帝国宰相大激怒
わたしは正直、あまり気が進まないながらも、プチドラを抱き、パターソンが玄関先に用意した馬車に乗り込んだ。ちなみに、今、玄関先では、恒例行事となっているところの、アメリアとアンジェラの「フレー、フレー、誘惑犯に負けるな!」という理解不能な応援が始まったところ。
パターソンは、その応援を横目に苦笑しつつ、
「カトリーナ様、騒がしいことになっていますが…… いずれにせよ、御用心下さい」
わたしは特に言葉を返すことなく、小さくうなずいた。これから宮殿に出向こうというときに、アメリアとクレアの天然ボケ・ツッコミの漫才あるいはコントを見せられると、緊張感がそがれるという以前の問題のような気もするが……
でも、それはそれとして、これから(仕方がないので)、帝国宰相の怒りで醜く歪んだ顔を見物しにいくことにしよう。馬車は、屋敷を出ると、やや早足で宮殿に向かった。
その道すがら、プチドラは「ふぅ」と小さく息をはき出して、わたしを見上げ、
「マスター、帝国宰相だからいつものことだけど、急な呼び出しだね」
「そうね。用があるなら来ればいいのに。どうせ、暇を持て余してるんでしょ。そもそも、こっちには、あんな爺さんに用は全然ないんだから」
「そうだね。でも、それを言い出したら……」
こんな具合に、プチドラと意味のない会話を交わしているうちに、程なくして、馬車は宮殿の証言玄関前に到着した。ちなみに、今日の宮殿前は閑散としている。会議や行事等々の予定が入っていないのだろう。
そして、正面玄関にて、「よいしょ」とプチドラを抱いて馬車を降りると、
「しばらくぶりじゃな、わが娘よ」
いきなり耳に入ってきたのは、かなりの怒気を内に包み込んだような帝国宰相の声だった。見ると、玄関先では、今回は、いきなり帝国宰相が真っ赤な顔をして仁王立ちし、わたしをにらみつけている。
「あら、これはこれは、帝国宰相では、ありませんか。宰相におかれましては、いつもながら若々しく、本当に、まったく、うらやましいほどに……」
わたしは敢えて、少々バカが付くほど丁寧に(言い換えれば、慇懃無礼に)挨拶をした。ところが、帝国宰相は、今日は言葉を発することなく、ギロリと鋭い眼光でわたしを見下ろしているだけ。今更だけど、使者が言っていた「(帝国宰相が)本気で怒っておる」というのは、本当のようだ。
帝国宰相は沈黙したまま、十数秒の間を置き、それから、
「わが娘よ、言いたいことはそれだけかな?」
その時の帝国宰相は、表面上、口調は穏やかなものの(しかし、怒りのせいか、唇は小刻みに震えている)、その形相は、月並みの表現を借りれば、まるで鬼のごとく、なんとも名状しがたい表情。(当然だけど)これ以上、帝国宰相を刺激しないほうがよさそうと思っていると、その時……
「わが娘よ、いい加減にせよ! 何が望みじゃ!! 悪戯が過ぎるぞ!!!」
ここで、とうとう感情を抑えきれなくなったのだろう、帝国宰相は、宮殿の内にも外にも響き渡るような大声を上げた。




