出発
ドラゴニア侯の屋敷から戻ってしばらく、さほど平穏とは言えない日々が続いた。すなわち、アメリアの天然ボケが引き起こす漫才あるいはコントのような掛け合いが、「物騒な別荘たる帝都で愉快な誘拐事件が発生」のような、もはや理解不能の境地に達していたから。
なお、ドラゴニア侯の屋敷に招かれた翌日には、執事であろう地味な初老の男から、今後の予定が簡単に記された手紙が届けられた。それによれば、「3週間後にドラゴニア侯とドラゴニア騎士団の上層部との会談が行われるので、その日に間に合うよう、ドラゴニア侯領の中心都市、ドラゴニアン・ハートにあるドラゴニア侯の居城まで来られたし」とのこと。
ただし、その会談でどのような話をするのかについては、一切、触れられていない。「とにかく話し合えば解り合える」と楽観的に考えているのだろうか。あるいは、何か怪しげなことを企んでいるのかもしれないが、本当のところは、その場に臨んでみないことには分からないだろう。
そうこうしているうちに、ドラゴニア侯の居城への出発の日を迎え、
「アンジェラ、用意はいい?」
「はい、お姉様」
アンジェラは、ニッコリとわたしを見上げた。ちなみに、今回のドラゴニアへの旅には、アンジェラも同行することとなっている。特に理由はないが、彼女にとっては、漫才ともコントともつかないアメリアとのやり取りに付き合わされるより有意義だろう。
「出発しましょうか。プチドラ、お願い」
プチドラはコクリとうなずき、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。左目が爛々と輝く。こうして、子犬サイズのプチドラから、たちまち、(こちらこそ本来の姿だけど)隻眼の黒龍モードに。
わたしは、先代ドラゴニア侯、すなわち、ご隠居様から譲り受けた伝説のエルブンボウ等々の荷物の詰まった風呂敷包みを背負い、「よいしょ」と隻眼の黒龍の背中によじ登った。わたしの前では、アンジェラが(以前、南方リザードマンの領域に旅行したときのように)黒龍の背にまたがっている。
パターソンは、難しい顔をしてわたしを見上げ、
「くれぐれもですが、お気をつけ下さい。ドラゴニア侯の本拠地に乗り込むわけです。侯爵は援助を求めているようですが、『そう思わせておいて、実は』という可能性もありますから。個人的には、非常に怪しいと思います」
「警戒は怠らないようにするわ。わたし的にも、ものすごく怪しいと思うから」
少し離れたところからは、アメリアが今回も熱血応援団みたいに「フレー、フレー」を連呼している。ただ、毎度毎度、同じことばかりでは、芸がないような気もするが……
隻眼の黒龍はグイと頭をもたげ、「用意はいい?」とばかりに、目で合図を送った。わたしは無言でうなずく。すると、隻眼の黒龍は、巨大なコウモリの翼を大きく広げ、ゆっくりと大空に舞い上がった。ドラゴニア侯の本拠地に出向くのは初めて。どんなところなのだろう。結構、楽しみだったりする。