思わぬどんでん返し
ツンドラ侯は、相当に気分が高ぶっているのだろう、紅潮した顔で鼻をヒクヒク震わせ、
「今日はゲテモン屋で前祝いといこうぜ、この俺様が指揮を執るんだ。勝利は目の前だ!」
「……!!!」
瞬間、わたしは(プチドラも含め)、言葉にならない声を上げた。
「そうか、そんなに喜んでもらえるとは光栄だぞ。しかし、今日は予約していないんだよな。それなりにうまいものは出て来るだろうが、とはいえ……」
ツンドラ侯は、わたし(及びプチドラ)の内心の悲鳴など構わず、腕組みをして何やら考え始めた。ちなみに、帝国宰相は、既に非常に背の低いポッチャリとしたお坊ちゃん、すなわちローレンス・ダン・ランドル・グローリアスとともに、会議室を出ている。
今日のゲテモン屋は、もはや逃れられない運命らしい。わたしはプチドラと引きつった顔を見合わせ、覚悟を決めた。
ところが、その時、
「いけません! 自らの立場を考えてください。これから、その『懲罰』とやらの準備で大忙しなのです。ほんの一瞬たりとも無駄にする時間はないのですぞ!!」
ニューバーグ男爵が、ツンドラ侯とわたしの間に割って入るようにして言った。
「まあ、そんな固いこと言うなよ。ゲテモン屋に行くのは一日……、いや、半日……でもない、ほんの数時間のことじゃないか。その程度なら、どうということはないだろう」
「ダメです。それに、時間だけの問題ではありません。本国から騎士団を呼び寄せようという時に、その総責任者が好き勝手にあちこち出歩いているみたいな噂が立ったらどうするのですか」
「だから、それはそれとして……」
「いけません。認められません。そもそも、こういう事態を招いたそもそも原因が誰にあるのか、御自分でよく考えていただきたい」
ツンドラ侯とニューバーグ男爵の議論(と言えるものではないと思うが)は、延々と続いた。言わば、親(ニューバーグ男爵)が駄々っ子(ツンドラ侯)に、どうにかして言って聞かせようとしているようなもの。
プチドラは、ホッとしたような顔でわたしを見上げ、
「マスター、ここはニューバーグ男爵に任せて……」
「そうね。今は、どういう形であれ、死中に活を見出したということで……」
三十六計逃げるにしかず、あるいは逃げるが勝ちとも言うが、とにかく、この場ではわたしに少々ツキが残っていたようだ。
わたしはニッコリと愛想笑いを浮かべ、
「何やらお取り込み中のようですので、非常にこの上なく残念極まりありませんが……、本日はこれにて失礼させていただきますわ」
わたしはプチドラを抱き、ペコリと頭を下げると、追いすがるような目をして手を伸ばすツンドラ侯を尻目に、全力疾走で会議室を後にするのだった。




