初めての強敵
爆発した甲板中央から大男が飛んで来て、ボク達の前に現れてきました。
「船が揺れ何事かと思うたが。まさか族が乗り込むとはな。しかも子供か」
大男の渋い声がボク達に向けて発せられてます。
身長はボク達の倍……いえ、三倍はあります。
肩幅も大きく、その目に見える筋肉には少し圧倒されます。
スキンヘッドで厳つい顔が威厳を表していて、この船の船長と言われれば納得する風貌をしていました。
「船長さん……ですか?」
「この船の頭だ。部下が世話になっとるな」
「いえ、それよりも……その力はどうやって?」
人間の内部に収まる魔力には限度があるはずです。しかしこの船長はそれをはるかに上回る魔力で、それが肉体強化に回っています。
「ふん、それは簡単に教えられん。だが、俺に勝てたら教えたる!」
「っ! 『土壁』!」
一瞬とはこのことでしょう。
ボクは瞬時に右手を地につけて目の前に土の壁を作りました。しかし、それは船長の拳で簡単に壊されてしまいました。
「ほう、その反応。やるのう。だが魔術師が俺に勝とると思うて?」
「一人忘れてるわよ!」
三発。
シャルドネさんは背後に回って頭、背中、膝に蹴りを入れました。明らかに強打と思える攻撃も、船長は平然としていました。
「な、なんで!」
「邪魔じゃな!」
「危ないです!」
シャルドネの地面に風を起こして少し持ち上げ飛ばす。船長の強烈な回し蹴りが空を切る。
「てええい!」
宙に浮いたシャルドネは、そのまま体をくねらせ、船長の顔に蹴りを入れる。
この状況でも攻撃体制を取るのは、やはりすごい。
「ミルダ! 目を閉じてください!」
「え! は、はい!」
両手を使ってミルダは目を隠します。
「甲板は木製。であればこれで!」
足元に両手をつき、船長の足に向けて魔力を込める。小さな破裂を発生させ、船長の下半身は床に埋まり、上半身だけが外に出ている状態となりました。
「む! 小癪な真似を!」
上半身だけが出ている状態。そして目の前にはすでに拳を構えているシャルドネの姿がありました。
「さっきの打撃のお返しよ。じっくり味わいなさい!」
本気の強打。
その強打は腹部に命中し、船長は口から血を吐き出し、その場で倒れ込んだ。
☆
「ママ!」
「ミルダ!」
船員を全員ロープで縛り拘束した後、船内に閉じ込められていた人たちを助けていると、ミルダは一人の女性に駆け寄っていました。
「ミルダをありがとうございます!」
「いえ、お母さんが居たのね」
「うん! ありがとうシャルドネちゃん!」
見たところ女性が多い。全員が布一枚をなんとか組み合わせた衣類を着ていました。
「船長はどうする? まさかあの打撃で生きているとは思わなかったけれど」
あの人間とも思えない強さの船長は、『魔力探知』で見たところ、まだ生きていた。
魔力の流れは血液の流れ同様、心臓を巡って体を覆っています。だから生存結果はわかるのですが……。
「魔力の量が普通の人間をはるかに上回っています。なぜなのかはわかりませんが、それも含めて調査したいところですね」
「そこまで首を突っ込む義理は無いと思うのだけれど……まあいいわ」
ボクの目的は、頂点に立つ神に再度挑み倒すること。だからこの船長の魔力に関しては無関係に等しいのですが、何か不吉な予感がしてならないのです。
「とりあえず船長含め船員は皆さんが入ってた牢屋に入れて甲板で見張りましょう」
「牢屋はどうやって持ってくるのよ」
「え、シャルドネ。持ってこれないのですか?」
パアン!
殴られました。
今度は防ぐことができなかったことに若干の悔しさを感じつつ、頭を押さえながら聞きます。
「馬鹿じゃ無いの? 鉄の牢を持てるほどの力は『もう』無いわよ」
「……先に鉄の牢屋を持ってくるべきでした」
「もう一度殴られたい?」
「ボクがなんとかさせていただきます」
幸いにも船の真ん中にはシャルドネが開けた(正確には吹っ飛ばされた際に開いた)穴があるので、そこから船内の牢屋を持ってこれます。
鉄であれば、分解してそれを持ってくるだけで良いので、それほど苦労はしないでしょう。
そう思っていたら、突如ミルダが話しかけてきた。
「あの! ミルダもお手伝いする!」
「え!」
えっと、どうすれば良いでしょう。
鉄の牢を持ってくるのは、ボク一人で良いというか、その方が都合が良いのですが。
「私もお手伝いします!」
「私も。力には自信がありませんが、全員なら!」
「アタシも!」
全員がボクを見て、目を輝かせています。
「ふふ、まあ一緒にやれば良いんじゃ無い?」
「……そうしますか」
船内にあるいくつものロープをかき集めて、それを鉄の牢にくくりつけ、見張り台にロープを通して穴から牢を出す作戦を提案しました。
「……いや、現実的に無理でしょ」
普通ならそう思うでしょう。鉄の牢はそこそこ大きいので、見張り台の柱は折れるでしょう。
「浮遊魔術を使って見張り台が折れないようになんとかします」
「……なら良いけど」
そして全員が声を出して鉄の牢を引っ張りだし(ているけど実際はボクが魔術で浮かせて)、甲板に出す。
「やったあああ!」
「皆でやればなんとかできるのね!」
「見張り台の柱って、意外と丈夫なのね!」
囚われていた人たちがそれぞれ喜び声を上げる。
そしてボクはと言うと。
「お疲れ様。精霊さん」
「……寝たいです」
「ふふ、気絶している船員は私がなんとかするわ。だから少し休んでなさい」
うつ伏せで倒れ込んでいました。
本当はボク一人で簡単にできた作業ですが、人間の皆さんは苦労して達成感を得て、そして喜び合っています。それは人間にしかわからない感情なのでしょう。
「さて、捕まっていた人の今後まではどうしようもできないけれど、私達はこれから雪の地に行きたいの。良いかしら?」
シャルドネの問いに捕らわれていた人たちがざわめくが、ミルダの母親が話し始めます。
「私の故郷が雪の地なので、受け入れてくれるか相談します」
「決まりね。では……ゴルド! もう一仕事! 方角はどっち!」
強制労働反対です。先程の会話の「少し休んでなさい」は何だったのでしょうか。ですが、この場では仕方が無いので、起き上がって少し精霊術を使います。
「このまま前です」
「よし! じゃあ寝て良いわよ!」
「……その前にもう一仕事くらいします」
そう言ってボクは見張り台のさらに上。船の一番上に飾ってある旗を見る。
右手に魔力を込めて、その魔力を火に変え、それを放ちます。火は旗に命中し、燃え上がります。
燃える前に何の絵が書いてあったか確認するべきでしたが、あの模様のせいで襲撃を受けては意味がありません。
「あのままでは入港もできないですよね?」
「その通りね」
シャルドネは微笑み、ボクもその微笑みに釣られて笑います。
ようやく雪の地たる場所へ向かう準備が整いました。




