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「秘密を、君に・・・」(2)





「………森、宮…さん?」


なぜここに?


私の目はその長身の姿に釘付けになる。

数人のスーツ姿の男性に囲まれるように歩いているけど、周りより頭ひとつ出るほどに背が高い。

スーツ姿を見るのははじめて会った夜以来で、だけどブルー系のネクタイはあの夜のものとよく似ている。


エントランスを颯爽と通る彼に自然と周囲の視線が集まり、まるで連鎖するようにざわめきが大きくなっていく……


「役員にあんな人いた?」

「でもめちゃくちゃイケメンじゃない?」

「ていうか、あの顔、どこかで見た気がするんだけど……」


エレベーターホールにいる社員達が、コソコソ囁き声をあげると、先輩は私の視線を追って後ろを振り向いた。

そして私と同じく、固まった。


「あそこの、お偉い方と一緒にいるのって、噂の役員か?」

「噂の?」

「ああ、社長の甥だろ?」

「息子じゃなくて?」

「社長夫婦には子供がいないんだよ。その代わり甥っ子が何人かいてみんな役員やってるだろ」

「誰のことだ?」

「ほら、今里(いまざと)って名前の若い男が二人いただろ?外部役員」

「ああ、女の子達がいつも騒いでる二人か?」

「そうそう。その二人以外にも今里家には若い男がまだ何人かいて、その中に後継者候補がいるらしいぜ」


女性社員だけでなく、中堅や若手の男性社員までもが噂話を繰り広げていて、私は漏れ聞こえた名前に大きく反応してしまった。



今里――――?


にわかに彼らの噂話に意識を逸らしてしまった私だったけど、そのひとりと目が合うと慌てて森宮さんに視線を戻した。

すると、今度は、こちらに向かって歩いてくる森宮さんと目が合ってしまったのだ。


その瞬間、森宮さんは明らかに驚いた反応をしたのに、すぐに何事もなかったかのように隣の人との会話を続けた。

人目のあるこの場では、それが正しい振舞いなのかもしれない。

けれど、意識の外では傷付く私がいた。


「ねえ、あの人って……」


森宮さんに気付いた先輩が私に耳打ちしようとしたそのとき、


「あ、思い出した!あの人、白華堂のデザイナーじゃない?」


女性社員の高い声が、辺りに響き渡ったのだった。


「白華堂?」

「そう言われたら……」


女性社員のもたらした情報は、一気にその場を疑惑で満たした。

けれどそんな空気を切り裂くかのように、


「きみ達すまない、通してくれるか」


低い声とともにスーツの集団がエレベーターホール中央に入ってきた。


「部長、おはようございます」

「ああ、おはよう。すまないが急ぐので先に通してくれるかい」

「あ、はい、どうぞ……」


そのとき、2基あるエレベーターのうち、私が立っていた奥のエレベーターがエントランスに着いて扉が開いた。

すると、部長と呼ばれた男性が扉を手のひらで押さえ、「どうぞ」と森宮さんを案内した。

私の目の前を通り過ぎる際、森宮さんが微かに私を見た気がしたけど、それは私の希望が起こした勘違いだったかもしれない。

それほど、森宮さんは至って普通だったのだ。



いや、そもそも彼の普通(・・)を知っているわけではないけれど、とにかく今の森宮さんにとって、私はいてもいなくても変わらない人間になったようだった。

森宮さんが過ぎた後、フレグランスの香りが浮かんできて、そのせいで私の心臓は早鐘を打ち出したというのに……




やがて森宮さん達を乗せたエレベーターの扉が閉まると、残された者は口々に話し出した。



「やっぱりそうだ。あの背が高い男は白華堂の人間に違いない。前に何かのパーティーで見かけたことがあるからな」

「あー、4年くらい前のパーティーだっけ?そのときお前名刺交換してなかったか?」

「名刺交換はしたけど、その後見かけることなかったから、あんまり思い出すことなかったんだよ。でも確かにえらい男前だったって、話題になってたよな」

「でも、その白華堂の人間がなんでうちに?」

「白華堂のデザイン部にモデルみたいなイケメンがいるって、一時期すごい噂あったよね」

「あったあった。あまりのイケメンっぷりに、うちの先輩が真剣に転職を考えたって言ってたわよ」

「でも最近は公の場に出てこないみたいで、レアなイケメンだって言われててさ」

「だけど、なんでそのレアなイケメンがここに来たの?」



私は黙って周りの話し声を辿っていたけど、その興味津々な口調に混ざって、先輩がコソッと尋ねてきたのだ。


「……もしかして、何か知ってる?」


私は反射的に大きく頭を振っていた。


「何にも知りません……」


「そうよね。さっきあの人を見て、野田さんもびっくりしてたものね」


私の否定を勘繰ることなく受け取ってくれた先輩は、「じゃあ、何しに来たのかしら……」なんて訝しんでいる。


私は…今夜この本社の屋上で会う約束はしているけど、それ以外のことはなにも知らされていない。

けれど、さっき男性社員が口にした ”今里” という名前のせいで、頭の中はある可能性で支配されていた。


なぜなら、森宮さんが不用意に私に見せた免許証の名前も ”今里” だったから………




   それから、月曜、

   もしかしたら騒がしいことが起こるかもしれないけど、

   どうかオレを信じてほしい。




森宮さんがメールで伝えてきたのは、このことだったのだろうか。


私は、森宮さんのことを信じ切れるのか、自分でも分からないまま、周囲の噂話から逃げるようにエレベーターにいち早く乗り込んだのだった。




※※※※※




その日は、なにをしてても集中できなかった。


今日の研修を担当してくれたのが事情を知っている先輩だったので、苦笑いされながら軽い注意を受けただけで済んだけれど、それにしても、心ここにあらずだったと思う。


午後の研修の合間、同期達が私の方をちらちら見ながらなにかを耳打ちしている姿が目についた。

きっと、白華堂のデザイナーが今朝エフ・レストに現れたことが耳に入って、以前、白華堂のスパイと疑われた私のことを話題にしてるのだろう。

親しい子達はあえてなにも尋ねてこなかったけれど、研修に使用している会議室内では、また微妙な空気が漂っていた。


まったく気にならないと言えば嘘だけど、今夜のことを考えると、微妙な空気も同期の視線も、とるに足りない問題に思えた。



集中できないままでもどうにか一日の予定を終え、定時であがった私は、森宮さんとの約束まで近くで時間を潰すことにした。

一度家に帰る余裕もあったけど、帰ってしまったら、その後出てくる勇気がなくなってしまいそうだったからだ。


ランチで何度か行ったことのあるカフェで軽く食事をしてから、大きめの書店に立ち寄った。

定番のファッション誌をめくった後、奥にある専門書の棚でプロダクトデザインの雑誌を見つけ、手に取った。

インテリア雑貨が特集されていて、私の好きなテーブルウエアのページもあった。

そしてその1ページで、ふと手が止まってしまう。


そこには白華堂の最新コレクションが掲載されていたのだが、作品の写真の下に、”デザイン:森宮健” とあったのだ。


森宮さん……


白華堂のデザイナーとして、森宮健という人物は確かに存在している。

だから、あの日私がもらった名刺はニセモノなんかじゃないと信じたい。


信じたいのに……



私は、その雑誌に書かれた ”森宮健” という文字を、いつまでも眺めていたい気分だった。











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