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宰相アルフリード


「あなたねえ、自分がこの国でどのような立場であらせられるか分かってます?」


 王城の裏門から続く長い石畳の途中、一組の男女がしゃがみこんで顔を突き合わせている。男女といっても恋人同士やそれに準ずる組み合わせという意味ではない。単なる性別の表記であって、方やこの国の宰相。枕詞に美貌のとつくほどの容姿を有した色気を放つ妙齢の男で、方やごくごく平凡な、よく言えば小作りな悪く言えば地味な顔立ちの少女である。


「わかっ……すみません」

「分かってないようですね」

 

 物理的な距離感だけは親密そうだが、二人の関係性を第三者が称するなら、先生と生徒といったところだろう。

 この、この、人を追い詰めるときばっか良い笑顔しやがって!陰険!

 少女――万里子は悔しそうに唇を歪めた。


「国王が嘆きますよ。あんなにあなたを丁重に、それこそ貴賓として扱っているのに、城を逃亡しようだなんて」

「ちがっ、逃亡なんてしようと思ってない!」

「そうですよね、行く当てありませんもんね」


 ぐっ、と万里子は言葉を詰まらせる。その通り、この国には家族もいないし、友達もいない。万里子の育ってきた文化や習慣を共有できる者は誰一人いない。


「……今のは意地悪でしたね。謝ります」

「別に、アルはいつも意地悪だし」


 つんと、顔を背けそう切り返した万里子に言い返してこなかったので、アル――アルフリードは本当に悪いと思ったようだ。


「まあ、大方城下の市にでも行こうと思って、ここで力尽きたのでしょう」


 万里子が瞳を揺らすのを見て、アルフリードがくすりと笑みを漏らす。


「本当に短絡――失礼、分かりやすい人ですね。体調が戻ったらあなたの外出だって誰も咎めませんから、しばらくは我慢なさい。それから出かけるなら誰かに案内を頼みなさい」


 誰も断る人はいませんよ、とアルフリードは続けるが、万里子はそれが嫌なのだ。市がたつのは日曜で、王城の人々、国王だって政務は休みになる。万里子が手の空いている誰かに共を頼んだら、その人にとっては仕事になってしまうではないか。


「マリコ、分かってますよ。あなたは本当は普通の娘ですもんねえ」

「……うん」


 アルフリードは意地の悪いことも言うが、こうやって万里子の心の柔らかいところ包むような慰めを口にする。

 立つ力も残っていない万里子を文句も言わず慣れた手つきで抱えあげてもくれる。

 そうやって心も体も抱き込まれてしまうと万里子だってべったり抱き着いて甘えてしまいたいような気になる。だが相手は異性で(スペックが天と地ほど違っていたとしても)親でも恋人でもない相手に寄り掛かってしまえるほど自由な気風では育ってこなかった。だから実際できるのはちょっと肩を掴むくらいだ。

(面倒見がいいんだろうな)

 国の面倒を見ているような人なのだから、万里子一人の扱いなど簡単に違いない。口は悪いし厭味ったらしく小言も多いが、変に腫物扱いされるよりずっといい。万里子が本当に何でもない、特別な力も何もない庶民の、一般人の娘であったことを一番に理解してくれているのは実は彼なのかもしれないとも思う。


「重くない?」

「デスクワーク派ですけどね、こんな貧相な子供一人で重く感じるほど衰えていませんよ。……随分身体が冷えてますね」

「上着しっかり着てきたんだけどね」

「マリ、あなた具合悪いんじゃありません?」

 

 これについては絶対に明言を避けようと思って口をつぐんだが、はあっと盛大にため息を吐かれた。アルフリードの美貌の柳眉がくしゃっと顰められる。


「顔色が紙のように白くなっていますよ、それに身体が少々震えてますね。冷たい風にあたり過ぎたのでしょう。あなたを寝室に戻したらすぐに医師を呼びます。気持ち悪くはありませんか?」


「それは平気。……ちょっとだるいだけ」

「では少し急ぎますよ」


 万里子を抱く腕にぐっと力をいれて、アルフリードはローブの裾を翻す勢いで石畳を上っていく。

 揺れを気にしてくれたのだろうが、万里子にはゆりかごのようで気持ちがよかった。










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