旅人シャルドネ
「うーん」
少女が目を覚まし、周囲を見渡す。
「ここは?」
「……森の中にある秘密の食堂です!」
「……本当は?」
「ただの森の中です」
なぜだろう。ボクって一応精霊なんですよね。
鉱石の精霊でそれほど上位種ではありませんが、そこそこ強いと自分では思ってるんですよ。
とはいえ身分を言っていないから仕方が無いのですが。
少し落ち込みつつも、ボクは目の前の肉を焼きます。肉というのは先程倒した獣の肉です。
人間は食べ物を摂取しないと死んでしまうらしいので、とりあえず食事の準備をしました。
というか、なんでボクがこんなことをしているのでしょう。神の住む世界ではこんな事を思うことはなかったのですが。
「それは?」
「先程の獣の肉です。食べますか?」
「……毒とか……ないわよね?」
「なんなら魔術で見てみると良いです」
「調べられる魔術は残念ながら使えないわ」
この世界にも魔術はある……しかし人によっては得意分野が異なるのですね。
「まあ、毒を盛るぐらいなら、その前に君が気絶しているところをダガーで刺します」
「……一理あるわね。ありがたくいただくわ」
ボクから肉を受け取り、それにかみつく。素直な一面もあるものですね。
「あなたは良いの? お肉は一つしか焼いていないみたいだけど」
「ボクは精霊だから食事は必要ないのです。幸運にもこの星には魔力が存在しているし、寝るか何もしないだけで回復できます」
「……え、精霊? その姿で?」
「その姿とは失礼な。これでも鉱石の精霊ですよ?」
「うそ、だって……」
僕をジロジロと見ます。え、何か変でしょうか?
精霊とはいえ人間に近い姿だと思っているのですが。
「子供じゃん」
信じられない言葉を聞いた気がします。
だって、神々の住まう世界では確か少し身長の高い人間でいうところのお兄さんレベルだと思っていました。
急いで手元に自分が映し出されるくらい綺麗な銀色のプレートを出す。人間の世界だと鏡と呼ばれている物でしょうか。
「わ、魔術! いえ、詠唱も陣も無い。これは……精霊術?」
隣で人間が何かを言っているが耳には届いてこない。それよりも自分の姿に驚き、言葉が出ませんでした。
見た目年齢十代前半。目の前の少女と同じくらい。そして銀色の短髪に幼い顔。肌は若干白く、目も丸く、誰がどう見ても少年の様な姿でした。
服装も一枚の布をギリギリ服の様に形取った質素な状態。これでは誰がどう見ても精霊には見えません。
「うそお! え、なんでです?」
「なんでって、こっちが聞きたいわよ! 何その術!」
少女がボクの疑問とは異なる質問を問いかけていることに疑問を抱きつつも、頭を抱えます。
心当たりが無いわけではないのですが。
だって、この世界に落下する際に大量の力を使って石を顕現させ、それを纏わりつかせたのだ。そりゃ身体にも影響が出ますよね。
口調もなぜか敬語です。これは神々の住む世界に初めて生まれた際に話していた時の口調で、姿も生まれた時に近い状態です。
「とりあえず考えても無駄ですか。この姿でとりあえず不都合は無さそうですし」
「ちょっと! 私の質問に答えなさいよ!」
「ん、ああ。ボクは鉱石の精霊です。ほら」
そう言って、ボクは手から金をポロポロと出しました。
その金を見て、目の前の少女は目を輝かせる。
「え! ほ、本物?」
「はい。でも、この姿になったし、未完成というべきです」
「未完成? どういう事?」
首をかしげる少女。その疑問を解決すべく、ボクは先ほど落とした金を拾い、遠くへ投げました。
「ああ、もったいない」
「そうですか? 見続ければその発言は正反対になると思いますよ」
ボクの投げた金は、空中で次第に崩れ始める。最初は二つに。続いて四つに。最後には数えられないほど粉々になり風と共に消え去っていった。
「え、砂になった?」
「うん。ボクはこの世界に来る際に力を使いすぎたみたいです」
「お馬鹿さん!」
えー。
「ちょっと加減してこの世界に来なさいよ! そうすればお金持ちになれたかもしれないわよ!」
「いやいや、全力を出さなかったら、今頃さっきの砂になった金のように僕も粉々になっていたんですよ!」
「むむむ。そういえばあの金の塊に入っていたって言ってたわね」
そう言って、シャルドネは僕の入っていた金色の塊に指をさします。
「はい。でもあれは力を失う前に生成した物だから、砕いても大丈夫だと思いますよ?」
「……いや、あれからは取らないわ」
「どうして?」
「あれを使って来たのであれば、もしかしたら帰るときに必要になるかもしれないでしょ?」
シャルドネは馬鹿だと思っていましたが、意外と相手の事を考えられる人なのでしょうか。
「何よ、人の事をじろじろと見て」
「いや、ちょっと意外だなと思いまして」
「ふん。まあ崩すのは無しとして、とりあえず……このえぐられた土地は怪しすぎるわね」
おっしゃる通りです。だって、いまだに少し金の塊は赤く熱されているし、周囲の土もまだ不安定です。
「……まあ君には精霊と言ったので、良いですよね」
「何のこと?」
そう独り言を吐き、ボクは金の塊とその周辺の土に両手を向けます。
軽く念じ、その後の状態を想像します。
精霊は魔術ではなく精霊術という別の分類の力が使えます。ただし消費するのは魔力であり、魔術に少し近いのですが。
精霊術の特徴はイメージが大事で、この場合は土を盛り上げ平らにする事を想像します。えぐられた土地ではなく、何もなかったかのように思わせる自然な形を創造します。
「わ、わわわ」
地面が揺れ動き、金の塊は穴の底から這い上がる。
やがて大穴があった地面は平らになり、金の塊だけが不自然に顔を出している。むしろ何かのモニュメントの廃墟にも見えなくもないです。
「す、すごい」
「精霊なのでこれくらいは。でも少し疲れました。やっぱり弱っているのかな?」
「弱っている?」
この世界へ来るときに、身を守る為に体を金で覆った。その力は自分でも想像を絶するほどの力だったのだろう。言い換えればリミッターを解除した感じだ。
それらを一通り話すと、シャルドネはうなずきます。
「じゃあ、このままあなたは消えていなくなるのかしら?」
「いや、さっきも言った通りこの世界との相性は良いらしいので、休めば力は戻ります」
「そうなの。それは良かった」
人間がボクのような精霊に良かったと言い放ちました。それは心地よく、今までいた神々の住む世界では味わう事の無かった感情でした。
「とはいえ、ここにとどまるのは危険でしょう。空から岩が落ちてくるのを見て、君が来ました。つまり他の人間も来る可能性はあるのですよね?」
「ええ。可能性は高いわね。ここは大陸から離れている離島とはいえ、あの音と空の輝きは普通じゃなかったわ」
離島。大陸。何やら面白い単語が並んでいますね。
「ここは離島で、近くに大きな大陸があるのですか?」
「ええ。私はその大陸を旅する旅人よ。離島があるという噂があったからここへ来たけど、まさか精霊と会う事になるとはね」
「精霊という単語が存在する世界か。ちょっと興味があります」
そう独り言を言うと、シャルドネが一つと言って人差し指を立てる。
「提案があるの」
「なんでしょう?」
「私と一緒に旅をしないかしら?」
それが、ボクこと鉱石の精霊と、旅人シャルドネとの、コンビ結成の合図でした。
シャルドネというワインとは一切関係がございません。強いて言えばワインは好きです。