ドラゴニアへの招待
御曹司は、拳をグッと握りしめて立ち上がり、
「わがドラゴニアは、お調子者のツンドラ候が帝国宰相をたぶらかし、マーチャント商会とも結託したことにより、非常な苦難に陥っている。差し当たっては、マーチャント商会をなんとかせねばならぬのだが……」
わたしは、「ハテ」と首をかしげた。「なんとか」と言われても……、具体的に何をどうするというのだろうか。
「ドラゴニアとウェルシーは、言うなれば兄と妹、もっと言えば、唇と歯の関係! ドラゴニアの危機は、ウェルシーにとっても危機に当たることは、当然の論理の帰結であり、ゆえに、双方が共同で事に当たることも、これまた当然の話ではないかと思う。いかがだろうか」
その瞬間、わたしは、漫画的慣用表現としての「目が点」の状態。御曹司は、わたしから「助力」を申し出るという形にしたいのだろうが、いくら人にものを頼めない性格だといっても、これほど極端な人は他にいないだろう。あるいは、何か別のことをたくらんでいるのだろうか。
ともあれ、わたしは何度かうなずくと、無理矢理ニッコリと作り笑いをして、
「お話は分かりました。心中、お察しします」
すると、御曹司の頬がにわかにゆるんだ。御曹司は満面の笑みを浮かべてわたしの手を取ろうとしたが、わたしは、プチドラを盾にしてブロックしつつ、
「ドラゴニアの兵権を与えていただければ、『なんとか』しますが、いかがでしょうか?」
御曹司は、今度はギョッとしたような顔で、
「なっ、何、兵権を与えよと!? いやいや、そのような大袈裟な話ではないのだ。だから、その~……、なんだ、なんと言ったらよいか……、とにかく、一度、わがドラゴニアにおいで頂きたい。わが騎士団とも膝を交えて語り合い、円満な形で対応を協議したいのだ」
なんだか……いや(「なんだか」どころの話ではなく)、サッパリ要領を得ない話だけど、単に「ドラゴニアに来てくれ」ということなら、断る理由はないだろう。わたしをドラゴニアに呼び込んで、もしかすると、人質にとって身代金を要求しようなどという、突拍子もないことを考えているのかもしれないが、プチドラが傍らに控えていれば、大概のことには対処できると思う。
「分かりました。では、後日必ず、ドラゴニアまで伺います」
わたしは、そう言い捨てるようにして立ち上がり(ただ、愛想笑いだけは絶やさず)、プチドラを抱き、パターソンを連れて屋敷を出た。
ちなみに、御曹司は、小躍りするくらいに大喜びして、「さすがウェルシー伯」だの、「高貴な者の鑑」だの、盛んに褒め称えていたが、けっして「ありがとう」とは言わなかった。
帰りの馬車の中で、パターソンは「う~ん」と首をひねりながら、
「カトリーナ様、本当にそんな約束をしてよろしかったのでしょうか。いささか軽率では?」
「なんだかしらないけど、行ってみれば、何か面白いことがあるかもしれないわ」
そう言いつつ、わたしは「ふぅ~」と、長いため息をついた。




