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イシュ・クライスト1

しばらくは身体をもとに戻すことに専念して、まともに歩けるようになった頃、家庭教師がついた。言葉は問題なかったが(よくよく意識してみると自分は日本語や英語とも全く違う言葉を話していた!)字は読めず、国語や歴史、社会の先生がついた。授業は大体、万里子が寝泊まりしている部屋の応接室で行われ、天気が良ければ中庭の東屋に誘ってくれる先生もいる。


マーゼランダはこの辺では一番大きな国で、西と東と南のそれぞれで3つの小国と隣接している。もともとはひとまとまりのもっと大きな国だったらしいが、地形や人口増加の関係で分かれていったらしい。言語も元々の文化も根本は同じなため、関係は友好だと言う。

北側は広く森に覆われていて、それを超えた先にまた別の大国がある。ただしその国とは200年前までは戦争続きで、今は政治的な国交は断絶状態。森に魔物が出るため、人の行き来もごく一部の行商団体以外にないという。


午後の授業が終わると自由時間になる。身元も確かでない異国の娘が、お城の中をぶらついてよいものだろうかと初めの頃は躊躇いがあったが、これまで特にお咎めもない。

いつも同じところですれ違う警備の人や侍女の人たちとも顔見知りになって、世間話をするようになった。偶に、地位の高そうなおじさんからじろじろと不躾に見られることはあるが、それ以外は至って快適に過ごしている。

今日は仲良くなった侍女のヘッダとお茶の約束をしているので(といってもお城の中庭でだけど)授業で使った物を片しながら、自分の部屋で彼女が来るのを待っているとことだ。


「来たわよ。お待たせ~」


開けっ放しにしていた扉からヘッダが顔を覗かせる。ヘッダは万里子より2歳ほど年上で、城の敷地内にある寮に住んでいる。いつもは城のお仕着せ姿だが、今日は胸の下で切り替えのあるワンピースにヒールのある靴、化粧もばっちりしている。まだ街に出かけたことのない万里子にとっては、同年代の女性の私服姿が見られるだけでもなんとなく安心感がある。

服装や化粧など、万里子の常識から大きく外れたところはないようだ。『レトロな西洋風』というのがヘッダをみた万里子の感想である。


「ヘッダ!ちょうどよかった。今授業が終わったところなの」

「ねね、出かける前にちょっと」


そう言ってヘッダがはしゃいだ様子で、万里子をバルコニーのほうへ引っ張っていく。

両開きの扉を開けると温かい風が気持ちいい。天気が良いので、庭に出るのも楽しみだ。


「マリコ、空見てないであっち!」


ほらほら、とヘッダが指差す方を見ると、グラウンドのような場所で男性が向き合って整列している。上は簡素なシャツに下は動きやすそうなズボン。よく見ると騎士の制服だ。全員剣を構えている。


「あ、なんかの訓練?」

「そうそう!やっぱ騎士の方々はさ、格が違うって感じするよね!まあ私はオーリエ副長一筋だけど」


あれは6番隊だからオーリエ副長いないんだけどね。残念。とヘッダが続ける。


「オーリエさんは何番隊なの?」

「2番隊。超~かっこいいよ!背高くて、爽やかで、優しいのにちょっとクールなの」


きゃーとヘッダが盛り上がっているところで地上の訓練の方も過熱してきている。ガギン、キーンと刃の打ち合う音の間隔が段々短くなっていく。


「あ、あれイシュさんだ」

列の真ん中あたりで色素の薄い茶色い頭の男がが一回り体格の違う相手と打ち合っている。

「知り合い?」

「うん、初めてここで目を覚ました時に話たのがイシュさんで。その後も何回か食堂に誘ってくれたり、しゃべったり。ヘッダは知らない?」

「6番隊はノーマークだから知らないなあ。6番隊は特殊任務が多いからあんまり露出多くないんだよね。なんか秘密主義っていうか。式典とかにも出ないし、こうやって昼間揃って練兵場に出ていることも珍しいんだよ」

「そうなんだ。ああっ、危ない」

イシュが少しずつ相手に押されている。他の組は既に決着がついているのか、打ち合いを続けているのはイシュ達だけで、休憩に入っている隊員から野次を飛ばされている。勝負が拮抗しているので、観戦するほうも盛り上がる。

「マリコ~応援するなら聞こえるように言ってあげないと~『イシュさん、頑張ってー!きゃー!』って」

ヘッダがにやにやしながら肘でつついてくる。

「ええ!?い、いいよ。邪魔になっちゃうよ」

「でもほら、疲労困憊って感じだよ?」

確かに、イシュは肩で息をしている。相手も同じくらい息を切らしているが、イシュの剣先は揺れはじめてる。

応援したげなよ~とヘッダは万里子をせっついている。

とうとうイシュと相手は鍔迫り合いの状態になった。イシュより相手の方が体格がいいので、このままでは力で押し負ける。周りを囲んでいた他の隊員も、勝負はついたと解散し始めている。

「イシュ!」

咄嗟に、バルコニーから身を乗り出して叫んでいた。それほど大声が出たわけではなかったが、イシュがちらっとこちらを見た、気がした。

次の瞬間高い金属音が空に響き、訓練用の模造剣が一本、回転しながら空中を舞う。その剣が、ざくっと地面に刺さる。自らの剣を手に持っているのはイシュの方だ。

まさかの逆転劇に仲間の隊員達が歓声に沸く。

「よ、呼び捨てにしちゃった・・・」

今更恥ずかしくなった万里子はそそくさと部屋に隠れる。ヘッダは「青春かよ~」と未だにやにやしていた。



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