「秘密を、君に・・・」(6)
このハンカチは明らかに私のものじゃないもの。きちんと持ち主に返さなきゃ。
頭の中ではそんな言い訳を盾にして、でも心は森宮さんの名前を呼びながら、私は誰もいない役員フロアの廊下を階段室に向かった。
だって私は、彼のことが……
その先の言葉を浮かべることには、まだ躊躇いがあるけれど。
まるで足元のバーガンディのカーペットに吸い込まれていくように、その言葉は隠れてしまう。
私達一般社員には一生馴染みがなさそうな、踏み心地のいい高級カーペット。
それを惜しげもなく敷き詰めた役員フロア。
彼の素性を知った今なら、あの夜、平気な顔でこの役員フロアに立ち入ったのも理解できる。
ここは、彼にとっては顔パスなエリアだったのだ。
……やっぱり本音を言うと、そんな彼に、住む世界の違いを感じずにはいられない。
そしてそんなことが頭を過ると、ふと、足が止まりそうにもなる。
けれど、手にしているハンカチが、たじろぐ私に勇気をくれたのだった。
ハンカチをより一層握りしめた私は、踏みしめるように、階段を一段、また一段とのぼった。
屋上に繋がる扉の電子ロックは、まだ、開いたままだった。
キ…
遠慮がちに扉を開き、外に出る。
雨は止んだままだったけど、なぜだかさっきよりも空気は湿気を含んでいるような気がした。
そしてまっすぐ見た先に、彼の背中があった。
手摺りに両腕を置いているせいか、背を丸めているように見える。
その姿が、なんだか寂しそうに感じたのは気のせいだろうか。
私はそっと彼に近付いた。
すると、彼がポソッと呟く声が聞こえたのだった。
「言えなかったな……」
よく見ると、彼はあのタオルハンカチを握り締め、それをぼんやりと見つめているようだった。
一歩、私はまた近付いた。
すると、今度は彼の深い溜め息が聞こえた。
「……まだ、一番大きな秘密を、君に打ち明けていないのに………」
その、まるで途方に暮れたような呟きに、私は次の一歩を踏めなくなった。
……秘密?
まさか、まだ他にも秘密があったの?
私は戻ってきたことにジワリと後悔がまとわりつきはじめた気がした。
だって、彼がまだ秘密を持っていたなんて……
そう認識したとたん、できることなら、このまま彼に気付かれることなく立ち去りたいとさえ思ってしまう。
けれど、まだ秘密を隠し持っていたという彼に、文句のひとつくらい投げつけたい気持ちも湧き上がってきて。
だから私は、
「まだ、秘密があったんですか?」
波立つ感情そのままに、彼に言葉をぶつけていたのだった。
「―――っ?!」
彼は私の気配に気付けなかったのだろう、喫驚のあまり、体勢を崩しながら振り返った。
そして私の姿を見るなり「野田さん…」と、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな小さな声で名前を口にした。
その様はありありと動揺を映していたけれど、私はそんなことお構いなしに問い詰める。
「まだ私に秘密にしてることがあるんですか?」
どんな誤魔化しも受け付けないというように、彼をじっと見据えた。
すると彼は、私の知る限り最も困った顔になって、ハンカチを持ってない方の手のひらで口元を覆った。
長くて綺麗な指が目に入り、こんな時なのに、私はその指にまた色気を感じてしまう。
それはまるで、はじめて会った夜と重なるようだった。
けれどその手首にあの夜とは別の高級時計があることに気が付くと、途端に、胸の逸りは収束していく。
私と彼との間の境界線が濃くなるのを感じてしまったからだ。
だってあんな時計、きっと私が何年も働いて貯金してやっと買えるくらいだもの。いや、もしかしたら何十年とかかってしまうかも。
そんな類のものをいくつも持ってるなんて、やっぱり、この人は《《違う》》のだ。
私は、ハンカチを握る手にギュッと力を込めた。
……どう考えても、この人と私は住んでる世界が違う。
まだ隠されてた秘密が何なのかは気になるけど、今更秘密をひとつやふたつ増やされたところで、私達の住む世界が違っていることに変わりはないのだから。
だったら、もう……
私は握り締めていたハンカチを差し出すと、
「これ、間違えて持ってきてしまったので……」
秘密についての追及はせず、戻ってきた用件のみを伝えた。
彼の目を見ずに、気持ちの温度を低く保って、告げたのだった。
彼は一瞬自分の持っているハンカチに視線を流したようだけど、すぐに頷いた。
「ああ…そうだね。それでわざわざ引き返してくれたんだ?」
どこか嬉しそうに言ってくる彼。
そんな顔ももちろんイケメンで、その微笑みは私だけに向けられていて、以前の私ならドキドキしてたところだろうけど、今は、若干苛立ちが増す気さえした。
「私のはずいぶんくたびれてますから。こちらのは新品みたいにきれいですし、申し訳ないと思ったから戻ってきただけです」
そっけなく答えると、私は彼に近付いてハンカチを手渡した。
そして彼も私にハンカチを差し出して、それを受け取る。
けれど、彼は持っていたハンカチを離そうとしなかったのだ。
私のハンカチを引っ張り合うように、その端と端を私と彼とで握り合う。
何事かと顔を上げた私を、彼の真剣な眼差しが捉えていた。
「話を、もう一度聞いてほしい」
「……すみません。私、秘密は嫌いなんです」
私も負けじと、彼を見つめ返す。
「わかってる。だから、きみに…」
「だってまだ秘密があるんですよね?」
「だから、その秘密を、君に…」
「もういいです!」
二人きりの屋上に、私の怒鳴り声が響いた。
彼は私の大声にたじろいだように、少しだけ手をゆるめた。
その隙に、私はハンカチを取り戻す。
そして、
「本当に、もう、いいです……」
今度は怒鳴ったりせずに、そう告げた。
だって、もう、秘密はたくさんだから。
さっきは、私がハンカチを間違えて拾ったことが何かのシグナルのようにも思えたし、何かのきっかけになるのかもと、そんな淡い期待が胸に芽生えもしたけれど、とんだ見込み違いだったようだ。
私は、彼に向けていた感情に、シャッターをおろすことにした。
彼への気持ちにブレーキかけるのは、これで何度目だろう。
1度目は、彼が白華堂の人だと知ったとき。
2度目は、彼が、自分の名前さえ秘密にしていると気付いたとき。
そして今日が3度目だ。
彼がエフ・レストの後継者だと聞き、住む世界が違うと感じた。
役員フロアを自由に闊歩し、いくつも高級時計を持っていて。
そして、まだ秘密を持っていた。
その事実が、私に想いを断ち切る決断をさせたのだ。
私は自分のハンカチを丸め込むようにして握ると、
「これで、失礼します」
と、踵を返した。
―――――けれど、そこから動くことはできなかった。
その代わりに、私は、彼のフレグランスに包み込まれていたのだ………
「あ、あの……」
私は自分の身にいったい何が起こったのかが分からず、前にまわされた彼の両腕を見下ろしながら、恐る恐る声を発した。
彼が握ったままのハンカチが視界に入り、やっぱり、私のものよりずっと青が濃いなと思った。
無地に見えたスーツの生地は、細いストライプの織りが入っていて、近くに寄らないと分からないこともあるんだなと感じた。
そしてあの高級時計をこんな間近で見たのははじめてだったけど、ロゴマークが意外と可愛らしいんだなと思った。
そんな、今はどうでもいいことを考えている間にも、彼の腕の力は強くなった気がするのに、彼はなにも言わない。
私は後ろから抱き締められたまま、身動きもとれず、それでも徐々に動揺の波が全身に広がってくるのを感じていた。
そして、
――――彼に抱き締められている
そう認識した途端、まるで体の中至るところの導火線に火がついたように、尋常でない焦りが私の中で暴れだしたのだった。
「あの!離してください!森宮さん?!じゃない、今里さんっ!」
私を閉じ込める彼の腕を叩いて訴えても、逆にぎゅっと抱き直されてしまう。
すると背中に、後頭部に、うなじに、彼の温度を感じた。
「―――っ!」
ビクリ、と肌が反応して、体じゅうに、刺激が走った。
今まで散々、彼のことを大人だとか色気があるとか思ってたくせに、”情を煽られる” ということがどういうことなのか、その本当の意味がやっと分かったのかもしれない。
体のどこもかしこもが、熱くなっていくのだ。
「あの……っ」
体の熱を彼に悟られてしまいそうで、私は身動ぎして彼を振りほどこうとした。
けれど次の瞬間、
「一目惚れだったんだ」
吐息の中に埋もれるような、ささやかな囁きが、耳もとをくすぐったのだった。
「………はい?」
今、彼はなんて言った?
一目惚れ?
一目惚れって、あの一目惚れ?
彼の囁きを頭で理解するのに、時間がかかった。
けれど、じわじわと、紙が水を吸い上げるような速度でその意味が心中に充満したとき、
「―――え?な、ちょ…、なに言ってるんですか?!森宮さんっ?!」
私は映画やドラマで見かけるパニックシーンをそのまま丸写しにしたような、非常に明確なパニックになった。
そして声を上げながら、どうにかして彼の腕を振りほどこうと身をよじると、今度はすんなりと解放されたのだった。
けれどそのまま肩を掴まれ、くるりと回される。
反転した正面には、彼の端正な顔が待っていた。
「あ……」
彼に対しどんな顔をすればいいのか、私は困惑を隠しきれない。
すると彼がおもむろに手を離し、静かに言った。
「これが、最後の秘密だよ」
そう告げた彼は、今私を力強く抱き締めた人とは思えないほど、穏やかな顔つきをしていたのだった。
それが、たった今告白めいたことをしてきた人のする表情には見えなくて、私もその穏やかな様につられるように、パニックが鎮静していくようだった。
「秘密……」
「そう。きみに一目惚れをしたというのが、オレが隠していた最後の秘密」
………そんなまさか。
彼が私に一目惚れだなんて、そんなの信じられない。
信じられるわけない。
そんな思いが先に立ち、言葉をうまく操れなくなる。
けれど、パニックを鎮めた頭で考えれば、例えもしそうだったとしても、そのことがそんなに秘匿すべきものだとも思えなかった。
”最後の秘密” だなんて、そんな重々しいものでもないはずだ。
森宮さんの身分とか、本名とかに比べれば、よっぽど……
けれど私はなんて問えばいいのか分からず、言葉をなくしてしまったままだ。
なのにどうやら、顔にはその疑問をまるまる表していたようで、彼は穏やかさを保ったまま続けてくれたのだった。
「だって、こんなにも年下の、当時はまだ学生で、化粧やパンプスにも慣れてなさそうな、しかも、ほんの1時間ほどしか話してない女の子を好きになったなんて、大きな声で言える話じゃないだろう?男に慣れてそうな大人っぽいタイプならともかく、きみは、オレと顔を合わせて話すだけでもずいぶん緊張してそうだった」
少しの苦笑いを浮かべて話した森宮さん。
そう言われて、はじめて会ったときに感じたことが蘇ってきた。
確かに、あのときの私は、森宮さんの顔を見るだけで緊張や恥ずかしさを溢れさせていた。
当時は大人の男の人と話すことも慣れてなくて、それでなくても彼のあまりのイケメンっぷりにドキドキしっぱなしだった……
そのときの光景を思い浮かべると、感じていた想いや緊張感、恥ずかしさまでもが一緒に蘇ってくる気がして、私は、それを悟られないように視線をさまよわせた。
ふと、雨上がりの澄んだ夜景が、目に映った。
この景色を教えてくれたのも、森宮さんだったな……
そんなことが頭を過るのと、森宮さんがまた話しはじめるのは、ほとんど同時だった。
「オレ自身、自分がまさかこんな若い女の子に惹かれるなんてと、信じられないところもあったよ。ただあのはじめて会った夜、きみは憧れのエフ・レストに対する想いをまっすぐに打ち明けてくれて、その姿がオレにはとても眩しく見えたんだ。その後何日経っても、ふとした瞬間にきみを思い出したりしてしまうほどにね。最初は、エフ・レストに入ろうとしてるきみとエフ・レストに移る自分とを、ただ重ねて見てるだけだと思っていた。でも次に偶然会ったとき、それだけじゃなかったんだと気が付いた。……つまり、あの夜からオレはきみに惹かれていたのだと、そこで気付いたんだ。あんな短い時間だったのに、オレは、まっすぐなきみに強く惹かれていたんだと、やっと分かった。……でも、きみはまだエフ・レストに入ったばかりの新社会人だ。だから、きみがもう少し大人の女性になるのを待って、オレの素性を打ち明けたうえで、気持ちも伝えるつもりだった。なのに、本当のことを話せないまま、きみに秘密ばかりを押し付けて、挙げ句きみに不信感を持たれてしまって、どうしようかと悩んでたところで、思いの外のスピードで事が進んでしまったんだ。予定よりもはやく、オレはエフ・レストに入ることになった」
完璧にオレの計画ミスだよ……
自嘲する彼に、私はなにも答えられなかった。
「いきなりオレの事情を知ったら、きみはどんな風に思うだろう……。ずいぶん考えたよ。オレが白華堂の人間と知られたとき、本名は森宮 健じゃないと知られたときも、同じように不安があった。きみは、オレのことを軽蔑したんじゃないかな…って。でも結局はエフ・レスト側の人間になったんだから、少なくともきみに嫌われることはないんじゃないかって、都合よく考えてるところもあった。だから、まさか ”住む世界が違う” と拒絶されるとは予想してなかったんだ……」
「でもそれは、……それは、仕方ないじゃないですか。だって森宮さんは、いずれ社長になるんですから……。私は一般社員で、しかもまだ研修も終わってない新人で……」
「うん、知ってる」
なんだか責められてるような気まずさを感じた私が反論を述べたけれど、彼はそれを優しく中断させた。
目が合った彼は、穏やかの上に、甘やかさをプラスしていた。
安直な言い方になるけど、つまり、特上の微笑みを浮かべていたのだ。
そして私は、そんな彼に見惚れるのを、止められなかった。
彼の、形のいい唇が、静かに動いた。
「知ってるよ。きみが、エフ・レストで働く夢を叶えて、これから先の仕事に希望を持って研修も頑張ってること。オレは、そんなきみの邪魔はしたくないと思った。だから、自分の気持ちを伝えるのはもっと後にしようと決めてたんだ。だけど、これ以上きみの不信感を増やしたくなくて、思わず言ってしまった……」
彼は一呼吸おくと、その目で私を捕らえた。
「―――きみが好きだよ」
心臓が、飛び出すかと思った。
だって………
だって彼が、私を好きだなんて。
「だけど、きみを急かすつもりはない。さっきも言ったけど、きみの邪魔をしたくないんだ」
そう付け加えた彼は、大人の男の人という印象が前面に出ていた。
まるで言葉で包み込まれるような感覚さえしてしまう、そんな包容力を見せた彼だったけど、次のセリフのときには、余裕なんか微塵もないほどの必死さが伝わってきたのだった。
「でも後継者だとか次期社長だとか、そんな理由でオレのことを遠ざけるのだけはやめてほしい」
射抜くように訴えてくる彼に、私はおおいに戸惑った。
「でも…」
彼と住む世界が違うことは明らかなのだから。
それに、今朝のエレベーターホールでの彼の注目度を見たら、きっとこの後社内は彼の噂で持ちきりになるだろう。
そんな話題の人と私なんかが一緒にいられるわけはない。
私は、ふるふると頭を振った。
「そんなの、無理ですよ。やっぱり、私と森宮さんじゃ、」
つりあわない。そう答えようとしたのに、彼は最後まで言わせてくれなかった。
「もし野田さんがオレのことを嫌いだと言うなら、今日を限りに諦める。でも、そうじゃないだろう?」
やけに自信たっぷりな温度に、私は彼を見つめ返した。
「だって、もしオレのことが嫌いなら、わざわざハンカチを交換しに戻ってきたりしないはずだから」
「そ…、そんなことないです!私のハンカチは本当に古かったし、間違えたままだと申し訳ないなって……それに、森宮さんが何度も仰ってたじゃないですか、私はまっすぐな性格だって。だから、そんな性格だから、間違って持ってきたものはちゃんと返さなくちゃと…」
「そう。きみはまっすぐで、嘘の吐けないタイプだ」
ムキになって言い返した私に、彼は冷静に頷いた。
そして、
「そんなきみだから、オレもつい甘えてしまったんだ。きみがオレのことを本気で嫌ってないのが分かっていたから、きみは、これくらいの秘密を押し付けてもきっと許してくれるだろう……そう思いながら。だって、きみみたいに素直な人は、オレのことを嫌ってたら、美術館を一緒にまわることもしないだろうし、メールに返信だってしないだろう?それにきっと、もしオレのことが嫌いなら、今夜ここには来てない」
私の内心を見透かすように断言したのだった。
「そんなこと……」
私は、彼の言ったことを否定できなかった。
口からでまかせでも何でも反論したらいいのに、それができなかった。
悔しいけど、彼の言う通り、やっぱり私は嘘の吐けない性格なのだ。
だって、どんなに誤魔化そうとしても、実のところ、私は彼のことが好きなのだから。
彼のことを嫌ってないどころか、彼への気持ちを断ち切れずにずるずると想い続けているのだから。
現に今だって、彼に見惚れていたくらいで……
私が言い淀んでいると、彼はフッと笑った。
「ほら、言い返せない」
口振りは落ち着いた大人の男性なのに、その表情は、得意気で、嬉しそうな、まるで子供みたいだ。
そんな彼に、不覚にもまたときめいてしまう。
だから、
「オレのこと、嫌いじゃないよね……?」
そう問われて、胸の奥の、芯のところが、きゅっと締まった気がしたのだった。
嫌いなんかじゃない。
心では即答していた。
だけど、そう口に出すのは、躊躇いがあった。
彼にはもう秘密はないと信じたい。
だけど、彼は私の勤めるエフ・レストの次期社長で……
考えれば考えるほど、私は答えられなくなっていった。
すると、彼が私の頭にぽん、と手のひらを乗せたのだった。
「無理に答えなくていいよ。その顔でじゅうぶんだから」
「……その顔?」
「うん。何かを我慢して、今にも泣き出しそうな顔」
本当にきみは嘘が吐けない素直な子だね。
そう言って、優しく目を細める森宮さん。
そんな森宮さんを見て、どうしてだか私は、突然、好きという気持ちが蓋を押し上げて胸の器から溢れかえってしまうのを感じたのだった
そして、まるでその溢れた気持ちがそのまま表れたかのように、次から次から涙が頬を伝ってきたのだ。
今まで堪えていたものが抑えきれなくなったのか、森宮さんに好きだと言われたことを今になって実感してきたのか、
これが何の涙なのか、私自身にも分からなかったけれど、ただ、自分でコントロールできるものではなかった。
森宮さんは止めどなく流れ落ちる涙に少し驚いたみたいだけど、すぐにその綺麗な指で一滴拭ってくれた。
触れた指先に、思わずビクリと過剰反応してしまう私。
そしてそんな私に、森宮さんは自分の指の代わりにあのハンカチを、そっと頬に当ててくれた。
「これが役に立つときが来てよかった」
独り言のようにそう呟いた森宮さんは、私が落ち着くまで、ハンカチを優しく頬に添え続けてくれていた。
涙が止んで、我にかえって恥ずかしくなった私が照れ笑いを浮かべるまで、
ずっと、ずっと…………




