再びドラゴニアン・ハート
隻眼の黒龍はウェストゲートの町を離れると、山々の間を抜け、やがて広々とした平野に出た。黒龍の背中から遠くを見渡してみると、平野を南東から北東に向かって貫くように、(帝国北中部を流れる)大河の支流が流れているのが見える。
隻眼の黒龍は頭を下に向け、右に左に、地上を見回しながら、
「この辺りまで来ると、もう、ドラゴニアの領内だね」
そして、何やら(決意なのか、あるいは気合なのか)胸に熱いものを秘めているような雰囲気で、
「今度こそ! 今度こそは!! ドラゴニア産のワイン!!!」
確か、この前に「ドラゴニア産のワインは最高」とかなんとか…… でも、実際に宴会の際に出てきたのは、「粗悪品で、とても飲めたものではない」という、とんでもないシロモノだった。前回訪れてから、しばらく時間はたっているが、その間に、ドラゴニアの財政状態が急に良くなるわけではあるまい。むしろ、最近までは、アート公、ウェストゲート公、サムストック公の騎士団が傍若無人、やりたい放題に領内を闊歩していたということだから、少々マシなアルコール類は彼らに費消し尽くされているのではなかろうか。ただ、アルコール類に関しては控えめなわたしにとっては、所詮、他人事だから、どうでもいい話ではあるが……
なお、アンジェラは、ここに来て少々気分が晴れてきたのか、わたしと同じように、隻眼の黒龍の背中からあちこちに目をやり、
「前に一度来ましたが、ドラゴニアは、どこを見ても、緑が一杯なのですね」
この辺りは牧草地なのか、一面に緑の絨毯が広がっている。その上には、白地に黒のまだら模様の豆粒のようなものが多数、ノロノロと緩慢な動きを見せている。
アンジェラは、更に身を乗り出して地上をのぞきこみ、
「牛さんがたくさんいますね。なんだか、ほのぼのとして……」
確かに、牧歌的な光景ではあるが……
「でも、ほのぼのとしているばかりでは、ないかもね」
出し抜けに隻眼の黒龍が言った。大河の支流のすぐ脇では、甲冑をまとった重武装の騎馬集団が、支流に沿って北から南へと、きれいに隊列を組んで行進している。黒龍によれば、詳細は不明だが、国境付近まで進軍中のドラゴニア騎士団だろうとのこと。
それから、数日が経過した。帝国の中心部を流れる大河に注ぎ込む支流の、さらにその支流との合流地点に到達すると、隻眼の黒龍は、ニンマリと頬の筋肉を緩め、
「いよいよ、ワイン……じゃなくて、ドラゴニアン・ハート城だよ」
どうやら、前回の落胆もどこへやら、頭からドラゴニア産ワインが離れないらしい。
支流とさらにその支流の合流地点には、周囲を城壁に、更にその周りを田園に囲まれた、どことなくひなびた感のある町並みが広がっている。そして、町の中心には、その場に不相応なくらい、赤とか青とか黄色とか、原色でコテコテ塗り固めたような石造りの建築物が、臆面もなく、その存在を主張していた。




