「こんな秘密なら・・・」【番外編】(5)
「ここって・・・・」
明るくなったそこには、壁一面に備え付けの棚があって、茶碗や大皿、他にも数々の焼き物が陳列されていたのだ。
上品で落ち着いた内装は、一見、ショップのようにも見えるが、配置や部屋の使い方はそれっぽくはない。
・・・・お店、ではないのかな?
訝しむ気持ちが顔に出ていたのだろう、
「ギャラリー兼、工房だよ」
わたしの肩を抱きながら、今里さんが説明してくれた。
「工房といっても作家さんが個人で持ってるものとは違って、契約した複数の作家さんが共同で使ってるアトリエなんだけどね」
「ああ、それで並んでる作品のテイストがばらばらなんですね」
棚には、和風の渋いものもあれば、シンプルでモダンなものもある。
アイテムも、テーブルウエアだけではなくて、小さなオブジェのようなものや、フラワーベースだろうか、やや大きめの壺もあって、いい意味でごちゃ混ぜ感があって、賑やかだ。
「そういうこと。で、ここのオーナーが、アオイさん。アオイ シュンスケさん」
「アオイ、シュンスケさん・・・」
ふいに告げられた ”アオイさん” のフルネームを、わたしは自分の頭に理解させるかのように、ゆっくり反芻した。
シュンスケ・・・・
え?男の人だったの?
そこではじめて自分の思い違いに気付いたわたしは、反射的に今里さんの顔を見上げていた。
すると、今里さんが面白そうにフフッと笑い出したのだ。
「やっぱり、勘違いしてた?アオイさんが女性だって」
言われたとたん、恥ずかしさがどっと押し寄せてくる。
わたしはいてもたってもいられなくなり、今里さんから距離をとるように数歩前に移動した。
そして、頭を下げた。
「すみません。・・・・てっきり女の人だと思ってました」
恥ずかしい。
勝手に勘違いして、勝手に不安になって、それで今里さんに当たってしまうなんて・・・・
私は恋人に対して謝る以外、どうしたらいいのか分からなかった。
けれど今里さんは怒ることもなく、また笑う。
「謝らないでいいよ。そのおかげで幸が嫉妬してくれた。オレは、はじめて幸が嫉妬してくれて嬉しいんだから」
声を弾ませた今里さんは、そっと近付いてきて、私の後ろから腕をまわした。
「好きだよ、幸」
こめかみに、今里さんの息を感じる。
好きって、もう何度も言ってもらってるのに、まだまだ慣れない。
いまだに、その言葉を聞くとドキリとしてしまうのだから。
でもそのあとは、泣きたくなるほどの幸せに全身が包まれるのだ。
包まれて、満たされて、守られる・・・・
私がその幸せに浸っていると、私を抱いていた腕がするりと解かれた。
「幸の中でエフ・レストが一番なのは分かってるけど、この中で気に入ったのはありそう?」
訊きながら、今里さんは私の体越しに手を伸ばして、棚をトンと小さく叩いた。
「え?この中でですか・・・?」
なにかを企んでいるような訊き方にも聞こえて、私は返事に困ってしまう。
すると、もとから返事を期待していなかったのか、
「たとえば、これとかどう?」
今里さんは、手前にあったマグカップを指差した。
それは一般的なものよりは少し大きなサイズで、手作りならではの味があるマグカップだった。
「いいと、思います。大きめで使い勝手もよさそうだし、和食にも洋食にも合いそうですよね」
今里さんは、ここに作品を置いてる作家さんと、一緒に仕事をするつもりなのだろうか。
”アオイさん” を仕事関係の人だと言っていたけど・・・・
確かに、ここにある作品はどれも素敵だった。
でも、エフ・レストをイメージしたとき、目の前の茶碗や皿は、違和感を持ってしまうのだ。
私は芽生えた違和感を今里さんにぶつけてもいいものか、迷った。
けれどそうしてる間にも、今里さんはマグカップを手に取り、私に持たせてきたのだ。
「はい。持ってみて、どう?使えそう?」
私にカップを手渡した今里さんは、また両手で抱きしめてくる。
そして自然な流れで私の髪にキスを落とした。
さっきのキスに比べたら軽いものだけど、動じずにはいられなくて、私はさらに体が硬くなった。
「えっと・・・はい、持ちやすくて、いいと思います」
「本当に?本当にそう思う?」
「はい、もちろん。カップの大きさに比べて持ち手が少し小さめなんですね。すごく持ちやすいです。なんだか手の小さな女性用のマグカップみたいで、素敵です。きっとこれを作られた方は、配慮が行き届いた、優しい方なんですね。今里さんのお好きな作家さんの作品ですか?」
動揺を振り払うように会話を広げた私だったけど、今里さんからの返事は聞こえてこなかった。
「・・・・今里さん?」
マグカップを手にしたまま、私が今里さんの腕の中から顔を上向かせると、また1つ、優しいキスが降ってきた。
「・・・・そのカップの作家名は、今里 健っていうんだ」
「え・・・?」
唇が離れた瞬間に言われて、私はすぐにその意味が飲み込めなかった。
すると今里さんは照れくさそうに、私の肩に頭を押しあてて、顔を隠したのだ。
「・・・・だから、今里 健の作品なんだ、それ」
「今里さんが、作られたんですか?」
「そう。土からね・・・でも、」
耳もとでくぐもって聞こえる今里さんの声は、少しだけ、いつもと違った。
「・・・・本っ当に、幸は無自覚にオレを煽るよね」
そう言ったあと、今里さんは私の耳をくわえてきた。
「――――っ!なにするんですか?私、煽ってなんか・・・」
「うるさい」
反論は、簡単に食べられてしまう。
「あっ、ダメですよ。こんなとこで・・・」
「誰もいないよ?オレと幸のふたりだけ」
「でもでも、アオイさんは?ここにいらっしゃるんじゃないんですか?」
「いないよ。だから何しようと誰にも見つからない」
今里さんの手が、怪しく動く。
私はそれを拒みたいのに、拒めない。
「アオイさんはもう帰ったよ。予定では、今夜幸を送ったあとにオレ一人でここに来るはずだったんだ。それで鍵を預かってて・・・。なのに、幸があんなに可愛い嫉妬をしてくれるものだから、我慢できなくなった」
話しながらも、私の首筋に指を這わせてくる今里さん。
「・・・我慢・・って、・・・なんですか?」
彼の指が辿る場所すべてに反応してしまいそうで、それを抑えるのは結構大変で。
私は尋ね返しながらも、マグカップを落とさないようにギュッと抱えた。
「本当は幸を驚かせたかったんだ。それで秘密にしてたのに、こんな形でバラすのは不本意だけど、あんな顔を見て、秘密にし続けるのが我慢できなかったんだよ。・・・せっかくのプレゼントなんだから、綺麗にラッピングとかしたかったんだけどね」
――――え?
プレゼント?
私はマグカップを大切に持ったまま、身をよじった。
「このマグカップ、私のために・・・・?」
まっすぐ見上げると、目と目が合う。
今度は照れることなく、今里さんは「そうだよ」と笑った。
「だって、幸が愛用してるマグカップ、エフ・レストのものでも、オレがいない時にリリースされたシリーズだろ?それが、なんだか面白くなかったんだ。だからどうしてもマグカップを贈りたくなった。でもせっかくなら、記念になりそうな特別なものを・・と考えてるときに、同僚からアオイさんを紹介してもらったんだよ。そこからは、幸にバレないようにここに通ってた。まさか幸がアオイさんに嫉妬してくれるとは思わなかったけどね」
予想外のラッキーだった。
そう言った今里さんは、顔中に喜びが描かれていて、勘違いで嫉妬してしまった私は、恥ずかしい反面、今里さんの嬉しそうな姿に幸せをもらった気分だ。
「・・・私、やっぱり秘密は好きじゃありません。でも・・・・こんな秘密なら、すごく嬉しい。ありがとうございます」
だって、世界にひとつだけの、私だけのマグカップだもの。
それも、大好きな人が自分のためだけに作ってくれた、気持ちのこもったもの。
喜ばないわけがない。
なのに、私のセリフに、今里さんはホッとしたように微かなため息を吐いたのだった。
「あー、よかった。喜んでくれるとは思ったけど、プレゼントの理由が理由だから、ちょっとだけ心配だったんだ。幸に引かれないかな・・って」
「引くって、そんなことしませんよ。だって、私のことを思って作ってくださったんですよね?」
意味が分からず、不思議顔になってしまう。
すると、今里さんは含み笑いで返してくる。
「オレの説明、聞いてた?」
「はい、もちろん。私にプレゼントするためにここに通ってマグカップを作ってくださった、って・・・」
「違うよ。その前」
「その前?」
まだ不思議顔をほどけない私から、今里さんはマグカップをそっと奪った。
「・・・・幸は今日はじめてオレに嫉妬を見せてくれたけど、オレは、もうずっと前から嫉妬してたんだ。それは ”人” に対してだけでなく、”物” にまでね・・・」
私から奪ったマグカップは、もとの棚に戻されてしまう。
「いつまでもカップを握ってないで、そろそろ、オレを抱きしめ返して?」
私よりずっと大人で、職場では仕事ができると評判の彼が、まるで甘えるように訴える。
・・・・そんなの、反則。
たまらず、私が腕をまわすのと、
恋人が深く口づけてくるのは、
ほとんど同時だった・・・・・・
「こんな秘密なら・・・」【番外編】(完)




