。
「シャルドネ! 大丈夫ですか!」
「ええ、ごめん、集中するわ」
「そうです。今の敵はあのひどい親ですよ」
「ひどい親とは……これでも息子の死に少しショックを受けているのですよ?」
どう見てもショックを受けているという顔をしてはいません。
悪魔の影響なのか、人間での感情なのか、ともかくボクの今の感情が怒りというのはわかりました。
「どうしてミッドをあんな風にしたの!」
「ミッドが望んだのですよ。傭兵さんのような力が欲しいと。だから私は願いを叶えただけです」
「だからって、悪魔の薬を……」
シャルドネの拳がより強く握られました。
「この薬は試作品です。いずれは私の作り上げた流通を使って、大陸に広めるのです」
「何をするつもりですか……?」
ボクは疑問でした。
偶然とはいえ神を召喚し、悪魔と契約し、そして悪魔の薬を作り混乱を産む。一体何をしたいのでしょう。
「国を作るのです」
その答えは、本来この世界には存在しない単語のはずでした。聞いたシャルドネも返答に困っています。
「国……この世界には無い言葉です。どうして国を作るのですか?」
「おや、貴方はこの単語の意味を知っているのですか。私はこの本で学んだのですよ。国を作り、大きな組織を作り、この大陸を支配する。これが私の夢なのです」
「一体何がその魔術書に……」
男の手にはまるで生きているかの様な本がありました。そこから感じ取れる魔力は凄まじく、一般の人には扱えないほどです。
「ふふふ、この魔術書は異世界の本だと思うのです。何でも出来て、何でも叶えてくれる。だから……」
空気が変わりました。
警戒も含めて『魔力探知』を使ったところ、周囲から魔力が本に吸い取られているように思えます。
「息子の一人や二人生き返らせることも簡単なんですよ!」
「があああああああああああ!」
突如、男の前に陣が現れ、そこから先ほど倒したミッドが現れました。
忘れていました。というか覚える必要が無いと思っていました。
死神グリムは言っていました。この世界には冥界が無い。そしてこの世界で魂は消滅する。
グリムは魂が消滅する前に体内に取り込むことで生き続けることが出来ました。
つまり、さっき倒したミッドも、目には見えませんがまだここにいたということです。
「み、ミッド!」
「シャルドネ! 油断は駄目です! あれは闇魔術の蘇生です! あれはもうミッドではありません!」
「ひどいな。ゴルドさん。僕はミッドだよ」
「なっ!」
不気味な笑みと共にミッドは話しました。先ほどまで悪魔に飲まれた状態とは別に、今度は会話が出来ます。
「痛かったよゴルドさん。でも、もう負けないと思うよ? 一度死ぬまでは予想通りだからね」
「ミッド、実力でここまで上がってきた君がどうして悪魔の薬に手を出したのですか!」
「簡単なことですよ。だって、父さんが強くなる方法を知っているって話して、教えてくれたからね」
ボクはさらに勘違いをしていました。
ミッドは別に親と喧嘩をしていた訳ではありません。ただ、何かがあれば守るのは自分。そして守るモノは町や家、そして家族です。
もし、ミッドの親が悪魔の薬を作っていて、強くなる方法を知っていると知れば、ミッドはその話に乗るでしょう。
誤算でした。ミッドはまだ幼いからこそ読めませんでした。
強くなれば、それで良いのです。
「馬鹿言ってないで、一発殴られなさい!」
ぱあん!
そんな音が鳴り響きました。シャルドネの拳はミッドの顔に当たりましたが、ピクリとも動きません。
「へへ、シャルドネ姉ちゃん。痛いよ?」
「もう私の名前を呼ばないでくれる?」
「寂しいな。折角追いついたのに。もしくは、追い越した……かな!」
目には見えない速さで打撃を与えるミッドに、シャルドネは防御しか出来ません。
「はっはっは、ミッド。素晴らしいぞ。妻も心では喜んでいるぞ!」
「……」
先ほどから話さない妻と呼ばれた悪魔の依り代に、ボクはまだ何かあるのでは無いかと思っていました。
「くっ! 『光球』!」
「!」
ボクの攻撃に気がついたのか、ミッドの父親が自分の体を盾にして女性を庇いました。
「姑息ですね。今度は私が貴様の相手をしましょうか」
「あまり気乗りしませんが……そろそろ本気を出して決着をつけますよ」
そして、互いに相手が入れ替わり、ボクは両親と戦う事になりました。




