03.
寮に帰り、部屋のドアを開けようとする。
ガスッ……!
「あれっ?」
しかし、上手く開かない。
「おっかしーな〜? 朝は何ともなかったのに」
ガスガス、ガコガコガゴゴゴ!!
「ちょっ、ちょっと待って!!」
小さな子供ならばなんとか入れそうなほんの僅かな隙間を広げようと、扉を前後に強く開閉していたところ、部屋の奥から涙目でルームメイトの咲桜が駆け寄ってきた。
「リリー! ストップ、まって!! それ大事なカンバス!! 穴空いちゃう!!」
「それは分かったからどけて欲しい……。入れないよ〜」
「ちょっと待ってて……ふゔぅぅ〜ん!!!」
「咲桜さ〜ん? 乙女にあるまじき声が漏れてますけど」
「ゔゔゔ……それどころじゃ……!」
仕方ないなぁ、と私は咲桜の努力により少し広がったドアの隙間から、鞄を足元に置いて自由になった両手と上半身をねじ込んだ。
そして顔を真っ赤にしながらどうにか大きなダンボール箱を持ち上げようと、全力で短い腕を広げている咲桜を手伝おうと、天井まで届きそうになっている大きな荷物を押す。
ズルルッ!
「「…………」」
あっさり動いた。
驚きのあまりもうひと押し。
ズルルル……。
「……動くじゃん」
「持ち上げようとして、手が届かなくて……」
「部屋にどうやって持ってきたの」
「寮母さんが持ってきてくれた」
「押せばいいじゃん」
「その発想はなかったわ」
どこか抜けたところがあるちんまいルームメイトを見下ろしながら今度こそ部屋に入る。
目の前には、壁に立てかけられた大きな大きな箱。
さっきの話が正しければ、どうやら咲桜が新しい絵を描くために取り寄せたカンバスらしいが、こんなに大きなものは美術館くらいでしか見たことがない。
「……これに今度は描くの?」
「……F10号を頼んだつもりでいたら、間違えて100号を買ってたみたい。でも描いてみる」
「それ明らかに自己責任じゃん。それにこんなに大きいのに描き切れるの?」
「丁度一回くらいは全力で描いてみたいなって思ってたところだから」
あくまで絵のことになるとポジティブになるルームメイト氏。
「忘れてるみたいだから言っておくけど、この寮は二人部屋だからね?」
「わ、忘れてないし! リリーがりんりん学校に行ってる間に描こうと思ってたの!!」
「咲桜は行かないの!?」
「まあ、もともと行くつもりなかったし。集中するのに丁度いいかなって」
なんだか悲しくなる言い方だけれど、咲桜にはプロとしてのやりたいことがあるのだろう。それを察してそれ以上は何も口に出さなかった。
「リリーさ、独り身でりんりん学校なんて行って楽しい?」
咲桜がダンボールの開封作業に入り、私も勉強を始めようかと教科書とノートを机を広げたところで思ってもみなかった言葉をかけられた。
「咲桜がそんな話をするなんて珍しいね」
「うーん、単純に気になっただけ。生徒会の仕事だからっていうのも分かるけど無理しすぎじゃない?」
「…………。そうかも、しれないね」
ポツリと呟いた言葉。
「リリーは何をしたいの?」
「何を……?」
「リリー、何か悩んでるでしょう」
「……分かっちゃう?」
「長い時間一緒にいるルームメイトの異変くらい、気付くよ」
咲桜は絵を描くために普段から色々な物や風景、人物を観察しているのだと以前聞いたことがある。
寮生活は言うまでもなく、学校でも同じクラスにいるのだから必然的に咲桜の観察対象になっていたということなのだろう。
果たして色恋沙汰に全く興味も関心も無さそうなこのルームメイトに話をしても良いものかと一瞬悩んだけど、大切な友達であることには変わりないし、悩みを聞いてもらうことで少しは楽になりそうだと思って口を開く。
「恋ってさ、どんな感じなんだろうね」