錬金術師としての最初の仕事……?
「すごい! これほど高純度の硝子は初めて!」
「それは……良かったです」
「あはは、お疲れ様」
遡ること数十分。
マリーとの戦いでボクは勝利し、倒れたまま宙に浮かせた硝子を下ろそうとした瞬間でした。
「ちょっと待って! その硝子をかき集めれる?」
「え、ええ」
「じゃあ、もう少し火の玉をあなたに当てるわ!」
「ええ!」
そう言って、アメジスト(ボク)に何度も火の玉を撃って、炎を周囲にまき散らし、解けた砂改め硝子が生成。ボクはその硝子だけをかき集める作業を行っていました。
もちろんマリーの魔力にも限度はあるので、魔力が切れ次第終了ということでしたが、これがまた長く。数十分ひたすら火の玉をボクに放ちました。だからその容赦のなさは何なのですか。
それで今ようやく終わって、数枚ほど硝子の板に固めて、ぐったりとしているのです。
「さすがは精霊ね」
「あの、マリー」
「……そうね。精霊発言は控えるのでしたわ」
周囲の研究者は硝子の板に夢中だったので、マリーの声は聞こえていませんでした。
「でも、錬金術を名乗るのも気をつけた方が良いかもね。岩の地の鉱山で働く人たちが泣くから」
「そうなのですか?」
「ええ。錬金術師なら、その証として紋章が必要よ。硝子のお礼に手配してあげようか?」
シャルドネが検問で言っていたのはこの事なのですね。名乗っていたら証を見せろと言われてたのでしょうか。
「おねがいします」
報酬はありました。これでひたすら火の玉に撃たれる仕打ちはとりあえず無駄ではありませんでした。
「さてシャルドネ。貴女が何故この精霊……錬金術師と一緒に行動しているかはなんとなく分かったけど、最後までついて行くつもり?」
そういえばシャルドネはボクの冒険には本来関係ありません。その辺は気にしていませんでしたが。
「ええ、一応最後までついていく……というか、もう一度世界を回ろうと思ってたからちょうど良いのよ」
「そう」
軽く返事をして会話が終わりました。この二人の関係もなかなかわかりませんが、とりあえず知り合い以上という感じでしょうか。
「さて、本来の約束の神術に関しての書物よね」
マリーがそう言うと、少し前に本を持って待っていた助手と思わしき研究員がマリーに本を渡す。
「これなら神術について書いてあるわ。でも錬金術師さんが見たという神術は無いと思うけどね」
「……いつの間に心を読んだのですか?」
「ふふ、相手の不意を突くのはワタクシの得意分野よ」
「はあ、とりあえず本をお借りします」
「それは差し上げるわ。複写してるからね」
それはありがたいです。できれば宿などでのちょっとした時間でも調べたかったので、持ち帰りができるのは嬉しいです。
「ずいぶん気前が良いわね。何か企んでるの?」
「え?」
シャルドネの言葉に一瞬動揺したマリー。ん? 今なら覗けるでしょうか?
試しに心を読む『心情読破』を使ってみます。
『魔力の塊とも呼べる精霊が目の前に居るのよこれは何としてでもここにとどめる必要があるわねそれに万が一魔力が切れても精霊が居れば一安心だし何より鉱石を司る精霊ともなればさっきのように硝子の生成だけでなく他の鉱石を……はっ!』
ボクとマリーの目が合いました。
マリーはニコッと笑いました。
「大変ですシャルドネ。この人、私利私欲でボクを利用しようとしてます!」
「違うわよシャルドネ! ワタクシはただ精霊について少し興味が湧いただけで!」
「とりあえず落ち着きなさい……」
シャルドネがこの場で一番冷静でした。
「迂闊だったわ。全力で心を読まれないように『心情偽装』を切らさなかったのに」
「だからですね。今までずっと心が読めなかったのは」
「ふふ、でも心を読まれたからには仕方が無いわ。どう? この地でしばらく生活しない?」
マリーの誘いは別に悪いわけでは無いのです。
人間の寿命は多くても百年くらい。なのでボクにとっては百年ほどは特に問題はありません。ただし。
「シャルドネは純粋な人間ですよね?」
シュッ!
パアン!
左手で一瞬フェイントをしてから右手で殴ってきました。
行動パターンが読まれると分かった今、作戦を変えて来ましたか。やりますね。
「失礼な口はここかしらね?」
「違います。誤解です。いえ、ただシャルドネの寿命はあと何年くらいかなと」
「そんなの分からないわよ。長くても八十年くらいじゃないかしら?」
「でしたら、マリーの話はお断りします」
「何で!」
「ボクは精霊なので、百年くらい留まるのは別にかまいませんが、今世界事情を知っているシャルドネは百年以上生きていけませんから」
「ふーん、そういう理由ね」
人間には分からないでしょうけど、時間の重みを知っているのは人間以上だと思っています。
「まあ良いわ。私が足腰動かなくなるまでには世界一周くらい付き合うわよ」
「ありがとうございます。というわけです」
「ふーん。ただ出会っただけでどうしてそこまで出来るのかしら」
「……さあ」
ニヤニヤしながらマリーはシャルドネを見ています。すでに心情読破が出来ない状態なのでわかりませんが、何かあるのでしょうか。
「まあいいわ。神術についてはこの本に書いてあるけど、それ以外は……」
マリーがそう言った瞬間でした。
研究員と思わしき女性がマリーに走ってきて、息を切らしながら話しかけて来ました。
「どうしたの? 走ってきて」
「大変です。いただいた血液の結果ですが……」
血液の結果。つまり船長達の力についてでしょうか。何かの薬草か、それともボクも知らない魔術でしょうか。
「悪魔の魔力が検知されました」
その瞬間、何やら寒気を感じました。




