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「秘密にしておいてくれる?」(1)







あのイケメンさんの言った通り、私は無事に最終面接に受かって、めでたく子供の頃から憧れ続けたメーカーで働くことになった。



私が就職したエフ・レストは、テーブルウエアをメインとして日常のライフスタイルに必要なものをより機能的に、そしてちょっとオシャレにランクアップさせるアイテムをデザインし、販売しているメーカーだ。

外のデザイナーやブランドとタイアップしたりすることもあるけれど、ほとんどは自社デザイン、開発の商品である。



私は大学で生産やマーケティングを学んでいたので、希望としては販売関係の部門に入りたいと思っていた。

・・・本音を言えば、テーブルウエアのデザインとか企画みたいなものにも興味はあったけど、何の知識もない素人の私がそれを言い出せるわけもない。

そう思ってたから、面接で希望部署を問われたときは、迷わず『販売です』と答えた。

たいていの企業では、新人にはまず現場を覚えさせるという意味で売り場に立たせるというのをセミナーで聞いていたからだ。



だけど、他社とは違ってエフ・レストは売り場に立てるのは、社内の誰よりも自社ブランドに関する知識を持っている者に限られていて、社内で厳しい試験や研修を終えないと売り場には立てないらしい。


面接試験でそれを教えられた私は少々がっかりしたけれど、 ”商品を購入していただくお客様に接するということは社の代表になるのだから、それ相応の人選が必要” という社のポリシーを聞いて、とても納得したのだった。


そして、そういう、世の中の風潮に流されない社風を知って、私はさらにエフ・レストが好きになってしまった。






四月、入社式も終わって新入社員研修があの本社ビルではじまると、私は憧れの職場に胸が躍るのを抑えられなかった。


けれど、出社する度にドキドキしてしまう理由はもうひとつあった。


それはもちろん、あのイケメンさんのこと。



私は彼の部署や名前も聞いていなかったけれど、そこまで大きなビルでもないから、意外とすぐに出会いそうな気もしていた。


あの夜、警備員さんが『森宮さま』と呼んでいたから、もし偶然出会うことがなくても、森宮さんという三十歳の男の人を探せば簡単に見つけられると思っていたのだ。




なのに・・・・・・



一カ月が過ぎても、彼を・・森宮さんを見かけることはなかったのだ。



入社以来一カ月、本社の会議室で研修を受けるだけでなく、社内のいくつかの部署を見学させてもらったり先輩方の話を伺ったり、わりと本社ビルの中を歩いて回っている方だと思う。


それにもかかわらず、ただの一度も、森宮さんの姿を見かけることはなかった。



はじめは、森宮さんが役員フロアで物怖じすることもなく平然と振る舞っていたことから、秘書課の人かなと予想していた。


でも、研修で面倒をみてもらってる先輩の中に、同期が秘書課にいるという人がいたので、昼休みにそれとなく秘書課の様子を探ってみたところ、どうやら秘書課は全員女性らしい。


森宮さんは秘書・・という推測は、あっけなく否定されてしまった。



こうなったら、先輩の誰かに訊いてしまおうか。


ものすごいイケメンで、背も高くて、あんな目立つ人、きっとちょっと尋ねたらすぐに分かるはずだもの・・・・



でも、私はまだ入社一カ月で新人研修真っ最中の身だ。

そんな中、男の人のことを尋ねたりしたら、浮わついていると思われないだろうか?


いや、例えそう思われなかったとしても、下手したら何か噂を流されてしまうかもしれない・・・



そんな危惧が邪魔をして、私は入社してからずっと、森宮さんのことを探せないままでいた。



そしてそのまま、ゴールデンウィークを迎えることになったのだった。




ゴールデンウィーク、前半は飛び石になったけれど、後半は土日も含めると結構な連休だった。


社会人になり、新しい生活もそろそろ落ち着いてくる頃だから、私も学生時代の友達と会う予定がいくつかあった。


OLだったり、専門職だったり、職種は様々だったけれど、それぞれが忙しく充実している話を聞くと、私も負けてられないなと思った。


そんな、友人達に刺激を受けた翌日、ちょうど何も予定がなかった私は、勉強も兼ねてエフ・レストの店舗巡りをすることにした。



エフ・レストは路面店舗とデパートのテナントがあったけど、私はその両方を見て回っていた。

それぞれの違いや特徴を見比べたかったからだ。


もちろん、入社前も何度も訪れたことはあったけど、入社して、エフ・レストの一員となってからははじめてだった。



私は自宅最寄り駅にあるコーヒーショップでブランチをとってから、一番近くにある路面店に向かい、一般客のフリをして見て回った。


さすがに厳しい社内選抜を通過しただけあって、スタッフの対応は文句のつけようがなかった。


私が何気なく言ったことにも丁寧に返してくれたし、完璧な商品の説明をしながらも、決して押しが強いわけでもない。

そんな品のある接客に、私の目指す位置はかなり高いところにあるんだなと現実を知った反面、頑張らねばと気持ちを新にした。



ひとつめの店舗を後にした私は、次は二駅隣にあるデパートに足を向けた。



連休のちょうど真ん中の街は観光客や家族連れで賑わっていたけれど、エフ・レストの売り場はさほど混んではいなかった。


私以外には二組しかいなくて、二組とも、どうやら母の日のギフトを選んでいるようだった。


二人しかいないスタッフはその二組に接客中だったので、私には「いらっしゃいませ」と挨拶をしただけだった。


せっかくだったので、私はスタッフの接客をこっそり見学させてもらいつつ、商品をじっくり見て回ることにした。



しばらくして、二組のうち一組がお会計をはじめたので、なんとなくそちらの方を見遣ると、通路を挟んで向かいにある他店が目に入った。



そこもエフ・レストと同じくテーブルウエアのメーカーで、北欧風を取り入れた賑やかなデザインは私と同年代の女性に人気があるようだ。


白華堂はっかどうという社名なのに、商品はポップな色使いのものが多く、食卓が華やかになるという意味では私も好きだったけど、ちょっと派手すぎる印象もあるメーカーだった。



シンプルだけど品があって使いやすいエフ・レストとは対照的なメーカーで、メディアなどでも度々ライバルメーカーとして取り上げられることが多かった。



そういうこともあって、私は就職活動中、白華堂の会社説明会には参加したものの、それだけで希望リストからは外してしまったのだった。



けれどライバルメーカーとして参考になることもあるだろうし、私は会計を終えたスタッフがギフト用のラッピングに取りかかったのを見て、ちょっとだけ白華堂の売り場に行ってみることにした。



だけど、白華堂の店舗に入ってすぐ、奥のカウンターにいる人影に目が止まり、固まってしまったのだ。



背が高い男の人が、スタッフの女性と話をしていた。


そしてその男の人の、整った横顔を、忘れられるはずなかった。



この1カ月、ずっと探していた人だったのだから――――――――――――――


















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