複雑怪奇
ニコラスが屋敷をあとにしたところで(わたしとパターソンは応接室に戻って)、
「まあ、なんと言いますか…… 正直、ビックリしました」
と、パターソンは「ふぅ~」と、大きく息をはき出した。
「わたしもよ。本来なら、話し合うまでもなく即決でOKするところだけどね」
すると、パターソンはギョッとして、比喩的表現ではなく十数センチ跳び上がった。
「冗談よ。わたしでも、必要最小限の常識程度は備えているつもり」
本当のことを言うと、「即決でOK」に心が傾きかけたのは事実だけど、ニコラスの「父を出し抜く」という言葉を聞いて、気が変わった。冷静に考えれば、こうも簡単にうまい話が転がり込んでくるわけがない。
「ところで、パターソン、ニコラスが言ってた『青年ドラゴニア党』って、知ってる?」
「いえ、私も正直、初めて聞く名前です。名前からすれば、ドラゴニアの将来を憂う青年の秘密結社的組織ですが、早速、詳しい調査を行います」
と、パターソンは、やや早足で応接室を出た。
「なんだかねえ……」
と、今度はプチドラが「ふぅ~」と大きなため息をついた。プチドラも、青年ドラゴニア党のことは知らなさそうだ(知っていれば、すぐに耳打ちしてくれただろう)。
これまでの流れを整理すると、ドラゴニア騎士団がドラゴニアの債務の不払いを宣言し、同時に、わたしがドラゴニアへの支援を約束し、その後、わたしとマーチャント商会会長と帝国宰相との間で秘密協約的な妥協が成立したことで、わたしが(見返りを得て)実質的にドラゴニアから手を引き、さらに後、そのことを知らないアート公、ウェストゲート公、サムストック公(三匹のブタさん)がドラゴニア救済諸侯大連合なるものを組織してドラゴニア支援に乗り出し(わたしへの連合加入の勧誘も行い)、彼らの騎士団をドラゴニアに派遣したものの、もう一方の当事者のマーチャント商会は、まったく動かず(すなわち、軍団を派遣するすることも編成することもなく)、そうこうしているうちに、ドラゴニアにて、三匹のブタさんの派遣した騎士団の傍若無人ぶりに端を発した混乱が発生しているという、なんとも複雑怪奇、わけの分からない展開。
わたしも「ふぅ~」と、プチドラにつられたわけでもないが、大きく息をはき出し、
「本当に、なんだか…… なんとも言いようがないわね。とはいえ、法的には、一応、わたしがドラゴニア侯になることに、なんの問題もないはずよね」
すると、プチドラは、応接室の机の上にピョンと飛び乗り、
「ドラゴニアでは、エルブンボウと黒龍マスターの地位が主であり、爵位はそれに付随するのが習わしだから、本来は……と言うか、厳密に法的に言えば、マスターがドラゴニア侯であるべしだよ。もしかして、その気になった?」
「今回は、ちょっと……遠慮しとくわ。もし、わたしがドラゴニア侯を宣言したりしたら、混乱に更に輪をかけて、本当に収拾がつかなくなるわ。帝国宰相もマジの本気で怒り出しそうだし。それに、今のドラゴニアの債務は、法的には、返済されるまで消えないでしょ」
すると、プチドラは「う~ん」と小さな腕を組んだ。もしかすると、少し期待していたのかもしれない。




