アルフリード1
目が覚めてから、数日間に渡って万里子は自分の置かれた状況を少しずつ飲み込んで行った。
説明は主に、この国の宰相だというやたらと美形の男性がしてくれた。国王夫妻と司教様が同じ夢を見て、その夢の通りに突然自分が湖の真ん中に現れたこと。万里子が話す『日本』『東京』それどころか『地球』という土地はこの国や近隣諸国にも存在しないこと。
「か、帰れますよね……?」
万里子はまだまともに歩ける状態ではなく、話はいつもベッドの上で聞いていた。この日、とうとう自分のいる場所が自分にとって異世界と呼ぶべき場所だと理解した。
膝の上のシーツを握りしめて、近くの椅子に座るアルフリードを縋るように見つめる。
瞳には激しい懇願と、口元にはへつらうような奇妙な笑みを湛えて、アルフリードが言葉を発するのを待っている。彼は初めて万里子に同情を覚えた。これまでの数日間、淡々と事務的に接してきたことを少し後悔していた。
立ち上がって万里子のベッドの傍で膝をつく。力を入れすぎて白くなっている万里子の指を宥めるように覆うと、万里子はわずかに肩を震わせて俯いた。優しくされると自分の望みは遠くなる、と無意識に怯えている。
「方法は継続的に探していくつもりですが、望みは持たない方が賢明でしょう」
帰る方法はない、とはっきり告げることはさすがのアルフリードも出来なかった。
「そう、ですか」
万里子の肩、指、表情から力が抜けていく。
「マリコ」
泣くのかと思い、アルフリードが声をかける。彼はこれまで使ったことがない種類の気遣いをこの数分で使い尽くしている。正直荷が重い。
「イシュ君を呼んできましょう」
心底弱っている少女に対して自分では役不足であると判断したアルフリードは、あの軟派な青年の方が心得があるだろうと―――要は匙を投げたのである。
「え?あの、大丈夫です!すみません」
立ち上がりかけたアルフリードの袖を遠慮がちひっぱって制止する万里子は泣いてはいなかった。何故だがそれが、アルフリードには、余計に痛ましく見える。
「大丈夫です、えっと、アルフリードさん。私は、この国で生活していくんですね?」
「そう……。そうなります。まず、あなたの衣食住は保証されます。これは宣託の……国王が見た夢のお告については前にお話ししましたね?その内容からあなたは国王家一族に及ぶレベルでの待遇を生涯に渡って受けることとなります」
ぽかんとしているマリコに、分かりづらかっただろうかと、補足する。
「王子、王女と同じくらいの地位や財産を得ることになります」
「ちいやざいさん」
ついぞ縁のなかった言葉が、それこそ物語の中でしか見聞きしないような単語どんどん流れてくる。必死で頷いているものの、さっきからまったく受け止めきれていない。
「あとは……今日はこれくらいにしておきましょうか。あまり疲れさせてもいけない」
「え、でも」
「やっぱり、少しイシュ君とでも無駄話をした方がいい。それとも一人のほうがいいですか?」
「いえ、人がいた方がいいです」
万里子に頷くと、アルフリードはさっさと扉の方へ向かっていく。
いや、無駄話って。気を遣ってくれているはずなのに微妙に失礼だな、と心のなかで突っ込みをいれると、ほんの少し笑えた。アルフリードさんは無駄話してくれないんですかと、今度聞いてみようか。