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「秘密にしておいてくれる?」(2)






「森宮、さん・・・・・?」



私はその姿を凝視してしまった。



あの夜と違い、細めのデニムパンツにライトグレーのミリタリー風シャツを着ている森宮さん。

相変わらずスタイルが良くて、センスも良くて、かっこいい。

そして何より、大人の男の人という印象は今日も私をドキドキさせてくる。



いつまでも店先で動かない私に奥のスタッフが気付き、つられるようにして森宮さんが振り返った。


そして、目が合うなり、あ・・・と表情が変わったのだった。


私は、覚えていてくれたことにホッとして、金縛りが解けたように体が動かせるようになり、小さく会釈した。


すると森宮さんも頭を下げてくれたので、私はそのまま白華堂の店舗内を見て進むことにした。

きっと森宮さんも私と同じように敵情視察をしているのだと思い、邪魔してはいけないと遠慮したからだ。


もちろん、森宮さんの用が終わったところを見計らって、声をかけるつもりではいた。


だって、ずっと会いたかったから。


ずっと探してた人がそこにいるのだから、こんなときに男慣れしてないとかそんなことは言ってられないのだ。



・・・・どうしよう、なんて声かけよう?



意識してない様を装いマグカップやプレートを手に取ったりしても、偶然の出会いに動揺しまくりだった。

そのせいで商品を落としたりしないよう、細心の注意を払わなければならなかったけど、森宮さんと再会できたのだから全然苦にもならない。


私は、あえて森宮さんのいる方を見ずにいたのだが、少ししてから、そちらから人が歩いてこちらに近付く気配がした。


「こんにちは。野田さん?」


そう声をかけられて、ドキッとする。


おずおずと顔を向かせると、森宮さんがもう一度「こんにちは」と声をかけてくれたのだった。



「あ・・・こんにちは」


ドキドキしながらも私が挨拶を返すと、森宮さんはあの大人の雰囲気で微笑んだ。そして、


「よかった、オレのこと覚えててくれて。ところで、今ちょっと時間あるかな?」


と訊いてきたのだ。


「それは・・・・はい、大丈夫ですけど・・・・」


森宮さんのことを忘れた日など1日もなかったけれど、それは心の底にしまい込んで、尋ねられたことに答えた。


「じゃ、ちょっとお茶でも付き合ってくれる?」


「え・・・?あ、はい・・・・」


いきなりお茶に誘われて脈が飛び出してきそうになったけれど、慌てて平常心の仮面を探した。

この一カ月、研修の合間、社内で周囲に悟られないよう森宮さんを探し続けていたおかげで、少しはポーカーフェイスもできるようになったのだ。


・・・でもたぶん、私の顔は、仮面の上からでも緊張一色に染まっているのがバレバレな気もするけれど。


森宮さんは私をエスコートするように店を出ようとしたけれど、なんだか急いでるような感じがした。


すると、私達が店を出たところで、


「森宮さん」


と呼ぶ声がしたのだ。


森宮さんは立ち止まったけれど、振り向きざまに「今日はありがとうございました。では失礼します」と、ちゃんと相手も確認せずにクールに言い放った。


そして私がその相手に視線を移すよりも早く、私の肩に手を回して、店を後にしたのだった。


いきなり距離が縮まり、私は、右肩に全神経が集中したように感じた。


だけど森宮さんに肩を抱かれながらも、視界の端では、白華堂の店員が驚いたような顔をしているのが映ったのだ。


そして、


「あ、お疲れさまです・・・・」


店員がそう口にしたのを、私は聞き逃さなかった。



・・・・お疲れさま?



その言葉のチョイスに、大きな違和感を覚える。


普通、店員は “ありがとうございました” じゃないの?


“お疲れさま” なんて、まるで仕事関係の相手に使う挨拶に聞こえる。



・・・・そうか、あの店員さんは、森宮さんがエフ・レストの人間だと知ってて、それで、あんな、取引先の相手に接するような態度だったのかもしれない。


互いに好敵手というポジションを認めているのだろう。


私は右肩に緊張を乗せたまま、そう頭の中で結論付けたのだった。




森宮さんが連れて来てくれたのは、デパートの1階にある雑貨屋に併設されたカフェだった。


紅茶が有名だというので、私はディンブラのアイスティーを頼み、森宮さんはアイスコーヒーとミックスサンドを注文した。

朝食をとってないそうだ。


時刻は正午になりかけていたけど、ずっと会いたかった森宮さんを前にして食欲が湧いてくるはずはなかった。


「本当になにも食べなくて平気?」


私を気にして尋ねてくれる森宮さんにちょっと申し訳ない気もしたけど、そこは丁寧に遠慮するしかなかった。


間もなくして注文したものがテーブルに並ぶと、よほどお腹が空いていたのか、森宮さんはパクパクッとミックスサンドを半分ほど食べてしまった。


見た目に反するその豪快さに私がちょっとびっくりしてると、それに気付いた森宮さんが苦笑いを見せた。



「ごめん、朝から何も食べてなかったから、つい・・・行儀悪かったかな」


その口調が、なんだか悪いことをして叱られた男の子みたいで、私は自然と頬がゆるんでくる。


「いえ、そんなことありませんよ。ただ、そんなにお腹空いてたんだなって・・・・」


「実は昨日の夜もあんまり食べられなかったんだ。朝もバタバタしてて時間がなくてさ」


「お忙しいんですね。でもそんな中でもああやって他社の店舗にまで足を運ぶなんて、本当にお仕事熱心なんですね」


私が尊敬の眼差しを向けたのに、なぜか森宮さんはをミックスサンドを口に運んでいた手を止めて、私を見つめ返してきたのだった。



まっすぐに視線を向けられて、それを逸らすこともできずにどぎまぎしていると、森宮さんはサンドイッチをそっとプレートに戻した。



そして手を両手を膝に置くと、少し姿勢を伸ばした。


その表情は真剣で、はじめて会った夜とか、さっき売り場で再会したときのような優しい面影は少し隠れてしまったようだった。



・・・・どうしたんだろう?



不思議に思った私は、森宮さん?と声をかけようとしたけれど、



「あのさ、野田さん。・・・・ごめん、実は・・・・」


「あれ?野田さん?」



何かを言いかけた森宮さんのセリフに、私を呼ぶ女の人の声が重なって届いたのだった。



私は反射的に名前を呼ばれた方に振り返った。

森宮さんが何か言いかけてたのは分かっているのだけど、ほとんど無意識に近い状態でそうしていたのだ。


すると、カフェの奥の席からこちらに歩いてくる女性が私に手を振っていた。

はじめは気付かなかったけど、その人は今研修でお世話になっている先輩だった。


「こんにちは。偶然ですね」


席を立って挨拶すべきか迷った私に、先輩がそのままでいいわよ、という風に手でジェスチャーしてくれた。


この先輩は噂ではかなり仕事のできる人らしいのだが、気さくで偉ぶったところが一切なく、今みたいに周りに対する思いやりを常に忘れない人なので、私達新入社員の間ではとても人気があった。


「わたし奥にいたんだけど、全然気が付かなかったわ。デート?いいわねえ」


デートと言われ、私は心臓が跳ねあがる思いがしたが、ブンブンと首を振って全力で否定した。


「いえ、そんなんじゃないんです。あの、本当にそうじゃなくて・・・・」


「あらそうなの?じゃあ余計なこと言っちゃったかしら。ごめんなさいね」


先輩は私にそう詫びた後、森宮さんにも「何も知らないのに、すみません・・・・」と告げた。


けれど、森宮さんの顔をちゃんと見たとたん、顔色が変わってしまったのだ。



そしてそのまま、二人は互いを探るように見つめ合った。



にわかに、時が止まった気がした。



同じ会社に勤めているのだから、二人が知り合いだったとしても不思議ではないけれど、その割にはあまりいい反応ではない。



「・・・あの、先輩?先輩はおひとりで来られてるんですか?」



この不穏な空気に、何かしゃべらなくてはと、私が先輩を見上げて声をかけると、そこでやっと、先輩はこちらに向いてくれた。


けれど、


「そうよ。この後ここの店舗で働いてる同期と会う約束があるの。だけどそんなことより・・・・・」


私にはいつも通りの優しい先輩だったが、次に森宮さんに向き直ったときには、とても厳しい声に変わっていたのだった。



「あなた、森宮さんですよね?」



口調も、視線も、何もかもが尖って、鋭利に感じた。



「森宮さんですよね?・・・・白華堂のデザイン部の森宮もりみや たけるさんですよね?」



先輩がそう問い詰めるのを聞いて、私は一瞬、その内容を飲み込むことに手間取った。



白華堂のデザイン部・・・・・・・?



先輩は何を言っているのだろう?



その言い方だと、まるで森宮さんが白華堂に勤めてるようにも聞こえるのに・・・・・



・・・・・まさか、先輩はそう言いたいの?



いや、そんなはずない。



だって、森宮さんはエフ・レストの社員だもの。


あの夜、エフ・レスト本社にいたのだから。


警備員にも顔と名前を覚えられてたし、屋上に繋がる扉の電子ロックの解除コードだって知っていた。


だから、森宮さんが白華堂の人間なわけない。



・・・・そう思うのに、今まで見たこともない先輩の厳しい顔つきに、わけわからず動揺が走りだしていた。



「どこかでお会いしたことがありましたか?」


「以前、インテリア誌の創刊記念パーティーでお見かけしたことがあります。普段はあまり表に出られないようですが、弊社の一部の人間はあなたのことをよく存じ上げてます」


「・・・・そうでしたか。あのパーティーで・・・・」


「白華堂のデザイン部の方が、うちの新入社員に何かご用ですか?」


先輩の追及はどんどん尖っていく。


けれど、それにもかかわらず森宮さんの表情はびくともせず、穏やかに見えた。


「・・・仰る通り、わたしは白華堂の者ですが、こちらの野田さんとは以前からの知り合いですので、仕事とはまったく関係のない、プライベートです。それでも何か問題が?」



・・・・・・・・・・え?



私は森宮さんのセリフの中にさらりと紛れ込んでいた告白に、耳を疑った。



どこまでも冷静、落ち着いて答える森宮さんに先輩は何か反論しかけたけど、ギュッと唇を噛んで私を見てきた。



「・・・野田さん、森宮さんと知り合いだったの?」


いきなり矛先を向けられた私は、加速度的に緊張が駆けあがった。



「ええと、・・・はい、そうなりま・・・」


「彼女はわたしが白華堂の人間だということを今の瞬間まで知りませんでした」


おどおどと答えていた私のセリフを横取りするようにして、森宮さんがハッキリ言った。



・・・・・・・・・え?ちょっと待って・・・・・・



森宮さんが、白華堂の人間・・・・・・?





私は、尋ねてきた先輩ではなく、森宮さんを、これでもかというほどに凝視していた。



「野田さんと私は彼女がまだ学生の頃に偶然知り合いました。ですが知り合って以降、親しく付き合っていたわけではありません。お互いの連絡先すら知らないんですから」


確かに・・・確かにその通りだけど、


森宮さんにそう言われたら、なんだか私とはまったくの無関係だと言われているようで、少し胸が苦しくなった。


それに、まさかライバルメーカーとされている白華堂の人だったなんて・・・・・


今の今まで森宮さんに騙されていたような感覚がしてきて、それは、さっきまでの再会のドキドキ感をすべてを打ち消してしまうようだった。



「でも、あなたは野田がうちの社員だと知っていたんですよね?」


「それは否定しません」


「だったら、なにか意図があったんじゃないですか?」


「もしそれが仕事の面でのことを仰ってるなら、それはあり得ません」


「どうしてそう言い切れるんですか?」


「さっきも申しましたようにわたしと野田さんが知り合ったとき、まだ野田さんは学生さんでしたから。それに、もしわたしが仕事の面で何か利益を求めるなら、野田さんのような新入社員ではなく、社の内情に詳しそうな人間を選ぶでしょう」


淡々と反論を繰り返す森宮さんに、先輩はこれ以上やりあってもらちが明かないと判断したのか、ため息を吐くと、


「そうですか・・・」


と引き下がったのだった。



そして、今さっきまでの厳しい口調が嘘のように、私にはいつもの優しい顔を見せてくれた。


「野田さん。プライベートの交遊関係に口出すつもりはないけど、この辺りはうちの会社の関係先も多いから、誰に見られるか分からないわ。今後は誤解されないように気をつけてね」


柔らかく忠告した後、先輩は森宮さんを一瞥してカフェを出ていった。



二人きりに戻ったテーブルは、なんとも言えない気まずさに包まれたようだった。


森宮さんは先輩に対しては至って冷静な様子だったのに、私と二人きりになると、どこかぎこちない表情に見えた。


そしてあんなに食べていたミックスサンドにも手をつけず、じっと、私を見据えてくるのだ。



私は、これから何を言われるのだろうと無意識のうちに身構えていた。



「あのさ・・・」


やがて、気まずい空気を切り裂くように森宮さんが口を開いたのだった。




「本当は最初に話しておけばよかったんだけど、色々事情があって、それができなかったんだ。でも結局こんな形で知られてしまうことになったけど、きみを騙すつもりはなかった。それだけは知っておいてほしい」


テーブルの向こうで森宮さんが真摯に打ち明けた。


私は森宮さん自身からだめ押しを受けた気分になり、さっきの二人の会話がより現実味を帯びてきた。



「・・・・じゃあやっぱり、森宮さんは、白華堂の方なんですか・・・・?」


そんなバカなという思いも打ち消すことができず、私は恐る恐る尋ねた。


ふいに視界の端に入った森宮さんの腕時計はこの前していたものとは違っていて、そんなところにまで些細なズレを感じてしまう。



「ああ、そうだよ」



短くそう答えた森宮さん。


「でも、それじゃあなんであの夜エフ・レストの本社にいたんですか?!」


思わず大きくなってしまった声に、私自身、驚いてしまう。


だけど森宮さんはちょっと困ったように苦笑いを浮かべるだけで、具体的な反論をするつもりはなさそうだった。


そして膝に乗せていた手をテーブルに置くと、


「そのことなんだけど・・・・」


控えめに話し出した。



「オレがあの日あそこにいたこと、秘密にしておいてくれる?」



それは、この前と似ているセリフだった。


けれど、あのとき感じたものは、今回は一切感じられなかった。



「・・・・理由を、伺ってもよろしいですか?」


私は勇気を出してそう尋ねた。


けれど森宮さんは少し心苦しそうに小さく、本当に小さく首を振った。



「それは、ちょっと言えないんだ。あ、でも不法侵入したわけじゃないんだ。 ちゃんと許可を取ってエフ・レスト本社にいたわけなんだけど・・・・ごめん。それ以上は言えなくて・・・・ごめん」



そして俯くようにして、頭を下げたのだった。



確かに、あの夜エフ・レストの本社にいた警備員は森宮さんのことを通報するどころか、名前を呼んで挨拶までしていた。

だから、森宮さんが何らかの不法な手段であそこにいたのではないことくらい分かってる。


でも・・・・



この人は、私を騙すつもりはなかったと言った。


けれど、結果として私は騙されたわけで、その理由や詳細さえ、教えてはもらえない・・・・・



そんな状況で、いったい何を信じろと言うのだろう。



私は、いったい何のためにこの人を探し続けていたのだろう・・・・・




いつまでも頭を下げたままでいる森宮さんを見て、私は自分の気持ちに語りかけなくてはならなかった。



・・・・まだ大丈夫でしょ?

・・・・まだ、本気にはなってなかったんでしょ?

・・・・まだ本気で好きになってたわけじゃないから、忘れられるでしょう?




再会できて、走り出しそうになっていた想いにブレーキかけるのは、簡単なことではなさそうだった・・・・・・

















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